「もう要らない」のは、あなたの方です
ふと思いついた話第三弾くらい。またまた自滅系ざまぁです。
アイデア出しにチャットAIを使用しています。
「ご苦労だった。君はもう要らない」
そう言いながら室長のオズンが机の上に置いたのは、一枚の書類だった。軽く目を通してみればそれは辞令書のようで、窓際部署と有名な部署への異動をエリーヌに命じるものだった。
「要らない、とは?」
「君の働きで我が部署の業務体系は十分に改善された。だからもう君の力は必要ないということだ。これからは他所でその能力を生かしてくれ」
彼の言葉は上っ面だけをなぞれば新たな門出を祝うものとして受け取れなくもないが、その声には冷淡で無関心な響きがあった。窓際部署への異動と合わせると、用が済んだからエリーヌをポイ捨てするということなのだろう。
エリーヌは黙ってオズンの顔を見つめた。三年前、王都の商会で勤めていた時に取引先の相手として出会った時も、突然王宮文官へのヘッドハンティングを受けた時も、こんな冷徹な顔はしていなかった。もっと誠実で人の良さそうな顔をして、いかにも真心のこもったような台詞を吐いていたのだ。
だからそれを信じて、エリーヌは誠心誠意働いた。業務量が多すぎてパンクしかけていた王宮予算管理室のために、自分ができることを全力でやった。
人員は十分に配置されていたが、それでは手が足りなかった。だからエリーヌはまず余裕を作ることから始めた。ベテランの手を煩わせる雑務を引き受け、同じ新人を助けて、人の何倍も働いた。そうしてどうにか繁忙期を乗り切り、一段落ついたところでエリーヌは次の一手を打った。
繁忙期の慌ただしさに巻き込まれたことで、エリーヌは業務の不効率さに気が付いていた。帳簿の付け方も、書類のやり取りも、各所との連携も、色々と無駄が多い。今期はエリーヌががむしゃらになって何人分もの働きをしたからか大きなトラブルもなく切り抜けられたが、例年はもっとごたつくものらしい。それでは駄目だ、とエリーヌは思った。他の誰か、例えば室長のオズンもそう思ったからきっとエリーヌが呼ばれたのだ。
その期待に応えるべく、エリーヌは業務体系の整理を始めた。まず既存の作業がどういう意味を持っているのかの洗い出しから手を付けて、変えていい場所とそうでない場所を見極める。これを怠るとどこかが麻痺して結果全体が上手く回らなくなるから、慎重にせねばならない。
ベテランと協力しながら既存の業務体系を見直し、省いてよい無駄は省いて、手分けしていい部分は分ける。そうして業務内容を整理した後は適切な配分を考える。個人の適性と習熟度、そしてキャパシティを考慮して業務を振り分ける。
この大仕事を完了させる頃には、王宮予算管理室はすっかり以前と様変わりしていた。以前は地獄と称される過酷な環境で、業務の無駄が多いが故に手が回らず、各人が自分の領分を超えた仕事を手伝わねばならないことも少なくなかったから余計に混乱していたのだ。それが業務体系の整理によって各人が己の業務に専念するだけで潤滑に回るようになり、これまではいきなりこき使われ叱責されて潰れるだけだった新人にも丁寧に指導をして下積みをさせる余裕ができたために離職率も大幅に改善された。
今や王宮予算管理室は、エリーヌが人の何倍も働かずともつつがなく回るようになっていた。オズンの言う通り、エリーヌ一人が欠けようとももう問題はない。そのためにエリーヌは働いてきたのだから。
例えパンクしかけている現場を一人の働きで支えても、その一人が抜けたらまた機能不全に陥るようでは意味がない。故にエリーヌは抜本的な改革にこだわり、特定の一人が抜けても不特定の誰かで埋められる環境構築に努めた。
その功績をいたずらに振りかざす気はないが、まさかこうも簡単にポイ捨てされるとは。職務に関しては人を見る目があるつもりだったのに、人柄に関してはとんだ節穴だったようだとエリーヌは内心自嘲した。
「そんな風に睨んだところで無駄だ。辞令はすでに上に通してあるから、君一人のわがままでは覆せない。今月中に業務室内の私物を撤去し、来月から該当部署へ異動するように」
「睨んではおりませんが」
「言い訳は聞かない。話は以上だ。早急に業務に戻れ、これは命令だ」
こつこつと苛立った様子で机を叩くオズンに、エリーヌは黙って机に置かれた辞令書を受け取って踵を返した。振り向くと同僚達が一斉に目を背け、自分は何も知らないという顔で書類や帳面に向かい始める。
