「あれ? 俺の話もう終わり?」
六角広場の隅。
僕たちは時計樹の木陰に生えていたコシカケシイタケに座ってお弁当を広げる。
僕と姉ちゃんのは焼いたパーティターキーの肉とシャキシャキレタスを挟んだサンドイッチ。
父さんのは別に作ったからか少し違うもののようで、挟んだところから少し赤っぽい色のものが見える。
「はーら減った、腹減った。いよぉし、いっただきまー――」
「あたしもっ! いっただきまー――」
「――待ってっ!」
父さんと姉ちゃんが大きく口を開けて今まさにサンドイッチにかぶりつこうとしたところで、僕は両手を前に突き出してストップをかける。
口を開けたまま固まると、ぱちくりと僕を見る二人。
「……カイト、どうしたんだ?」
「ドライ先生がまだだよ」
父さんの問いかけに僕はそう答える。
父さんは一度口を閉じて、ふむっと言うとこう続けた。
「大丈夫だ。ドライは必ずここに戻ってくる。心配するんじゃない」
父さんは僕に向けてグッと親指を立てる。
……あれ? そう言う問題じゃないはずなんだけど。
僕はそう頭をひねったところで今度は姉ちゃんが続いた。
「カイト。ドライさんは戻ってくるけど、口元まで持ってきたサンドイッチはもう戻らないのよ」
そう言うと姉ちゃんはしたり顔でウィンクをしてきた。
……うまくないよっ! 全然うまい事言えてないからねっ!
僕がツッコもうとした矢先に、サンドイッチの先端が姉ちゃんの口の中に消える。
「おいひぃぃぃっ!」
頬張ったままニコニコとそう言った。
満足そうに一噛み一噛み噛むたびにレタスのシャキシャキと言う音を僅かにさせながら、幸せをかみしめるような顔。
――僕は止められなかったんだ。
ドライ先生、ごめんね。
と、心の中で呟いて言い知れぬ敗北感に打ちひしがれる。
「ほほぅ、この味は。……昨夜は良かったわ。けど、今度はもう少し優しくね。――か。えへへ、しょうがねぇなぁ」
父さんがサンドイッチを一口かみしめてデレっとした顔に崩れる。
……あれ? それはご飯食べておいしいって時の顔じゃないよね?
一体何がしょうがないんだろうと少し思いながらも、僕はそれについては聞き返す気もなく六角広場の中央の方を見た。
真ん中にぽっかりと広くて浅い四角い穴があいていた。そのまわりにはポツポツと等間隔で丸い穴。
特設場って言ってたけど、穴なんか掘って地面の下にでも作るんだろうか?
でもそれだとやっぱり見えないよね?
不思議に思いながら他の所も見渡す。
今は屋台の設営している人たちもみんな休憩中で、僕たちみたいにお弁当を広げている人がいる。
気温はまだまだ低いけど、ポカポカとした火月の陽気が気持ちいいのかごろんと横になって寝ころんでいる人もいた。
みんなそこかしろでまったりと過ごしていた。
そんな中で青狼族のウルブ村では珍しい髪の黄色い人がきょろきょろしながら走って横切っていくのが見えた。
若い男の人で、猫耳だけど、パルさんとは違って髪は黒いメッシュが入っている。
尻尾も黄色と黒の縞々。縞虎族の人だ。
僕はその人を知っていた。
たまにうちに酒樽を持ってくる酒屋さんだ。
少し小柄な人だけど、いつも朗らかでよく通る声で挨拶をしながら大きな酒樽をいつも担いで来るんだ。
「ねぇ、父さん。酒屋さんがいるよ?」
酒屋さんも今度の決闘の時に商売をしようと、場所取りとかに来たんだろうか。
そう思いながら僕は何気なく父さんに声をかけた。
「ん? 酒屋? ――おっ!」
父さんも酒屋さんに気が付くと立ち上がって酒屋さんに向かって手を振った。
「おーいっ!」
「――あっ」
父さんが呼びかけると、酒屋さんが気が付いてこっちに向かってきた。
「リックさんっ!」
「よぉ、タイガ。さっそく聞きつけて下見に来たにしてはあわただしいな?」
「いえ、下見じゃないです。――いや、本当なら下見もしたいんですが」
どっち?
