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味見をしない料理人〜ゲロマズいと言われた俺の料理、異世界では死ぬほどウマいと大人気〜

作者: 内田らいす
掲載日:2026/01/30

5話くらいに分けて連載の方に投稿しようかと思いましたがやめました。どうせ文字数は変わらないし、皆ならこの程度の文字数、なんて事ないと思ったので。

……ですよね?

 俺の名前はノリオ。料理人を目指して日々鍛錬を重ねていた……はずだったのだが、気がつけば異世界に転生してしまっていた。夢でも見ているんだ、誰だってそう思う。だがこれは現実だ。その証拠に、俺の唇にはあいつの体温と匂いが、そしてあいつと触れた舌の感触がまだ残っている。


 ……なぜこうなったのか、というと――。


 ◇◇◇


「いただきまーす!」


 友人の一人であるヒロトはその声を合図に目の前の皿に盛られた料理を口に運んだ。直後、彼は満面の笑みを浮かべてその料理の提供者を褒めたたえた。


「これ、すっげー美味いよ! 何杯でも食えちゃう!」


 その言葉に、提供者ははにかみ笑いを浮かべる。もちろんその提供者とは俺の事ではなく、俺の隣に立つリョウのことだ。料理人という同じ夢を目指す俺たちは、ヒロトを審査員として料理対決をしていた。

 先攻、リョウの料理は好評の様子。だが、俺はそんなことでは動じない。料理でならきっと勝てると思っていたからだ。恐らく俺とリョウの腕は互角。それならば単純な味に加えた追加点で勝敗は決まる。リョウは料理の見栄えを気にするタイプだから、俺はまた違うアプローチをすればいいだけのこと。楽勝だ。


「俺のも食べてみてくれよ」


 俺は作ったシチューを皿に盛り付け、ヒロトの前に置いた。青色のルウにじゃがいもやブロッコリーなどの具材が点々と浮かんでいる。地球の始まりをイメージした力作だ。しかし、ヒロトの表情はそれを見た途端、青ざめた。


「す……っげえ見た目だな……自然界に存在しねぇ青さだ」


 どうやら俺の芸術は理解されなかったようだ。見た目ではリョウに軍配が上がった。しかし料理の本質は香りと味だ。一口食べれば分かるさ。俺の凄さが。

 ヒロトはスプーンをゆっくりと口に運んだ。


「何だこの匂い……何が入ってるんだ? 味は――」


 次の瞬間、ヒロトは言葉を詰まらせた。いや、口に物を入れた状態では喋らないのは当然のことだ。気にする事はない。そう思った矢先、ヒロトは嘔吐した。


「おい! 何で吐くんだよ、ひどいぞ!」

「だってこれゲロマズおえぇぇぁぁぁ」

「それはお前のゲロの味だろ!」

「違うぉおうぇぇぇえぇえ」


 目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にしながらヒロトは胃の中の物を吐き続けた。

 全く、これだから素人はだめだ。料理のことを何も分からないような奴はそのままゲロの海に沈むがいい。

 ゲロ吐きマーライオンと化したヒロトは無視して、俺はリョウに料理を押し付けた。リョウはそれを一口も食べようとせず、代わりに言葉を返した。


「これ……何入れたんだよ」


 ははーん、さては隠し味を暴こうというのか。そうはいかない。材料さえ知っていれば、リョウはいとも簡単に全く同じものを作ることだってできてしまうのだ。


「何って大したもんじゃないさ。普通の食材やら調味料だよ」

「普通のもの入れてたらこんなに青くならないよ……」


 そう言いながらリョウはシチューに浮かぶ具材のひとつをすくい上げた。


「これは何?」

「じゃがいもだよ」


 次にシチューの底に沈む具材をすくい上げた。


「これは?」

「ナマコだよ」


 次にシチューの海を泳ぐ具材をすくい上げた。


「……これは?」

「トリュフだよ」


 俺が一通りの質問に答えると、リョウは呆れたような様子で頭を抱えながらため息を吐いた。


「ノリオ、料理って知ってる?」


 当然だ。それを知らずして料理人になる資格などない。俺は力強く頷いた。リョウはさらに深くため息をついた。


「じゃあ聞くけど、世界中の高級食材を一つの鍋にぶち込んで煮込んだ料理ってどう思う?」

「変わってると思う」

「そういうこと。他の例えをあげるなら、一流パティシエの作ったケーキをパイ投げに使うようなものさ」


 う……む。分かりそうで分からないような微妙な感じ。ただ、高級食材闇鍋だって美味しいかもしれないし、しょうもないパイ投げに一流パティシエのケーキを使う方が面白い。バラエティ的なウケは良いに決まってる。と言ったらデコピンされた。

 リョウは俺のシチューを俺に見せつけるようにしたがら再び問答を始めた。


「どうしてこんな見た目なの?」

「地球の始まりをイメージしたの……斬新かなって」

「うん、確かに斬新だけど、いきなりこんな……原色の料理が出てきたら食べる人はびっくりするよ。――具材や調味料はどんな感じで選んだの?」

「色々入ってたら……斬新かな、って」

「うん、そうかもしれないけど、これでは斬新じゃなくて混沌だよ。――それじゃあ、どうして具材達がシチューの中を泳いでいるの?」

「……斬新かな――」

「斬新って言えば何でも許されるわけじゃないからね!? 煮込んだ食材が遊泳してる料理って斬新でもなんでもないし!」


 模範解答のような説教への反論も見つからず、俺はただ頭を垂れて聞くことしか出来なかった。思い返してみればいつもこうだ。小さい頃から勉強も運動も、歌や絵だってリョウに勝てたことなんてない。唯一勝てたのはダンゴムシ集め大会だけだ。そんなの、何の武器にもならない。だから俺の夢である料理ならば――


