009 ダンジョンへ・5
ドラゴンの大部屋から慎重に抜け出した後になって、アシェルは後悔していた。なぜ、ドラゴンのステイタスを確認しておかなかったのかと。明らかなる強者、遥かなる高みの存在であるドラゴンのステイタスとは如何ほどのものなのかを見ておくべきだったと、激しく後悔していた。しかし、今更戻ってステイタスを確認など、ドラゴンが起きてしまうリスクを考えたら選択しにくい行動だ。
「ドラゴンのステイタスは、諦めよう……。それより、通路でも魔物は出るだろうから」
「うん! 気をつけないと……! それに、この音だよね~……」
アイヴィが言うこの音というのは、時折聞こえてきていた金属音のことである。ドラゴンの大部屋から鳴っていたものではないとすると、別の部屋に音を出している者が居るのが確定なのだ。だが、さすがのアシェルも、このように繰り返し金属音を出す習性を持つ魔物については知識がない。如何せん慎重に歩を進めるしか選択肢がないのだ。
「何処かに部屋があれば……」
「一本道だよぉ~……」
そして、ドラゴンの部屋を出てからというもの、困ったことに一本道の通路が続いていた。直線ではなく何度か曲がり角を経由しているものの、何処かに退避出来るような部屋が存在せず、ただただ一本道の通路が続いているのだ。
迷う要素がないのでこれはこれで良いだろうと思う冒険者も居るだろうが、アシェルの考えはそうではなかった。一本道ということは、もしあのドラゴンが悪戯に灼熱のブレスをこの通路に吐いてきた場合、アシェル達は逃げる場所がないまま焼け死んでしまうということ。なので、逃げ隠れ出来る安全な小部屋が欲しかったのだ。
「音が段々と近くに……! 何か、こっちにくる!!」
「ひい~……!!」
そうこうしている内に、残念ながら魔物と遭遇してしまった。相手の正体は不明だが、どうやら金属音を出している者とは別の個体らしく、金属音はまだ遠くから聞こえてくる。
「先手必勝よ!!」
「うん!!」
そして、アシェル達が取った行動は先手必勝の一撃必殺に賭けることだった。相手の正体を探ってから飛びかかっては、相手にも自分達の姿がバレてしまうリスクが増えてしまうということ。ならばそんな時間を一切与えず、相手が慌てふためいている内に斬り掛かってしまえという作戦だ。それに加えて、アシェルとアイヴィが唯一使える連携攻撃として、これがある。
「ファイアボールよ!!」
「ファイアボール!!」
『ギャアア……!?』
ファイアボールと名付けられた爆炎球体と共に、アシェルが火だるまとなりながら突撃する奇襲作戦だ。これならば相手に正確な姿を目撃されない内に、アシェルが接近するだけの時間が稼げる。もちろんアシェルには一切のダメージはないが、相手からすれば『火だるまの相手がもがき苦しみながら突っ込んでくる』という様子にしか見えない。これが彼女達が考え出した、最大限にアドバンテージが取れる接近手段である。
『シャ、ガ……!?』
魔物まで残り十歩程度というところで、アシェルは相手の正体をようやく確認出来た。左手に中盾、右手に直剣を装備し、胴体に鎧を着込んだトカゲ頭の戦士……リザードマンであった。
リザードマンは、冒険者ギルドが金級冒険者向けの中でも上位の者に討伐を依頼する強力な魔物だ。ただしこれは非武装のリザードマンの話であり、完全武装のリザードマンともなれば白金級冒険者を他の都市から呼ばなければならないような相手である。
『シャガァアアアアア!!』
完全武装のリザードマンが取った行動は防御ではなく、反撃であった。右手の直剣を素早く振り上げ、まだ距離があるにも関わらずそれを振り下ろした。この攻撃を見てアシェルは直感で死を感じ取り、当たるはずのない斬撃を大きく右に回避した。
直感に従った行動は見事に命を繋いだ。回避した次の瞬間、目の前の火球がスッパリと縦に割れるという異常現象を目撃することとなったのだ。
『シャァアアアアアア!!』
