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「ちょっとだけ不便じゃろ?」


「ふむふむ、まずまずじゃな。長老終わりましたじゃ」

「うむ。次はあそこかの」

「合点。ほれほれ、そこを通してたもれ」


 樹妖精たちが右へ左へ忙しく立ち回りながら、着々と果樹へ向かって進んでいく。僕たちの通った後は木が整然と立ち並んでいた。

 サルノ様は村の地図をみながらあれやこれやと思案してから指示を出す。

 樹脈の連絡の仕方を計算しているらしい。

 樹妖精たちに協力する村の男の人たちも、シャベルやツルハシを持って右へ左へ走っている。


「おーい、土運ぶからそこをどいてくれぇ」

「手開いた奴、こっちだっ! ここが良いらしいんだが地面の下に岩が埋まってやがった」

「ふいー、普段踏み固められまくってるからか普通に掘るのも一苦労だな」


 そんななかどこかへ行ったマンネさんがやってきた。

 その後ろに大小さまざまな光の精霊が付いてきていた。


「母上――。じゃなかった、長老! 言われて通り、手伝ってくれそうな光の精霊集めてきましたですじゃ」

「ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー……。七柱か。十分すぎるくらいだな。……はぁ、勉強抜け出して精霊と遊んでばっかりのマンネもこんな時は役に立つんだな」

「えっへんっ! ですじゃっ!」

「……。」


 マンネさんがそりかえるほど誇らしげに胸を張る。

 その様子にサルノ様が口をへの字に結んで目をつむると、こめかみを押さえた。


「マッシュと言いマンネと言い、我が子の放浪癖には辟易とするところがある。……まぁいい、マンネ。さっそく光の精霊にやってもらってくれ」

「はいですじゃ。――と言う事ですじゃ」


 振り返って光の精霊たちに言うマンネさん。

 ……それでわかるの?

 と思ったものの、光の精霊たちは各々おでこの角を上下させるとうんうんと頷いた。


 光の精霊たちが散ると、それぞれ近くに生やした樹の天辺にするする登って顔を出す。

 ちょこんと生えた角の先が一瞬光の珠を作ったかと思うと、とぎれとぎれに光の筋を華樹に向かって走らせた。


「あれは何をしてるの?」

「んーと……。大丈夫、任せておけですじゃっ! ――ふぎゃッ!」


 僕に向かってマンネさんが親指を立ててウィンクをする。

 直後にサルノ様の軽いゲンコツがマンネさんに落ちた。


「ををを……。魔王の鉄槌ががが。効果はマンネがあほになる――」

「やかましいわっ! それ以上なりようもないだろうがっ!」

「ひどい言いぐさですじゃ。それじゃあまるでわしがドあほのようですじゃ」

「まるでもなにもなかろうが。光の精霊には樹脈が繋がるまで森に溜まってた妖精力を華樹に向かって送ってもらっとる。それくらいの説明、樹妖精なら楽にしてみせよ」

「うちの長老は無理無理をおっしゃるですじゃ。わし、まったくそういうの勉強しておらんのに……。――ッ!」


 マンネさんの小さい体がサルノ様の小脇に抱えられる。


「やっ! 約束が違うですじゃっ! 今日は無しのはずですじゃっ!」

「もう我慢ならんっ! 調子に乗り腐りおってっ!」

「うごっ! うごごごごっ! た、たすけてですじゃーっ!」


 サルノ様に握り拳で頭をぐりぐりされて悲鳴を上げるマンネさん。

 僕たちは助けてって言う悲鳴をまるっと無視をした。


「ねぇ、サルノ様。私たちにも何かできる事ってない? 私も結構ちから持ちなんだからっ!」

「思った以上に村の者らが協力してくれている。力持ちかどうかは知らんが、童の御前らがうろちょろしては逆に邪魔になるだろう」


 姉ちゃんの質問に、ぐったりしたマンネさんを脇に抱えたまま答えるサルノ様。

 そのまま光の精霊の居る樹上をちらっと見る。


「……ふむ。知っとるか? 精霊は物を食ったりはせんが、生き物の発する気で力を養う。今は村の活気を口にしとるようだが、法力や魔力の残滓も好む。できるのなら法力開放して、手前の邪魔にならぬよう着いて歩くだけで精霊は喜ぶだろう」

