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「えっと、温風の西魔術くらいしか?」


「お、吹雪がやんできたですじゃの」

「ほんとだ。夕方かぁ」


 しばらく僕たちと話をしていたところで、ふと外を覗くマンネさん。僕も顔を並べて外を見る。

 風は完全にやんで、置いてけぼりをくらった雪が少しだけ降ってきてるものの、雲も切れ間から赤い空を見る事が出来た。

 楽しかったからかな。マンネさん達が来てからすぐやんだ気がする。


「さて、そろそろわしらもお暇するですじゃ」

「え? もう行っちゃうんですの?」


 アズサちゃんがしょんぼりとした顔をする。たぶん、僕も同じ顔をしている。


「不安か? だけど、大丈夫ですじゃ。ですじゃの? 光の精霊」


 光の精霊はマンネさんを一瞥すると、僕たちの方に振り向いてこくりと頷いて見せた。


「もう、お主らの迎えが近くまで来てるようですじゃよ」


 光の精霊の行動に合せてうんと頷くと、こっちに向かってニッと笑うマンネさん。

 光の精霊は道を教えてくれる事もあるから、もしかしてずっと目をつぶってたのは父さんたちに道を教えてあげていたんだろうか。


「そうなんですの? えっと、じゃあ会って行ってですの。きっとお父様もお礼を言いたいはずですの」

「いいや、むしろ精霊の事はともかく、わしの事は言ってはならんのですじゃ」

「……え? それは何故ですの?」


 アズサちゃんは首をかしげて聞き返す。マンネさんも渋い顔をする。


「うーん、なんでなんですじゃろ? わしもまだ子供ですじゃから詳しくは知らんのですじゃ……。ですじゃけど、母上様――うちらの長老が極力人の子とは関わるなとは言うとったもんですじゃから……」

「じゃあ、これでお別れって事ですの? ずっともう会えませんの?」


 アズサちゃんが両目をつむる。その目の端ににじみ出た水玉が、カマクラに挿しこんできた夕日で赤に煌めいて弾ける。


「うっ、うう。そんなの嫌ですのっ! やだーっ!」


 両手で顔を押さえて泣きじゃくりだした。


「あーあー。泣くでないですじゃ。じゃあこうしようですじゃ。アズサよ、顔をあげるんですじゃ」

「……う?」


 涙がいっぱいこぼれるアズサちゃんが顔をあげる。

 マンネさんはその涙をどこからかハンカチを取り出すと、丁寧に拭ってあげた。

 マンネさんは、おでこにかかるアズサちゃんの髪を掻きわける。

 そして軽くチューをした。

 あ。あれってもしかして。


「……うん、波動を感じる。……よし、初めてですじゃけど、うまくいったみたいですじゃ」

「え?」

「樹妖精のおまじないですじゃ、これで森でなんかあった時は他の樹妖精が助けてくれるかもしれんですじゃし、この森ならわしがすぐにアズサを見つける事が出来るですじゃ。わしに会いたくなったらこの森でわしの名を呼べば会えるですじゃろう」


 シイ様のしてくれた樹妖精のおまじないだ。そっか、マンネさんが辿ってきたって言うのは樹妖精のおまじないの事だったんだ。

 僕はおでこに手を当ててシイ様とエリンちゃんの事を思い出した。

 そうしていると、光の精霊がマンネさんの背中にぽこんと体当たりをした。


「あいたっ。あーあー、わかっとるですじゃっ! 時間切れですじゃな。ったく……。じゃあもう、わしらは行くですじゃ」

「……はいですの。でも、本当にまた会っていいんですの?」

「くふふ、長老には秘密のお約束ですじゃ」


 アズサちゃんは涙をぬぐって右目でしっかりとマンネさんを見る。

 マンネさんは嬉しそうに笑ってアズサちゃんの頭を撫でた。僕より体はずっと小さいし子供だって言うのに、ずっとお兄さんみたいだ。


「じゃあ、またですじゃ。――ああ、ですじゃけど、来るならもうちょっと大きくなって力を付けてからにしろですじゃよ? 魔物に襲われたりしたら寝覚めが悪いですじゃ」

「……でも」

「プリンプリンのナイスバディーになったらまた来ると良いですじゃ。そしたら飛んでいくで――ぶほっ! ――ぶはっ! ――げほっ!」


 三精霊たちの総体当たりをくらうマンネさん。

 これはマンネさんが悪いと思う。

 けど、ほんとに子供なの?