「シルフィード!!」
力押しでは勝てないと悟り、アシェルは正面からぶつかることを避ける選択をした。続けざまに放たれた振り上げ攻撃を回避するため、アシェルはブレードラビットの縦横無尽な動きを思い出し、素早く左の壁に張り付くよう跳躍して距離を詰める。
リザードマンはアシェルの行動に、異常な恐ろしさを感じていた。なんせ火だるまになっている人間らしき相手が、2度も冷静に斬撃を避けて、しかも壁を走って突っ込んでくるのだから。しかし、武器を持っているようには見えない。盾らしきものは持っているようだが、あんな小さな盾では自分の攻撃を防ぐことは出来ないはずだから問題はないと考えていた。
しかし、その盾が彼にとって最悪の結果を齎すものへと変貌してしまう。
「こい!!」
『シャ、ガァ……!?』
黒く、分厚く、大きく、悍ましい。瞬きをする間にリザードマンの目に飛び込んできたそれは、全ての龍族が本能的に畏怖する武器。ドラゴンスレイヤーと呼ばれる、龍殺しの極大剣だった。
リザードマンは人の形をした魔物ではあるが、龍族としての性質も持っている。つまり、ドラゴンスレイヤーの特効効果の対象者ということだ。
「ファ、ファイアボール!!」
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
ドラゴンスレイヤーを目にして、恐怖しない龍族は存在しない。本能的恐怖を振り払うように、リザードマンは右手の剣を振るう。幸いにも相手は武器側の壁を蹴って走ってくるので、冷静に一撃を与えられれば勝てると踏んだのだ。遠くから撃たれたファイアボールも問題なく対処出来るし、まずはこの火だるまの人間をなんとかしようと考えての行動だった。しかし、恐怖は時に手元を鈍らせ、思いもよらぬ出来事に繋がる。
――――キィン……!!
『ギャッ……!?』
最悪の失敗。
リザードマンは攻撃が大振りになり過ぎて、天井に長剣を直撃させてしまった。考えうる状況の中で、最悪の失敗。アシェルに対して盾を構えなければドラゴンスレイヤーが振り下ろされ、ファイアボールに対して盾を構えなければアシェルと同様の火だるま状態に。リザードマンは鋼鉄製の武具を身に着けており、たとえ火を消すのに成功したとしても、加熱された武具は致命的な火傷を引き起こすだろう。
「リッパーッ!!」
リザードマンの最悪は更に更新され続ける。アシェルが攻撃スキル持ちで、尚且つそれが素早い連続した斬撃攻撃だったのだ。この連続攻撃とファイアボール、どちらを対処すべきかと躊躇したせいで、中途半端な対応をしてしまった。
『ギギギィ!? ギャアアアアア!!』
「あ、当たった~っ!!」
「はぁあああああああああああ!!」
アシェルはファイアボールの直撃を省みることなく突っ込んでくる。本来ならありえるはずのない連携に、リザードマンの中の常識がガラガラと音を立てて崩壊する。常識破りの攻撃に対応出来ず、リザードマンは火だるまと化してしまった。そして、またもや最悪が更新されてしまう。
明らかに、ファイアボールの威力ではなかったのだ。彼はある程度の人語を理解しており、後ろの魔族がファイアボールと叫んだのを確かに聞いた。大きな球体の火炎が飛んできたので、間違いなくファイアボールだと認識していた。しかしその威力が、ファイアボールのそれではない。彼の経験上、この威力は間違いなく爆炎魔法だった。それを球体にして、ファイアボールに偽装して撃ってきた。またも彼の中の常識が崩壊する。
『ガ、ア、ギャ……!!』
最後の力を振り絞り、アシェルへとシールドでの殴打を試みる。しかし、その殴打は虚しく空を切る。炎に包まれ視界が悪く、呼吸も困難となり、常識破りの攻撃に大混乱。もはや冷静さの欠片すら残されていなかった。発狂寸前の混乱の中で彼が見たものは、龍殺しの極大剣が自身の首へと吸い込まれる光景……。次の瞬間、世界がぐるりと一回転し、膝から崩れ落ちる自分の体と固い大理石の廊下と景色が移り、最後には暗黒の中へと飲み込まれていった。
