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「返事くらい、待とうよ」

「ごちそうさまっ」


 僕とねーちゃんが手を合わせる。朝からからあげとかは無かった。残念。

 よく考えたら、とーさんがパーティーターキーを今日狩りに行ってるから朝からはないよね。

 その代わりに巨峰がいっぱいあった。うん、僕は巨峰も大好きだよ。

 だからお腹がはちきれそうなほど食べた。ねーちゃんもいっぱい食べてお腹がまるーくなっている。


「はい、お粗末様でした」


 かーさんが、僕とねーちゃんの食べっぷりにやさしく微笑む。


「そうそう。後で二人でパルドレオさんのところへお使い行ってもちょうだい。お母さん、お昼ご飯と今晩の準備でちょっと手が離せないの」

「はーいっ! カイトっいこっ」


 ねーちゃんがさっそく僕の腕掴むと、ぐいぐい引っ張る。


「まってっ、ねーちゃんはそんなにいっぱい食べたすぐで苦しくないのっ?」

「平気だよ?」


 なんてことでしょう。ねーちゃんのあんなに丸かったお腹はもう元通り。

 さすが食いしん坊だと僕は思ったけど僕は同じようにはいかない。


「ソーラ、まだすぐに行っても準備中よ」


 かーさんがねーちゃんを諌めるけど、ねーちゃんは僕の手を引っ張ったまま足踏みする。


「でも早くから並ばないと売り切れちゃうよ?」


 パルさんのパン屋さんは、だいたい開店から日の一番高く昇る時間までに売り切れる。開店前には結構な行列だ。


「慌てん坊さんねぇ。今日はカイトの誕生日でしょ? 先に頼んであるから大丈夫よ」


 頼んであるってことはやっぱり。


「ケ――」

「ケーキっ?」


 僕の声をねーちゃんが遮った。

 ちょっと待って欲しい。それは僕のセリフなんじゃないだろうか。

 僕の誕生日の分なんだからそこくらい言わせて欲しいと思った。


「もうっ、ソーラったら。カイトの分よ?」

「あうっ」


 かーさんがころころ笑いながら窘める。

 ねーちゃんはしゅんとしおれて僕から手を離す。


「ねーちゃん、さっきも言ったでしょ。半分こしよ」


 見かねた僕がそう言うと、曇っていた顔からパーッとお日さまが出てきた。


「そうだったねっ!」


 ねーちゃんが僕の手を両手握ってぶんぶん振る。


「ふふ、カイトは優しいわねぇ」


 かーさんが僕の頭を撫でてくれた。

 僕は嬉しくなって。かーさんの腰に抱き付いた。


「アタシちっさいほうでいいからねっ」

「あ、あたりまえだよぅ。おっきいほうは僕のだよぅ!」


 僕は顔だけをねーちゃんの方に向けて、目を大きく開けて抗議をした。

 びっくりするなぁ。さっきも言ってたし、本当に食い意地のはったねーちゃんだと思った。



 ◇◆◇◆◇



 日は頂点を目指して昇り、村では気温よりも早く人の活気が高まる。

 そして今、太陽よりも一足早く活気は頂点となっている。

 吹く風は熱気をはらみ始め、みんなの仕事を急かす――



 ◇◆◇◆◇ウルブ村◇◆◇◆◇



お腹がこなれてから僕はねーちゃんとパルさんのお店に向かった。


「カイトっ、走って行こうよ」


 ねーちゃんが足踏みしながら言う。

 ねーちゃんはかけっこが好きなんだ。


「えー、ねーちゃん僕の事置いてくでしょ?」


 ねーちゃんの足は速くて僕はとてもじゃないけど追い付けないうえに、走り出すと夢中になるからよく置いてけぼりになる。

 うちからパルさんの店までは村の半分くらいの距離があって結構遠いから、一人にされたら不安になってしまう。


「じゃあじゃあ。あそこの三本杉の所までにしよっ」


 そう言いながら指をさす。見えてるところなら平気かな?


