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「一人で完結されても僕にはさっぱりだよ」


 アズサちゃんの千里眼が開眼してから数日たったある日。

 座る僕の前に姉ちゃんとアズサちゃんが並んで僕の顔を見ながら議論を始める。


「ここに花の絵を描いてみない? あたしはその方がかわいいと思う」

「さすがお姉さまですの。だけどお姉さま、ただ描くのではなくて、青色の紙を使って絵を描いてみたら面白いと思いますの」

「ちぎり絵か、いいねっ! じゃあ黄色の紙でこのあたりに蝶々も作ろうよ」


 盛り上がる二人。別にこの二人は僕の顔をキャンパスに絵を描こうって言うのではなくて、アズサちゃんの千里眼を閉じる眼帯が柄もなくあまりにそっけないからと言う事で話し合っている。

 僕は具体的にイメージするためといって眼帯をさせられていた。


「そうなるとお日様も欲しいわね。でもそれはちょっと場所が足りないか」

「うーん……。あっ、色紙でお日様の形を作ってしまえば枠からはみ出ても大丈夫ですの」

「なるほどっ! アズサってば冴えてるぅ」

「えへへ」


 姉ちゃんが両手を一度叩いて褒るとアズサちゃんの頭を撫でる。アズサちゃんが目を細めながら照れるように笑うとちらっと僕の方を見てくる。


「カイトはどう思いますの?」


 どうと言われても、僕はマネキン状態だから今一二人が話し合ってる内容は全部は把握できていない。

 だけど……


「も、もうちょっとシンプルなほうがいいんじゃないかなぁ?」


 眼帯に絵を描くだけならまだしもから飛び出すようなのをくっつけたら、きっと付け心地が悪くなると思うんだけど。


「カイトはわかってないですの」

「そうね。カイトはわかってない。じゃあアズサ、さっそく取り掛かろうか。カイト、眼帯外して」

「う、うん」


 二人してわかって無いと言われる事にいまいち納得がいかない僕。

 ままも眼帯を外してアズサちゃんに渡して僕は立ちあがった。


「あれ? カイト、どっかいくの?」

「ちょっとトイレ」


 僕はそう言いながら障子を開けて廊下に出た。

 すぐ後にもう一度障子の開く音が足早に僕に近づいてくる足音に僕は振り向く。


「大丈夫ですの。カイトの足りない分はぼくが補いますの」


 アズサちゃんが僕に個そっと耳打ちをすると、ニコっとして僕に笑いかける。

 髪が短くなってもアズサちゃんの魅力は一切損なわれていない。


「そ、そう。ありがとう」


 何が足りないんだろうと思うものの、何となく恥ずかしくなって僕はアズサちゃんから目をそらすと、ポリポリと頭を掻く。

 アズサちゃんはそんな僕の様子に満足したかのように、口元を押さえて目を細めて笑うと尻尾を左右に揺らしながら部屋に戻っていった。


「アズサ、カイトと何話してたの?」

「ふふ、なんでもないですの」

「……ふぅん」


 襖越しに聞こえる姉ちゃんとアズサちゃんの会話。

 僕は何か悪い予感がしてそろりそろりと踵を返そうとした直後。障子が勢い良く開くと、ズンズンズンと異様な圧力を放ちながら近づいてくる姉ちゃん。

 僕は完全防御態勢に入って首をすくめながらほっぺを押さえる。さすがの姉ちゃんと言えどもこれでは手を出せまい。

 僕は心の中でほくそ笑んだ。

 だけど、そのプレッシャーとは裏腹に僕をふわりと抱きしめて来た。


「あ、あれ? えっと、姉ちゃ――ぐえええっ!」


 完全に油断しきったところでそのまま力いっぱい抱きしめられる。

 だ、騙されたぁっ! 

 少しして僕は解放される。


「……よしっ。落ち着いた」

「……ハァ、ハァ。一人で完結されても僕にはさっぱりだよ」


 四つん這いになって息を荒げる僕をしり目に姉ちゃんがいたずらっ子っぽく笑うと部屋に戻っていった。


「お姉さまこそ何をしていましたの?」

「へへーん。なーいしょ」

「そうは言われましてもカイトの悲鳴がバッチリと……」

「気にしない気にしない。それよりアズサ。ここにね、さらにこういう感じとかこういう感じのとか足していったらもっともっと良くなるんじゃない?」

「それは素晴らしいですのっ!」


 盛り上がる二人。反面不安が募る僕。

 とりあえず落ち着こうとトイレに向かうのであった。


 ◇◆◇


 それにしてもよく冷えるなぁ。

 廊下を歩きながら、少し体が冷えるような気がしてブルっと一回震える。

 出すものを出したからだろうかと思うものの、どこかから隙間風が入ってきている事に気が付く。

 僕は風を手繰るように向かうと、玄関にたどりついた。

 玄関は少し開いていていた。

 これじゃあ冷えても仕方がない。僕は玄関を閉めようとしたところでふと外を見る。

 大人の人一人の足跡が家から階段の方に、あと何人かの大人の人の足跡が華樹の社の方に何度も行ったり来たりしているように付いていた。

 あれ? マッシュ様起きたのかな?

