「それが紳士(じぇんとるまん)のたしなみだよ?」
◇◆◇
――村から外れた草の原。遮られるこのない風は草の葉を撫でサワサワサワサワ音を鳴らす。
斜めから注ぐ日の光はその背より長い影を作り、その先にある森のぽっかりと開けた口へと道を伸ばす。 そこではいくらかの闇が作り出されている――
◇◆◇村の外の森周辺◇◆◇
今日はかーさんの用事で村の外れの森の中に行くんだ。かーさんは東法術ってので狩りに行ったりする村の人のためにお守りを作ったりするんだけど、それには東紙っていう特殊な紙が必要で、それを喜樹っていうスゴイらしい樹に貰いに行くところなんだ。
いつもはかーさんが一人で行くから、とーさんと一緒に家でお留守番なんだけど。今日はとーさんは村の近く魔獣出たらしくそれの討伐に出掛けたんだ。だから今日はかーさんと一緒に喜樹の所に行くんだよ。もちろんねーちゃんも一緒。
僕は村の外に出るのも森に入るのも初めてだったからドキドキだよ。
ただ、ねーちゃんのせいで、今の胸のドキドキは少しだけ意味が違ったんだ。
「カーイト! あそこの木までかけっこねっ、ほらほらおいてっちゃうよー?」
「ねーちゃ、まってぇ」
ねーちゃんももちろん大興奮で、走りっぱなし。僕、走らされっぱなし。
「はぁ、はぁ。ねーちゃっ、はやすぎるよぉ」
僕の胸のドキドキは体中に空気を送るために頑張っていた。
「カイトー? 男の子は女の子よりも先にいって女の子を待ってるくらいじゃなきゃだめだよ? それが紳士のたしなみだよ?」
ねーちゃんがすっとんきょうな事を言う。
今日も平常運転だね。
「えー? ねーちゃんまた足速くなってるよね。ねーちゃんにかかるとそのうち紳士は伝説の生き物になっちゃう気がするよ?」
ねーちゃんもまだ七才だからこれからもっと足が速くなるだろうし、そしたら紳士はきっとどんどん少なくなるよね。
「そうよ、ソーラ。ソーラはふたつも年上なんだからカイトが勝てるわけないでしょ。そうでなくてもソーラは同世代の村の子の誰よりも速いのに。
あとソーラが言ってるのだとお父さんが紳士になっちゃうわよ?」
確かに、ねーちゃんの言う通りだととーさんは村の誰より紳士だね。馬より速く走るんだし、馬より紳士だ。
あれ? 馬って紳士になれるんだっけ?
僕が若干混乱している間に、ねーちゃんは考えがまとまったらしく。
「カイト。今言ってたのは、ナシ。サイケントーの余地があるみたい」
ねーちゃんはまっすぐな瞳でそう言った。
とーさん……。どんまい……。
かーさんがそんな様子にクスクス笑う。
「あっ、もうすぐ森だから森に入ったら絶対にそんな離れちゃだめよ。ゆっくり行っても喜樹は逃げないし危ないからね。いいわね?」
そうだ森に入るんだ。ドキドキするなぁ。それにワクワクもする。でも、あんまりはしゃぎ過ぎちゃだめだよね、魔物とか襲ってくるかも知れないらしいもんね。かーさんから一応お守りを小さな袋に入れて持たされてて危ない時に守ってくれるらしいけど、一回だけらしいしね。
「はーい。じゃカイト、あたしとしっかり手を繋ぐんだよ!」
「うんっ」
僕はねーちゃんと手を繋いでかーさんの後ろから森に入った。
森に入るとふっと暗くなる。背の高い木ばっかりだから影ばっかり、それにいろんな匂いが混ざりあってる。なんか違う世界みたい。蝉の音もすごい、蝉がいっぱいいるんだなあ。カブトムシとかもいっぱい要るんだろうか。
色々見たいけどダメだよね。危ないもんね。それにねーちゃんだって大人しいし……。大人しいにしても妙に大人しいなぁ、もうちょっとはしゃいでそうなんだけど。
そう思ってねーちゃんを見てみたら、なんかかーさんの事をずっと見てるみたい。もうお腹すいたのかな?
かーさんも気がついたみたいで振り返った。
「ソーラ、どうかしたの? お腹すいたの?」
「ち、違うよ! あたしそんな食いしん坊じゃないもん!」
「ふふ、冗談よ、じょーだん」
ねーちゃんが顔を真っ赤にしていうと少し視線をさげた。お腹がすいたんじゃなかったみたい。
「……村のみんながね、お母さんの事キレイだねっていうんだけどね、こうやっていつもと違う格好だとね、やっぱりキレイだなってあたしも思って見てたの。
……あたしもお母さんみたいになれるかなぁ?」
そうそう、今日はかーさんはいつもと違う格好なんだ。
いつもは頭から被って着るシャツにスカートなんだけど、今日は白の前で合わせて着る服に、緋色のなんかスカートみたいにひらひらしてるけどズボンみたいなやつ。袴って言うんだって。
東法術士の女の人の服らしい。巫女さんの服っぽい。
……巫女さんってなんだろうね?
でも、確かにこの服を着たかーさんはなんかカッコいいし、なんていうの? とーさんが言ってた「もへ」だっけ? きっとそういうがある。
「あら、ありがとうソーラっ。でも大丈夫よ、ソーラはお母さん以上に美人になるわっ!」
かーさんがニコニコとねーちゃんの頭を撫でる。ねーちゃんは食いしん坊をこじらせなきゃ大丈夫じゃないかな。
「ね、カイトもそう思うでしょ?」
ちょっと口に出せない事を思っていたら、かーさんに突然話を振られた。
困った、完全に油断していた。
「う、うん。ぼくはねーちゃんはかわいいと思し、目がおっきいし美人かなって思う……よ?
