「ブッブー、定員オーバーでーす」
襖を開けてエボシおじさんが顔を出す。
「アズサ、マッシュさまがお目覚めになられたよ」
「はーいお父さま。お母さまとおばあさまは?」
「帰ってきてさっそく摘んできたナーグルの葉を煎じてるよ」
「わかりましたのっ」
「おいおい、そんな急がなくても二人とも逃げないよ」
部屋から出ると、エボシおじさんの手を引いて駆けていくアズサちゃん。入れ違いに母さんが来る。
「あらあら、リックが見たらまたうらやましがるわねぇ。ソーラ、カイト。マッシュさまにごあいさつしましょう」
「あたしたちも会えるのっ? やったねっ!」
「ええ。……あまり長い間はお話しできないでしょうけどね」
なんだか少しだけ物悲しげな顔をする母さん。どうしたんだろうと思って眺めながら首をかしげると、視線に気づいてこっちを見て笑顔を作る。
「母さん、どうかしたの?」
「なんでもないわよカイト。さ、お待たせしちゃ悪いから行きましょう」
「あ、うん」
どこか取り繕うかのような気もしたけども気のせいかな?
そう思う事にすると姉ちゃんと一緒に母さんの後をついて行った。
◇◆◇
横滑りの扉を開けると冷気が一気に入ってくる。即座に姉ちゃんが後ろに回り込んできて僕の肩に両手を置いて固定すると身をかがめる。
「うー、寒いっ! カイトバリアーっ」
「ちょっ、ちょっとっ! ずるいっ!」
「あらあら、じゃあカイトはお母さんと手を繋ぎましょ。それにしても本当にこっちは冷えるわね、それに今晩は結構雪が降るかもしれないわ」
母さんの少しだけ冷たい左手を握ると僕の体温と混ざったのかすぐに暖かい手になった。
姉ちゃんはしょうがないなぁと思ってそのまま外に出ると、華樹と一体になっているように建てられた建物に向かう。華樹にある建物は平屋だけども入口の前に少しだけ階段があってなんだか特別なように見える。
「あれ? あそこにお父さんと一緒にいる人誰?」
姉ちゃんは華樹の建物の入口を指さす。そこには父さんともう一人白狐族のおばさんがいた。
「あの人はお母さんのお母さん。つまりソーラとカイトのおばあちゃんよ」
「まぁぁぁぁかわいらしいっ!」
なるほどと相槌を打つよりも早く華樹の方から声が上がって、驚いた僕は身体を一瞬ビクッとすくませた。
華樹の所にいたおばさんはトントントンと軽快に階段を降りると、少し足早にこっちに向かってきた。
「ソーラちゃんとカイトちゃんねぇっ! 二人ともかわいらしいわぁっ」
「あばばば」
そう言いながら来ると手の届く範囲内に来るなり、ほっぺを両手で挟まれてもみくちゃにされる。
「もっ、もうっ! 落ち着いて下さいなっ! 子供たちびっくりしてるでしょ」
「あらあら、ごめんなさい。それもそうね、……でももう少しだけ」
そう言うと姉ちゃんの方にも手が伸びる。
「ダメですっ」
「いやんっ、チハヤちゃんったらいけず」
母さんに言われてぷーっと膨れると僕と姉ちゃんの頭を一度だけ撫でる。
うーん、発作起こしてる時の母さんに似てるかも。
「初めまして、あなたたちのおばあちゃんのタマグシよ。それにしても二人そんなにくっついて仲良しなのね。エボシちゃんなんかチハヤちゃんに毎日張り飛ばされたくらいなのに」
タマグシおばあちゃんはニコニコと目を細める。
うーん、これは風を防ぐ盾にされてただけなんだけどね。
「それにしてもソーラちゃんはチハヤちゃんの生き写しみたいねぇ。えーと、今七つくらいかしら?」
「うんっ、そうだよっ」
「そう、七つと言うとチハヤちゃんの千里眼が開いたころくらいね」
「そうね、それくらいね。まさかの両目だったし、不便だったわね。ソーラには無さそうで良かったわ」
「ダイカクさんが言ってたわ。アズサちゃんは千里眼が出そうだって」
「そう、お父様が……。アズサちゃんは両目じゃなかったらいいんだけど」
「大丈夫でしょ、両目が千里眼なのは記録には初代のナギ様以来、あなたを入れても片手で数えるくらいよ」
おばあちゃんは母さんと二人で少しだけ眉間に眉を寄せて笑った。
千里眼はすごい力だと思うけど、やっぱり辛いんだね。そう思うと少しだけ母さんの手を握る右手に力がこもった。
「――あら? どうしたの? カイト」
「おーい、エボシさんが準備できたから早く来いっつってるぞ」
父さんの声が華樹の方から飛んでくる。
「あらあら、マッシュ様をすっかりお待たせさせてしまったわねぇ」
「ほんと、まったくお母様ったら。ごめんね、寒かったでしょ? さ、行きましょ」
「うん」
そう言えばすっかり左手が冷たくなっちゃってる。まぁ、こういう時は服にポケットに手を入れたら――
「ブッブー、定員オーバーでーす」
「ちょっと、姉ちゃんっ! 僕のポケットとらないでっ! もうっ! このまま入れる」
「やっ! ダメッ! 冷たいんだからっ!」
「えー……」
無理やり突っ込もうとしても姉ちゃんの手に阻まれてポケットの中に手を入れれそうにない。
「あらあら、じゃあカイトちゃんはおばあちゃんと手を繋ぎましょうね」
そう言うと僕の左手をとってくれて、僕は両手を繋いで華樹に向かった。
◇◆◇
華樹の建物に入ると、座布団が並べられていてエボシおじさんとアズサちゃんがすでに並んで正座して待っていた。
堂の正面には華樹の幹が中央にドンと構えている。本当にこの建物は樹と一体になっているみたいだ。