「勝てると思ったのにぃ……」


 俺は自分の作ったシチューを口に運んだ。リョウが言うほど悪くないはずだ。だけど一連の流れのせいで自信が無くなってきたし、不味く感じる。

 次にリョウの料理を口に運んだ。それは疑うべくもなくうまかった。二つを食べ比べてるうちに何故か涙がこぼれた。


「うぅ……ぐすっ……俺のだっておいしいもん……負けてないもん……」


 俺はついに、みっともなく泣き出してしまった。するとリョウが俺の頭を撫でた。


「泣くことないじゃないか。俺はノリオのこと凄いと思ってるぞ」

「え?」

「俺ならわざと下手に作っても、どんなに頑張ってもそんな見た目にも匂いにも味にだってならないと思う。具材が泳ぐなんてもっての外さ。つまりそれはお前の天性の才能。俺には絶対真似出来ないお前の武器だよ。だから――」

「りょ、リョウのバカ! もう知らない!」


 俺はシチューをすくい上げ、リョウの口の中に押し込んだ。


「もがっ……うぅうむ……うッ」


 その直後、リョウは白目をむいて倒れた。打ち上げられた魚のように口をパクパクと動かし、全身を震わせている。しかし一分にも満たぬうちに動かなくなった。オーバーな演技かと思ったが、様子がおかしい。口元に手をやると、リョウは息をしていなかった。

――どうすればいい? どうしたら……人工呼吸だ! 学校で習ったから多分できるはずだ!

 俺は早速、人工呼吸を試みた。リョウの鼻を摘み、互いの唇を重ねる。

 戻ってこい! 戻ってこい!

 祈りを乗せて息を吐く。

 願いと共に息を送る。

 何度か繰り返すと微かにリョウの胸が上下に動いた。やった! そう思った次の瞬間、リョウは嘔吐した。吐瀉物はまっすぐに俺の口の中へ注ぎ込まれた。口を離そうにも、(うごめ)くセロリが俺とリョウの舌を繋いで離れない。そうこうしている間にもどんどん吐瀉物が俺の中を満たしていく。

 息ができなくなり、次第に意識が朦朧としてきた。

 このままじゃ……死ぬ。

 その予想通り、俺は死んだ。


 そして、目が覚めると俺はここにいたってワケ。思い返してみると、我ながらバカみたいな話だよ。

 記憶も姿も変わってないとなると、転生とは違う気もするけど、一回死んだんだから転生ってことでいいんじゃないすか?


 ◇◆◇


 だだっ広い平野に立つ俺を、惨めだと嘲笑うかのように冷たい風が吹き抜けた。寒い。おまけに腹も減ってきた。何か作ろうにも道具も具材もないし……仕方ない、その辺の草でも食べよう。

 地面に生えていた雑草を適当にむしり取り、口に入れた。まさに雑草と言わんばかりの青臭さがあるばかりかと思っていたが、意外にもすっきりとした味わいだった。雑草にしてはおいしい。

 俺は夢中で草を食べた。背の高い草むらをかき分けて――否、食べ進んでみると、そこにはウサギのような何かがいた。もちろんウサギのはずがない。ウサギには角なんて生えてないし、鱗にだって覆われていないし、目も脚もこんなに多くない……何で俺はこれをウサギだと思ったんだ?

 それでもウサギのように臆病で、俺の存在に気づけば逃げ出すかと思った。だが、そいつはこちらに向かって角を伸ばしてきた。微かに上体を反らすと、先程まで俺の頭があった空間が貫かれる。


――こいつ、ヤバい奴だ。逃げよう。


 俺は一目散に駆け出した。その背後からあいつが……いや、いつの間に仲間が集まってきたのか、何十匹のあいつに追われていた。

 走り回っていると、脳内で声が響いた。


「何やってるんですか! どうして逃げているんですか!?」

「はぁ!? 誰だよ!?」


 俺の問いかけに答える素振りを見せず、声は続ける。


「ほら、早くスキルを使って撃退しなさいよ! 楽勝でしょあんなの」

「スキル? 知らねぇよそんなの! ってか、あれが楽勝ってイカれてんのか!? 止まったら全身穴だらけンなって死ぬだろ!」

「ぷーくすくす。あんな雑魚モンスター、病に倒れた老人ですら倒せますよ。年端もいかない子供だってスキルの練習と称して何百匹も虐殺してるんですから」


 怖っ! この世界の子供たち怖っ!! 嬉々として動物を(なぶ)り殺す子供たち怖っ!!! いや、でも子供にこそ残虐性は強くあるはずだしそんなに怖く……怖いわ! 何百匹も殺してるんだぞ!