かーさんが今きてる服もねーちゃんにもきっとよく似合うかもね」
ねーちゃんを誉めるのはちょっと照れ臭いから、ちょっとだけ上を向きながら言った後にちらっとねーちゃんの顔を見た。
「カイトっ、ホントっ? ありがとう!」
ねーちゃんが今日一番の笑顔で僕の首に抱きついてきた。ちょっと暗い森のが少し明るくなった気がした。
今日一番って言っても始まったばかりなんだけど。
「さすがカイトね! ソーラの良さがよくわかってるわ。それに褒め上手。
将来カイトは女の子にモテるでしょうねぇ。」
へぇ、モテモテかぁ。
モテモテって言うと、ミネアさんとかルッカちゃんとかみんなにちやほやされて……
「きゃー、カイトくんカッコイイー」とか言われちゃうわけでして。ふむふむ。
はっ、モテモテになったら三丁目の美人のおねーさんにも……。
「うふ、カイトくんってステキね。はい、あーんしてあげる」とか言われちゃうかもしれない。
えへへ、まいったなぁ。僕どんな顔してあーんを受ければいいかわからないよ。
えへへ、困ったなぁ。
うんっ、悪くない。悪くないんじゃないかと思いましたっ。
「だ、だめだよっ! カイトのお嫁さんは、あたしを倒せる人にしかダメなんだからっ」
ねーちゃんが僕を抱き締める力を少し強める。
さて、どう調理もうか……
ねーちゃんってとーさんから剣を習ってて、かなり筋がいいってとーさんが言っていたくらいなんだ。同年代の子じゃもう誰もかなわないくらい強い。このままいくとねーちゃんより強い女の人って……
ガラガラガラと音を立てて崩れていく。
崩れていくのは僕の夢。
さようなら……、みんな。
さようなら、三丁目の美人のおねーさん。
それにしても本当に困ったなぁ。ねーちゃんにかかると僕の結婚相手まで絶滅しちゃうんだけど。
「ソーラ、それは普通はリックがソーラのために使うべき台詞なのよ……」
かーさんも大きくため息をついた。
ここまできてなんだけどねーちゃんの方が背が高いんだよね。僕五才だし、姉ちゃん七才だしね。
話は外れるけど、僕が特別小さいわけじゃないよ? 同じ年齢の事比べてちょっと低いかもだけど。それは今は溜めてあるだけ。明日になったら延びてると思うの。
それはおいといて、今のままだと首を抱きかかえられる形になっちゃって。僕はつま先立ちになってちょっと辛い。背が伸びる前に首だけ伸びちゃいそう。
「ねーちゃ、そろそろ苦しい……」
「あ、あ、そうね。」
ねーちゃんがようやく力を緩めて、僕は地面にちゃんと足をつくことができた。
まったく、元気いっぱいで笑ったらすごくかわいいんだけど……
「ねーちゃんは怪力なのがちょっとね──」
あ、まずっ、思わず心の声が漏れてしまったっ! しかも漏れたらいけない後半の方っ!
「乙女に向かって怪力とはなんだー!」
「グエぇぇ! ねーちゃ! ギブっギブっ!」
僕はまた首を締め上げられる。足が地面に届かないからじたばたさせながら、降参の合図にねーちゃんの腕をペシペシ叩く。
乙女ってなにー? 乙女強ーいっ。
「こらっ、ソーラっ! もうっ、この子ったらっ」
かーさんがねーちゃんをなだめて僕はようやく下ろされる。
ひどい目にあった。
僕は大きく息を吸い込んでからため息をひとつ吐く。
「あたしもお母さんみたいな東法術士の服着れるかなぁ?」
「ちゃんと勉強したら着れるわよ、あなたからは法力もちゃんと感じるし……。
そうねぇ、そろそろ始めてみましょうか」
「うんっ!」
あっ、ねーちゃん法力あるんだ。かーさんと同じ尻尾だもんね……
うちの村で東法術が使えるのは狐の尻尾があるかーさんとねーちゃんになるのかな?
僕ってどうなんだろう……
「かーさん。ぼくは?」
「カイトも法力を感じるわ。カイトもソーラと一緒に勉強しましょう」
そう言いながら頭を撫でてくれる。
「本当! やったー!」
僕は思わず飛び上がった。だって、ねーちゃんとかーさんと同じ力があるんだからっ!
「えっ! カイトも法力あるんだっ。じゃあ一緒に緋の袴着れるねっ」
一瞬そうだねって答えそうになったけど、ねーちゃんが聞き捨てならないことを言ったのを僕は聞き逃さなかった。
「ねーちゃん、あの袴は女の人用だよ?」
「カイトもかわいいからきっと似合うよ?」
僕の頭をぐりぐり撫でるねーちゃん。
「ねーちゃん、それあんまりうれしくないですよ?」
男の子にかわいいってどうなのっ! 僕はぶーっとほっぺを膨らましながらねーちゃんを見上げて、とびっきりの抗議をした。
膨らましたほっぺをぷちゅってつぶされるだけで効果はまったくなかった。
「ほら、喜樹が見えてきたわよ」
そういって木の隙間から僅かに覗く部分をかーさんが指差した。
すごく太い幹しか見えない。
枝どこ?
「あそこの橋を渡ったらもうすぐよ。足を滑らせないようにね」
かーさんに僕は手を引かれて少しだけ苔のむした石橋を渡った。