「さ、ソーラちゃんもカイトくんもこっちへ」
エボシおじさんに促されて、母さん姉ちゃんに続いて正座をする。その隣で父さんを正座をする。父さんは正座に慣れてないのか、ぎこちなさすぎて思わず噴き出しそうになる。
「マッシュ様、よろしいですか?」
「ああ、わかった」
果てしなく透明といえる澄んだ声が堂内に響く。幹のそばに建てられてる蝋燭の灯がわずかに揺れると、少年がゆっくり姿を現した。
背中には透明の羽。シイ様と同じ樹妖精だ。背がシイ様より少し小さいせいかシイ様より少し幼く見える。それでも、シイ様より年上のはずだから僕とは比べ物にならないほど年上だけども。
「エボシ、わしはどれくらい寝ていた?」
「今回は五日ほどになります」
「……そうか」
エボシおじさんの言葉に一度視線を落としてからもう一度上げると母さんの方に顔を向ける。
「ナ……じゃない、チハヤか。確か、しばし帰郷すると言っていたな。うん、チハヤおかえり」
「はい、ただいま戻りましたマッシュ様」
「結婚してから綺麗になったな。ナギによく似てきた……。おっと、青狼の。正座が慣れてないなら別に足を崩してくれてかまわない」
「おっ、ありがてぇ」
父さんは早速胡坐をかいて座る。僕と姉ちゃんは東法術の業で慣れていたけども父さんはしてないもんね。
「その子たちは……チハヤの子たちか?」
「ええ、私とこのリックとのですわ」
「あたしはソーラっ!」
「僕はカイトっ! です」
「はは、元気がいいな。……そうか。そうだな、ついこの間までそこのアズサのような稚児であったようにも思えるがな。……人の子の成長はまことにめまぐるしい。瞬く間に移ろい変わっていくよな。人も、村も」
感慨深げに嬉しそうにも寂しそうにも見える笑顔でゆっくり息を吐く。
マッシュ様はシイ様と違って、ついそのままその場で消えてしまいそうな感じさえ錯覚させる。……なんでだろう。
「失礼します。マッシュ様、ナーグルの葉の茶でございます」
堂の襖が開けられると、お盆の上に湯呑を乗せた白狐族の大人の女の人が入ってきた。マッシュ様は湯呑を両手で受け取るとマッシュ様も座布団の上に正座をする。
「ミキか。うむ、いつもすまないね。……それにしても、せっかくチハヤとその子らが居るのにダイカクのやつも間が悪い。そうは思わないかい? エボシ」
「これもマッシュ様のためですから」
「……自然に任せればいいものを。生れ落ちて千二百に近い齢を重ねてきた。定められし限界には抗えんと思うよ」
「何をおっしゃいます。このエボシ、まだまだご指導をいただきとう存じます」
「ダイカクにでも聞くといい。あやつにはだいたい伝えたし、書庫には先人の積み重ねた知恵も連なっていよう。……それより」
マッシュ様が一息、お茶を飲むと立ち上がって向かってくる。しばらく僕と姉ちゃんをしげしげと眺めると腕を組んで首をかしげる。
どうしたんだろうと緊張すると、膝の上においてる手をぎゅっと握る。
「ソーラとカイトだったな? 君たちはなんとなく村の者にはない不思議な力を感じる」
「「不思議な力?」」
姉ちゃんと同時にオウム返しするとお互いに顔を見合わせては首をかしげる。
ウルブ村にあって、キュービ村になさそうなもの?
いろいろ違うところがありすぎるけども、そういうものじゃなくて力と言うと……。あっ、あれだっ!
僕は勢いよく立ち上がる。
「魔力っ!」
「あたしないよ?」
「へへっ、それじゃどっちかって言うと俺かもな」
それもそうだとそのままストンと座って居住まいを正す。
「なんと、カイトくんに魔力があるのも驚きですが……。マッシュ様、不思議な力とは一体なんなんでしょう?」
「……悪いがわしにもこれとは言えない。なんなんだろうな。――まぁ、悪しき力ではないよ。むしろわしにとって心地良い波動を感じる」
そう言うと少しはにかむように笑顔を向けてくれるマッシュ様。それにつられて何となく照れ笑いを返す。
そうしていると、アズサちゃんが不機嫌な表情を前面に出してむくれる。
「マッシュ様。わたく――私は? カイトはともかく、ソーラお姉さまと同じ力は私にはありませんの?」
「こっ、こらっ。アズサっ」
「よいよいエボシ。ふむ、アズサはソーラがずいぶんお気に入りのようだな。アズサや、わしは不思議な力を抜きにアズサが大好きだ。それじゃいかんか?」
「私もマッシュ様の事は大好きですのっ! ……って、あれ? うーん?」
「アズサや、わしの大好きなアズサは不思議な力などなくとも、修行を乗り越えて確かな力を蓄えていける子だ。違うか?」
「それもそうですの。さすがマッシュ様ですの」
マッシュ様の回答にご満悦の表情でアズサちゃんは笑顔を返す。それを見たマッシュ様もアズサちゃんの前で屈むとアズサちゃんの頭を柔らかく撫でる。
「……エボシ、東紙は足りておるか?」
「ええ、山ほど準備いただいたものがまだまだあります。今はお手を煩わせなくてもよろしいかと」
「そうか……、ならばわしはまた寝るとしよう。何かあれば起こせ……、まだもう少しは大丈夫だろう」
「……はい、おやすみなさいませ。マッシュ様」
マッシュ様はすくっと立ち上がると華樹の方へと歩いて行き、蝋燭の火に一瞬揺らめきを残して消えていったのだった。




