「そうっ! 父さんなんだよっ」
ドライさんがヴォルクス様が裏の道場に居るって言うから裏に回って生け垣の隙間から道場を覗いてみる。
うーん、表から普通に訪ねた方がよかったねぇ?
そんな事を考えてると、隙間の向こうからこっちを逆に覗き見てる人と目が合う。
「えっち」
「なんでさっ! って、ヴォルクス様」
「ふぉっふぉっ、冗談じゃ。カイトや、遊びに来たんか? ……おやぁ?」
生け垣を飛び越えてこっちに来ると、髭を撫でながら笑うヴォルクス様。僕の頭をぽんぽんと撫でると、なんか僕の後ろの方に一瞬目を向けて首をかしげる。
なんかあるのかな? まぁいいか。
「あのね。僕ね、ヴォルクス様にお願いしに一人で来たんです」
「ん、一人? おお、おー、おー。そういうことか、一人で出かけるのは初めてか?」
今度は僕の方をみて首を一瞬捻った後にポンと手を打って頷く。
「はい、初めてっ! ちゃんと来れましたっ」
「そうかそうか、えらいなっ。じゃあ大成功じゃな」
ヴォルクス様が膝を屈めて両手で僕頭をわしゃわしゃ撫でてくれた。
えへへほんとに大成功だねっ!
「わかったわかった、話を聞かせてもらおう」
ヴォルクス様がそう言って立ち上がったところに、ヒラヒラ紙切れが飛んでくる。それはなぜかヴォルクス様の前でひとりでに漂う。
ずいぶん変な風が吹いてるんだね。
「ふむ、カイトや。昼飯はうちでワシやひ孫らと食っていくか?」
「はいっ――。あ、いえ、お昼ごはんまでに一回帰ってきなさいって言われてるんで帰らないとです……」
「そうかそうか、カイトはえらいのぅ」
ヴォルクス様が僕の頭を撫でながら、なんか僕の後ろに向けて親指と人差し指で丸を作った。
そうすると、紙はひらひらどこかにいった。
「じゃ、道場の方へ行こうか」
「はいっ。わっ!」
「こっちのがはやいぞぃ」
僕は表の方へ回ろうとすると、ヴォルクス様が僕を小脇に抱えると生け垣を飛び越えて道場に向かった。
◇◆◇
「――ふむ、それで≪魔法使い≫か。なるほどのう。それでワシに“魔”の部分を教わりたいんじゃな」
道場の縁側でお茶をヴォルクス様とすする。そしてシイ様とのことと今朝の事を説明した。
「はいっ! ヴォルクス様に教えてもらいたいです」
僕は姿勢正して改めてお辞儀をすると、ヴォルクス様の目がニンマリと細くなりながら頷いてくれた。
「よかろう。実はワシは教えるのには自信があるのじゃよ」
「わっ、ほんとっ? ――ですかっ?」
やったっ! 嬉しくってつい言葉が崩れちゃった。
教えてもらうのならここは今まで以上に気を付けなきゃね。
「ワシの指導は厳しいぞ。覚悟はいいか?」
「は、はいっ。大丈夫です」
キタっ! この教わるって感じ。これって乗り越えたらすごくなってるパターンのやつだっ。
ドキドキしてきたっ!
「フフフ、いい返事じゃ。カイトよこれからはワシの事はな……」
「――はい」
やっぱりここで師匠とか老師とかになるんだね……
腕を組んで目をつぶるヴォルクス様。
この間が……、心臓がバクバクしすぎて破裂しそう。
「よし、さっそく西魔術のお勉強じゃっ」
「あれぇっ」
盛大に肩透かしをくらう僕。ヴォルクス様が口をとんがらせる。
「ええのが思い付かんかったんじゃもん。まぁ、あんまり堅苦しくしなくていいじゃぞ。なんじゃったらワシの事は“おじいちゃん”でも構わんぞ? ん?」
髭を撫でながらカラカラ笑いながら言うヴォルクス様。
「えっと、それはちょっと……」
「ふぉっふぉっ。まぁ、はじめようか」
「はいっ、お願いしますっ」
本当はすごく魅力的な提案だったんだけどね。
そう思いながらヴォルクス様の後をついて道場に入った。
◇◆◇
ヴォルクス様に西魔術を教わる僕。
……ヴォルクス様の指導は初回からとっても激しかった。
「――で、アチョーってかんでアタタってするとじゃな」
「えっと、えっと」
……。
「――あぁ、違う違う。そこはもっとジャーとワーを混ぜてシュビドュバーじゃ」
「っえ? 一体どう混ざって?」
…………。
「――うーん、ここはシャラポワァァァァっなんじゃな」
「……。」
……それは人の名前じゃない? 村の人じゃなさそうだけどねっ。
うーん、父さんが心配してたのはこれかぁ。
そう言えば、ヴォルクス様の家に飾ってるドラゴンとの戦いの話もこんな感じだったっけ。
参ったなぁ。ヴォルクス様一生懸命だし、教えてくださいって僕から言っといてなんだけど。
これはちょっと……。いや、かなりキツイなぁ――
「あっ、ちゃんとこれたんだね。えらいっ」
「ドライさんっ!」
ドライさんが来て一時中断。
助かったっ!