「そっかっ! わかったっ」


 姉ちゃんが頷くと法力開放をする。僕とアズサちゃんもそれに続いた。


「……本当に、思ったよりもよう手伝ってくれておる。

 つべこべ言うようなら、全て樹で埋め尽くしてやろうと思ったんだがな」


 なんだか空恐ろしい事を呟いていたのを僕は聞かなかった事にする。  

 事実、村に来る時よりも村から入ってきてからの方が木の密度は薄い気がする。

 村の人たちは全員とは言えないけど協力的で、苗木を持った樹妖精の話を聞いては、シャベルで雪を掻きわけて地面を掘ったりもしていた。

 しかし、時折――。


「こ、ここをっ? か、勘弁してくれぇっ!」


 村の人の叫び声が聞こえた。

 そこを見てみると、若い夫婦を苗木を持った樹妖精と村の人が何人かが説得していた。


「これもマッシュ様のためなんだ。諦めろ」

「で、でも、必死で建てた家なんだよ。これから二人でがんばってこうなってこの前言ってたばかりなんだよ」

「まー、気持ちはわからんでもないがなぁ。……なんとかしてやれませんかね?」


 若い男の人が説得役の村の人にすがりつく。

 説得役の人も困ったように近くの樹妖精に顔を向けた。


「ふむ、最小限にするようにとの長老の言いつけもあるしのう……。そうなると立地的には、ここが無難じゃろうなぁ。もっとも、力技で家自体を残す事は出来るんじゃけど」

「――えっ? 残せるんですかっ? じゃあそれでお願いしますっ!」

「家は木のてっぺんになるんじゃけど……。ちょっとだけ不便じゃろ?」

「そ、そんなぁ……」


 樹妖精が上を指さすと、男の人も上を見上げて膝をつく。

 なるほど。家をそのまま持ち上げるのか。それはすごい力技だ。


「どうした?」


 そこへサルノ様が文字通り飛んできた。樹妖精と村の人から事情を聴く。


「なるほどな。まぁ、人にも営みが当然のようにあるからな。家の作りが石でないし、ここは寒すぎるからガジュマルもさすがに無理だろう。

 ……人の子よ。お主ら綺麗好きか?」

「うちの奥さんは潔癖なくらい掃除好きだ。でも、それが何か?」

「ん、なら問題ない。若干手間はかかるが人の営みに支障がなければそれでもいいか?」

「……別に今の生活と変わらないなら……」


 男の人は不思議そうに奥さんと顔を合わせてからしぶしぶ頷く。


「よし、魔妖樹を使うか……」

「ここで魔妖樹? ああ、長老。あれじゃな」

「うむ」


 樹妖精二人が顔を見合わせてクスクス笑う。

 対照的に村の人はさーっと血の気が引いて青くなる。


「魔妖樹って、魔、魔物っ? そんなの無理っ! 無理ですっ!」

「ほぉ? クックック。大丈夫大丈夫、安心して任せるがいい。よしここは手前に任せて御前は次へ行け」

「合点じゃー。ほいじゃな」


 バイバイと軽く手を振ってぴゅーっと去っていく樹妖精。

 悪そうに笑うサルノ様。


「ちょっ――」


 一瞬説得役の村の人が手を伸ばして何か言いかけたけど、サルノ様は夫婦の家の屋根の上まで飛んで行ってしまう。

 サルノ様は屋根の上から小さな種のようなものを一つ落とした。


「申す申す――。樹妖精サルノの声の届きし、人の智に在らぬ魔の妖樹よ。

 ――森は御前に少々の力を与えよう。

 ――森は御前に多大な祝福で歓迎しよう。

 ――時は満ちた。目覚めよっ! 宿樹しゅくじゅレイズキー・ヤードリッ!」


 ズンッ。

 一瞬夫婦の家が揺れる。

 そしてパキパキパキと音がすると、家の上から枝が伸びて葉を付け出し、下からは根が伸び地面を掴む。

 な……、なにこれ……


「うわっ……、うわあああああっ!」

「あなたっ。こ、怖いっ」


 夫婦は抱き合って震える。

 説得役の村の人は手を伸ばしたまま固まっていた。

 しばらくして完全に屋根は葉っぱが覆った。

 家は違うものになってしまった。


 サルノ様は満面の笑みでニコニコしながら降りて来る。


「これで大丈夫。安心して住むが良い」

「住めってこんなになってどうやってっ!」

「おかしな事を、中身を見て見よ。気を利かせて宿樹が戸を開けてくれておるぞ」

「……な、中に入った瞬間食われたりしないだろうな?」

「……クックック。そう思うのなら入らず手前から見て見るが良い」


 サルノ様はニコニコしながらもどこか悪そうな顔をして木になった家を指さした。

 男の人が恐る恐る遠目に戸の中を見る。


「……あれ? 中身は変わって無い?」

「生き物の住処にしか生きる事が出来ない変わった木がこの宿樹だ。

 この木は住処を苗床にして生える代わりに、生育と同時に住処を増築する性質がある。

 その際にこれこれこういう部屋が欲しいと願えば、あまり無理なものでなければそれに対応もするぞ」


 なにそれすごい。

 男の人はぽかーんと口を開けていた。


「ステキっ!」


 奥さんが駆けよって男の人に抱き付いた。


「じゃあ、この家は私たちと共に生きてるのね。そして部屋が少しずつ増えて行くの。家族が増えた時とか――キャッ!」

「そうか……。そうかっ! じゃあこれからいっぱい家族作らないとなっ!」

「もうっ! まだ、お昼よっ!」


 あっという間に二人の世界に入ってしまう夫婦。

 どうなる事かと思ったけど、そういう木なら大丈夫だね。


 でも、家族が増えるのとお昼ってどんな関係があるんだろうね?


