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「こうやってたら若さを吸いとれないかしら」


 白狐の娘はナギと言った。そのナギに着いてきてすぐの村は村と言うか、森の隙間にある集落とも言うべきものだった。雨が降れば雨漏れの心配をし。強風が吹けばガタガタと揺れる音に身を寄せるような、粗末な掘っ立て小屋が木々の隙間に立ち並ぶ。

 自分はと言うと……


「樹齢は――、ふむ。五千とちょいと言ったところか……」

「あら、そんなにですのね」


 集落にいる人の子が全員で手を繋いで幹を囲んでもまだ手が足りないほどの大樹にナギから案内を受ける。

 大樹ではあるが、幹はあまりゴツゴツとしてはおらず、皮はスベスベと手触りが良くなかなかの美人の樹だ。目を閉じればかすかにホッと気分を落ち着ける香りを放つ。

 大樹は笑うようにわずかに枝葉を風に揺らした。


「ということは、五王樹なのですね」

「ほほう? よく知っているな?」

「一応これでも東法術士なんでございましてよ」


 ナギがそう言うと小さく胸を張る。

 目隠しをしているため、表情は少し読みづらいが、口の端をあげて、狐の尻尾がぱたたっと横に振れる様からは、さぞ得意満面な顔をしているのだろう。


「立派な樹ですから、初めはてっきり樹妖精が住んでると思って必死に一人で声をかけてたのでございます」

「なるほど。一人で、必死にか。――ぷふっ」


 誰も居ないのに必死に話しかけている姿を想像する。

 それはずいぶん間抜けな姿だろうと思えると、唐突になんだか笑えた。

 しかし、笑っては失礼かと思って口をとっさに塞いだ。


「あーっ! 笑いましたねっ! 私だって好き好んで誰も居ないのに一人で声なんかかけなるわけございませんのにっ!」


 塞いだ手が間に合わず、笑った事に気付いたナギは、今度は不満げに頬を膨らませる。


「すまんすまん。確かに居るか居らんかなんて人の子にはわからんもんなんだろうな」

「さっぱりわかりませんわ。まったく、居ないなら居ないって返事を下さればいいのに」


 頓狂なセリフを聞き、思わず目と口をあんぐりと開いてしまう。


「……それ、一体誰が答えるんだ?」

「はっ! 私とした事がっ」


 問うとナギは何かに気が付いたかのように息を飲む。

 夕日が木の葉の隙間からこぼれると、ナギの頬を仄かに朱に染めた。


「じゃあ、今日からわしがここに住む。それなら今度から返事もできるだろう」


 こうして、後に華樹となるその大樹に住む事になった。


 それからというもの、寂しがってたらいけないからとか勝手な事をナギがのたまって近くに住み。集落の人間も集まってくるようになった。

 その頃に、集落のものたちが当時五王樹だった華樹に社を添え付けた。

 樹に住む樹妖精にそういうのはあんまり意味はないぞとは言っても、まぁまぁと言われて強引に建てられた。社は改築改修が進んだ今ほど立派ではないが、完成した時には村人一同がまるで自分の家が出来たかのように喜んでいたのを覚えている。


「これで雨の日でもゆるりとお話しできますね」


 ナギはそう言った。

 それを嬉しく思うと、首が勝手に縦に揺れた。

 散り散りになっていた白狐の一族も続々と集まってくると、集落は激しい勢いで発展していった。

 目まぐるしい変化が刺激的だったのを覚えている。

 やがて同じ狐族である黄狐族を迎え入れるほどにまでなると、白狐、黄狐族の統括の族長となっていたナギにも結婚の話がきて子を成した。

 結婚の話を聞いた時はおめでたいのに素直に祝えない気持ちが去来したものだが、ナギの子の姿を見て触れた時に、知らずに涙した。

 こうして繋ぎ、紡いで、そしてゆくのだと……。

 時が移ろい村はキュービ村と新たに名付けられ、獣人の森有数の規模のある村となった。

 その時、いつも見るナギの顔にも皺が一本、また一本と増えていっていく事に気が付いた。

 自分の手を見て見る。


「ナギ。……ちょっと、握手をしよう」

「あら、マッシュ? 突然どうしたんでございましょう?」

「いいから」

「ふーん?」


 ナギの手は自分の手よりもずいぶん違っていた。

 自分はその事になぜかショックを受けていた。


「……ナギ。ありがとう。もういい」


 そう呼びかけるも、ナギはいっこうに手を離してくれない。


「お、おいっ! もういいってっ」

「はぁー。マッシュの手ったらすべすべ。こうやってたら若さを吸いとれないかしら」


 そう言いながら頬ずりまでしだすナギ。

 