そう思うと満面の笑みでドライさんに駆け寄っていた。
「じいちゃんと何してたの?」
「……えっと、西魔術を教わってたんだ」
「あぁ――、さっぱりわかんないでしょ?」
「さっぱりわからんとはなんじゃドライ。カイトは賢いからワシの言うことをよっく理解しとわぃ。のぅ? カイト」
「のぅ?」って聞かれてもノーって返したい僕。とはいってさすがにお願いしたのもあるしそれもなんだしね。困ったなぁ、何て答えたらいいんだろう。
自然と腕を組んでうーんと首をひねっていた。
「ほぉら、カイトも困ってるじゃない。じいちゃん教えるの下手なんだから。誰もわかんないよ」
「下手ぁっ! そんなことはないはずじゃっ。ラークなんかウンウン頷いとったわ」
「ラークはさすがにじいちゃんの後継者だよね。多分じいちゃんの生まれ変わりなんじゃない?」
「……ワシ、今日も元気です」
がっくり床に両手をつけてうなだれるヴォルクス様。
すごいっ、ドライさんが強いっ! でも、ちょっとかわいそうかな……
「ヴォルクス様。僕ね、聞いててヴォルクス様のは上級者向けだと思いました。だから、今の僕にはちょっとわからなかったんだと思います」
「そうじゃな、ワシのは少しだけ高度過ぎたかもしれんなっ!」
急に胸を張るヴォルクス様。立ち直り早いなぁ。
「……俺は今でもわかんないけどね」
「やーいやーい、半人前ー」
「ち、違うっ。西魔術だけならじいちゃんにだってっ」
「アッカンベー、お前の母ちゃんワーシの子ー」
「くっ、囃し立てながら普通の事をっ!」
ドライさんが対処に困って地団駄踏んでると、変な躍りをして楽しそうにするヴォルクス様。
仲良しだねぇ。
でも困ったなぁ……
「……僕、どうしたらいいかなぁ」
「ふむ。今、村に居るのでじゃと……」
ヴォルクス様が変な躍りのままピタッと止まりながら考え出す。
そこへ、この村では珍しい赤毛の人がやってきた。アンシェちゃんとラークくんのお母さんのセナさんだ。
「みなさぁん、お茶でもいかが? って、あらあらぁ楽しそうねぇ」
「いただこう。セナは気が利くのう。アインは果報者じゃ」
「あらまぁ、ヴォルクス様ったらお上手ですわぁ」
口許に手を当てて穏やかに笑うセナさん。
アンシェちゃんも大人になったらこんな感じになるのかな?
「あっ、そうじゃ。セナならカイトにどうじゃろうな?」
「なるほど、確かに」
「あら嬉しい、わたくしも仲間に入れていただけますのぉ? でも、なんのでしょう?」
微笑みながら首をかしげるセナさん。
「えっと、僕に西魔術を教えくれる人を探してるんです」
「あらぁ、そうなのぉ」
「セナはきっと適任じゃ、むこうの都じゃ鬼軍曹として生徒達に親しまれとったらしいぞ」
鬼……。それって親しまれてるの?
あっ、でもヴォルクス様って冗談ばっかり言ってるからっ――
「やぁだぁ、ヴォルクス様それを言わないで。小さい子の前で恥ずかしいですわぁ」
「デヘへー」
そういいながら両手で寄りかかるようにヴォルクス様の肩を軽く押すセナさん。
ヴォルクス様がデヘへーって、さすがアンシェちゃんのお母さん。
って言うか、鬼軍曹については否定はないんだね……
「こんな可愛らしい子に色々教えられるなんて、とっても嬉しいですわぁ。アンシェに睨まれちゃう。うふ」
えっと、西魔術だけだよ……ね?
「でもぉ、わたくしが教えても月末までですし途中で先生が変わるのもぉ……」
「ふむ、それもそうじゃね」
「わたくしはドライ君がいいと思いますわぁ」
「おれっ? できるかなぁ……」
自分を指差して驚くドライさん。腰に手を当てて自信がなさそうに俯く。
「うちの子達にもとってもよく教えてくれてるじゃない? それにドライ君、わたくしの目から見てもかなりの使い手だもの。きっといいと思うわ」
「そうですか。ムフーン、セナ義姉さんに言ってもらえると自信が湧いてきますねっ」
ドライさんの両肩に手をおくと軽く揉むセナさん。
すごいっ。顔をあげたドライさんの顔ったら、ものすごい自信満々の笑顔になってる
うーん、でもなぁ……
「フフーン、どう? じいちゃん。西魔騎士団の鬼軍曹のお眼鏡にかなうほどなんだよ?」
「ふーん。それはええがカイトの顔を見てみろ。オチ担当なのに大丈夫かなぁ? って顔をしとるぞ」
「なんでバレっ――、あっ、ちがっ」
「カイト……?」
突然のヴォルクス様の振りに、図星を当てられた僕はうっかり答えてしまった。
さっきと一転してドライさんがすごく悲しそうな顔をして僕を見てる。
「違うのっ! あれっ、父さん。そうっ! 父さんがそう言ってたんだ。オチ担当はだいたいドライさんだってっ。だから僕もちょっと頭に浮かんだだけで――」
「……なるほど、リックさんか。こんな純粋なカイトに、そんな邪悪な色眼鏡をかけさせたのはっ!」
「そうっ! 父さんなんだよっ」
なんだかすごく盛り上がるドライさん。とりあえず全部父さんのせいにした。
ごめんね、父さん。
「なんとしても、俺のいいとこをカイトに見せなきゃ」
「――ちょうどええとこにお客さんじゃぞ?」
「え?」
ヴォルクス様が庭の方を指差す。
その方向を見てみると緑色のぷるぷるした物体。
リククラゲだっ! それも何体かいるっ。
「よし、カイト見ててよね。それで俺のカッコよくてすごくできるところを伝えるんだ。リックさんとチハヤさんにね」
「う、うん。……母さん関係なくない?」