「……ま、まぁ。気に入ったようで良かった。宿樹をかわいがってやってくれ。宿樹は綺麗好きだからちゃんと掃除しないと弱るから頼んだぞ。ってもう聞いとらんか」


 周りに僕たちが居るのもそっちのけでいちゃいちゃしだす夫婦。

 さすがのサルノ様と言えど苦笑いするしかなかった。


 ◇◆◇


「アズサっ!」

「お父さまっ!」


 エボシ伯父さんが村の人の一人と駆け付けて来た時、僕たちはアズサちゃんの家の庭。扉のない門まで来ていた。

 アズサちゃんはエボシ伯父さんにかけよると、エボシ伯父さんはすぐにアズサちゃんを抱き上げた。


「アズサ……。これはいったい何が起こってるんだ?」

「白の娘の――アズサの父親か」


 そこにサルノ様がふわりと飛んでくる。


「あなたは――樹妖精? にしては大きすぎる」

「いかにも樹妖精で間違いないよ。白狐の子よ」


 サルノ様を前にエボシ伯父さんに緊張感が高まるのがわかる。

 エボシ伯父さんはアズサちゃんを降ろすと黙って法力を開放する。

 五本になった尻尾がなびいた。


「この村の惨状はいったいどういう事ですか?」

「――お父さまっ! やめてっ!」


 アズサちゃんが慌ててエボシ伯父さんの足にしがみついて止めようとする。


「……手前が愛しき子、マッシュは元気になったか?」

「なんですって? どういう事です?」

「答えぬかっ! 手前は元気になったかと聞いているのだっ!」

「――ッ!」


 サルノ様が一喝する。

 とたんにエボシ伯父さん含め、周りに居る人全員が射すくめられた。


「あ、あのぉ……。お、俺にはよくわかんないんだけど、……マッシュ様、力が湧いてくるだか、回復してくるだか言ってました。……はい」


 エボシ伯父さんと一緒に来た村の人が狐耳をぺたっと倒しながら、恐る恐るサルノ様にそう言った。

 とたんにサルノ様の表情がふっと柔らかくなる。


「そうか……。そうか、間にあったか。突然怒鳴ったりしてすまぬな。大丈夫大丈夫とはおもていても、もう少しと思うたら落ち着かなくてな」

「……いえ。……私も親ですからよくわかります」


 そう言うとエボシ伯父さんは足にくっつくアズサちゃんの頭を撫でた。


「いろいろの話は後にしよう。今、回復しているのは精霊に無理言って仮に樹脈を繋いでいるだけにすぎぬ。周りに多少の木はあるが、人の子の都合で整然と並べられているだけでは無意味だ。

 ……ふむ、幸いここ一帯は雪遊びしてるくらいだしかなり広いな。

 この空間。全て木で埋め尽くさせてもらうが……。いいな?」

「樹脈? ……よくわかりませんが、それでマッシュ様は確実に元気を取り戻されるんですね?」

「ああ、華樹の近くにあるここに樹脈溜まりを作ればかなり安定もしよう」