「君が私の妻であれば、家庭の都合などを考慮して君をこの部署に留まらせることも考えたのだがな」
去り際に聞こえたオズンの一言に、なるほどこれはオズンの私情も挟まれた人事なのだな、とエリーヌは理解した。エリーヌは仕事をするためだけに王宮文官になったつもりだが、オズンはそうではなかったのかエリーヌを度々食事だの何だのに誘うことがあった。
一度部署内の打ち上げで酒を酌み交わした時などは、やたらと強い酒を勧めて酔い潰そうとしてきたほどだ。エリーヌは言葉巧みにかわしたがあまりにしつこいので「気分が悪くなった」と言い、寮まで送ると迫るオズンから逃れて親しい女性文官と二人でその場を抜け出した。
その時女性文官と「ちょっと必死すぎてキモいよね」と愚痴を言い合ったのが耳に入ったかどうかは知らないが、ともかく自分の誘いを袖にされたオズンがこの人事を組んだのは間違いあるまい。
(給与も高いしやり甲斐はあったし、環境は最高になったしで言うことなしの現場だったのだけどね)
まあ唯一の欠点だったオズンから離れられるならいいか、と気を取り直して、自分の席に戻ったエリーヌはさっそくペンを手に取った。
これからは自分の業務と並行して、業務の引き継ぎマニュアルを作らねばならない。少しばかり忙しくなるぞ、と気を引き締めて、エリーヌはペンを走らせた。
◇◆◇◆◇◆◇
来たる人事査定を控え、オズンの胸中は期待に膨らんでいた。
(ここ数年で王宮予算管理室は大きく改善された。それもこれも私の人事のおかげだ)
数年前、王宮予算管理室という地獄の釜に新たな室長として放り込まれた時にはオズンはひどく絶望した。立ってる者は新人でも使え、という言葉がまかり通っている現場では室長のオズンさえも使い走り同然に酷使され、とても心が休まる暇などなかった。
このままでは潰されてしまう。そう思った時に目をつけたのが、予算の精査のために顔を合わせた商会員のエリーヌだった。エリーヌは女だてらに商会の筆頭事務員を務めており、経営のほとんどをその一手に引き受けていた。そんな権限を委ねられているのもひとえに彼女の優秀さだと聞けば、エリーヌを狙わない手などなかった。
甘い言葉を吐いて誘えば、案の定エリーヌは乗ってきた。そうしてオズンの目論見通り馬車馬の如く働き、オズンが安穏と茶を啜るだけでいいように環境まで整えてくれた。腹立たしいのは嫁の貰い手もつかなかった売れ残り女のくせにオズンが遊んでやろうとしたら冷たくあしらってきたことだが、それも窓際部署へ追いやって思い知らせてやったおかげでいくらか溜飲は下がった。
泣いて縋りでもすればより面白かったものの、自分が環境を改善させたばかりに人手が要らなくなって追い出されたという結末はあの生意気な女には相応しい末路だろう。優秀な人間を見出し上手く使った上に他所の部署に融通してやった功績でより昇進するオズンにもしあの女が縋ってきたら、手酷く遊んで捨ててやってもいい。そう考えながら、オズンは自分の人事査定を今か今かと待ち侘びていたのだが。
「君は別部署に異動とする。室長ではなく一文官として、一からやり直すつもりで励んでもらいたい」
「は……?」
上司から告げられた一言に、オズンは目を見開いた。
王宮予算管理室の環境改善という成果を上げた自分が、平の文官に降格される? それも花形部署ではなく、エリーヌを追いやったのとは別の窓際部署へ。あり得ない。そんな馬鹿な。
「な、何かの間違いではありませんか? そんな、私が降格など……」
もう一度適正な人事査定を、と縋るオズンに、上司はじろりと白い目を向ける。そして溜息をひとつ吐き出すと、数枚の紙束を机の上に叩きつけた。
「これを見たまえ。君の素行に関する報告書だ」
オズンは慌ててそれを手に取り、そしてざっと目を通した。文章を目で追ううちに背筋を冷や汗が伝い、紙を握る指が強張る。乱雑にページをめくり、あらかた全容を確認したところで、オズンは声を荒げた。
「違うんです。これは、悪質な風評で」
「客観性が裏付けられる程度には証言は集まっている。それに言い逃れのできない実例もある」
次いで提示された数枚の紙に、オズンは顔を青ざめさせた。それはエリーヌと、他数人の辞令書だった。