 よく分からない声と無駄に喋ったり脳内でツッコんだりしたせいで体力を消耗してしまった。息切れが激しい。もう走れない……。

 もう諦めよう。俺はよく頑張った、頑張った方だよ。辛いことはあったけど、これまでいい人生だった。思い残すことはもう何も――。


「あなたまだ何もしてないでしょ! 何やり切ったみたいな感じ出してるんですか!?」

「俺はもうダメみたいだ……後は頼んだぞ……さあ、早く逃げ――」

「逃げられません! あなたが死ぬと私も消えちゃうんですから、助かってくださいよ! 早くスキルを使ってください!」

「使い方わかんないもん……」


 仕方ないですね、と声が呟くと、突如俺の右手に不思議な感覚が走った。見た目には何の変化もないけれど、やけに熱い。


「さあ! 技名を叫んでください!」

「技名? だから知らないってば! てか、スキルじゃなかったのかよ!?」

「何でもいいんです! 早く!」


 俺は右手をウサギもどき共へ向け叫んだ。


「全員、焼肉にしてやるーーっ! スキル発動! 我が右手に宿りし炎よ、愚かなる者共へ灼熱の裁きを――」

「長い!」


 直後、俺の右手から炎が飛び出し、あいつらを一匹残らず黒焦げにした。その後にはあいつらの死体は無く、代わりによく分からない変なものが落ちていた。拾い上げてみると、「肉」という文字がその物体の近くに浮かび上がった。


「はあ? 何だよコレ、あいつらが……肉になった? どういうこと? しかも、俺の手から火が! てゆーか、何で字が目の前に出てくるんだよ!」

「へーっ! ノリオさんのスキルは目の前の動物を肉に変えることができるんですねー! しかも、焼肉にも! すごいですね!」


 声はそう喜んだ。凄いなんてものじゃないでしょ。死体すら残さず目の前の動物を肉に変換する、ってもはや悪魔の所業だろ。

 そういえば、叫んだ技名って意味あったのか? あれのせいでこんな力が発現したとか……。


「え? 技名ですか? 何の関係もありませんよ。その方が気分出るかなーって。実際出たでしょ?」


 なんだコイツ。というか、スキルとか技とか手から火が出るとか肉とか訳わかんないんだよ! 説明をしろ!


「とりあえず、全部このアイテムボックスにしまっちゃいましょうね」


 直後、どこからともなく箱が現れた。重い音と振動を伴いながら着地したそれは、ひとりでに蓋が開いたかと思うと地面に散らばった肉を次々に中へ吸い込んでいった。

 

「どどどどどどうなってるんだ……?」

「この中は四次元空間になっているので、それより低次元のものは際限なく入るんですよ! しかもその時の状態を保ったまま!」

「中の構造なんかどうだっていい! この箱はどっから出てきたんだって聞いてんだよ! 危うく潰されるところだったし、理解が追いついてないのに新しいモン出すな!」

「はいはい、実はさっきまでのものは全て……教えられません! 秘密です!」


 ムカつく! アニメのヒロインみたいな萌え声なのが余計にイライラする! 実体さえあれば今すぐ肉に変えて食ってやったのに! ……まあ、助かったしスキルだか技だかよく分からん能力も、この箱も便利そうだからいいか。そうだ、草もいくつか箱に入れておこう。多分料理すれば何かしらができるはずだし、それを誰かに食べてもらおう。これだけ美味い素材が不味くなるわけがない。

 俺はその辺の草を手当たり次第に引っこ抜いては箱の中に放り込んだ。すると、声は慌てた様子で声を上げた。


「ちょっと! これゴミ箱じゃないのよ! むしった雑草なんか入れないでよ!」

「この草意外とウマいから、料理に使うんだよ。いいだろ? 食材なんだから」


 声は納得いかない様子でブツブツとつぶやいていたが、俺はそれを無視して草を投げ入れ続けた。一通りすんだところで蓋をしめると、箱は跡形もなくその場から消えた。


「とりあえずこんなものかな。待っていても客は来ぬ。故に自ら赴くのだ。ってことで町へ行きたいな」

「ここは、私のスキルの出番ですね! うおおおおお!!!」


 何だ何だ、まさかワープでもしてくれるのか!? ……ムカつく奴だと思ったけど案外良い奴じゃん。萌え声だって、その、結構チャーミングだよ。やっぱりこういう声の子が一人いるだけで作品の質? 完成度? も変わってくるよな。


「どぉうりゃあああ!」


 声は、せっかく褒めた声を荒らげ、ドスを効かせて叫んだ。

 直後、激しい閃光が煌めき、爆発が起きた。辺りに広がった爆煙が晴れると、目の前には――どこかを指す黄色の矢印があった。


「何コレ」

「これぞ、私のスキル《導きの光》です! その矢印を辿って歩くとあら不思議、目的地まで着いちゃうんです!」

「ワープとかじゃないのかよ」

「ワープだなんて、あんな危険なもの使う人いませんよ! 時々体の一部分だけ移動先にたどり着かなかったり、位置がずれたら残りの人生を壁の模様として生きることになったり、移動先との間の障害物に激突して粉々になったりするんですからね!」


 何だよそれ! ワープってそんな危ないものだったのかよ! ワープ使いの皆さん、くれぐれも気をつけてください。挽肉になったら皆が悲しみますので。じゃなくて! 結局、目的地まで徒歩じゃないか……まあ、いいさ。


 ◇◆◇


 矢印の示す通りにしばらく歩いていると、やがて石造りの建物が見えてきた。どうやらここが目指していた町のようだが、高い塀のようなもので囲われており中はまるで見えなかった。


「やっぱり、冗長な移動のシーンは飛ばすに限りますね。それにしても、この世界もこんな感じ、か……」

「え? 何か言った?」

「ううん、何でもないの。さあ、町に着いたことだし中へ入りましょ!」


 塀に沿って周囲を一周歩いてみた。町を囲うように堀が掘られており、四方に伸びた橋が唯一の外との連絡通路のようだった。その先の門も、脇には門番が槍を手にして立ち塞がっている。まさに鉄壁、よほど閉鎖的な町か外敵を警戒しているのか。


「どう思います? 通るのはマズいか……」

「大丈夫ですよ。万が一のことがあったらスキルで肉に変えればいいんですから。もし目撃者がいても、人を呼ばれる前に肉に変えちゃえば解決です! なんなら、街の人みんな肉に変えちゃいましょ!」


 うん。コイツに意見を求めた俺が馬鹿だった。

 状況を整理しよう。一面は塀、門番、そして開かれた門。門が開いているということはつまり――普通に通っていいってことだよな!

