「んな事意味させてんじゃねぇっ!」
◇◆◇
光月の日は長く、まだ西の空で燻らせる。
今日の暮らしを労う人々は、明日への備えを始めだす。
水辺や水路の脇に咲くランタンスズの花は、少しずつ明かりを灯しホタルはダンスに誘われる――
◇◆◇自宅◇◆◇
「ぷふーっ、もうお腹いっぱいだよーっ」
ねーちゃんがお腹を丸ーくさせて言う。
晩御飯はとーさんが持ってきたパーティーターキーの料理がところ狭しと並べられた。
もちろん唐揚げも山盛りだった。
いつもはねーちゃんと取り合いと言うか、ほとんど取られちゃいそうになるんだけど今日ばっかりは大丈夫だった。
「あらあら、いっぱい食べたわねぇ。カイトは?」
「うん、僕もいっぱい食べたよっ。美味しかったっ!」
「ふふっ、喜んでくれて良かったわぁ」
かーさんが空いたお皿を片付けながらニコニコする。
「ねーちゃん、お腹いっぱい?」
「いっぱいだよっ、ほらっ」
ねーちゃんが丸ーくなったお腹をポンっと叩く。
いや、ねーちゃんさすがにそれはどうかと思うよ?
「わはは、ソーラすげぇ食べたもんなぁ」
「あはは、今日は満月だにゃー」
とーさんもパルさんもお酒を飲んで顔が真っ赤っかで陽気だ。ねーちゃんも陽気に当てられてポンポンお腹を叩いて鳴らす。
「もう、ソーラっ! はしたないならお行儀が悪いやら……、どこから怒ったらいいかわからないことしないのっ!」
「あははは、……ハッ!」
かーさんが箱を持ってきながらねーちゃんを窘める。最初は余裕で聞き流してたねーちゃんも、箱を見た瞬間に凍りついた。
うん、ケーキがあったよね。
ねーちゃんの顔が青くなる。ごちそうを前にすっかり忘れていたようだ。
「ソーラはその様子じゃ、いただけなさそうねぇ」
「えっ? カイトはっ、カイトは大丈夫なのっ」
「うん、まぁね」
僕もお腹が丸ーくなりそうなくらい食べたけど、実は少しだけ余裕をもたせてるんだ。僕はケーキがある事は忘れてなかったよ。
「ねぇパルさん、あのケーキは明日食べても大丈夫なの?」
「んー? んー、ヒヤリンスで冷やしてたら、んーまぁ大丈夫だけどやっぱり今日食べた方が断然美味しいと思うんだにゃぁ」
「そっかぁ、じゃあねーちゃんはしかたがないけど明日かな?」
ねーちゃんはちょっとかわいそうだけどしかたがないよね。
あっ、でも食べ物で先手を取れることなんてなかなか無いよね。
仕方がないからねーちゃんの前で思いっきり味わいながら味を表現して伝えよう。きっとねーちゃんは足踏みしながらハンカチを噛んだりするくらい喜んでくれるだろう。
心苦しい。でも、これも仕方がない事なんだよ?
「チッチッチッ、カイト? お姉さんを侮ったらいけないんだよ?」
僕はねーちゃんが悔しがる――、じゃなくて喜ぶ顔を想像しながらニマニマしているとねーちゃんが僕の顔の前で指を横に振る。
「ハァァァァ!」
ねーちゃんがお腹に両手を当てて気合いを入れる。
ねーちゃんの体から湯気みたいなのが立ち上ると丸いお腹がみるみるへっこんでいく。
なにそれ。技? 必殺技なの?
「ほらっ、もう大丈夫なんだからっ」
「……ねーちゃん。なんなのそれ?」
「お姉さんなら誰でもできることなんだよ?」
「へぇー、そうなんだ……」
僕はいちおう相づちを打ったけど。絶対にミネアさんは同じような事できないと思った。
「それよりケーキだよっカイトっ!」
ねーちゃんが目を輝かせる。
かーさんが僕の前に箱を置いた。
「えっと、開けていい?」
「もちろんよ。さっ、開けてちょうだいな」
うわー、ドキドキするっ!
