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「でも! 私にはリックが――」

 ◇◆◇


――少しだけ苔のむした石の橋。

 緩やかなアーチを描くその下には、澄んだ水の流れる小さな小川。

 シャラシャラシャラ。

 木々の枝々の隙間からこぼれる光。

 それを水晶のごとく透明で清廉な輝きを照らし出す様は、まるで光が流れているようにも見えた。


 そして、その先にあるのは大きな樹。

 それは樹齢千年を越えた王樹と呼ばれし老樹のうち、樹齢七七七七年を迎えた「喜」を冠するこの森の長老樹。

 その根は幾十の巨人の手が地面を掴んだかのように力強く。

 その幹は幾千年空を支え続けたかのように頼もしく。

 その枝は幾億の命を抱擁する腕となって優しく抱いていた――


 ◇◆◇森の奥・喜樹の広場◇◆◇


 橋を渡った所でわっと広場が広がる。そこの真ん中にすっごく大きい樹があった。さっき枝がなかったのはすっごく大きな樹だから上のほうについてたんだね。

 広場なのに空が小さく見えるくらいの喜樹の枝を見上げると、サワサワって枝が揺れた。あれは「いらっしゃい」って言っているのかな。

 そう思っていると。


「いらっしゃい」


 今度は本当に聞こえた。

 僕は顔を下げて声のした方を見る。すると、緑色の裾の長いドレスを着たキレイな人が居た。

 その人は背中に透明で少し光がひらひら零れる羽があって……。空中に浮いている?

 あっ、この人、妖精さん? すごいっ! パルさんからパン妖精のコッペちゃんの話は聞いてたけど、パルさんの村に行ったことはないから実際に妖精さんを見たことは無かったんだ。