「こ、こらっ! 離せっ! 若さと言ってもわしの方がちょびっと年上だし吸いとれなんぞせんわっ」

「まぁーっ! 憎たらしいっ! そんな事言う厭味ったらしい樹妖精にはこうでございますっ」

「うわーっ! やめろっ、ナギっ! あははははは」


 そうやってわき腹をくすぐり倒された。ナギは一族の中でも小柄な方ではあったが、自分はそのナギのさらに半分も満たない大きさであった自分にはなすすべもなかったな。


 ◇◆◇


 キュービ村の前に戻ってきた僕たち。

 門番さんがの前で僕たち三人は頭を下げる。


「ごめんなさい、門番さん。外に出ちゃって」 

「なっ! なっ! なっ! えっ?」


 頭を下げる僕たちの後ろを指さす門番さん。

 慌てながらも三回深呼吸すると、気が落ち着いたのかポンと手を打つ。


「そうか。疲れてるんだ。それかこの前、嫁にシイタケと言われて食わされたがツキヨタケだったんだ」

「……それだとその程度じゃすまんが? と言うか、嫁に毒キノコ食わされるって相当だと思うが」


 落ち着いた振りしながらテンパる門番さんに痺れを切らしたのか、サルノ様がひょこっと顔を出す。


「えっと、村の外の人か……。って、うおっ? その羽ってまさか、マッシュ様以外の樹妖精かっ! でかっ! それより樹妖精が何故?」


 さらに驚きながら門番さんが一歩、二歩と後ずさると、続けて他の樹妖精たちが続々と現れる。


「ほぉー。あれが華樹か。千年見ぬ間になかなか立派になったもんじゃ」

「それより、あの男は樹妖精を見るとは初めてではないんじゃな?」

「それもそうじゃろう? 童の話が本当ならマッシュはあそこに見える華樹に居るらしいんじゃから、見た事があってもおかしい事なかろう」

「故に、マッシュが今まで生きとるっていう証左ともとれるな」


 樹妖精たちがあれやこれや口々に話しだす。

 やがて、村の人たちが集まりだして遠巻きにこちらを眺めている。


「な、なんだありゃっ! なんで村の入り口にあんなに木が並んでんだよっ!」

「それよりマッシュ様に似た服に、あれは羽? って事は、あれは樹妖精か?」

「あんなにいっぱい……。どうなってるんだ。それに、あれってアズサお嬢じゃねぇか?」


 村の人たちが騒々しくなりだす。


「ほう、ちょうどええ感じに人が集まりだしてきたようじゃな。時が惜しい時に手間が省けたではないか」

「しかし、いささか混乱しすぎか。協力や覚悟云々の前に、こちらの話自体を聞いてくれるかどうか」


 後ろに居る樹妖精の話に、サルノ様が苦虫をかみつぶしたような顔をして返す。

 確かに、今、村の人たちは混乱している。

 話を切り出すタイミングがつかめない。門番さんの顔を見上げて見るも、門番さんもこの混乱をどう落ち付けようかと慌てふためいている様子だった。

 困った。そう思って視線を混乱する村の人たちに戻した時に、アズサちゃんが村の人たちに向かって少し歩いて行ったところで止まると膝を折った。

 村人たちのざわめきがピタリと止む。


「キュービ村の皆さま方。混乱させて申し訳ありませんの。実は、皆さまもご存じの華樹付きのマッシュ様の具合が良くありません。今朝には体が半分ほどに縮み、体が透けかかっている状況でございました。……このままでは、一日両日とのこと。このたびの事態は、私の独断で村の外の樹妖精の方々にご協力を願ったものですの。マッシュ様が華樹から遠く離れられないように、樹妖精は木から遠くに離れることはできません。ですから村の入り口の木は樹妖精の方々に来ていただくためのものですの。便利の良いように、先祖、そして今の村の方たちが整備してくれたものを私の独断で台無しにしてしまい、私、アズサは伏して伏して陳謝いたしまする」


 アズサちゃんが地面に膝をつけたまま深く深く頭を下げる。

 一同がどよめく。僕も、アズサちゃんのこんな姿を見るのは想像すらできなかった。

 ――アズサちゃんが顔を上げる。どよめきは合せたようにピタッと止まる。 


「恥ずかしながらこのアズサ。重ねて重ねてキュービ村の皆さま方にお願い奉ります。皆さま方のご協力を得る事が出来なければマッシュ様を助ける事ができませんの。何卒、何卒よろしくお願いいたしまする」


 アズサちゃんはもう一度頭を下げた。

 村人たちは今度はどよめかず各々に頭を下げるアズサちゃんから、僕たちの後ろを見てはもう一度アズサちゃんを見ると、みな顔を見合わせて何かを決意したように頷いた。



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