 はい、普通に通ります。

 こういうのはビクビクしている方が怪しいってものだ。俺は堂々と、胸を張って門をくぐった。門番は一瞥しただけで特に気に止めることもなかった。


「ほら、全て私の作戦通り! 大成功!」

「黙れ。お前は全員を肉に変えようとしただけだ」

「ここまで来れたのは私のスキルのおかげよ。それを忘れないでよね」


 声はそう反論した。どうしても自分の手柄にしたいらしい。そんなこと、絶対にさせるもんか。


「ここまで歩いたのは俺だぞ!」

「何よ……さっきの場所にワープで戻したっていいのよ!」

「戻る前に挽肉(ひきにく)になってオダブツだ! ポンコツ!」

「いーじゃない、挽肉になっちゃえばいいんだわ!」

「やっぱりお前、誰かしらを肉に変えたいだけじゃないか……」

「あなただって私のこと肉にしてやるとか考えてたクセに!」


 言い争いをしていると、突然何者かに肩を掴まれた。見上げると、初老ほどの男性がいた。


「君、一人で何を騒いでいるんだい? どうかしたのかい?」

「だってコイツが――」


 と言いかけたところで、声の主の姿が見えないことを思い出した。気まずい空気が辺りに漂う。俺は見失った言葉を探すように視線を泳がせた。

 ふと見上げた先に、食堂の看板らしきものがあった。それこそ俺が求めていた場所だ。こんなに早く見つかるとは、都合がいい。

 男性に一言挨拶をして、俺はその看板の出ている店へと向かった。


 ◇◇◇


「いらっしゃいませ〜!」


 店に入ると、明るい女性の声が俺を迎えた。駆け足で近づいてくるブロンド髪の美女、彼女が声の主だった。


「ありがとう! あなたがお客さん第一号よ!」


 彼女は俺の手を握ると腕がちぎれそうな勢いで上下に振った。


「えっと……俺、客じゃないです」

「え? それなら不動産会社の方!? ようやく叶った夢なんです! お店を畳むのだけはまだ……!」


 深々と頭を下げられた。雇ってほしいだけなのに言い出しづらくなった。それにしても、俺が「お客さん第一号」ってことはできたばかりの店なのか? それとも絶望的なまでに人気がないのか。


「あの……実は、ここで雇ってほしくて」


 俺がそう言った途端、女性は目を丸くした。


「え? あぁ……嬉しいけど、うちは雇う余裕なくて。お客さんも全然来ないしね」

「だったら、お客さんが来るようにすればいいんですよね? 俺、料理には自信あります!」


 そう言うと、女性は眉を八の字にして困ったような表情になった。


「料理さえ美味しければお店が成り立つってわけでもないのよ。どんなに美味しいものを作っても、それを伝えられなきゃお客さんは来てくれないもの……私は料理も得意ではないけれど」

「今から何品か作らせてください! それで、美味かったらここで働かせてください。もし不味かったら、俺、掃除でも何でもタダ働きします!」


 俺には最高の食材があるんだ。絶対に美味い料理を作れる自信があった。


「えっ、でも……タダ働きは違法……分かりました。誰も来ないし、お店のキッチンを使ってください」


 キッチンに案内された俺は、彼女――この店の店長――に礼を言い、調理を始めた。


 まず、肉を……まあ適当に切ればいいか。フライパンに肉を乗せて、よく分かんない調味料を色々とぶちまけながら両面を焼く。多分、これでステーキになるはずだ。草は適当に洗って、適当にやってサラダにする。

 素がウマいんだから、どうやっても不味くなるわけがない。なるわけが……不味い。肉の食感がゴムみたいだ。それに鉄錆みたいな味がする。草も何だかセロハンテープを食べてるみたいな感じがする……。

 作り直そう。食材は山ほどあるんだから。さっきのは練習で、今からが本番。

 ちゃんと味をみながら調味料の配分を考える。肉も均一に火が通るようにして、サラダの方は……まあいい感じにする! よし、完成!

 どれどれ……はい、美味い。素材が生んだ奇跡の味、じゃなくてこれこそが俺の実力だ。リョウはあんなこと言ってたけど、俺だって美味い料理くらい作れるんだ。


 俺は早速上手くできた方を持って店長の前に置いた。


「できました! 自信作です!」


 店長はまず、サラダの方を口に運んだ。すると、店長の顔色はみるみる曇っていった。


「……」

「どうですか?」

「瑞々しくて……食感がシャキシャキしてる……」

「サラダですからね」


 次に、ステーキを恐る恐る口に運んだ。


「……」

「……どうですか?」


 口をモゴモゴと動かしていくうちに、店長の眉間にしわが刻まれる。


「柔らかくて、噛まなくても口の中でほぐれていく……気持ち悪いわ」

「……」

「中も赤いし……」

「ミディアムレアですからね」


 おかしい。上手くできたはずだ。さっきの感想だって、まさに美味い料理に付くべきものって感じだった。それなのに店長は不満そうだ。

 俺は肩を落とし、深くため息をついた。そんな俺をなだめるように店長は笑って見せた。


「大丈夫、ちゃんと雇ってあげる。あなたの人柄、気に入ったもの。料理は……ちょっと任せられないけど。そうそう、自己紹介まだだったわね、私はマキコ。これからよろしくね。えーと……」

