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「えへ、えへへ」

「あー……。お父さん飛んでっちゃった」

「全くリックったら。まったくっ」


 姉ちゃんがのんきにそんなこと言う横で、母さんもプンスカと怒りながら家の方へ顔を向けた。


「――さあ、どこのど。……って、あら? あらあらあら? まぁまぁまぁっ! ライガさんではありませんか。お久しぶりですわ」

「う、うむ。久しいなチハヤ」


 眉をしかめながら振り向いたものの、途中で気が付いたのかほっと雰囲気がほぐれる。

 それにライガさんはちょっぴり唖然としながらも答えると、母さんは嬉しそうに両手をポンと一度叩く。


「ええ、ほんと。――ほら、ソーラ。ライガさんよ」

「え? うわーっ! こんな大きい人いたんだーっ! 全然気付かなかった――。ねぇ、カイトは知ってた?」 

「いやっ、あたりまえでしょっ! 僕ずっといたんだからっ!」


 きょとんとする姉ちゃんに僕はオーバー気味に身振り手振りをつけながら答える。

 逆にどうして気付かなかったのか気になるよ。


「ふっ、我がそのような反応を受けようとは。なかなか新鮮だぞ」

「ライガさんを見てあっけらかんとそんなこと言えるなんて大物さね……」


 ライガさんとカリンさんは思わず苦笑いをした。


「……えっと。誰? あたし会った事あるの?」

「あらあら。まぁ、無理もないかしら」

「そうだな。あの頃はまだ赤子だったはずだ。うむ、ずいぶん大きくなったな」


 ライガさんは姉ちゃんを見てふっと顔をほころばせる。

 大きさと顔の傷に圧倒されていたけど、その表情はすごく優しそうに見えた。 


「あっとそうだ。チハヤに紹介しよう。この娘は旅の連れのカリンだ」

「直角族のカリンださ。リックさんにはアタシの住んでる町が魔竜に襲われた時に町ごと助けてもらったんさ」

「まぁっ! そんな事が?」

「ふむ。もう十年ほど前になるかな。――チハヤと我らが出会う前になるな。リックの奴、チハヤに言ってなかったのか……。まぁ、あんまりそう言う事を言うようなタイプでもないか」

「ふふ、そうですわね。……それもまたリックのいいところですわ」


 さっきまで怒っていたのはどこへ行ったのやら、母さんがほっぺを赤くして言う。


「で、そちらのカリンさんはライガさんのお嫁さんかしら?」

「そうなんださ。このたびは――」

「なっ! カリンはまたっ! チハヤ、誤解するなっ! まだ違うっ!」


 母さんが口元を押さえてにやーっと笑う。


「……うふっ、“まだ”ですのね」


 母さんがそう言った後に、カリンさんははっと息を飲む。

 同時にもともと赤みのある肌だけど、ほっぺがより赤く染まった気がした。


「ライガさん……。ちゃんと考えていてくれてたんさね。アタシ、嬉しいさね」

「な、ななな、ぬななななっ」


 カリンさんが少し目を潤ませてライガさんを見上げる。

 ライガさんが真っ赤っかになりながら目を泳がせていた。


「あ、あー。リックとの挨拶も済ませたし今日の所はこれにて失礼する。ヴォルクス翁との決闘までに腕を鈍らせてはいかんからな。やる事がたくさんある故。あー、実にたくさんあるなぁ。ではまた後日に――」

「うふっ、うふふふふふ。お邪魔しましたさー。カイトくん、まったねーさ」


 悠然と話していたライガさんが突然捲し立てるように話していたかと思うと、慌てたように出て行くライガさん。

 カリンさんは僕に一度手を振ると、顔をニヤニヤさせながらついて出て行った。


「ふふっ、カリンさんって可愛らしい人ね。ライガさんもいい人見つけていたのね。もう、リックったらそう言ってくれたらいいのに」

「……だから俺は待てと言ったんだよ」


 ライガさん達を見送った後で、父さんが帰ってきた。

 父さんは服に草の葉とかつけてぼろぼろに汚れて帰ってくるなりガクッとうなだれた。


 その日一日は父さんはよく大きなため息をついていた。


 ◇◆◇

 

