「リックはダメにゃー」
今日は朝から濃い曇り空。今朝から水の精霊をよく見かける。水の精霊ったらオデコの提灯を軽くチカチカさせながら嬉しそうだったから、たぶん昼になる前に雨になるんじゃないかな。
水の精霊は目が眠たそうでなんか愛嬌があっていいんだけど、雨はやっぱりちょっと嫌なんだよね。
こんな日はみんなもなんとなく元気がないんだ。
父さん、雨の日はギルドで書類仕事なんだって。父さん書類仕事は苦手みたい。「火の精霊が気合い入れてくれたらなぁ」って言って頬杖ついてるけど、雨の日に火の精霊頼みは酷な話だよね。自分で頑張るしかないと思う。
母さんはお洗濯ものが乾かないって言ってるし、姉ちゃんは外で走り回れないから雨は論外。
雨の日の降る日はいつもこんな感じで、今日もなんとなく憂鬱な朝だった。父さんがハァーってため息をするから、僕もハァーってため息をすると、玄関をノックする音がした。
「あら? 朝から珍しい人。はーい、ちょっと待ってくださいな」
母さんが返事しながら玄関の扉を開けに行く。
誰だろうね?
「ごめんくにゃーさーい」
パルさんにゃーっ!
僕は思わず豹族弁で嬉しくなりながらガタッと立ち上がる。
「「おはようっ! パルさん」」
僕と姉ちゃんが同時にハモる。姉ちゃんも僕と同じように立ち上がって尻尾を横にブンブン振っていた。
「はい、おはようございにゃーす。朝から元気にゃー。いいことにゃ」
「ようパル、朝っぱらからどうしたんだ? 店の日は明後日じゃなかったか?」
父さんの言うとおり確かにパルさんのお店は明後日と明明後日。だから準備のためにしても明日のはずなんだけど。
そう思ってると、パルさんはニーって笑いながら一枚の紙を両手でどうぞどうぞと渡す。
立ち上がってどうもどうもと両手で受けとる父さん。
「なになに。招待状? なんだこりゃ?」
「新製品開発したからにゃ、一家ご招待で試食会にゃー」
「おっ、そりゃいいなっ」
「まぁ、たまに晩御飯ご馳走になったりしてるお返しみたいなもんにゃ。今夜晩御飯代わりにうちの店でどうかにゃ?」
パルさんの提案で家の中が一気に明るくなる。
「ハハ、是非もねぇやっ。なぁっ、チハヤ」
「ええほんと嬉しい、雨が降りそうで憂鬱だったのが一気に吹き飛びましたわぁ。何着ていこうかしらっ」
「えっ! お母さんおしゃれするのっ? あたしもっ、あたしもっ」
「もっちろんよっ、今日はソーラもスカートはいて可愛くしましょうね」
手を繋いでくるくる回り出して喜ぶ母さんと姉ちゃん。
「あ、いや……。普段着でいいんじゃね……ぇか?」
それがピタッと止まる。父さんも途中でやっちゃったって顔をした。
けど、後の祭り。
母さんと姉ちゃんの顔がギギギギと重い扉を開くかのように父さんの方を向くと、おどろおどろしい気配を醸し出して我が家の雲行きが急に怪しくなる。
僕はただアワアワしながら両方の顔を交互に見るしかできなかった。
そんな所でパルさんがわざとらしく大きくため息をして見せると、肩をすくめて両手を広げる。
「リックはダメにゃー。確かに服装指定はしてないけどにゃ、レディー方が綺麗にドレスアップすることは招待するミーにとってもとても喜ばしいことにゃ、是非ともお二人レディー達の美しい姿をミーに見せていただきたいにゃー――」
そういいながら、胸に手をあてながらお辞儀するパルさん。
背が高いし細身だから様になるなぁ。
そう思ってたら顔だけひょこっとあがる。
「と、言いたいところですが、本日恐らく天気が崩れますからにゃー。せっかくのドレスを汚して、レディー達の顔まで曇らせては大変にゃー。ミーもそんな顔は見たくないにゃー。だから、キレイにドレスアップした姿はまた次にご招待させてもらったときに見せてもらえないかにゃ? これはミーのわがままにゃー」
言い終わった後に片目をパチッと瞑るパルさん。
すごいっ! 僕両目しか閉じれないのにっ。
姉ちゃんもなんかギュッギュッて瞬きしてる。多分僕と一緒。
「それもそうですわねぇ。せっかくの楽しい気分が台無しになってはしかたがありませんものねぇ。ソーラ、ここはパルさんに免じましょうか」
姉ちゃんの頭をそっと撫でる母さん。
すごいなぁ、パルさんこの空気を何とかしちゃった。やっぱりあのウィンクが決め手なんだね。
ちょっと練習しなきゃだね。そう思いながら目を開いたり閉じたりしてみる。
「そうっ! 俺はそれが言いたかったんだっ! 天気が悪いから台無しだってな。あっははは……は?」
一人笑い声を響かせる父さん。みんなからのあきれた視線が父さんを金縛りにする。
嫌な汗をダラダラ流している。
父さん……
「リックはダメにゃー」
「リックはダメねぇ」
「お父さんダメねっ」
三本の矢を一つに束ねて父さんを貫く。
胸を押さえて小さく呻いて一歩下がる。効いてるみたい。
そこで僕と目があってしまう。
――しまったっ。
慌てて目を逸らすけど、時すでに遅し。父さんが僕に飛び付いて抱き上げる。
「うぉぉ、カイトは俺の味方だよな? なっ?」
また異様な空気が流れる。じーっとした目線が僕の背中に突き刺さる。
父さん僕を盾にしてない?