「ノリオです」

「ノリオくん。――それじゃ、後片付けしちゃいましょうか」


 二人で片付けをしにキッチンへ入る。虚しい気持ちになりながら、フライパンについた油か何かよく分からない粘性の液体を拭き取る。やっぱり、リョウの言うように、俺はどうやっても不味い料理しか作れないのかな……。


「雇ってもらえて良かったですね!」


 突然、声が喋りだした。


「何もよくないよ……料理できないんじゃ」

「まあまあ、初めてなんてみんなそんなもんですよ。気を落とさずに鍛錬を――」

「向こうでも、何年も料理してた」

「……」


 言葉なしかよ。俺の腕は言葉じゃ言い表せないくらい酷くて哀れだと言いたいのか。姿も名前もない声のくせに生意気だぞ。

 フライパンをすすいでいると、店長が何かを指さして聞いてきた。


「こっちのは何?」


 そこには別のフライパンがあった。そこにはねずみ色をした肉が鎮座している。

 しまった、失敗作をそのまま放置してしまっていた。

 店長はその肉を口に運ぼうとしていた。


「ちょっ……それは!」


 俺の静止は間に合わず、店長はそれを口に入れた。噛みづらいのか、何度も何度も口を動かす。三分ほどかけてようやく飲み込んだ店長は目を大きく見開いた。


「……!」


 そして、ポロリと呟く。


「おいしい」


 おいしい?

 ……おいしい? あの失敗作が?


「ほへゑぇ?」


 思わず変な声が漏れた。


 ◇◇◇


 そんなこんなで翌日からは早速俺がシェフとして料理を作ることになった。店長の宣伝や、たまたまやって来たお客さんから伝わり、瞬く間に大盛況となった。店内は満席、外に行列までできているほどだ。

 当然二人では手が足りないので何人かのアルバイトも雇った。


「ご注文は?」

「シェフの気まぐれステーキと、シェフの気まぐれスープと……シェフの気まぐれサラダにするわ」


 火にかける時間や切り方がまちまちだったり、味見をしなかったり調味料も目分量だったりするせいで一皿一皿違うものができあがる。どれも俺の武器の本領を発揮するためだ。料理に名前を付けたところで再現は不可能なので、この店のメニューはシェフの気まぐれシリーズしかない。


 営業時間が終わり、翌日の仕込みなんかをしているところへ店長がやってきた。


「こんなことになるなんて、ちょっと前まで想像してなかったわ」

「店長の客引きやお客さんの口コミ、アルバイトの子の接客が良いからでしょうね……何より、シェフの腕が良いから」

「そうね。お客さんの中には『この料理が無きゃ生きていけない』だなんて言ってる人もいたわ。責任重大ね」

「大丈夫ですよ! 何年でも何百年でも生かしてやりますよ!」


 おどけながらガッツポーズを取ってみせると、店長は笑ってくれた。その目は微かに潤んでいた。多分、夢が叶ったことが嬉しいのだろう。そういえば、俺も料理人になるのが夢だった。今、その夢が叶ったんだ。この食堂は俺と店長――マキコさんの夢が詰まった場所なんだ。


 ◇◆◇


 翌日、お店は休業日なので俺は食材を採りに向かった。今日の採取場所は山に決めた。

 長距離移動は面倒だが、声のスキルによる矢印でのナビゲートがあるのでなんてことはない。当初は行き先を示すだけのスキルかと思っていたが、矢印の上に乗って走ると高速移動ができるという仕掛けを発見してからは超絶便利なスキルへと成り上がっていた。


「もー、便利なものができるとすぐ使おうとする。人間の悪い癖ですよ。たまには自分の足で歩いたらどうです?」


 矢印の上で風を感じていると声が文句を言ってきた。スキルの持ち主が言うことか? だいたい自分で歩けもしないのに生意気なヤツだ。


「普通に歩けば二時間かかる距離が、矢印の上なら十五分だぜ。便利なものがあるなら使わなきゃ損だよ。ほら、もうすぐ――」

「……私の意思一つでスキルを止められることをご存知ですか?」


 その直後、矢印が消えた。


「えっ、ちょ待っ」


 俺は勢いそのままに吹き飛ばされ、空中で何度か回転した後地面に全身を打ち付けられた。幸い怪我はないが、痛みが走る。


「いててて……おい、何するんだよ!」

「フン、スキルなんてもう使ってやらないんだから! 導きもなく、自分の足で歩けばいいんだわ!」

「あー……うん。もう山に着くから歩くね」


 スキルを止められ、吹き飛んだ先は山のすぐ麓だった。俺は痛みを堪えながら山へ入った。

 キノコのようなもの、何かよく分からない木の実、蛇みたいな生き物、山の中は食材で溢れていた。食べられる食材かどうかは声が判断してくれるが、さっきの一件のせいか今日はやけに苛立っている様子だった。それでも手伝ってくれるのは嬉しい。後でちゃんと謝ろう。


 色々と採取していると茂みから物音が聞こえた。その直後、唸り声と間隔の狭い足音が聞こえた。


「あっ! 後ろから熊みたいなヤツが!」

「ていっ」


 目の前に肉が散らばった。


「あっ! あっちから虎みたいなヤツが!」

「それっ」


 目の前に肉が散らばる。


「あっ! あの木の模様、人の顔みたいだわ!」

「と……どうでもいいよ! そんなこと!」


 俺は肉を全てアイテムボックスにしまった。このスキルのおかげでどんな獣や化け物が出ても怖くない。数秒後にはみんな箱の中、数日後には客の腹の中だ。

 

