007 歯車
「アイヴィ、アイヴィ……! 起きて、アイヴィ!!」
「う、うぅん……」
彼女達が目覚めたのは、幸いにも石の中ではなかったようだ。だが、先程の結晶洞窟とはまるで別のダンジョン……。神殿の中のような場所に強制転移されてしまっていた。
「ここ、どこ……?」
「わからない……。ダンジョンの中なのは、間違いないと思う……」
アシェルは周囲の警戒のために、ある程度この部屋の探索を済ませていた。どうやら魔獣や魔物の気配もなく、今のところは安全なようだとアイヴィに伝えた。
「……問題は、どうやって帰るかだよね」
「どこなのかわからないのに、帰れるのかな……」
アイヴィは既に心細くなっていた。帰還は絶望的で、水と食料もそこまで持ち込んでいない。救助も……絶望的だろう。
「進むしか、ない」
「僕、怖いよ~……!!」
「進まなければ、いずれここで死ぬだけよ! 私が、私の、責任だけど……!!」
「アシェルが開けなかったら、ぼ、僕が開けてたから、一緒だよ……! アシェルは悪くないよ」
「…………アイヴィは、優しいね。もっと早く出会いたかった。もっと、アイヴィのことを知りたかった」
「それは……。今からでも、遅くない、かも……?」
「そう……ね。じゃあ、出来る限りのことをして、出来る限りお互いのことを……知ろうか」
「うん……」
傷の舐め合いをしても、事態が好転することはないと理解しているのだが、恐怖心を克服するためには何かを喋らずには居られなかった。それが例え、魔物に音で気が付かれるリスクになるとしても、黙ってここで死ぬよりはマシだと、彼女達は話をすることにした。
「僕は、ううん……。僕のお姉様達は、魔王様の側近なんだ」
「……じゃ、じゃあ、凄く良い暮らしというか、地位が高いんじゃ」
「ある日、魔王様がね。勇者と話し合いをしなければならないって、長い間魔王城から離れたんだよ」
「…………それが、アイヴィが魔界を追われることになったのと、関係が?」
「どうだろう。僕、お姉様達のことはあんまり知らなくって。でも、魔王城の中が凄く騒がしくなってね? お姉様達が急に僕の部屋にきて、大転移の魔法陣まで案内されたんだ」
アシェルは思った。恐らく、魔界でクーデターのようなものがあり、それに巻き込まれてアイヴィは姉達に逃されたのだろう、と。人間界と魔界の情勢が芳しくないという噂は、風の噂程度には聞き齧っていた。アイヴィの話が本当だとすれば、魔界の情勢が芳しくないというのは本当の話ということになるだろう。
「魔法陣の起動に時間がかかるからって、ここから動かないでって、外が凄く、騒がしくて……えっ……えっ……ひっ……!」
「辛かったわねって、そんなことしか言えないけど……。それで、生き延びなさいって話に、繋がるのね」
「うっ……! うっ……!! 泣いちゃダメって、お姉様達に……えうっ……!!」
「強い子ね。たった1人で人間界は、寂しかったでしょうね……」
「うぅぅうううぅう……!! うぅうう……!!」
ぐっと涙を堪え、大声を出して泣きたい気持ちを抑え、アイヴィは嗚咽を漏らしてアシェルに抱きつく。アイヴィには難しいがあまりわからないが、わからないなりに理解してしまったこともある。それは、もう二度と姉達には会えないだろうということと、魔王城には戻れないだろうということだった。
「私はね……。2人の兄が居たわ。凄く強くて、聡明……聡明っていうのは、頭が良いってことね。私は、そんな出来の良い2人の兄を持つ、伯爵の娘だったの」
「はぐ、しゃぐ……。えらい、ひと……?」
「そうね。この国で上から数えたほうが早いぐらい、偉い人の娘だったのよ」
アシェルはこの国のとある伯爵の娘であった。二人の兄は出来が良く、アシェルとは違って将来を期待されている有望な男達だった。
「ある日、父に言われたのよ。兄達と違ってお前は出来が悪いから、せいぜい金持ち貴族の玩具にでもなって、家に金を落としてくれって。私は財産目当ての商売道具として、父に売られるのを待つだけの、人形だった」
「…………誰も、愛してくれなかったの?」
「誰も、愛してくれなかった。私は…………人形になりたくなかった。自分は人形じゃないって証明したくて、兄達を超える強さを手に入れたいって、家を飛び出したのよ。こんな私を、身元不明で偽名の私を受け入れてくれたのが、この都市だった。冒険者という存在だった。ギルドの人達は皆、温かくて…………」
アシェルの育った環境は劣悪そのものだった。兄達と比べられ続ける日々、誰にも愛されず、期待もされず、肉人形として壊されるのを待つだけの毎日。貴族の娘として生まれながら、奴隷のような有り様だった。そんな環境から、何も出来ない自分から逃げ出し、自分にも何かが出来ることを証明するするために、彼女は冒険者となった。