「やった……!?」
「た、倒した~!! 倒したよね!? 首が落っこちたんだよ~!?」
首を落とされて無事で居られる存在は、世界中を探しても極少数だろう。リザードマンはその少数に入っていない。首から血を吹き出し、完全に絶命している。アシェル達の勝利である。
「安心、出来ない……! 心臓も、潰さないと……」
「念入りにやっつけよう!? ゾンビって、死んだ後も動くんだよね!? ゾンビになったら怖いよ~!!」
「心臓を潰して魔石も取り出す。それで、復活出来ないはず!」
アシェル達は念入りにリザードマンを葬ることにした。心臓を貫き、心臓のやや下にある魔石も取り出した。ブレードラビットの魔石の何倍もある大きな魔石が姿を現し、その大きさに思わず圧倒されてしまう。
「片手では、持てそうにないわね……」
「頭ぐらいあるよ~!? こんなに大きいのが入ってて、邪魔じゃないのかなぁ……」
リザードマンは成人男性よりも巨体で、胴回りも非常に大きい。頭サイズの魔石が体内にあったとしても、邪魔にはならないのだろう。
ところで、これだけのサイズの魔石を持っているということはつまり、それ相応の強さを持っていたということにも繋がる。アシェルも当然そのことは即座に理解し、ここが下層……またはそれよりも下の場所であると確信した。ドラゴンが特別にここへ存在しているだけという可能性が消え、この階層はこのレベルの怪物ばかりなのだと、甘い考えを完全に捨てることにした。
「この魔石は、ここで破壊する。放置した魔石から新しい魔物が生まれるって話を聞いたことがあるから」
「その話、本当かどうかわからないって、お姉様が……」
「可能性がある以上、そうするべきよ。こんなのどうやっても持って帰ることは出来ないし、壊すべき」
「確かに、アーシェの言う通りだね! 壊したほうがいいよね」
なので、アシェルはもしもの可能性というものを徹底的に排除することにした。使われていない魔石、つまり魔導具に接続して魔力を引き出していない魔石からは、放置し続けると魔物が生まれるという迷信がある。本当かどうかは知らないが、可能性がある以上その可能性を潰すべきだと判断したのだ。
「はぁっ!! よし、壊れた……」
「意外と簡単に壊れるんだね~?」
「魔物の体外に出た魔石は、抵抗力を失うっていう話を聞いたことがあるわ。だから簡単に壊れるって」
「そうなんだ~! 僕にも壊せるかな~?」
「出来ればもう、魔物に遭遇したくないんだけど……」
「それもそうだね~……」
今回はリザードマンの最悪の失敗に救われただけで、もしもアシェルに剣が振り下ろされていたら、バターを切るより簡単に真っ二つにされていただろう。そもそもの実力の差があり過ぎるので、不意打ちに成功して奇策が通ったとしても、相手に失敗がない限り負けてしまうのが現状なのだ。次も同じように勝てるとは限らない。
――――キィン……。キィン……。
「音……!!」
「あ、忘れてた!! 金属音……!!」
そして、アシェル達は今の戦いですっかり忘れていた。不気味な金属音が、近づいてきているということに。
先程の戦闘によって、金属音を発している相手に気が付かれてしまったらしい。音の主が曲がり角の向こうから接近してきて、遂にその姿をアシェル達の前に晒した。
「我はエルハイム王国聖騎士団長、ツェルゲリオン!! 聖騎士団長ツェルゲリオン!! おお、おお!! 見よ、クロバネ殿!! 遂に我らを救援すべく、救助隊が現れたぞ!! 我はエルハイム王国聖騎士団長、ツェルゲリオン!! 聖騎士団長ツェルゲリオンなり!!」
「…………」
「あ、あの……。アーシェ……?」
「エルハイム、知ってる?」
「知らない……!」
エルハイム王国聖騎士団長、ツェルゲリオン。そう名乗る男の姿は、先程の緑肌のリザードマンとは異なり、漆黒の肌をしているリザードマンであった。そしてクロバネという相手に話しかけている様子なのだが、その相手はどこにも見当たらない。