「うん、わかっ――」

「よーい、どんっ」


 僕が返事するより早く駆けていった。あんまりなフライングである。

もともと足がとびっきり速いのに、戸惑っている間にどんどん離れて行く。

 やっぱり放っていかれるんじゃないだろうか。そう思った僕も慌てて走って追いかけた。



 ひいひい言いながらなんとか三本杉に着いた。ずーっと先に到着していたねーちゃんは腰に手を当てて待っていた。


「カイト遅いよー?」

「はぁ、はぁ。ねーちゃ、返事くらい、待とうよ」


 僕は空気を必死に吸いながらねーちゃんに抗議する。


「もう、しょうがないんだから」

「はぁ、はぁ……。」


 しょうがないのはねーちゃんだと思いながら、僕は息を整える。


「あーっ、ソーラちゃんだーっ」

「ほんとだ、カイトくんもいるね。ソーラちゃんにカイトくんやっほー」


 三本杉の向こうからバスケット籠に花を一杯にした女の子が二人、手を振って歩いてきた。


「あっ、ミネアちゃんルッカちゃんやっほー」


 ねーちゃんも僕も手を振って返す。

 二人はうちの近くに住む姉妹だ。青い髪と目に狼の耳と尻尾が付いている。ここの村の人はほとんど青狼族だから、とーさんやこの二人みたいな感じの特徴がある。


「ミネアちゃん何してたの?」

「あっちでお花摘みだよ」


 ミネアさんは村の広い空き地を指さす。そこは黄色、紫、赤などのいろんな色の夏の花が一面に咲いていた。


「ソーラちゃんもカイトくんも遊ぼうよ」

「あっそぼうよーっ」


 ミネアちゃんが僕たちにそういうと、続けてルッカちゃんが僕の腕を引っ張る。


「うーん、ごめんねミネアさんルッカちゃん。僕たちおつかいの途中なんだ」

「そっか、カイトくんおつかいなんだ。えらいんだね」


 ミネアさんに頭をなでなでされる。ミネアさんはみっつ上だから、ねーちゃんよりももうひとつお姉さんだ。ルッカちゃんは僕のひとつ上。


「あーっ、カイトくん今日誕生日じゃなかったっけー?」

「うん、そうだよっ。5才になったんだよ」

「わーっ、おめでとー」

「おめでとう、カイトくん」

「えへへ、ありがとう」


 そういうと二人はパチパチ拍手してくれる。覚えててくれたなんて嬉しいなぁ。


「あっ、そうだー。さっき摘んできたこのお花をあげるよーっ」


 ルッカちゃんは手持ちの籠から白くて大きい花を取り出すと、僕の髪に挿した。


「わぁっ! カイトっ、かわいいよっ!」

「本当、カイトくんかわいいわ」

「似合ってるねーっ、かわいいーっ」

「そ、そう、かな?」


 三人にかわいいかわいいって言われる。僕一応男の子だから、あんまりかわいいとかはあれなんだけどなぁ。

 ここは素直に好意を受け止める。


「もっと、あげるねーっ」

「あ、私もあげるよ」

「じゃあ、これも上げるね―」

「私も負けないよ」

「ちょ、ちょっとちょっとっ」


 僕の声などまるでないかのように、白熱する二人。何を競い合ってるのか、ルッカちゃんとミネアさんは僕の髪にあるだけの摘んだ花を挿した。

 僕の頭は花だらけ。

 うーん、僕は花瓶じゃないよ?


「あははははっ、カイトかわいいーっ」


 ねーちゃんがおなかを抱えて笑う。それバカにしてるよね?

 僕はジトっとねーちゃんをみる。


「うふふ、ほんとカイトくんってかわいいわ」

「いいなー、私もこんなかわいい弟欲しいなー」


 ミネアさんが口元を押さえながら笑う。

 ルッカちゃんも本当に物欲しそうに僕を見る。ルッカちゃんに弟がいたらひどいおもちゃにされてそうだ。


「あーあ、どっかにこんな弟落ちてないかなーっ」


 ……ズキン。

 胸が締め付けられるように痛む。少し頭もくらくらする。


「こらっ! ルッカっ!」

「えっ? あっ……」


 ミネアさんが少し声をあげてルッカちゃんを呼ぶと、ルッカちゃんも何かに気がついて泣き出しそうな顔になる。ルッカちゃんは無邪気な子だ。悪気はないことは僕も知っている。


「カイトくんごめんね」

「あう……、ごめんねぇ……」

「う、ううん。気にしないでよ。ぼ、僕は大丈夫だからね」


 胸がズキズキ痛い。痛いなぁ。膝が抜けそうだ。でも、僕はここは笑って返そうと笑顔を作ろうとした。

 でも、うまく笑えなかった。

 笑うってどうするんだっけ?


「カイトくん本当ごめんね、ソーラちゃんも。……おつかいがんばってね。ルッカっいくよっ」

「うん……、ごめんね、カイトくん……」


 うまく笑えなかったからか、ミネアさんがルッカちゃんの手を引いていく。ルッカちゃんも涙を溜めながら引かれていく。本当にルッカちゃんに悪気はないのはわかる。

 それでも僕の胸はズキズキ締め付けられる。

 ……苦しい。蹲って吐きだしたいくらい。 


「カイト……」


 ねーちゃんが僕の手を握る。僕の手よりほんの少し大きいねーちゃんの手は僕よりも暖かい手をしていた。

 ほんの少しだけズキズキが収まった気がする。


「カイトはね、あたしが見つけたんだよ。カイトはね、落ちてたから拾ったんじゃないよ。あたしと出会ったから家族になったんだよ」


 そう言いながら僕の手を少しだけ引っ張って引き寄せられると、ぎゅっと抱きしめられた。

 でも、いつもみたいにぎゅーっじゃなくて、そっと優しくだった。


「あたしとカイトはずっと一緒、ずっと家族なんだから」


 胸のズキズキはもうどこかにいった。

 そのかわりにねーちゃんの言葉が僕の胸には収まりきらなくて目から溢れてきた。

 僕は収まりきらなかった分だけ、ねーちゃんの胸の中で零した。


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