「今そんな流れじゃないよね、姉ちゃん」
村を出ようとした僕たち。
だけど、いざ村の外に出ようとしたところ門番の男の人に止められる。
「ダメダメっ! 村の外は危ないから子供だけで外になんかは出ちゃダメだ」
「だけど大事な用があるんですのっ!」
「……あれっ?」
アズサちゃんが一歩前に出ておじさんに訴えかける。おじさんは一瞬アズサちゃんを見て不思議そうな顔をすると、すぐに合点がいったかのように手を打った。
「あぁ、アズサお嬢か。じゃあなおさらダメだ。お嬢を村の外に通して何かあったらエボシの若先生にもマッシュ様にも顔向けできない」
「で、でも大事な用が――」
「大事な用? 若先生から連絡は来てないが、ちゃんと話した?」
「それは話してませんの」
「大事なようなんだろう? ちゃんと若先生に相談してからにしなさい」
「うっ……、それは出来ませんの」
「ふむ?」
言葉をつまらせるアズサちゃんに何故? といった表情で首をかしげる門番さん。
樹妖精の事は話せないから何か理由を作って話そうかと考えたけど、その門番さんは僕が理由を考える前に口を開いた。
「まぁ、どんな理由があっても子供だけでここを通る事はさせないがね」
「……しょうがないわね。ここは引きましょうか」
前に出たアズサちゃんの肩を持って姉ちゃんが言う。
このままでいても押し問答にしかならないし、どうしようもない。
僕も姉ちゃんの提案に頷いた。
「そうだね」
「偉い人が言ったんだから。門から出してもらえないなら、柵をよじ登って行きなさい。って」
「誰の言葉だよっ! もっとさせるわけないだろっ!」
結局出ることが出来なかった。
◇◆◇
現実問題として姉ちゃんはともかく僕とアズサちゃんが柵をよじ登って村の外に出るのは門番さんに止められなくても無理があった。
やっぱり村の中と外を分ける境界だけあってそう簡単ではない。
「おばあさまはまだ気付いていないかしら。……マッシュ様は今どうなっているのかしら」
簡単には村の外に出ることが出来ないことから焦りだしたのか、アズサちゃんは少しそわそわしながら呟く。
「うーん、どうしよう」
「ほらほらカイト、早く考えて」
「わかってるよっ!」
姉ちゃんが考えてもいいんですよ? とか思ったけど黙っていることにした。 村の中では晩のうちに屋根に積もった雪下ろしがされていた。
……それにしてもどうやったら門番さんに外に出る事を認めてもらえるだろう?
マッシュ様が――って事情を話せば通してもらえるだろうか。
いや、これはやめておいた方が良いだろう
そもそも村の人たちがマッシュ様が今そういう状況だって言うのは知られているのか居ないのかは僕にはわからない。でも、今はその中でも今日にもと言われる状況なのは知らないだろう。
エボシおじさんや母さんが結界かなんかで手を尽くしてる間に、村の人たちに話が広まって一斉にお見舞いにきても困る気がする。
だからって村の人たちがこの状況を隠したままって言うのもどうかなとは思う。
だけどそれは僕にはどちらが良いかはわからない。
「あっ、おっちゃん達おはようっ! なあー、今日も冒険の話とか聞かせてくれよっ!」
「おっちゃんじゃねぇっ! お兄さんだっ」
「そんな事は良いからさ、おっちゃん」
「何度も言わせるなっ! おっちゃんじゃねぇっ! 超カッコイイお兄さんだっ! いいかっ、これは大事な事だっ!」
「アニキさらっと超カッコイイって付けたしたゲスね」
後ろの方から二人の大人と活発な子供が話す声が聞こえた。
どこかで聞いた気もするけど今はそれどころでもない。
僕は両腕を組んで目をつむる。
……仮にマッシュ様の具合を伝えたとしても、マンネさんに会いに行くというのは約束もあって言えない。
「じゃあ、兄ちゃんでいいよ。あいつらももうすぐ来るからさ、冒険の話とか戦い方とか教えてくれよ」
「よしっ、いいだろう。って言いたいところだが、ここらの家の雪下ろしが終わるまで待ってろ」
「おっけー。わかったぜ」
……正面からは無理かも? ならどうする。
「ひ、ひえええっ?」
「おじいさんっ!」
どこからか声がして僕はびっくりして目を開ける。正面には両手で目を覆うお婆さんが一人だけ。
すると叫び声をあげたほうはどこから……
「カイトっ! 上っ! 避けてっ!」
「上っ? 避け? えええっ!」
姉ちゃんの声に空を見上げると、屋根から人が滑り落ちてきた。雪下ろしをしていて足を滑らせてきたんだろう。
落下地点はちょうど僕の真上。
どうする? どうする? どうする?
突然の事で頭がどうするだけでいっぱいになる。
逃げなきゃっ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ!