アシェルは困惑していた。人語を話すリザードマンは、果たして敵なのか否か。エルハイム王国というのも聞いたことがなく、アイヴィもこれを知らないらしい。人間界にも魔界にも存在しない王国名……。果たして彼は何者なのか? 暫く様子を観察したアシェルだったが、どうにもこのツェルゲリオンが正気の状態とは思えなかった。同じ単語を繰り返しているだけのように見えたのだ。
「クロバネ殿!! 貴公には妹君が居たのか!! 揃いの戦衣ではないか!! そして後ろに居るのは…………。悪魔!! 悪魔だ!! 悪魔、浄化すべし!!」
「アイヴィ!! チャーム!!」
そしてアイヴィの姿を見るなり、突如暴走し始めた。アイヴィを悪魔と呼び、戦闘態勢に入ったのだ。アシェルは人語を理解しているなら一か八かと、アイヴィのチャームに賭けてみることにした。
「え、ええ!! お、お願い効いてぇ~!! あ、あはぁ~ん……? うふぅ~ん……♡」
しかし、アイヴィのチャームは恐ろしく下手だった。悲しいぐらいに色気が全く感じられない、途轍もなく下手なチャームを発動してしまった。最悪の失敗と言って過言ではないだろう。
「…………」
「戦うしか……!!」
「ま、待って!? 効いた……か……も……?」
「おお、美しき人よ!! そしてクロバネ殿の妹君よ!! 我らを救助すべく、駆けつけてくれたのだな!!」
だがこれがまさかの大成功であった。彼の精神状態が異常だったからか、チャームのような精神操作魔法に耐性が弱くなっていたらしい。こんなのが効いて良いのかというアシェルの困惑を他所に、彼はアシェル達を完全に救助者として歓迎していた。
「クロバネ殿、返事をなされよ! わっはっはっは!! 救助だ、救助だ!! レイモンにも教えてやらねば、彼が我らのリーダーなのだ!! さあ、レイモンのところへ参ろうではないか!!」
キィン……。キィン……と、彼は歩きながら右手に持つ戦槌を床に打つ。金属音の正体はこれかと納得したのも束の間、彼が歩き始めた方向は、アシェル達がやってきた方向だった……。
「待って、ツェ……ツェルゲリオンさん? そっちには、ドラゴンしか……」
「…………おお! おお、そうだった! そうだったな!! レイモンはまさに、ドラゴンだ!! 彼はドラゴンになったのだ、あの泉で!!」
「どういうこと~……?」
「美しき人、その質問に答えよう! あれは…………ああ、レイモンがドラゴンになったのは、10万と5574回の正気の前だ! 彼は1日に数分だけ正気を取り戻すのだ!! そして我はエルハイム王国聖騎士団長、ツェルゲリオン!! 聖騎士団長ツェルゲリオンなり!!」
アシェルの背中を、何か冷たいものが伝う。あのドラゴンは、この聖騎士団長は、あの泉は、10万回以上前、1日に数分だけ……。アシェルは滝のように降り注ぐ情報の中から必要なものを取り出して、順番に整理して話を組み立て始める。
「ツェルゲリオンさん……。その、レイモンさんは、泉に何を……」
「彼は強くなりたいと願った! そうだ、ドラゴンのように強くなりたいと願った!! そして彼は、ドラゴンになったのだ!! しかし、人間性を失ってしまった……。クロバネ殿はレイモンに一撃を食らったが、なんとか生き残った! それでもレイモンは我らのリーダー、3人でこの階層へと一緒に降りてきたのだ!!」
レイモン、ツェルゲリオン、クロバネは3人のパーティだったらしい。彼らはアシェル達がテレポーターで飛ばされたあの泉に辿り着き、そしてレイモンは『ドラゴンのように強くなりたい』と願った。願ってしまった。与えられたのは、ドラゴンへの変異という最悪の結果。そして代償として人間性を失い、レイモンは荒れ狂うドラゴンへと変貌したのだ。
「でも、数分だけ正気を取り戻すって……」