っと僕は首を傾げた。
それにしてもいつも朗らかな酒屋さんから妙な切迫感を感じる。
「それより兄貴来てるんですよね? 兄貴はどこですか?」
「え? んー。ウルブ村の宿は限られてるし、村の外にでてなかったらならそこじゃねぇかなぁ。ギルド戻ったらちゃんと調べれるけども――、一体どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもっ! 今朝聞いてびっくりしましたよっ! 兄貴のやつうちには全然寄らずにこっち来て騒ぎを起こしたって言うじゃないですか。大慌てで走ってきたんですからっ!」
酒屋さんのお兄さん? って縞虎族だよね?
縞虎族の人が何かしたって僕は聞いた事なかったけど……
ヴォルクス様とライガさんとの決闘の話で埋もれちゃったんだろうか――
「ありゃ? ライガさんのやつ家帰って無かったのか?」
何気なく言った父さんの一言。
僕の思考が一瞬止まる。
「そうですよっ! 獣人の森に戻ってきたらまずうちに帰ってこいっていつも言ってるのにっ!」
「……ライガさん。変なところ義理堅いからなぁ」
「何を遠慮してるんだか……。兎に角、ありがとうございます。僕は宿屋の方から当たってみます。お食事中すいませんでした」
「おー」
タイガさんが深々と頭を下げてからまた走っていった。
父さんはひらひらとタイガさんに軽く手を振ってまたコシカケシイタケに座る。
「タイガさんとライガさんって兄弟だったんだね」
僕はタイガさんの背中を見送ってから呟くように父さんに言った。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
父さんはきょとんとしながら頭の後ろをポリポリと掻く。
僕は、うん。とだけ返した。
猫耳と尻尾だけど、縞虎族の特徴はまったくてビックリするほど体の大きいライガさん。
縞虎族の特徴がパッと見てわかるほど備えた、少し小柄めのタイガさん。
まるで似ていない二人は兄弟で……
ライガさんは家に遠慮をしていて……
ぐぅぅぅぅぅ――
いろんな考えが頭を一瞬よぎったものの、自分のお腹の音で我に帰る。
隣では姉ちゃんがもっしゃもっしゃとサンドイッチを幸せそうに頬張る。
……もういいよね?
そんな思いがほんの少し……。ほんの少しだけど出来てしまった。
僕がんばったよね?
その後は一瞬だった。
ドライ先生を待たなきゃ。って。
そんな事を思っていた事実すらどっかに飛んでいった。
――いただきます。
「ただいまーっと。リックさん買ってきましたよ」
まさに手を合わそうとした時だった。
ドライ先生が荷物を持って戻ってきた。
僕の体は思わずビクッと跳ねる。
「おいおいドライ。もうちょっと早く戻ってこいよな。もう食い終わるじゃねぇか」
「そう言うならもうちょっと食べるのを待って下さいよ。……まぁ、いつもの事ですけどね。はい、どうぞ」
ドライ先生は蓋つきの器を父さんに渡す。
父さんはそれを受け取ると、さっそく蓋を開ける。
中からもわっと湯気が立ちあがると、父さんはずずずっと直接器を傾けて啜った。
「うめぇ。やっぱ、あそこのポタージュは最高だな」
「ですね。――はい、ソーラとカイトもどうぞ」
「ありがとうドライさんっ!」
「ドライ先生ありがとう」
姉ちゃんと僕は順にドライ先生から器を受け取る。
そこの深い器で蓋がしてある。
少しひねらないと開かない構造でこぼれないようにできているようだ。
「あれ? カイトはまだ食べてなかったの?」
よく出来てるなぁと思っていると、ふいにドライ先生から声をかけられる。
「――え?」
あれ? なんで僕食べてないんだっけ。
「カイトはドライの事待ってたんだよなー」
「あ、うん。僕、ドライ先生を待っていたんだった」
「ん? ……だった?」
「それは気のせい」
父さんに言われて思いだす。
そうそうそうだったそうだった。
ちょっと食欲に負けそうになって忘れていたけど。
それは秘密。
「くぅぅぅ。カイトっ! お前って奴は――」
「えへへ」
まぁここで、ようやく食べれる事になって、僕はドライ先生と一緒に食事を始めた。
姉ちゃんと父さんはもうほとんど食べ終わっていた。
「キュービ村に行った時ね。ドライ先生からお守りすごい役に立ったんだ」
「へぇー、そうなんだ?」
「うん。――ねぇ、父さん。ライガさんってどういう人なの?」
さっきの事でやっぱり僕は気になって父さんに聞いてみた。
「んあ? んー。……そうだなぁ」
食べ終わってコシカケシイタケの上にあおむけになってゴロンと転がっていた父さんが、むくりと体を起こす。
「あれ? 俺の話もう終わり?」
ドライ先生が思わず口からぽろっとパンを落としそうになったのを僕は知らなかった。