「い、今のは冗談ですじゃ。まぁ、それくらいゆっくり力を付けてから会いに来ても遅くはないですじゃ。――わしの生は欠伸が出るほど長い。お主の生が終を迎えるくらいまでは十分に覚えていてやれるですじゃろうから」

「はいですのっ! わたくしこれでも東法術の才能はかなりありますのっ! だから、きっとすぐ会いにいきますですの。カイトとっ!」

「え? あ、うんっ。僕もまた会いたいです」


 突然話を振られて一瞬戸惑いながら返事をする。

 確かに僕もまた会いたいんだけどね。


「くふふ、そうか。――じゃ、がんばるんですじゃよ。カイトもなっ」

「「はいっ!」」


 マンネさんは爽やかな笑顔でフッと笑って精霊たちと出て行った。

 僕たちは見送ろうとカマクラの外に出る。

 だけど、もう居なかった。

 朱に染まる雪に、僕たちの影が大きく伸びる。

 僕たちは少しの間佇んで影が伸びるのを見ていた。


「アズサーっ! カイトくーんっ!」

「――お父様?」


 背中の方から声がして振り返る。

 夕日を背負って逆光になって見えにくいけど、これはエボシ伯父さんの声だ。


「カイトーっ! アズサーっ!」


 今度はもっと通る声で僕たちを呼ぶ。これは父さんの声。


「父さーんっ!」

「お父様ーっ!」


 僕たちも精いっぱいの声を出して手を振る。

 すると、逆光の中から何かが雪を巻き上げてもう突進してきた。


「カイトっ! アズサっ!」


 今度は姉ちゃんの声。声が来るより先か、姉ちゃんが来るのが先か。逆光から飛び出てきた姉ちゃんがあっという間に目の前に来ると、僕とアズサちゃんを両腕に抱きよせた。


「よかったっ! ――お母さんが大丈夫って言ってたけどっ

 ――――光の精霊が案内してくれてるから大丈夫ってのはわかってるけどもっ!

 ――――――それでも、それでも、それでもっ! 心配しんっっっっぱいっしたんだからっ!」

「姉ちゃん……」

「お姉様……」


 姉ちゃんの腕に優しい力がこもる。

 温かい。

 いろんなものが解けそうで、まずは僕の目頭の凍った涙が解けだしそうになってギュッと目をつぶってこらえる。


「アズサ、カイトくん無事でよかった。アズサ、千里眼が開いたそうだね。まずはこれを」

「……あっ」


 エボシ伯父さんがアズサちゃんの前にしゃがみこむと、姉ちゃんは腕の力を緩めてはなれた。

 エボシ伯父さんはアズサちゃんに眼帯を付けてあげると、優しくアズサちゃんの髪を撫ぜる。

 そうか、それがあれば手で押さえてなくても大丈夫だもんね。


「髪もこんなに短くなって……。危ないって言ってたのに式紙なしで使ったんだな?」

「お父様……、ごめんなさい」

「使ったから二人とも無事だったんだ。いや、それよりもよくこれだけで済んだと言うべきだろう」

「そうねぇ、私でもこの高さだと準備なしだとあんまり降りたくはないかしら」

 

 母さんがほっぺに手を当てて言うと、エボシさんもうんと頷いた。


「髪が散っていったのは辛かったろうけど、すごいよアズサ。よく頑張った」

「ううん。カイトのおかげですの」

「カイトくんの?」


 アズサちゃんがエボシ伯父さんの手から少し離れると僕を見る、エボシ伯父さんも釣られて僕を見ると首を傾げる。僕もつられて首を傾げる。


「カイトが落ちてる間、わたくしの事をぎゅっと抱きしめてくれてて。西魔術で水の落下傘を作って速度を落としたんですの」

「ほほぅ、西魔術で……。カイトくん出力はいくつ?」

「えっと、あの時は無我夢中だったからとりあえず全快でやってみましたけど。とりあえず僕の出力は十かな?」

「十ねぇ……。十かぁ」


 崖を見上げながら呟くエボシ伯父さん。

 あんまり納得いっていないような顔をしている。


「しかもカイトはこんな状況でも落ち着いて法力開放してましたの」

「おお。やるな、カイトくん。そうかわかった、それで私とチハヤが持たせていたお守りと二人とでの四重結界で凌いだんだね?」

「え? 私、ソーラにもカイトにもまだ式を書かせるところまで行ってないわよ?」

「え? カイトくんはどうして法力開放したの?」


 母さんとエボシ伯父さんが不思議そうに僕を見た。

 東法術の式紙は自分で法力を込めながら字を書かないといくら式紙があっても使えないらしい。お守りみたいに一部違うのもあるみたいだけどね。


「違いますの。カイトはチハヤ叔母さまのお守りを暴走させてさらに強引に勢いを殺したんですの」

「「えええっ?」」


 母さんとエボシ伯父さんの驚きの声が同時に出る。


「なんて無茶を……。二人ともよく無事だったね」

「うふ。カイトが守ってくれましたの。わたくしに衝撃が行かないようにぎゅっと抱きかかえて背中でかばってくれましたの。でも、さすがは喜樹の式紙に封じられた法力ですの。」


 アズサちゃんはエボシ伯父さんの方から振り向くと、本当にうれしそうな会心の笑顔を僕に向けた。夕日を背負って白いアズサちゃんの尻尾と髪それにほっぺがほんのり赤く染まる。