先程見せられた報告書には、オズンがいかに問題のある人物かが所狭しと書き綴られていた。職務の放棄、部下へのセクハラとパワハラ、個人的感情による人事権の濫用。エリーヌや気に食わない文官に異動や降格を命じる辞令書と、自身の知人や気に入った女性を王宮予算管理室へ配属させる辞令書の束は、その悪行を裏付ける重要な証拠だった。
「私的な感情による人事は固く禁じると、そう規定があったはずだ。理不尽な退職勧告は許されずとも異動なら許されるとでも思ったのかね?」
「しかし……! わ、私が見出した人材のおかげで王宮予算管理室の改善が……」
「確かに君がスカウトした人材によって大きく環境は改善された。だが、君はそれにどれだけ貢献した? 最初の一手は君でも、改善に取り組んだのは他の文官達だ。何か貢献をしたと言うのなら、具体的に、その仔細を教えてくれたまえ」
上司に詰められて、オズンはぐ、と言葉を詰まらせた。エリーヌによる部署内の改革を、オズンは目の前で見ていた。だがあくまで「見ているだけ」で、後は適当にやってくれと丸投げさえしていた。
エリーヌ達が作り上げた業務配分だって、ろくすっぽ取り合わずに「適当にやっといて」の一言で済ませた。いつからかオズンには確認して判を押すだけの書類しか回ってこなくなり、オズンはサボり放題になった。
今まではそれを何とも思わなかった。むしろ楽になって良かったと、本来要職とはこうあるべきだとあぐらをかいて享受していた。だがその結果はどうだ。順風満帆だったはずのオズンは今や進退窮まって、華やかな栄達の道から元の平へと叩き落とされようとしている。顔から血の気を引かせて震えるオズンに、上司は今一度溜息を吐いた。
「君のこれまでの働きを考えて一からやり直すという温情を与えたつもりだが、それさえ気に食わないと言うのなら辞めてもらって結構だ。どうするかは君自身が決めたまえ」
話は終わりだ、と告げて上司が退室を命じる。後がないオズンはもう一度考え直して欲しいと上司に縋ったが、上司は呆れた顔をするばかりでまるで取り合ってくれず。警備の兵士に引きずられて強制退場させられたオズンは乱雑に放り出された格好のまま立ち上がることもできず、ただただ放心した様子で自分の辞令書を眺めているだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇
オズンが王宮を辞したらしい、という噂はたちまち文官の間を駆け巡り、やがてエリーヌの耳にも入ってきた。
「まあ妥当ですよねー。むしろあんだけやってて懲戒免職じゃないだけありがたく思えって話ですよ」
「予算の使い込みまでしていたらそうなっていたかもね。そこだけは理性はあったのか、怖くて手が出せなかったのかは知らないけど」
「いやあ十中八九イモ引いてただけっしょ。いきなりクビにするのはまずいけど降格や左遷ならよし! ってやってた奴に良心なんかないない。薬盛ったりしなかったのも言い逃れの余地残してんのよ。ずる賢いけど妙なとこチキンなのよねあの小悪党」
文官達の休憩所として機能する食堂でエリーヌと共に世間話に花を咲かせているのは、かつて王宮予算管理室の仲間だった女性文官のフレナとルイゼだ。エリーヌとルイゼはオズンの機嫌を損ねたがために他部署に回されていたが、馬の合う三人は所属が変わっても隙を見てこうして集まっては親交を深めていた。
「なーにが『ご苦労だった、もう君は要らない』よ、自分が一番要らないお荷物だったくせにさ。元から役立たずで忙しい時ほど逃げてたからほんっっっといなくなってせいせいしたわ。なんでロドリゴさんじゃなくてあんな馬糞以下が頭やってたわけ?」
「コネ人事らしいわよ。あの人、家が侯爵閣下の派閥でしょ? だからまあその繋がりよね」
「うーわ。じゃあ親の顔に泥塗りまくりじゃん。今頃絞られてんだろうね、超ウケる」
ぎゃはは、と元貴族令嬢にしてはちょっとやんちゃな声で笑うルイゼを、エリーヌもフレナもはしたないとたしなめることはない。貴族籍こそ残っているが三人とももう貴族令嬢という歳ではないし、そういうマナーを口うるさく咎められるような場にも立っていないからだ。
世間ではエリーヌ達のように他家と縁付かず何かしらの職に就き身を立てている女性のことを「行き遅れ」と呼んで後ろ指を差す声もあるが、別に己を恥じる必要もないとエリーヌ達は思っている。恥かどうかで言えば財務大臣を務める侯爵閣下との御縁で王宮予算管理室の室長に取り立ててもらいながら、ろくに仕事もせず問題行動ばかりして実質的に暇を出されたオズンの方がよっぽど恥だ。