「あなた。はい、あーん」

「うひょー。あーん」


 翌朝。朝から父さんと母さんはすっごくべたべたしていた。

 昨日と打って変って元気な父さん。

 父さんと母さんは何かあっても一晩あけたらよくこういうふうにイチャイチャする事が多い。

 夜の間にいったい何が起こっているんだろう……。

 一度何があるのかと確かめてみようと思って夜更かししてみようと思ったんだけど、そう言う日に限って父さんも母さんも僕と姉ちゃんがちゃんと寝ているか見に来たりする。

 頑張って起きて何があるのかを確認しようと思っても、結局僕も眠たさには勝てなくて寝ちゃうんだ。

 ……これは僕の勘だけど、きっと二人だけでおいしいものを食べているに違いない。

 そのうち絶対に原因を突き止めてみようと思う。


◇◆◇


「――はい、そこまで。二人とも法力解散して」


 母さんがそう言うとパンと一度手を打った。

 おへその下からゆっくり息を吐きだすと、自分の周りにある球を少しずつ縮めて自分の中に戻すイメージをする。

 僕のまわりにあったシンとした空気が、徐々に日常へと混ざっていく。

 僕と姉ちゃんは朝から母さんから東法術を教わっていた。


「……もう、ソーラったら。冒険者試験に合格して嬉しいのはわかるけど、もう少し落ち着きなさいな。法力が踊ってるみたいで全然安定してなかったわよ」

「あう」


 母さんに注意をされて姉ちゃんはしゅんと眉尻を下げて下を向く。

 いつもはピンとなっている耳もぺたんと倒れる。


「反対にカイトは落ち着いたものね。すごいわよ」

「えへへ」


 母さんに頭を撫でて褒められると、僕も思わず得意げな顔で母さんを見上げた。

 羨ましそうにこっちをみてくる姉ちゃんの視線が僕に突き刺さる。

 だけど、今の僕には全く気にならなかった。


「姉ちゃんを見てたら自然とね――」

「どういう意味よっ!」

「しまっ――!」


 得意になりすぎたっ!

 瞬く間に姉ちゃんに組みつかれると防御する暇もなくほっぺを引っ張られる。


「まるであたしがいつも落ち着きがないみたいじゃないっ! カイトのくせに生意気なんだからっ!」

「ごめんにゃひゃいー」


 だったら今この場でこそ落ち着いてほしいと思うものの、そんな事を口にしては僕のほっぺがますます大変な事になってしまうのでとりあえず謝る。

 これは父さんが母さんによくやる戦法だ。


「こ、こらっ! ソーラっ! カイトのほっぺが伸び切ってしまうわよっ!」

「えっ? そんなの困るっ!」

「ぶにゅっ」


 母さんの言葉に姉ちゃんがびっくりすると、ほっぺを引っ張るのをやめると今度は両手で僕の顔を挟みだした。

 僕はこっちも困ります。

 

「おやめなさいなっ! もうっ! それよりそろそろお昼の準備しなくっちゃね」

「あっ――、あたしサンドイッチがいいーっ!」


 姉ちゃんが元気よくそう言うと僕のほっぺは解放される。

 ……サンドイッチって僕の顔見て思いついたの?


「そうね、それがちょうどいいわ――」


 母さんがそう言って立ち上がったところで何かに気が付く。


「って、あらやだ。リックったらお弁当忘れてるわね。もう、おっちょこちょいなんだから。ソーラ」

「うんっ! 任せてっ!」


 母さんが姉ちゃんに呼び掛けると姉ちゃんはすぐにそう返事をした。

 ……たぶんこの任せてに続くのは。

 “お父さんのお弁当を全部食べた後でもサンドイッチは食べられるんだからっ!”

 だろうね。


「お父さんに届けたらいいのね」

「あれぇっ?」


 僕の予想が大きく外れて声を出して驚いてしまう。


「そうね、じゃあソーラお願いするわね。お母さん、婦人会の会合に呼ばれてるから、カイトと一緒にリックの所まで行ってリックと一緒にお昼食べててね」

「うん、わかったっ!」


 姉ちゃんがニコニコっと手を上げて返事をすると、母さんは台所へと行った。

 ほっ……。どうやら僕の漏れ出た声には気が付かなかったようだ。

 それより、父さんとお昼かぁ。

 今日は晴れだけど、ヴォルクス様とライガさんの決闘の準備があるからってギルドの方へ行ってたっけ。

 って事は、もしかしたら三丁目のお姉さんともお昼一緒にできるかもしれな……。

 まいったなぁ。

 万が一。万が一だよ? カイトくんあーんしてあげるとか言われたらどうしよう。

 僕としてもそうなると、やはりあーんせざるを得ないと言うかなんというか。

 まぁ、でもそんな事はおこらないとはわかっているけども。

 だけどだけど、絶対にないとは言い切れ――


「えへ、えへへ」

「カイト」 


 姉ちゃんの声で僕の膨らんだ妄想が弾ける。

 いけない、口あけたまま想像してたらよだれが垂れそうだったよ。


「何、姉ちゃ――。ひっ!」


 姉ちゃんがニコニコと僕を見る。

 だけど、眉根がわずかに寄っていてその笑顔は異様さがあって怖い。


「どうしたの?  カイトったらそんなに驚いて。それより、さっきのあれってなぁに?」


 僕はゆっくり目をそらす。


「べ、……別に何でもないよ」

「そう。てっきりあたしが全部食べるから任せてって言うのを想像しているのかと思った」

「エスパーっ!」

「やっぱりそう思ってたのかぁっ! 失礼ねっ!」


 結局母さんのサンドイッチができるまで、僕は姉ちゃんにサンドイッチされてしまった。




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