「でも、さすがは喜樹の式紙に満タンに封じられた法力でしたも。法力の爆発は私たちを押し上げてあまりあるくらい飛ばされましたの。だからわたくし――ぼくは思いましたの。次はぼくの番だって」

「そうか……」


 僕とアズサちゃんを交互に見ると、エボシ伯父さんは頷いた。


「……カイト。背中は何ともない?」


 いつの間にか僕の後ろにいた母さんが僕の背中をさする様にしながら僕に確かめる。


「エボシ伯父さんのお守りが発動したしね。だから大丈夫だったよ。結構痛かったけど」

「片や喜樹の式紙に詰め込んだチハヤの法力の単純開放、片や華樹のひのと式の防壁。痛かったですまないような」

「でも、今は全然平気」


 僕の返事にうーんと唸るエボシ伯父さん。

 父さんは頭をポリポリと掻いた。


「何かとなったら、カイトは背中なんだなぁ」

「そうよっ! カイトの背中は頑丈なんだからっ! あたしの自慢なんだからっ!」


 姉ちゃんが胸を張って鼻を高くする。

 なんで姉ちゃんがそんなに自慢なんだろう。


「ああっ! そう――、ううんっ、なんでもないっ!」


 僕は思いついた勢いで言いかけたけどやめる。

 たぶん、姉ちゃんのおかげで打たれ強さが上がってるのかもしれない。

 言ったらもっと鍛えられちゃうから言わないけどねっ。

 不審そうに僕を見る姉ちゃん。僕はゆっくり目をそらした。


「ふぅん……」


 何かを察したようでじろじろと僕の顔を少し覗き込むように右にゆっくり歩いて横切る。僕はそれにあわせて右にゆっくり顔をそむける。

 姉ちゃんの右手が閃くと、僕の左ほほをつまんで引っ張って無理やり僕の顔を姉ちゃんの顔に向けさせられる。


「まぁ、今日は勘弁してあげる」

「ひででででっ!」

 

 ひとしきりして姉ちゃんの手から解放される。

 はふー。それ勘弁してないよねっ?

 僕の打たれ強さがまた上がってしまったみたいだ。

 引っ張られて痛むほっぺを撫でながら顔をあげる。すると、エボシ伯父さんが僕に深く頭を下げていた。


「カイトくん、ありがとう。君の機転がなかったらアズサは……」

「そんなっ、お互い様です。それに、あのカマクラを作ってくれたのはほとんどアズサちゃん一人だし。僕なんて中でちょっと温風の西魔術を使ったくらいで」


 僕は両手を前に突き出して首を振る。

 実際あのカマクラがなかったらあの吹雪で凍えてしまっていただろう。

 アズサちゃんがエボシ伯父さんの手を引っ張る。


「そうですの。カイトのおかげでお父様たちを待ってる間、ぼく、身も心もポカポカしてましたの」

「カイトくんの西魔術でかい? すごいんだね」


 実際には僕の西魔術より、マンネさん達が来てからの方が大きいだろうと思う。

 火の精霊がカマクラの中の温度を上げてくれてたし、光の精霊が灯りをともしてくれるのも気持ち的にかなり大きい。

 それに土の精霊が地面を上げたり下げたり……

 は、置いといて。マンネさんのくれた実でお腹を満たせたのもある。

 でも、これはマンネさんが言っちゃダメって言った事だから言えないけど。


「西魔術もありますけど……。うふふ、ひ・み・つ。ですのっ。ぼくの口からは言えないですの」


 アズサちゃんはエボシ伯父さんの手を離すと、くるっとまわって僕の右腕に絡みつく。

 突きささるエボシ伯父さんの驚きの視線。


「え? カイトくん何したの?」

「えっと、温風の西魔術くらいしか?」


 マンネさんの事は言えないからあれなんだけれども。その言い方はどうかなぁ?

 そう思いつつも僕もこうとだけ返すしかできないし、僕はこれくらいしかやっていない。

 左頬をわずかにひきつらせる僕。知ってか知らずかアズサちゃんはさらに僕の肩に頭を乗せる。


「それにカイトはぼくに身を持って教えてくれましたの。……愛を。――――カイトもぼくの事、アズサって呼び捨てで呼んでですの」

「ねぇっ! カイトくん本当に何したのっ?」

「……えっと、温風の西魔術くらいしか?」


 まさしく青天の霹靂と言わんばかりのエボシ伯父さん。

 何をしたと言われてもやっぱりこうとしか言えない僕。

 本当にこれくらいしかしてないよねぇっ?

 アズサちゃんの変わりように自分でも必死に思い返してみる。

 いつのまにか僕の左手を姉ちゃんが握って引っ張る様に少し前に歩く。そして軽く何かを抗議するみたいに尻尾をピタンピタンって僕の体にぶつけた。

 楽しげにクックックっと笑う父さんに、あらあらと口を手で押さえて笑う母さん。

 そして家に付くまで僕の事を訝しげにチラチラとみてくるエボシ伯父さん。

 なんとなく落ち着かないまま家に付いたが、特に何も思い出せないのであった。




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