「いいから座ってろ」
「あー、いい匂いだねっ」
夕日でうす暗い室内に入るなり姉ちゃんが感想を漏らす。
確かにいい匂いだ、香ばしい焼けたパンの匂いが僕でもわかる。でも肝心の料理が良く見えない。
「ふふ、匂いだけじゃないですにゃー。ジャジャーン、にゃー」
パルさんがチョウチンカズラの蔓を引っ張る。
天井の梁に絡んでたくさんなってるチョウチンカズラの実に灯りがつくと、室内がぱぁっと一気に明るくなった。
「うわー、いっぱいだー」
テーブルの上に並ぶパルさんの作品たち。
テーブルの中央ではカゴがかぶって中身が見えないのが二つあった。
「ねぇ、食べ放題? 食べ放題なの?」
「あはは、ソーラに食べきれるかにゃー?」
「食べきれるよっ! 食べきっちゃうんだからっ!」
すごい気合いの入る姉ちゃん。
間違いない、あれは食べきる姉ちゃんだ。
「あれ? パルさんあれは?」
「ふふーん、まぁ座ってからゆっくりにゃー」
パルさんは鼻を膨らましながら僕を席に勧める。
もったいぶるな。それだけに期待が広がっちゃうね。
僕はドキドキしながら椅子に座った。
「れでぃーすえーんにゃんとるめーん。ようこそお越しくださいましたにゃー。ではさっそく試食会をはじめますにゃー」
僕達が拍手をする中でパルさんは頭を下げると、テーブルの籠の一つに手をかける。
「さっそくですが、これが水月の目玉になる新製品ですにゃー!
ダララララララララ、ニャーン」
それはドラムロール? 自分で言っちゃうんだ。
僕がそんな事を思っているうちに籠を開けるパルさん。
「かつてのミーと一緒に旅した仲間をモチーフにしたパンの第一弾。リックパンにゃー」
籠の中から出てきたのはニッとした顔のパン。なるほど、確かに父さんっぽい。
「うっへ、俺かよ」
「まぁ! かわいいですわっ!」
「いいにおーい」
「中身はミー特製、ブルーベリークリームがたっぷりにゃー」
照れたように頭を掻きながら笑う父さん。
母さんと姉ちゃんもリックパンに対してそれぞれ反応する。
このパンは耳が秀逸。耳はたぶんカリカリに焼いたチーズで、これがすごくいい匂いを出していた。
「あはは、ソーラはもう我慢できにゃいみたいだにゃー。でも我慢だにゃ」
「あう、パルさんのいぢわる」
がっくり肩を落とす姉ちゃん。
パルさんは楽しそうにしっぽをふよふよと揺らしながら次の籠を開ける。
「お次は第二弾。にゃにゃーんっ! ボリューム満点ライガパンっ!」
籠の中から出てきたのは、ちょっとムスッとした顔の猫目の人の大きいパン。大きくて焼きにくいからかな? 額に傷が入ってる。
「おお、マジでライガさんだ」
「まあああっ! これもかわいいですわっ!」
「はうぅぅ、これもいい匂いぃ」
「中身はお肉にお野菜をこれでもかってほど詰めてますにゃ」
ライガさんって確か父さんが旅した時の仲間の人。すごく体の大きい人だったみたいだけど、僕はまだ見た事がない。でも、イメージとしてはちょっと恐そうだったんだけど……
うーん、このパンを見る限りはどっちかっていうと怖いっていうよりおいしそうに見えるなぁ
それよりも姉ちゃんの我慢がもう限界って感じ、ライガパンもすごくいい匂いだしね。リックリームパンは甘そうって感じもあったんだけど、こっちはもうウマそうって言う匂い。
姉ちゃんじゃなくてもちょっとたまらないよね。
「この二つが目玉にゃー」
「ふーん、パルパンはないのかよ?」
父さんの問いかけにパルさんは指を一本立てて横に振る。
「チッチッチ。ミー自身をモデルとするパルドレオパンは究極かつ至高。そして親しみやすいお値段でのご提供でないとにゃー。問題がまだ山積みだからにゃー。
リックをモデルにした勢いだけで作ったようなのというわけにはいかないにゃー」
「おいっ! 目玉とかぬかしときながら勢いでやっただけなのかよっ!」
「あはは、出来上がったら結構出来が良かったからにゃー」
「素晴らしいですわっ!」
父さんとパルさんがいつもみたいなやり取りしてる横で母さんが立ちあがる。
何事かと思って僕はパンよりも母さんに目をやる。
「リックをモデルにしたリックパン。ライガさんをモデルにしたライガパン。どちらもとってもかわいいですわ。……ところで、私をモデルにしたチハヤパンは出ませんの?」
「ぶほっ! うーん、出ないかにゃー……」
なるほど、発作か。
僕は妙に納得すると、母さんがいやんいやんと頭を振る。
「えーっ! そんなっ、ずるいっ! 私をモデルにしたチーちゃんパンも作ってくれなきゃいやですわっ」
チーちゃんっ!
僕はぎょっとして固まってしまう。姉ちゃんも同じようなリアクションを取っていた。
「……チハヤよ。それは中身は何が入るんだ?」
「愚問ね、リック。もちろん油揚げよっ!」
うーん、油揚げ入っちゃうんだ。
それはどうかなーと首をひねると、パルさんも同じように首をひねっていた。
「うーん、ないかにゃー」
「そんなっ!」
「にゃーもんはにゃーですにゃー」
「いやっ、作ってっ」
「にゃーにゃーにゃー」
パルさんが黄金パターンで母さんを封じ込めにかかる。
まったく母さんも困ったもんだよね。って思いながら僕は気を抜く。
――これがいけなかった。
「むーっ! コンコンっ!」
身を乗り出して右手でキツネを作るとパルさんに突き出す母さん。
……えっ?
この不意打ちにみんな絶句したようでしばらく静かな空気が流れる。
母さんは一度座って居住まいを正す。
だけどすぐにガタッと立ち上がった。
「あっ、お夕飯の準備しなくっちゃ」
「それをごちそうになりに来たんだろ。いいから座ってろ」
父さんに袖をひっぱられてまた座る母さん。
だけどまたガタッと立ち上がる。
「あっ、お洗濯干しっぱなしだった気がしますわ」
「今日雨だから干してなかったろ。いいから座ってろ」
父さんが袖をひっぱ――
ガタッ――
「あっ、近所の奥さんとおしゃべりしなくっちゃ」
「みんな夕飯時だから邪魔になるだろ。いいから座ってろ」
父さんに袖をひっぱられて座る母さん。
今度は顔を真っ赤にすると、両手で隠して俯いた。
なるほど、冷静になると恥ずかしかったから逃げたかったんだね。
「あはは、チハヤさんは面白いにゃー。今日に免じてまた今度考えさせてもらいますにゃー。ままま、食べてくださいにゃー。他の新作もあるけどそれは食べながら聞いて下さいにゃー」
「食べてもいいのっ! もう我慢できなかったんだからっ! いっただきまーすっ!」
「わっ、ぼ、僕もっ。いただきますっ」
パルさんの許しと共にスタートダッシュを切る姉ちゃん。
僕達食べてる間パルさんがなんかいろいろ説明してた気がするけど、僕にはおいしいってくらいしかわからなかった。