 あまり採りすぎるのも自然に良くないので適当なところで見切りをつける。


「そろそろ帰ろうかな。声さん、よろしく」

「イヤよ! 自分で歩きなさい!」

「機嫌直してくれよ。さっきのは俺が悪かったって。たまには歩くからさ、今日は頼むよ」

「ダメ! たまに歩くなら今から歩きなさいよ!」


 仕方なく徒歩で町まで戻った。いつもなら三十分のはずの道が長かった。こんなに長い道のりを歩いていたとは知らなかった。

 ちなみに、声はスキルを使わないといいつつ、こっそり微加速してくれていたことを俺は知っている。


 ◇◇◇


「戻りましたー」

「おかえりなさい。遅かったじゃない?」

「ちょっと諸事情が……」


 明日の仕込みやら清掃の手伝いやらをしていると、入口のドアにはめられた小窓越しに人影が見えた。たぶんお客さんだろうが、残念ながら今日は休みだ。ドアにも、マキコさん自作の「今日はお休みです」と書かれた――俺には読めないが――看板がかかっているはずだ。

 しかし、人影はウロウロとして立ち去ろうとしない。今日は休みです、と伝えるためにマキコさんは立ち上がり、入口へ向かった。


「すみません、今日はお休みなんです。ごめんなさいね」

「そうなんですか……じゃあ、また来ますね」


 ドアの隙間から見えた姿に見覚えがあった。俺は慌てて駆け寄り、立ち去ろうとする人物に声をかけた。


「リョウ!」


 振り返った相手の顔は紛れもなくリョウだった。俺はマキコさんに無理を言ってリョウを店に上げた。旧い友達だと伝えると、マキコさんは俺たち二人だけにしてくれた。


「えっと……お前もこの世界に来てたんだな。なんか色々変なところだよな〜。久しぶりだけど元気だったか?」

「あぁ、まあ元気だよ。ノリオ、この店でシェフしてるって? 凄いんだなぁ」


 俺はその言葉に照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。


「いやあ……それほどでもって感じ? リョウはどうなんだよ。やっぱりお前も料理作っ――」

「俺、もう料理はやめたよ」


 リョウは悲しさや後悔が入り交じったような声で答えた。料理をやめた? あのリョウが? 俺には理解できなかった。認めたくはないが、リョウの腕が良いことは知ってる。どこでだって通用する味だと思うのに。


「お前も知ってるだろ? この世界じゃ、元の世界とは味の価値観が違うんだよ。不味いものがウマい世界なんだ。ここじゃ、俺の料理には何の価値もないんだよ。――考えてみりゃ当然だよな。同じ世界でも国や地域が違えば変わるものなんだ。まして世界が違うならさ」


 目を赤くしながらリョウは話し続けた。

 俺も気づいてはいた。味見もせず、調味料とかの配分も整っていないのに美味しいと言って食べてくれるなんて、しかもそれが無理をしてるわけでもなく心の底から美味しいと感じているのだ。

 それでも俺は、皆が喜んでくれることが嬉しかった。俺の料理が受け入れられる世界が嬉しかった。だけど、リョウにとってはこの世界は寂しい世界だったのかもしれない。


「ノリオ、夢が叶って良かったな。俺が伝えたかったのはそれだけだから。じゃあ、またな」


 リョウはそう言って席を立ち上がった。俺は店を出ようとするリョウの肩を掴んで引き留めた。自分の肩に添えられた手を、リョウは不思議そうに見ていた。


「……何?」

「料理、辞めるなよ」

「え?」

「お前が言ったんだぞ、国や地域が違えば味の価値は変わるって。この世界にだって、お前の作る味が好きなやつがいるかもしれないだろ」

「……!」

「料理対決の決着だって、まだついてない。絶対俺が勝ってやるから、それまで辞めるなよ」


 すると、リョウは安心した様子で少しだけ笑った。


「対決、か……そうだな。俺、頑張ってみるよ。ありがとう」


 最後に軽い挨拶と握手を交わした。リョウの姿は、やがて夕暮れの中に消えていった。


 ◇◆◇


 その日は朝から騒がしかった。町の喧騒で俺は飛び起きた。慌てて外へ行くと、槍やら剣やらを持った人達が馬車に乗って一斉にどこかへ向かっていた。

 野次馬の一人に状況を聞いてみることにした。


「何があったんです?」

「俺も聞いただけなんだがな、ドラゴンが出たんだってよ! 何でもでっけえ黒竜らしいぜ! アンタ、あの店のシェフだろ? もしここのヤツが狩ってきたら、美味いもん作ってくれよ」


 なるほど、ドラゴンが出たのか。そろそろ出て来る頃なんじゃないかと思ってたよ。それにしても、ドラゴンってどうやって調理するんだろうな。食べられる部位なんて知らないし、そもそもどうやって解体するんだろう。普通の包丁や鉈でできるとは思えないけれど。

 そんなことを考えていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「ならん! あの黒竜はただの竜ではない! 殺してはならん、まして食うなどと……!」


 そう言ったのはおじいさんだった。長い白髭を携えたまさに長老といった容貌の老人がそこに立っていた。声から感じられる覇気とは裏腹に、足は震えて今にも倒れそうな様子だった。それは歳のせいか、あるいは怯えているのか。