いや、僕が逃げたらこの人は直接地面にたたきつけられる事になるんじゃないだろうか。かといって、僕にはこの人を支える事は到底できない。だけど僕には母さんのお守りが……。待てよ、お守りの結界は脅威から僕を守ってくれるけど、その脅威となる落ちてくる人を助けてくれるのか? それに地面は雪だ。もしかしたらちゃんと僕が避けた方がずっと安全なんじゃ――。
いろいろ考えてみたものの、僕に突き付けられた現実は一つだけだった。
足が竦んで動かない。
……あ、ダメだ。
そう思った時。僕の体が突然ものすごいスピードで移動しだした。
「え?」
僕はいつの間にか誰かに抱えられていたようだった。
「オーライ、オーライっ! よっいっしょーっとっ」
抱えられていた僕は声をした方を降ろされながら振り返ると、僕が居たところには雪煙りがあがりながら大柄な人が落ちて来た人を受け止めていた。
「大丈夫か? じいさん」
「ほぇ?」
雪煙りが晴れて行くと、細い尻尾に房が付いているのが見え始め、やがて全体が見えてきた。
猫耳に鬣のような髭の獅子族。
シキイさんの時に居たあの酔っぱらいの兄貴分の方だ。
「おじいさんっ! ああ、無事でよかった。ありがとうございますっ」
「おお、ばあさんや。ありがとうな、若いの」
「いいって事よ。っていうか無茶すんな。雪下ろしは俺らがやってやっから」
カカロさんはお爺さんを降ろすとこっちに向かって歩いてきた。
「グッジョブでゲスなアニキっ!」
「っへ、ったりめぇよ。そっちもうまくいったよう――って、うおぉぅっ!」
「アニキ何素っ頓狂な声を――って、うおぉっ! リックんとこのガ――坊ちゃんじゃねぇでゲスかっ!」
僕を抱えていたのは人間族でカカロさんとあの時に一緒に居たジョニーさんだった。
「あ……、ありがとう。……ございます。じゃ、じゃあ僕は……これで」
正直、あの時の酔っぱらいであるこの二人に助けられて、少し複雑な気持ちになりながらボソボソっとお礼を言ってすぐ去ろうとする。
「カイトっ! 何聞こえないくらいのちっちゃい声でボソボソ言ってんのよ。ちゃんとお礼しなさい。うちの弟を助けてくれてありがとうございます」
「……ありがとうございます」
姉ちゃんに無理やり頭を押さえつけられておじぎをさせられる。
「なるほど、この子の姉ね。いや気にしなくていいでゲスよ。知らない仲でもないでゲス」
「そうだな。まあ、坊主には俺たちがたまにはちゃんと良い事をしてるって知ってもらえただけで十分だな。あと、さぼらずにちゃんと雪下ろしもしてるって事もリックに伝えといてくれたら完璧だ」
そういうとカカロさんとジョニーさんがカラカラ笑う。
「よくわからないけど、あたしからもお父さんに伝えとくよっ!」
「おうっ! 頼んだぜっ! それにしても、カイトの姉ちゃんはリックに似ずにかなりの別嬪だ。将来有望だな」
「やだっ! 正直者っ!」
「アニキ、見境なしでゲスか?」
カカロさんの発言に姉ちゃんは結構嬉しそうにニカッと笑う。ジョニーさんはと言うとが少し引き気味でカカロさんを見る。
僕は姉ちゃんを庇うように少し前に出てカカロさんと姉ちゃんの間に体を割り込ませた。
「将来の話っつってんだろ将来のっ! だーっ、カイトもそんな目で見るんじゃねっ」
「とっても正直者で見る目ありってのもお父さんに伝えとくわねっ!」
「あ、それはやめといてくれ。わりと本当に」
「……え? そう?」
姉ちゃんはキョトンとしながらカカロさんを見た。
確かにそれを言ったらカカロさんが大変な事になる気がするからやめたほうがいいかも。
いや、言っちゃった方がいいんじゃないの? 変態だし。
そう同時に思う二人の僕が僕の中に居るのを感じると、不自然な形で左の口の口角だけが上がった。
「じゃあアニキそろそろ作業始めようでゲス」
「おう。じゃあな、坊主。あん時は悪かった」
そう言ってカカロさんは軽く手を上げてジョニーさんと雪下ろしに行った。
ふむ……、結構いい人なのかな?
「だ、大丈夫でしたの? カイト」
少し遠くで見ていたアズサちゃんが僕の方へ寄ってきた。
「うん、この通――」
「すっごかったんだぜぇ、ジョニーの兄ちゃんが音もなく駆けたと思ったら、あっという間に雪下ろししていた屋根の下に居た間抜けな子供を助け出してさ。カカロのおっちゃ――、カカロの兄ちゃんが屋根から滑り落ちて来たじっちゃんを楽々受け止めたんだぜ」
アズサちゃんに答える前に、大きな声の子供の声が聞こえてきた。内容は今見た事を友達に話しているところだろう。
それにしても間抜けな子供って僕の事? あんまりじゃない?
