「……おばけが居る」
◇◆◇
ようやく厚い雲が途切れ出すと、その切れ目から太陽が顔を出す。
顔を出した太陽は赤くしながら西の山へと足早に走り、稜線のゴールテープを切って会場はゆっくりと暗転しだす。
――黄昏たステージからは第二幕、秋の虫のオーケストラの公演が始まりだした。
◇◆◇
パルさんが行ってからやっぱり雨が振りだしてたんだけど、夕方になってほとんど上がっていた。
出掛ける前に上がってよかったよ。
といっても、まだポツリポツリとたまに水滴が落ちてくるから、スイドウタンポポの綿の帽子を簡単な雨具にしてパルさんの店に向かう。
「ウーン、やっぱりカイトの帽子の方がいいなぁ」
姉ちゃんが僕の方の帽子をしげしげと眺める。
僕の帽子は姉ちゃんとは違ってちょっとだけ大きい。耳まですっぽりかぶるデザインになっているんだけど、僕は耳の位置が違うから母さんが特別に作ってくれたんだ。
「じゃあまた今度作ってあげましょうね」
「ホントっ! やったねっ、じゃあ今度はカイトとおそろいなんだから」
母さんがそう言って優しく微笑む。姉ちゃんは僕の前に飛び出すとくるっと翻って後ろ向きに歩くと嬉しそうに笑った。
僕もほっぺが自然と緩んじゃった。
「そうだねっ。でも姉ちゃん、後ろ向きに歩くと危ないよ?」
「あはは、はーい。カイトに怒られちゃった」
姉ちゃんが少しペロッと舌を出すと前の方に少しだけ駆けてから歩きだした。
姉ちゃんったら歩くたびに尻尾を振る幅がだんだんと大きくなりだす。
もうすぐパルさんのお店が近いからね。ふふ、顔を見なくてもどんな顔をしてるのか想像出来ちゃうね。
そう思ってたら突然姉ちゃんは足をピタっと止めて、尻尾をピンと立てた。
僕は不思議に思って駆けて姉ちゃんの顔を覗きこむ。
「どうしたの?」
「……おばけが居る」
「えっ?」
姉ちゃんは僕の前に庇うように腕を出す。姉ちゃんの目線を追いかけると、少し離れた場所でパルさんのお店の前で光が二つ揺らめいた。
よく見るとその光は顔になっていて、ケタケタと笑いながらこっちを見ているようだった。
「うわぁっ! おばけだっ! どうしておばけがパルさんの店の前にいるのっ」
僕が叫ぶと父さんが隣に来てじーっと光の方を眺める。
「どれどれ。おー、確かにおばけだなぁ」
「あら、ほんと? 大変ねぇ」
まったく緊張感がない父さんと母さん。
それどころか父さんなんかちょっと顔が笑っている。
「おっ。よく見てみろ、光の影にもう一体おばけが見えるぞ」
父さんに言われて目を凝らしてよく見てみる。
光の顔に煽られて浮き上がる影。
細身で長身の体に、不釣り合いなほど大きい頭。
その頭はカボチャで出来ていて、その顔もまたケタケタ笑っているようだった。
「ああっ! おばけに囲まれて……、こ、こわい。……パルさんのお店どうなちゃったのっ」
僕は父さんの服の裾を引っ張る。
「うーん、パルのやつおばけにやられちゃったかもなぁ」
「あら、ほんと? 困ったわねぇ」
やっぱりのんきなままでいる父さんと母さん。
でも、それとは正反対に僕の隣で姉ちゃんの尻尾の毛が逆立つ。
「うああああああっ! あたしの前でこれ以上は誰もやらせないんだからっ!」
「姉ちゃんっ、ダメだっ!」
「あっ。……ま、いっか」
僕の声を振りきる。姉ちゃんは一息に駆けてそのまま飛びかかった。
おばけは走ってくる姉ちゃんに一瞬ひるんだけども、飛びかかってきた姉ちゃんをひょいっとなんなく抱き上げて捕まえた。
ああ、おばけ、強い。
「くっそ、はなせっ! パルさんをどうしたっ! ……あれ?」
「オーウ。かわいらしいレディーがクソなんて言葉を使うのはノーグッドにゃー」
にゃー?
おばけに捕まってる姉ちゃんと僕が首を同時に傾ける。
姉ちゃんがゆっくり地面に下ろされると、おばけは自分のカボチャの頭を両腕で押し上げる。
……何も起こらずそのまま上を向くおばけ。
「んー……、んー。ンーっ!」
慌てたように自分の頭をもっと激しく押し上げる。
表情はケタケタ笑ったままだけど、なんだかとても苦しそうで焦ってるみたいだ。
これは、自分を苦しめているんだ。僕たちを怖がらせた罰を自分に科しているんだ。
なんて自虐的なおばけなんだっ!
「おばけさんっ! いいんだよっ、そんなに自分をいじめないでっ! おばけさんもパルさんのパンが食べたかったんだよねっ。でも夜しかこれないから今来たんだよねっ。ごめんね、勝手に怖がった僕が悪いんだからっ」
「いやいや、カイト。このおばけ、パルさんだったよ?」
え? って顔で姉ちゃんの方を振り返っている間におばけさんはカボチャの頭をすぽんと取った。
「ぷー、焦ったにゃー。いきなりソーラが飛びかかってくるとは思わなかったにゃー」
中から出てきたのは金髪に猫目に黒い斑のある猫耳……。パルさんだ。
パルさんは尻尾を軽くフリフリと揺らすと、こっちを向いてニーっと笑った
そういえば、尻尾は隠れてないね。
「どっきり大成功と言いたいところだけど、ミーもちょっとおイタが過ぎたかにゃー」
「そうよっ。ほんとに心配したんだからっ!」
あははと笑うパルさん。もうほんとにどっきりしたよ。
「まったくだぞ、パルはしかたがないやつだ。ソーラとカイトをびっくりさせやがって」
「ほとんどあなたがけしかけたようなもんでしょうに」
父さんと母さんが後から来て僕の背中越しに話す。父さんったらはじめっからわかってたんだね。教えてくれたらいいのに、少し意地悪だと思う。
それにしてもパルさんがおばけの振りしてたって事は、この隣のおばけはいったい? ケタケタ笑うカボチャの頭は少しも動かないけど、目と口からの光がふよふよ動いてる。
隣のおばけの顔をおっかなびっくり覗いてみる。
「……あ、火が付いてる。ってことはこっちも作りもの?」
「そうにゃー、ちょうど材料にしたカボチャの中身を抜いた外側で作ったんだにゃー」
「へー、すごいなぁ」
「お客様にはお出しできにゃいけど、これも食べれるからにゃー。こうやってじっくり火を通して後でスタッフがおいしくいただくにゃー」
なんて無駄がないんだ。
僕は勝手に感心していると、パルさんは扉を開けてくれる。
「いらっしゃいにゃーせーリック家ご一同様。誠心誠意おもてなしさせていただきますゆえ、本日は心行くまでお楽しみくださいにゃーせー。ではでは、こちらへ」
パルさんはそう言うと、カボチャの頭を脇に抱えながら案内してくれた。