僕は待ちきれないドキドキに任せて箱を開いてみた。
「うわっ。……すごいっ!」
「へー?」
息を飲みながら一言目はそれしか言う事ができなかった僕。ねーちゃんがどれどれと横から覗き込んできた。ねーちゃんも思わず息を飲む。
「真っ白でキレイでふわふわっ、なにこれっ」
そう、真っ白でふわふわ。イチゴが乗って回りをぐるっとふわふわを持ってある。なんだか絵本で見たお城みたい。
いつもはブドウとか果物が甘いパンケーキに入ったやつなのに。なんかもうこれ輝いて見える。
「白のふわふわは生クリームって言うにゃー。この前この村に来た行商人に話に聞いたのを作ってみましたにゃー」
「へぇー。あっ、この真ん中のって……」
ねーちゃんがケーキの真ん中を指差す。
人形かな? 黒髪だから……。
「カイトだぁっ、あはは、カワイイー。にっこりしてるー」
あっ、これ僕だね。ケーキのお城の王さまかなぁ。
いいね。
うーん、あれっ? いいんだけど。なんだろう、少しだけ寂しい感じ。なんでだろう。
「うーん……」
僕じゃなくてパルさんが唸る。パルさんがカバンの中から小さな箱を出すして、中からもうひとつ人形を出すと、ケーキの上の僕の人形の隣に置いてうんうんうなずいた。
「やっぱり、こっちのほうが収まりいいにゃー」
青い髪の笑顔の女の子の人形。先っぽが白くて青い耳と尻尾が付いていた。
ねーちゃんの人形だ。
なるほど、僕も何となく落ち着いた。
「すごいっ、これあたしー?」
「そうだにゃー、ソーラだにゃー。カイト人形もソーラ人形もミーの力作ですにゃ。ちなみにちゃんと食べれますにゃ」
「すごいっ、食べれるの! でもこれかわいすぎて食べれないっ!」
興奮したねーちゃんがパルさんの方に乗り出したものの、困ったように頭を振る。
確かにこれだけ見事だと逆に食べにくいよね。僕もそう思って人形を眺めた。
「本当ねー、どっちもかわいいわねぇ……。ねぇ、パルドレオさん私の分はありませんの?」
「ありませんにゃあ」
左手を左ほほに当てて小首を傾げて尋ねる母さん。
パルさんは大きく首を横に振る。
しかし、それで引くかーさんでも無かった。
「そんなっ! 私も欲しいですわっ!」
「残念ですにゃあ」
「残念でも欲しいですわっ!」
「にゃーもんはにゃーですにゃー」
「ええっ!」
「にゃーにゃーにゃー」
詰め寄るかーさんに鉄壁の守りを見せるパルさん。軍配はパルさんに上がった。
近所の人はあまり知らないけど、たまにかーさんはこういう発作が出る。
初めてかーさんの発作を見る人はなんかすごく慌てだすんだけど、パルさんは何回か見た事あるからか適当にいなした。
「ささ、見るのもいいけどぜひ食べてくださいにゃ」
かーさんがぷーっとふくれながら切り分けようとすると、ねーちゃんが止めた。
「お母さん待って。パルさん、このお人形もすぐ食べた方がいいの?」
「いんや、そっちは湿気らさなかったらいくらかもつにゃー」
「じゃあもう少しだけ食べずに一緒に居させてあげたいな。いいでしょ? カイト」
「うん、そうだね」
あのねーちゃんが食べられる物をすぐに食べようとしないなんて……。
でも、これはそれくらい良くできてる。食べる時逆にどうしようか……。
「ふふふ、そうねぇ。こっちのカイトとソーラもこんなに幸せそうだものね」
かーさんは人形をお皿によけてから、生クリームのケーキを切り分けてくれた。
「うわー、甘い香りっ! おいしそうだねっ」
食いしん坊の顔に戻ったねーちゃんの言葉にうんとうなずいてから一緒に「いただきます」をして一口食べる。
「んーっ! すごいっ、なにこれっ、口のなかで溶けるっ! おいしいっ!」
ねーちゃんも言っているようになんというかすごいっ。こんなの食べたこと無かった。
それにこれ、上にイチゴが乗ってるだけじゃなくて中にもはさんであったのか。生クリームで見えなかったけど、本当生クリームの甘いとイチゴの甘酸っぱいが口の中で踊る。
僕は夢中になってケーキを一口また一口と食べていると、ねーちゃんがパルさんに飛び付いた。
「おほほ、ソーラどうしたにゃー。気に入ってくれたかにゃー?」
「うん、おいしいっ。パルさんはスゴいねっ。……あたし決めたっ、パルさんのお嫁さんになるっ」
「ぶふぅっ」
とーさんが飲んでたお酒を吹き出しそうになる。僕も握ってたフォークをカランと落とす。
かーさんだけが「あらあら」って微笑んでた。