 起きたのなら僕たちも呼んでくれたらいいのに。

 僕も会いたいし、アズサちゃんだって千里眼が開いた事とか言いたいと思うのにね。

 僕は靴を履いて外に出ると、もうすっかり踏み固められた雪の上を歩いて華樹の社の方へ行ってみた。

 僕はこっそり華樹の社に上がると、マッシュ様の居る部屋の前まで来た。

 中から声が聞こえる。

 やっぱり居るんだ。

 僕は襖に手をかける。


「終わりだなんて……、死ぬだなんておっしゃらないでくださいっ」


 死……?

 語気を強めるエボシ伯父さんの声。

 僕はビックリして手を引っ込める。


「昨日の朝には曲島からタンタク村に着くと手紙が入っておりますっ」

「……私も見たところ、ホバーボア便に乗ってこっちに向かっているところです。それにこちらからも今リックがキュービ村一番のホバーボアで迎えに行っていますから、お父様は必ず日没までに帰ってきますわ」


 母さんの報告する声も聞こえてきた。


「それまでの辛抱ですっ。どうか、どうか気を強く持って下さい……」


 エボシ伯父さんの最後の方の声が掠れる。


「タンタク村……。黒狸こくり族の村か。昔は喧嘩ばかりしていて、白狐のものが立ち寄るなんて考えもできんかったんだ」

「マッシュ様。これを」

「ん、ありがとうミキ」


 飲み物をすする音がする。たぶんナーグルの葉のお茶だろう。

 何度かに分けてマッシュ様のお茶をすする音が聞こえると、ガランと何かを落とす音がした。


「だっ! 大丈夫ですかっ!」

「大丈夫だよエボシ。

 ――しかし、見ての通りわしの体は木で作った椀すら満足に持てんほど小さくなっているんだ。

 せっかく頑張ってくれているダイカクには悪いが、いかにナーグルの葉がわしに活力をもたらせてくれても、もうわしの体は持たないんだ。自分でもわかる。早くて正午。……長くても日没まではとても持たないよ。受け入れろ……。

 エボシよ、わしは死ぬのだ」


 死――

 改めて聞いたその言葉に背筋が凍る。反射的に涙が出そうになった。


「しかしっ。――しかしッ!」


 エボシ伯父さんの悲痛な声が襖越しに僕の体を突き抜ける。


「……エボシ。そんなに取りみだしていたらミキに笑われるぞ? なぁ、ミキ」

「……笑いません。あまり直接かかわった事のない村人も華樹は村の象徴であり、それを司るマッシュ様の事は誰もが敬愛しています。それにエボシさんにとってはマッシュ様は家族そのもの。

 家族のために泣ける人で私は幸せです」

「そうか、ふふ」


 ミキ伯母さんの言葉にどこか嬉しげに、でも儚げに返すマッシュ様。


「そう言えば、アズサかな? 何か変化があったのかい?」

「アズサちゃんと言えば、数日前に千里眼が開きましたわ」

「え? もう千里眼が? 早いな……。しかし、そうではない。もっと別のものだ。ソーラやカイトと同じような、でも少しだけ違う。なんだろうな。千百余年も生きてもわからないもんだな」


 感慨深げな声のマッシュ様にエボシ伯父さんが続く。


「私にもわかりませんが、アズサは千里眼が覚醒した時に運悪くイチビの滝にカイト君達と遊びに行っていて、崖から転落しました」

「崖からっ? なんと言う事だっ! でも、よく生きていたな――。だがエボシ、それなら私ではなくアズサについてやらなきゃならないだろうっ! すぐに付いていてやるんだっ」

「それが、枝でひっかいた程度のかすり傷程度しか付いていなくて……。今ではもうその傷すら残っていません。それもカイト君の機転のおかげです」

「……カイトが? あんな童が? そんな力強くはあったが年相応の法力や魔力しか感じなかったが一体いかように? ……ふふ、ふふふ。いや、不思議だな。本当にわからない事がまだあるんだな。あはは」


 襖越しに楽しげに笑う声。

 でも、こんなふうに笑える人がもう――。

 僕の胸が締め付けられる。


「カイトや……。ありがとうな」


 小さい声だけど。

 襖越しだけど。

 それは確実に僕にかけられた声。

 それは僕の胸を何かでいっぱいに満たしてきた。

 僕は喉に何かつかえるものを感じながらその場を後にしたのだった。



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