「我が願った! レイモンに人間性を返せと!! そして彼は人間性を取り戻した……。だが、1日に数分だけの正気だったのだ!! そして代償として我は、人間の肉体を失った!! この肉体は呪いだ、悪夢だ!! 忌み嫌う魔族に、ハイリザードマンの姿になってしまった!!」
ツェルゲリオンもまた、あの泉で願いを口に出してしまった。そして泉は彼の願いを叶え、レイモンは1日に数分だけ人間性を取り戻し、ツェルゲリオンは忌み嫌う魔族の体へと変化した。人間性を失った、とも言う。
「そして我はエルハイム王国聖騎士団長、ツェルゲリオン!! 聖騎士団長ツェルゲリオン!! こちらに居るのはクロバネ殿、美しき戦姫だ!! ああ、君の姉君であったからして、それは良く知っていることだろう。しかし、そちらの美しき人程ではないな!!」
「アーシェ……。この人……」
「可哀想に……」
アシェルはツェルゲリオンの情報を整理した結果、こういう話なのだと理解した。
ツェルゲリオンは既に死んでしまったクロバネという女性が今も隣に居ると思い込み、300年以上もこの迷宮をたった1人で彷徨い続け、毎日レイモンが正気を取り戻した時に会いに行き、その数を数え続けて過ごしている。そしてあのドラゴンの近くにあった宝箱は、恐らくツェルゲリオン以外の使っていた武具だったのだろう。このドラゴンスレイヤーは、ドラゴンのように強くなりたかった男が使っていた、レイモンの夢が詰まった武器だったのだろう、と。
「…………時間だ」
「え?」
「時間……? なんの……」
「レイモンが目を覚ます。我は、会わなければならない。10万と5575回目だ。レイモンに、会わなければ……」
「待って、ねえ!!」
「おじさん、危ないよ!!」
「レイモン……。お前を1人にはせんぞ、レイモン……。帰るんだ、エルハイムに……。我らの王国に、お前の大好きなジョシュアが、酒場で待っているんだ……」
突然ツェルゲリオンのチャームが無効化され、彼はドラゴンの眠る部屋へと歩き始めた。アシェル達の静止も聞かず、彼は全力で走り出した。
「追いかけようよ!」
「…………そうね。ツェルゲリオンは少なくともここで生き延び続けている。私達が生き延びるチャンスが、あるかもしれない」
アシェル達はツェルゲリオンを追いかけることにした。この階層で300年以上生きているということは、何かしら理由があるはずなのだ。それはアシェル達が生き延びるチャンスに繋がるだろう。
「レイモン!! レイモン!! 起きているか、レイモン!!」
『…………起きているよ』
「今日はめでたい日だ!! 王国から救援がきたのだ!!」
『救……援……?』
「本当に……」
「喋ってる……」
ツェルゲリオンの話は真実だった。ドラゴンは目を覚まし、レイモンだった時の記憶を取り戻して喋っている。先程まで恐ろしかったはずのドラゴンの姿が、あまりにも可哀想なものの姿と変わっていた。
「クロバネ殿の妹君と、美しい、人……。美しい人が、救援にきたのだ!!」
『…………冒険者、だな』
「違う、彼女達は」
『ツェル、少し黙っていてくれないか』
「むぅ、あいわかった!!」
300年間、正気を失った友人と話し続けていたレイモンの興味は、アシェル達へと矛先が変わった。
『冒険者……。正気ではない時の俺の目を盗んで、この箱を開けたのか』
「ごめんなさい……。お仲間の遺品だって、知らなくて……」
『構わない。あのスケベな神官服も自由に使ってくれ。ジョシュアに着せてやりたかったんだが、もう不要だ。ジョシュアは生きていない』
「す、スケベ……」
あの趣味が良すぎる法衣は、レイモンの趣味だったらしい。大事な人へ着せたいスケベ心で、300年以上も大事に守り続けてきたのだ。
『頼む……。俺達を、解放してくれ……。あの泉は、悪魔の泉だ……。俺達を、300年の悪夢から解放してくれ……。もう、死にたいんだ……』
「どうにも、ならないの……?」
『もしも俺達が地上に出たら、間違いなく災厄の存在となる。俺は正気を失っている間に、エルハイム王国を滅ぼしてしまうだろう……。日に日に、正気で居られる時間が短くなっているのを感じるんだ。もう、殺してくれ……』