「……わかりました。あいにく長はまだ戻っておりませんが、私が責任を持ちます。どうか、よろしくお願い致します。すぐに雪祭りの作業中の者に退避の通達を出しますゆえ、しばしお待ちください」

「うむ」

「みなさん、少し手伝ってもらえますか?」


 そう言うとエボシ伯父さんと数人の村の人が駆けて行った。


 


「若先生っ! 若先生っ!」

「どうしました?」

「いくら言ってもうごかないと言うか話を聞きすりゃしないやつが……」

「えぇ……。こんな時に、いったい誰ですか?」

「いや、誰って言うか……。村の奴じゃなくてドワーフのやつなんですが」


 ドワーフって……、オルさんだっ!


「僕が行ってきますっ!」

「あっ! カイトくんっ――」


 エボシ伯父さんの声を待たずに走り出した。


「おーい、オルさーん――」

「オ、オ、オイらはドワーフ、ふんふんふんっ」


 僕が声をかけると、オルさんはご機嫌そうに歌を歌いながら雪像の作成を続けていた。


「オルさんってばぁっ!」

「技術とお髭がごっじまんだわいなー」

「もうっ! オルさんっ!」

「オイらが怖いはかかあとまんじゅう。だっから、食っべましょペッロペロリ。今度はしぶーいお茶が怖い」

「かかあって奥さんって意味でしょ? 食べちゃうってそっちのが怖すぎるよっ!」

「ん……? ああ、その声はカイトか。それについては諸説あるわいな。まぁでも今インスピレーションが降りてきていいとこだわいな、また後であそんでやるわいな」


 ようやく僕の声が届いたと思うも、振り返る事もなくそのまま作業に没頭するオルさん。


「それどころじゃないんだ。あのね――」

「オ、オ、オイらはドワーフ、ふんふんふんっ」


 また歌いだすオルさん。もう僕の声は聞こえていないようだ。


「ちょっとっ! もうっ!」

「……なるほど。これはすごいね」


 いつの間にか僕の後ろに居たエボシ伯父さんが僕の両肩に手を置きながらそう言った。


「若先生、どうする? 無理やりどかすか?」

「ふむ……、そうですね」


 その隣に居た村の人がエボシ伯父さんに聞いてきたところに、サルノ様がひらりと飛んでくる。


「――こんなところで半妖精とは珍しいな。しかし見上げた集中力だ。まぁ、こやつなら放っておいても問題あるまい。それよりこちらの準備は終わったからもうやるぞ?」

「……わかりました。お願いします」

「申す申す――」


 ――サルノ様が呪文を唱えだす。

 次々と雪を割って地面から芽を出すと、瞬く間に大きくなる木たち。

 あっと言う間に、庭は華樹に続く道とオルさんを残して木の中に埋もれた。


「――ドワーフ、ふんふんふんっ」


 あまりの事にあっけにとられていると、オルさんの変わらない鼻歌が聞こえて来た。




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