「……父さん」
「なんだっ、カイト? 俺を慰めてくれるの――わぶっ」
話す父さんの口を手で塞ぐ。僕は自分の口の前に指を一本立てる。
「しー。父さんは、お静かに」
「ごふっ――」
僕は父さんにちょっと黙っててと促した。
父さんはゆっくり僕を下ろす。そのままふらふらな足取りで部屋の角までいくと、膝を抱えて床に座る。
ありゃ……、落ち込んじゃった。
「母さん……、父さんが……」
「ほうっておきなさい」
「でも……」
「大丈夫よ、パルドレオさんがなんとかしてくれるわ」
「無茶ぶりにゃ!」
さすがにパルさんもビックリしたみたいで、尻尾がピーンと立って細い目がギョッと開いた。
それでも僕はパルさんならと期待しながら見る。
「しゃーにゃいにゃー。リック、実は来るまで秘密にしておこうと思ってたんだがにゃ」
「……なんだよ」
背中を向けながら返事をする父さん。
「実はスペシャルな酒が今日入るにゃ、うちの妻には内緒にしなきゃならないくらい高級品でにゃ。家には持って帰れないから一緒に飲もうと思ってにゃー」
「……酒? どんなのだ?」
顔だけちょっとこっちに向ける父さん。尻尾も微妙に動いてる。
いいぞっ! さすがパルさんだっ。
「聞いて驚くにゃ? なんと、特級狼酒≪ヴォルク酒≫にゃー」
両手を腰に手を当てて胸を張るパルさん。
父さんはガタッと体を捻ると口を半開きにしてちょっとポカンとした後に、勢いよく立ち上がる。
「すげぇっ! 村の名酒なのに村人でもめったに飲めねぇ酒じゃねぇかっ! ……いいのか?」
うんうんと細い目をいっそう細めながらうなずくパルさん。
父さんがその場で飛び上がらんばかりに小躍りする。
「うははは、パルすげぇっ! パル、いやっパルさんっ! 今日いつくらいにいけばいい?」
「そうにゃー、日が沈みそうなくらいかにゃ? 時桂樹の締めの匂いが出る前くらいでいいにゃー」
「わっかったっ! よーし、気合い入ったし仕事いってくらぁ。ワハハハ」
あっという間に出ていった父さん。元気になりすぎて逆にこわい。
でもさすがパルさんだ。すごい。一家におひとつパルさんって感じだよね。
「すごいっ! すごいやパルさんっ!」
「あはは、物で釣っただけにゃー」
「でも、いいんですの? お高いものなのでしょう?」
母さんが心配そうに聞くと、パルさんが首を横に振りながらニッと口の端を上げる。
「名酒とはそこにあるだけじゃ未完成。名酒は盟友と飲んでこそですにゃー」
「あらっ。ふふふ、二人そろって酩酊しないでくださいましね」
「およ、一本とられましたにゃ」
パルさんが大袈裟に肩を竦めると母さんと笑いだした。
「んじゃ、また夕方に会いましょうにゃー」
「はーいっ、またねっパルさん」
手を軽くあげて出ていくパルさんを、姉ちゃんが元気よく手と尻尾を振る。僕も姉ちゃんに負けないように手を振った。
もう、夕方が待ちきれないねっ!