「…………レイモン!! 諦めるな、レイモン!! クロバネ殿も」
『クロバネは死んだ!! 俺が殺したんだ!! ツェル、頼む……!! もう、やめてくれ……。俺達が、やっと解放される日がきたんだ!! この日を祝福して、一緒に死のう!!』
「レイモン、何を言っているのかわからんぞ! クロバネ殿はここで生きている!! ほら、今も我に微笑んでいる!! 妹君に手を振って懐かしんでいるぞ!!」
『それはお前の、お前の……思い込みだ……!! そう願っているだけの、幻覚なんだ!!』
レイモン達はもう限界だった。これまでギリギリで耐えてきたが、アシェル達との出会いで全てが崩壊してしまった。
『頼む、冒険者!! 俺が、ツェルを押さえているから!!』
「アーシェ……!」
「わかった……」
「やめろ、レイモン! 何をするんだ、離してくれ!! クロバネ殿、助けてくれ!! 手を貸してくれ!!」
『もう、意識が……!! ドラゴンが、俺を蝕んで……ガァアアアアァアアアアアア!! 早く、頼む……!! 冒険者……!!』
「私の名前はアシェル。こっちは、アイヴィ……!! さようなら、レイモンさん……!!」
『……!! その、剣は……!!』
アシェルはレイモンの愛用していた龍殺しの極大剣を抜き放つ。皮肉にも、ドラゴン退治を夢見ていたレイモンはドラゴンとなり、その剣が自分の首へと向けられている。
『…………その剣で、ドラゴンを倒したかったんだ』
「レイモン!! 何のためにこれだけの財宝を集めたんだ!! これを泉に捧げれば、我らは失ったものを取り返せる!! きっとそうだ!! きっとそうなんだ!!」
『ツェル……。もう、疲れたよ……』
「私が継ぐわ。必ず、この剣に相応しい担い手になる」
『ありがとう……。ありがとう、アシェル……。アイヴィ、君も……! 強く生きろ……!! ガ、アアアアアアア……!!』
レイモンはアシェルが首を斬りやすいようにそっと差し出す。レイモンがドラゴンに飲み込まれるまで、もう僅かな時間しか残っていない。アシェルは複雑な思いを胸の中に押し込め……龍殺しを頭上に構え、それを一気に振り下ろした。
『ア…………。アア…………。ツェル…………。俺、にも…………。見えたよ…………。クロバネ、が……手を……振って……笑って…………――――』
「おのれえええええ!! よくもレイモンを!! よくも、よくも、よくも!! よくもレイモンを!! 殺してやる、殺してやるぞ!! 離してくれレイモン、離――――」
続けざまに、ツェルゲリオンにも龍殺しの極大剣を振り下ろす。憎しみに染まっていた顔が床へと転がり落ち…………。
「…………レイ、モン。もう、苦しく……。ない、ん……だ……な……」
最後の言葉を口に出し、その表情が安堵に変わっていた。
「…………吐きそうだわ」
「僕も…………」
全てが終わった後、残された彼女達の怒りと悲しみ、憎しみと決意がこの場に渦巻いていた。
「レイモンさん達を超えるような、頂上の冒険者になるわ、私」
「僕も、アーシェと一緒なら、きっと頑張れる! 僕ね、僕もね……!」
「あの泉は……。これ以上、犠牲者を出してはいけないわ。私達が生かされたのは、きっと気まぐれ。あの泉は、人間を玩具にして、弄んで……!!」
「赦せないよね……!! 僕、僕も、絶対……!!」
願いの泉を、この世から消し去らなければならない。アシェル達は心の中で堅く決意し、立ち上がった。
「レイモンさん、ツェルゲリオンさん、クロバネさん……。貴方達の装備と集めた財宝、お借りします……!!」
「僕も、お借りします!! そしてもっと、強くなるから!! 絶対、絶対~!!」
財宝の主はもうこの世に居ない。本来、願いの泉の代償として支払うためにとツェルゲリオンが溜めていた財宝の中から、アシェル達はこの先の探索に使えそうなものを探し始めた……。