 へぇー、妖精さんってキレイな人なんだねっ。


「こんにちはシイ様、本日もお世話になります。

 それにしても今日は私がお呼びする前に出られるなんて珍しいですね?」


 かーさんがペコリと頭を下げて挨拶をする。

 あれ? このキレイな人が話に聞いてたシイ「様」なの? かーさんよりも年下に見えるんだけど。

 そう思っていると、緑の妖精さんはふわふわとこっちにきた。

 驚いた、見た目は完全に大人の人なのに体の大きさは僕と同じくらい? いや、少しだけ小さい。でも浮いてるから僕は自然と見上げた。


「いやなに、仲間が教えてくれてな? チハヤが自分の子供達を連れてきとるっての。

 じゃから、(はよ)う見てみとうなってなぁ。ついつい、の?」

「あら、せっかくびっくりしていただこうと思いましたのに。シイ様はなんでもお見通しですわね」

「いや、チハヤにはかなわんがのぉ」


 なんだかかーさん達は道端であった奥さん連中と話しているかのような、和やかな雰囲気を醸し出し始める。それから少しすると、緑の妖精さんがこっちを見て少し降りてきた。


「おっと、すまんすまん子供達をほって盛り上がってしまってたの。では、わしから自己紹介といこうか。

 わしは純妖精族のうちの一つ樹妖精のシイ、この喜樹とは五百年近くの付き合いになるの」

「「五百年っ!」」


 僕とねーちゃんは思わず声に出して顔を見合わせた。見た目から全然想像できなかったけどすっごく長生きだったんだ。

 なるほど「様」なわけなんだね。

 僕はうんうんと一人納得しているとねーちゃんも感想を漏らした。


「五百年って…… カイトが百人分。つまり百カイトねっ?」

「そーだね……」


 何でもつっこむと思わないでよねっ。

 僕はそう思っていると。


「ぐふっ」


 僕の脇腹にニコニコしながらねーちゃんが肘鉄を飛ばしてきた。つっこまないのが不満だったらしく、ニコニコ顔はちょっと不自然だ。

 そんな様子にシイ様はキレイな顔を、ニシシと歯を見せながら笑っていた。


「なかなか面白い子らじゃのぉ。しかし、チハヤよ。お主なんにも話しとらんようだの」

「ええ、私も口下手なものですから」

「何が口下手じゃっ、大方子供達を驚かしたかっただけじゃろ。お主はそういうところがある。

 まぁー、チハヤのそういうところもわしは好いとるがの」

「いやんっ! 照れますわ。でもダメっ! 私にはリックが――」


 かーさんがほっぺに手を当てて頭を振りながら言っているのを、シイ様はプイッと途中で無視した。  この瞬間、かーさんの声は小鳥の囀りと同じ扱いになった。


「いつもならつっこんでやるが。今はチハヤの悪のりに付き合ってたら子らと話ができん。

 まぁ、子らよ。お主らは気に入った。わしのことはなんでも教えよう。

 しかし立ってるのもなんだの、お主らは喜樹の根にでも腰をかけるがええ」


 僕とねーちゃんがうんと頷くと、ちょうどいい高さの木の根に腰かけた。


「シイ様……、つれない。」


 かーさんだけが地面に崩れてハンカチを噛んでいた。


「そうじゃな、まずは五百年に驚いておったようだしの。そこからいくかの」


 シイ様はかーさんの事は気にせず続けた。


「まず、純妖精っていうのは寿命があってないようなものでの、一万歳を超えるものもいるという話じゃ。

 まぁ、そこまでいくと最早歳なんぞ数えとらんとおもうがの。しかし、樹妖精は木の樹齢をすぐに読むことができるから共に育った木でいくらか数えたりできる。

 ちなみにわしは千とちょっとくらいじゃったと思う」


 あまりのスケールに僕はちょっと言葉を失う。


「えっ? すごい。カイト、シイ様千歳だってっ! でも全然おばあちゃんじゃないし、キレイで美人さんだねぇー」


 ねーちゃんは興奮気味に僕の肩をバシバシ叩く。そうだね、むいたゆで卵みたいに肌なんてツルンとしてる。十六歳くらいの成人したての人みたいにしか見えない。


「ははは、ありがとの。まぁ、わしらは見た目には老化ってのはないの。だいたい200歳くらいで見た目は、わしくらいから変わらなくなるかのぅ。

 ただ、体は少しずつ大きくなるようでな、たぶん一万歳くらいになるとチハヤくらいの大きさにはなるのかの。まぁ、お主らからすると純妖精に老いはないようなもんじゃな」


 すごいんだなぁ。もし十万歳とかになったら、美人さんの巨人になっちゃうんだろうか。

 そう思いながら僕は想像しながら上を見上げた。

 ……おや? おかしいな。

 僕はあることに気がついた。


「ん? あれ? たしか、かーさんはここに来たときシイ様を呼ぶと言ってましたよね? 家はどこに……」


 そう家がない。喜樹を初めて見た時は誰も居てなくて、枝の方を見上げてる間に声がして顔を下ろしたらシイ様が居ていた。飛べるみたいだから枝の方に家があるのかなってちょっと思ったけど、それだと見上げてる時に見えてるよね。だから枝のところに家を作っているって訳じゃなさそうだけど。


「ん、わしはこの喜樹に住んどるんじゃ。こうやっての」


 そういってシイ様は喜樹に向かって飛んでいった。

 ぶつかるって思ったら。そのまま喜樹にスッとすり抜けた。

 僕は目をゴシゴシと擦った。


「の? こんなかんじじゃ」


 シイ様は首だけ喜樹から覗かせる。


「わっ! 首だけ!」

「この中はなかなかに快適なんじゃと思うんだがの、純妖精以外は入れんようじゃ」


 そう言いながらシイ様は戻ってきた。

 中に入れたらどんな空間なんだろうなぁ。

 しかし、驚くことばかりだ。他にどんなことがあるんだろう。

 僕は期待しながらシイ様の次の話を待っていると、シイ様は腕を組んでちょっと空を見上げた。


「んんん、人と純妖精は違いすぎるからのぉ。しかし、話だすときりがない気もしてきたのぉ」


 えー、もっと聞きたいのにな。僕はそう思っていたら、シイ様は近くの根っこに腰を下ろした。


「……わしはそろそろお主らの事を聞きたいの。

 そういえばお主らから名前も聞いとらんかった。わしに名前を聞かせておくれ」


 そう言えば名前も言って無かったね。えっと、村の外の人に自分で名乗るのは初めてだけど……。

 僕はわたわたしていると、ねーちゃんが立ち上がってシイ様に向かって前へ出た。


「あたしは、青狼族ウルブ村のソーラ! 好きな花はヒマワリです!」

「ソーラか良い名じゃ。ヒマワリは良いの、ソーラはヒマワリのような元気の良さじゃな」


 ねーちゃんが名乗ると、シイ様はうんうんと頷いた。

 そうか、そう名乗るのか。

 ……困ったな。

 そう思いながら僕もねーちゃんと同じように立ち上がって少し前に出る。


「あ、えー。ぼ、ぼくは、……ウルブ村のカイトです。

 えーと、好きな花はえーと。えー……、よろしくお願いします」


 僕はペコリと頭を下げて、なんとか名乗り終える。


「カイト、お主も良い名を()うておるな」


 シイ様はまたうんうんと頷いた。

 これでよかったのかな?

 僕はそう思っていると、シイ様はちょこんと頭を傾げる。


「しかし、カイトや。お主は青狼族と名乗るのを避けとるのかの?」

「……。」


 僕はビクッと身を竦めた。

 ねーちゃんは「えっ」て顔をして僕を見るけど、シイ様には見抜かれたようだ。

 僕は俯いて黙るしかできなかった。



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