「ロドリゴさんが室長になってから、どう? やっぱり働きやすくなった?」
「もちろん。不備があれば向こうも気付いてくれるし、見つけてもぐちぐち言わないから空気もいいし。もう天国よね」
「ハンコ押すだけだったもんねあいつは。そのくせ後でミスが見つかったらしつこく嫌味言うし。人を責める前にあんたも見逃すなって話よ」
フレナの話によれば、オズンが抜けた後の室長の座は古株のロドリゴが引き継いだという。実直な仕事ぶりで下への面倒見も良い人だったから、今後も立派に室長を務めてくれるに違いない。あの人がトップなら本当に今は天国なんだろうな、とエリーヌは古巣に思いを馳せた。
「ところでエリーヌはどうなの? 改革は上手く行ってる?」
「私が何かしてるわけじゃないわ。まあ所蔵物のリストアップとか、色々やることはあるけどね」
「相変わらずできる女ねぇ。何か手伝えることがあったら言って、いくらでも手を貸すから」
「もう。そんな大それたことはしないったら」
一方のエリーヌはと言うと、オズンに飛ばされた窓際の中の窓際部署でそこそこ上手くやっていた。
エリーヌが新たに配属された王宮遺物管理室は、国宝などと比べて価値の低い過去の王族の所有物の維持・管理を行うだけの部署だ。いつだかの王が使ったワイバーンの牙のパイプとかいつだかの王子が私的に書き溜めていた詩集とか、そういったとても国宝にはならないが歴史的資料価値はあるかもしれない品々を収めた蔵を時々点検して所蔵物の整備をし、新たな所蔵物が現れればリストに書き加えて蔵に放り込む。それだけが業務内容である。
正直言って、かなり暇だ。暇で暇で仕方ないから、エリーヌは蔵に収められていた品を順番に検分していた。そうしたら記録と違うブツや、破損や汚損がされたブツが現れた。
どうも閑職で人の目を届かないのをいいことに管理を疎かにしたり過失による破損を隠蔽したり、果ては所蔵物を売って小銭に変えていた文官が過去にいたようだ。エリーヌはこれを上に報告し、一時期王宮遺物管理室は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
エリーヌを含めた現在の所属文官が無実であると速やかに証明され、かつ被害に遭ったのが国宝の類ではなく重要性の低い品々だったのでそこまで大事にはならず早々に騒ぎは鎮火したが、王宮の所有物なのだからしっかり管理した方がいいという意見が出て管理体制の見直しが図られた。
現在は既存のリストを元に現在の所蔵物とその状態等を記した新様式のリストを作っている最中であり、定期的な点検と整備のやり方についても大きく改革が入る予定だ。本人にその気はなかったとはいえ、側から見ればまたもやエリーヌが部署の改革を成し遂げてしまったという形になる。
激務が常態化していた部署を余裕を持って働けるように作り変えた前回と違い、今回はおざなりに仕事をするだけでいい暇な部署に仕事を増やしたから周りには恨まれるかとエリーヌは思ったのだが、幸い「予算が増えた」だとか「仕事をやる意味が見えてきた」だとか好意的な意見ばかりだったので命拾いした。半ば島流し先として機能していたために、暇をありがたがるのではなく苦痛に感じていた者しかいないのが功を奏したらしい。
「このままいくと、エリーヌが王宮を丸ごと改革しちゃうかもしれないわね」
「やだ、超いいじゃん。まずは食堂から改革して欲しいわ。とりあえずメニューとテラス席の増設から」
「もうっ。二人とも、あんまり無責任に持ち上げないでよ」
冗談を言うフレナとルイゼをエリーヌがたしなめ、二人がころころと笑う。そうして実に穏やかに賑やかに、王宮文官の昼休みは過ぎていった。
よくある「有能な人を追い出したばかりに困る」パターンではなく、追い出しても何も問題はなかったけど「あの人がいなくても困らないならお前も別にいなくても困らないよね?」されるパターンでした。
そもそも追い出したところでなんも困ることがなかったとしても職場に多大な貢献をした人を不当に追い出した時点で周りの心象は良くないよね、という。だから世の悪役は冤罪をかけて追い出すんですね。人間性がお排泄物!(罵倒)
ストレートなざまぁにしたかったのですが、いまいち弱くなってしまった気がします。力加減が難しい。