「あの竜はカアスドラゴン。殺せば災いが起こるぞ」

「どういうことです?」

「……今に分かる」


 それっきり老人は口を閉ざしてしまった。何の返答も得られないまま、逃げるように老人は立ち去った。


「あの爺さんの話、真に受けない方がいいぜ。何年も前からいる変なジジイさ」

「でも、何か知ってるようだったけど」

「あんなの作り話に決まってンだろ。今まで黒い竜が狩られたなんて話はないし、カアスドラゴンやら災いやらなんて聞いたこともねえよ」


 そう……なのか? 何となく釈然としないが、まあいいか。狩って来られたところで、俺にはどうしようもないし。

 必死に追いかけたけどはるか山の向こうへ飛び去った、みたいな土産話でも楽しみにしておこう。


 事態が動き出したのは、それから半日も経たぬうちのことだった。

 ドラゴンを狩りに行った者たちが返り討ちにあったのだ。辛うじて生き延び、命からがら帰って来た兵は「あいつが来る……」と怯えた様子で繰り返していたそうだ。

 ドラゴンの報復が来る、その噂が流れると、街は一気にパニックになった。空から襲われたのでは、町を囲う壁も何の意味もない。どこへ逃げようか、どこへ隠れようか、そんなことを考えている間にもドラゴンは迫っているかもしれないのだ。


 当然、俺もパニックになった。


「なあ、マズイぜ! 早くスキル使って俺を逃がしてくれ!」

「自分だけ助かろうとするなんて最低!」

「じゃあ、ワープだ! 町の人や動物全員をどこかへワープさせてくれ!」

「町一つ分の合い挽き肉ができるだけですよ!」


 ちくしょう、一体どうしたら……。合い挽き肉? そうだ、あいつを肉に変えてしまえばいい。ドラゴンに効くのか分からないが、あれだって動物だ。やってみる価値はある。ただ、その為にはドラゴンの目の前にまで行かなければならない。一か八かだ。


「なあ、ドラゴンのところまで頼む」

「はぁ!? どうせここへ来るのに早死にしたいんですか?」

「違うよ! とにかく頼む。ここへ来る前にやらないと」


 すると、声も俺が何をしようとしているのか気づいたようだった。


「正気――じゃなくて、本気ですか?」

「待っていても(ドラゴン)は来る。されど自ら赴くのだ。ってことで頼むぜ!」

「もう、分かりましたよ! うおおおおおお! どりゃぁぁああぁあ!!!」


 普段なら足元に現れるはずの金色の矢印が、何故か目線のあたりに現れた。


「えぇ!? 高いよ!」

「ドラゴンを倒すんでしょ! だったら同じ高さじゃないと!」

「落ちたら危ないだろ」

「落としませんよ。絶対!」


 意を決してそれに飛び乗り、走る。今までに無い速度で俺は走った。俺のスキル――いや、俺たちの力なら街を、皆を救えるかもしれない。

 やがて遠方に黒い鳥のような影が見えた。無論、例のドラゴンだ。ドラゴンは想像していたよりも遥かに早い速度で俺の横を通過した。


「速っ、引き返せ!」

「分かりました! しっかり走ってくださいよ!」


 目の前で矢印がU字を描いて引き返す。バランスを取りながらその上を走る。懸命に足を動かす。だが、ドラゴンは速い。少しずつ町も見えてきた。このままでは追い付けない。


「声! もっと速くだ!」

「はい! 転ばないでくださいよ〜!」


 急加速し、ドラゴンとの距離がぐんぐんと縮まっていく。ドラゴンの背中に追いつき、そして――追い抜いた。


「こっから先は通さねえ! 食らえ!」


 放った炎はドラゴンにの鼻面に命中した。しかし、ドラゴンは肉に変わらない。

 効かない? こいつはマズイぜ。俺はドラゴンの目の前にいるんだ。何か吐かれたら、いや吐かれなくても終わる。


「よく見てください! さっき命中した場所が!」


 見ると、炎が命中した場所の鱗が剥がれている。鱗の鉄壁の守りさえ突破すればあるいは――。

 俺は何度も炎を飛ばした。命中、逸れる、命中……。怯みこそするが、止まる様子はなく、ドラゴンは街へと侵攻する。

 そして――ついに町はすぐ目下となった。ドラゴンは前進をやめ、大きく口を開いた。そこに黒い光が生まれた。数秒後にはあれが放たれて町は壊滅する。だがまだ終わっちゃいない。

 俺はドラゴンに向かって飛びかかった。暴れるドラゴンの首にしがみつき、鱗を引き剥がす。それと同時に、ドラゴンがけたたましい雄叫びを上げ、大気を吸い込むように顔を上に向けた。