「おいおい、ソーラ。パルは俺より一つ年上だぞ?」
「好きに年なんて関係ないんだからっ」
「ソーラはいい事を言うにゃ。……ミーもかつてそう思った事があったんだにゃ。お義父さん、ソーラさんはミーが幸せにしますにゃっ」
パルさんがねーちゃんの背中をそっと抱きすごくいい顔で言う。
いやでも、パルさんそれは……
「パルさんっ、嬉しいっ!」
「うがっ、鳥肌がっ! パルにお義父さんって呼ばれるなんてありえんっ! ダメだダメだっ! 俺は認めんぞっ!」
とーさんが両腕を組んでプイっとそっぽを向いた。
とーさんは徹底抗戦の構えだ。
「なんでよっ、お父さん前に言ってたじゃないっ! あたしの旦那はお父さんくらい強い人じゃないとダメだってっ! 旅に出てた時はお父さんの相棒だったってことはパルさんって同じくらい強かったんでしょ?」
「うぐっ、まぁそうだが。……い、いや、もう一つ条件がある。俺よりカッコいい人じゃないとダメだ。この二つを満たせばいいぞ」
とーさんがこれで参ったろと言わんばかりのすごいどやって顔で言う。
「わぁー、ありがとうっお父さん。パルさん良かったね。お父さんも手放しで喜んでくれてるみたいなんだから」
両手をパチパチと叩いて喜ぶねーちゃん。とーさんはあんぐり口を開けた。
とーさん……
「あれぇっ? ソーラちゃんの中で俺のかっこよさいくつなのっ?」
「えーと、ゼロの下ってなんだっけ?」
「ソーラちゃんひどいっ!」
とーさんはおいおい泣き崩れた。とーさんはいちいちおおげさだ。
「うー、パルっ。お前だいたいロジーナがいるだろっ。どうするんだよっ」
あっ、そうだよ。パルさんには奥さんがいたはずなのにどうするんだろう。
そう思ってパルさんを見るとパルさんは含み笑いをしていた。
「リックちんいい事を教えてあげるにゃ」
「……なんだよ」
「ミーの腕は右と左、合せて二本あるにゃ。……これはつまり二人の女性を同時に愛せることを意味してるにゃ」
「んな事意味させてんじゃねぇっ!」
「あははは」
とーさんが思わず手の甲でベシッとパルさんの胸を軽くどついた。パルさんはなんだか妙に満足そうだ。
そしたら、ずっとニコニコ見ていたかーさんがここで口を開いた。
「でもいいの? ソーラ。パルドレオさんはとっても素敵な方だけど。お嫁に行ったらなかなかカイトと会えなくなるわよ?」
そうだよね、パルさんの村結構遠いはずだもん。パルさんは一日で走ってきちゃうけど、普通に行ったらもっとかかる。
「あっ、ダメっ! ……ごめんね、パルさん」
「あらら、あっという間に振られちゃったにゃー」
ねーちゃんがパッとパルさんから離れた。
パルさんは肩をすくめて言ってるけど、顔はそれほど残念そうじゃない。
「くふふ、リックちん、それにしても慌てすぎにゃ。もう昔とは違うんだからにゃー、ミーも今は村に帰れば家族が待ってるにゃ。妻も子供もパン妖精もにゃ」
「そうだな、家族がいるもんな。妻も子供も、……妖精も、……か」
なんだ、パルさんってばいつもの演技だったのか。
とーさんもなんだかお酒の入ったグラスを見つめながらふぅっと軽く息を吐いた。
とーさんも演技だったって事に安心したのかな? 僕もホッとしたらなんだかまぶたが急に重たくなってきちゃった。
「あら、カイト眠いの? もう寝る?」
「だいじょーぶだよ、パルさんも居るからもっと起きてる……よぅ」
そう言ってみてるけど、言葉もちょっとふにゃふにゃになる。
まだ起きてたいのに。
「そう、カイトこっちへいらっしゃい」
僕は手招きするかーさんの方へ行くと、僕はかーさんの膝の上に抱えられた。
「じゃあ、少しだけ休憩したらいいわ」
そう言われて背中をぽんぽんと撫でられる。
「うん、……ちょっとだけ……きゅうけい」
僕はもうまぶたの重さに耐えきれない。
でもこれは休憩。ちょっとやすむだけ……
「最後になったけど、今日はおめでとうカイト。あなたが来てちょうど五年。ソーラとカイト、いい子が二人も居て私はとっても幸せよ」
もう意識が遠くの方へいっちゃってたから、かーさんの呟いた事は僕の耳に入らなかった。
結局僕は幸せな気持ちのまま寝ちゃっていた。
1話から4話をちょこちょこっと手直ししました。
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光月は7月~8月くらい。夏真っ盛り。