声の主は誰だろうと、僕は振り返る。
「あっ……」
「あれっ? カイトじゃん」
そこに居たのはエンくんだった。エンくんの後ろにはサンカくんとシカドくんも居た。
「カイトさんなら仕方ないデスね。雪下ろし中の家の近くに居てはいけない事を知らなくても。ウルブ村は雪下ろしが必要なほど雪は降らないそうデスから」
「えぇ? 本当かい? それは羨ましいんだなぁ」
「でも、雪下ろしいらないくらいだと川が凍らないからスケート出来ないのはつまんねぇな。ま、それよりカイトその二人は誰だ? 村で見ない顔……あれ? ちっこいほうはどっかで見たような?」
エンくんが姉ちゃんとアズサちゃんを交互に一瞥した後にアズサちゃんに目を止めて少し目を細める。
アズサちゃんは不機嫌そうに片眉をあげた。
「ちっこい方とはずいぶんなお言葉ですの。エン」
「ええっ? なんで俺の名前知ってんの? ははーん、俺って有名?」
「何を勘違いしてますの? 後ろに居るのはサンカとシカド。あなたたちも年に何回かくらいはうちに挨拶に来てるじゃないですの」
「……え?」
「ああっ!」
エンくんが強張る中、サンカくんが声をあげる。
「この子アズサちゃんデスよっ!」
「えーっ! そんなっ! アズサちゃんってあの清楚な佇まいに。上品な仕草。虫も殺せないような優しい性格に違いねぇあのアズサちゃん?」
「何を勝手なイメージ作ってますの……」
思いっきり混乱するエンくん。アズサちゃんも深くため息をついた。
「あたし、カイトの姉のソーラ。よろしくね」
「今そんな流れじゃないよね、姉ちゃん」
自己主張したいのか、どさくさにまぎれて自己紹介をする姉ちゃん。
「とはいえ、私の思ってたエンともまた違ったみたいですの。エンは今まではカチコチになりながら話しかけてきて、こっちから話そうと思ったらすぐにサンカとシカドのところに逃げるんですものシャイボーイかと思ったら、実際にはとっても失礼な奴みたいでがっかりですの」
「そ、そんなー」
膝から崩れ落ちて肩を落とすエンくん。
うーん、なんかどんまい。
「いやぁ、びっくりしたなぁ。カイトくんのお姉さんは美人さんなんだなぁ」
「えへへーっ、知ってるっ!」
姉ちゃんを褒めるシカドくん。そして謙虚って言葉を知らない姉ちゃん。
「それにアズサちゃんの髪もとっても短くなってるデスよ。あんなに綺麗な髪だったのにちょっともったいないデス」
「そうそれっ! それがあったから俺も失礼な奴って思われても仕方がなかったんだぜ」
「エンはちょっと黙った方がいいですの」
「……ごめんなさい」
口を挟んだエンくんがアズサちゃんに黙らされる。
「まぁ、髪は仕方がありませんの。これはカイトと……愛を守りあった証ですの」
「え? え? え?」
「うおおおおっ! カイトぉ! お前アズサちゃんに何をしたぁっ! 吐けっ! 吐けぇ!」
エンくんが両手で思いっきり僕の顔を挟む。これじゃあ話したくても話せない。
「まっ! エンったら、失礼なだけじゃなくてとっても乱暴者ですのっ!」
「なっ! 違っ!」
「もうエンはしばらく引っ込んどいたほうがいいデスね。それよりお三方、僕たちと遊びまセンか? 雪合戦か、冒険者ごっこでもして」
サンカくんからとっても魅力的な提案をされる。
だけど、僕たちにそんな時間はない。ちょっと余計な時間をとってしまったけど、早いうちにあの門番さんに何とか通してもらわないとマッシュ様が間に合わなくなってしまう。
「ごめんね、せっかくだけど――」
ん? 冒険者ごっこ?
断ろうとしたところである事に思いつく。
「そうだ、これは極秘の依頼何だけど、いいかな?」
「極秘の依頼? 面白そうデスね」
「僕たちはなんとかして門を通って村の外に出たいんだけど何かいい方法はないかな?」
「ふむふむ、うーん」
ダメで元々だと思ってサンカくんに聞いてみる。サンカくんは腕を組んで頭をひねり出す。
……やっぱり無理かな?
「ん、いけるぜ?」
僕は諦めかけていたところにエンくんが答える。
「えっと、エンくん。門番さんの頭を後ろから棒で殴るとかじゃ駄目だよ?」
「んなことできるかよっ! 門番のおっちゃんは村でもかなりの実力者だし大騒ぎになっちゃうだろっ! んなことしなくても楽勝だぜ」
「ほんとっ?」
「任せとけってっ」
エンくんは自信満々に自分の胸を叩いた。
そしてその後に自己アピールしたいのか、ちらっとアズサちゃんの方を一瞥したのだった。
本当に大丈夫なのかな?