「お前なんか、焼肉にしてやるーーっ!!!」


 直後、ドラゴンの体が崩れ始め、爆発した。放とうとした何かが暴発したのかもしれない。

 地面へと落ちている最中、何故かそんなことを冷静に考えることができた。


 直後、俺は()()に落ちた。


 クソ痛え……でも、もうすぐ終わりか。

 俺はよく頑張った。頑張った方だよ。


 ああ、もう意識が……。

 でもこれでいい。皆を守れたんだから――。


 もう、これで……。


 もうそろそろ……。


 ……。


 いや、長くない? 全然死ぬ気配無いんですけど。

 ってか、さっきから誰かに顔をめっちゃ叩かれている。誰だよ……。


 目を開くと、目の前は真っ暗だった。顔に乗った何かを掴みあげてみると、それは薄切りにされた肉だった。さらに、視界の端に眩しく光る、金色の光が見えた。

 俺が横たわっていたのは矢印の上だった。


「ようやくお目覚めですかぁ? 空中で気絶するって……ぷーくすくす」

「俺、地面に落ちたんじゃないのか?」

「絶対に落とさないって言ったでしょ」


 声が自慢げにそう言った。


 俺は矢印を辿り、地上に戻った。町では人々が降り注ぐ肉の雨を見上げていた。

 でも、こんな変な光景はもうおしまい。肉を全てアイテムボックスにしまった。肉が突如どこかへ消え去ったので、人々はまたどよめきの声をあげて驚いていた。

 店に戻ると、マキコさんが駆け寄ってきた。


「無事だったのね! 良かった」

「ええ、何とか。それに、じゃじゃーん! ドラゴンの肉も手に入れましたよ!」


 するとマキコさんは目を丸くして驚いていた。いや、一瞬思考停止していたのかもしれない。


「ええ!? ということはあなたが退治したの? いや、肉って!? 解体はいつ、どうやってしたのよ!?」

「ま、まあ、町も皆も無事なんでいいじゃないですか」

「そ、そうよね……! それじゃあ、ドラゴンのお肉祭りしちゃいましょうか!」


 それから、街は少しずつ平穏を取り戻していった。しかし、熱狂はこれから! ドラゴンの肉祭りの始まりだ!

 店の中だけでなく、外に露店も出した。なんてったって町中の人が来るし、ドラゴンの肉はいくらでもあるから、色んな調理法が試せるからね!

 店内では俺特製のスペシャルドラゴン料理、露天には焼き鳥ならぬ焼きドラや、たこ焼きならぬドラ焼き、他にも鍋料理なんかもある。


「いやー、やっぱり噂通りドラゴンの肉は絶品! もちろんシェフの腕あってのものだけどね」

「厚いのに柔らかくて、噛む度に溢れる肉汁! いくらでもいけちゃうよ」

「死ぬほどウマい!」


 歓喜の声を上げた客の一人が、突然苦しみ出した。胸の辺りを押さえてもがき苦しんでいる。


「死……しぬほ、ど……うぅ」


 そのまま倒れ込み、動かなくなった。しかも、それは一人だけではない。一人、また一人と料理を口にしては倒れていく。店の外でもそれは同じだった。だが、誰も食べるのを拒もうとしない。なかなかありつけない食材に目がないのか、だとしても目の前で人が倒れているのに誰も反応しないなんて……。

 俺の隣にいたマキコさんも倒れた。


「マキコさん!」

「おいし……い……にく」

「マキコさん、しっかりしてください! ねえ!」


 死屍累々の店内。なおもドラゴンの肉を求めて、腹を空かせた客が流れ込んでくる。ふと、マキコさんの顔を見る。穏やかで幸せそうな顔をしている。

 俺にできるのは、腹を満たしたいという望みを叶えてやることだけだ。

 たとえ死んでしまうとしても、幸せな気持ちで最期を迎えてほしいから。


 ◇◇◇


 ドラゴンの肉祭りが終わり、客はめっきりといなくなってしまった。ドラゴン肉の在庫も底を尽きたし、それを超える武器もない。この町で店を続けるのももう無理かもしれない。そう考えた俺は、他の場所へ行くことにした。店内を掃除したり、使えそうな道具などを集めていると、足音が聞こえてきた。


「いらっしゃ……」


 そこにいたのは、あの老人だった。老人は悲しげな表情で白濁した目をこちらに向けた。


「全ては竜の呪いさ。あの時と同じ。何事も全ては繰り返すものだから」

「あの時……?」


 俺は老人の前にグラスに水を注いで置いた。老人はありがとう、と一言呟き、少しだけ水を飲んでからゆっくりと口を開いた。


「もう何百年も昔のことだ。一匹の黒竜が狩られた。それが呪いの始まりだよ。知る者はみな、誰かに伝える前に死んでしまったがね。黒竜を殺した者、そしてその肉を食った者は――いいや、黒竜の怒りを買った時、既に運命は決まっておったのだ」

「どうして……」

「わしはあの頃、お前さんと同じく料理人だった。黒竜の肉を皆に食わせたのだ。皆呪われ、死んでいった。じゃが、わしだけは死ななかった。わし自身が呪いの執行者となってしまったからね」

「どういう意味だ?」


 俺の問いには答えず、老人は話し続ける。


「悠久の時を生きたが、新たな呪いが生まれた今、わしももう用済み。いずれ消えることになるじゃろう」


 老人の話は意味深なことばかりで全く理解できなかった。だから、口を閉じてもそれが話の終わりなのかが分からなかった。ただ、グラスに残った水を飲み干し、席を離れたのを見て、ようやく老人の話は終わったのだと気づいた。

 ドアノブに手をかけると、老人はこちらに振り返った。


「お前さん、これからどうするのだね?」

「俺は料理人です。作ったものを食べてもらうことが俺の生きがい。どこかの町で、料理を続けるつもりです。肉……たくさん余ってますし」

「そうか……達者でな。お前さんの長い旅路に幸福があるように」


 老人はそのままどこかへと歩き出した。彼に聞きたいことは色々あるが、今は目の前のことからだ。俺の料理を、腹を空かせて待っている人がいるはずなんだ。

 老人が使ったグラスを洗い、アイテムボックスへしまう。最後に、扉にかけられたマキコさん自作の看板ももらっていく。


 さあ、行こう。

 待っていても客は来ぬ。故に自ら赴くのだ。

ありがとうございました!

面白いと思っていただけたら嬉しいです。

普通の料理モノが読みたかった……という方は、普通の料理モノを読みに行ってらっしゃいませ。


お疲れ様でした。

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