「…………まだ、終わりたくない」
「アシェル……うぅ……」
「アーシェで良いわ。それと、私の本当の名前はアシェルじゃないの。本当は、アルシエル・ヴィンセント。でも……アルシエル・ヴィンセントは死んだわ。3年前、屋敷を飛び出したあの日、森の中で冷たい雨に晒されて。狼達に食い殺されて、アルシエル・ヴィンセントは死んでしまったの」
「アーシェは、生まれ変わったの……?」
「そう、思いたいわね……。過去の弱い自分から生まれ変わったって、思いたい」
「……アーシェは、弱くなんてないよ」
「弱いわ、だって」
「だって、泣かないもん」
「…………本当に、アイヴィは優しい子ね」
傷の舐め合いは事態を好転させないと言ったが、どうやら好転させることもあるらしい。既に彼女達の心からは恐怖や絶望といった感情が消え失せ、未来への希望を取り戻していた。これは終わりではなく試練なのだと、この事態をそう受け取ることに切り替えたのだ。
「……アイヴィ、いくよ。どれだけ足掻けるかわからないけれど、私達に残された猶予は少ない」
「ここで諦めたら、お姉様達に叱られちゃう」
「弱音はここに置いていくわよ」
「うん……!」
弱音を置き去りにし、希望を持って未知の神殿内部を探索し始める。まるで迷路のような神殿の通路を進み続けるが、どこかの部屋へ辿り着くという雰囲気は一向にない。
「挟み撃ちにされるかもしれないから、後ろを見張って」
「わかった!」
アシェルは背中をアイヴィに任せ、勇気を振り絞って前へと進む。
前へ、前へ。この道が未来への希望に繋がっていると信じて歩みを進める。
どれだけの時間が過ぎたか、時間の感覚がおかしくなったアシェル達にはわからないが、体感では何時間も歩き続けているような気分に精神が疲弊しても、前へと進む。
「僕、怖くないよ。アーシェが一緒だから、まだ歩けるよ」
「私一人だったら、もうとっくに頭がおかしくなっているところよ」
前へ、前へ。前へ、前へ。
一回も後退せず、果てしなく続く回廊を歩き続ける。弱音はもう捨ててきた。ここにあるのは、勇気だけだった。
「アイヴィ、曲がり角が見える……!」
「敵が居るかも、気をつけないと……」
「私が曲がり角の先を探るわ。アイヴィ、いつでもファイアボールを撃てるようにして」
「うん……!」
どれだけ歩いたのか、彼女達は遂に曲がり角へと辿り着いた。この無限回廊のような道の果てに何があるのか、アシェルは細心の注意を払いながら曲がり角の奥を覗き込む。
「……アーシェ、アーシェ? 大丈夫……? 何か、あった?」
「……泉だ」
「いずみ……?」
「泉が、ある……」
曲がり角の先には、大きな泉が広がっていた。この神殿はまるでこの泉を守っているかのように、祀り上げているかのように、ここにある泉を神々しく囲んでいたのだ。
「ダンジョンにも泉があるんだね~」
「待って、水棲系の魔物が居るかもしれない」
アシェルは泉を警戒しているが、こんなに神々しい泉に魔物が居るはずがない。居るとすればそれは神の使いか、神そのものだろう。
「……全く、嫌な気配がしない。魔物が居ない階層に飛ばされたの?」
「アーシェ、泉の中に何かが沢山沈んでるよ……?」
アイヴィが泉の底に何かを見つけた。彼女達は恐る恐る泉に近付き、それがなんなのかを確かめるために泉を覗き込む。するとそこには……。
「白金貨、金貨、銀貨……。見たこともない武器に防具に装飾品が、沢山……!!」
「ひ、人!! 人も、沈んでるよぉお!!」
「やっぱり、これは冒険者を引き摺り込む泉……!? 離れて、アイヴィ!!」
沢山の金銀財宝、伝説的な武具に、綺羅びやかな装飾品。そして欲深き愚かな者達が静かに眠っていた。
「…………引き摺り込まれない」
「なんとも、ないね~……?」
「もしかしたら、この泉……」
アシェルは冷静さを取り戻し、ようやく冷静に泉の観察をし始めた。沈んでいる金銀財宝や武具には目もくれず、水死体にだけ注目して良く観察する。
「アイヴィ、泉の物語って……知ってる?」
「え~っと、う~ん……? 知らないかも……」
「昔々あるところに、小さな泉がありました――――」
その泉を見つけた人々は、自分達の村に水を引き込もうとし、我先にと水路を作りました。
当然泉はすぐに空っぽ。人々は僅かながらにも水を得られたことに感謝もせず、泉のことなどすぐに忘れてしまいました。
しかしある日、その村は火事に襲われます。火を消そうにも、近くに水はありません。
村人達は泣きながら後悔しました。こんなことなら泉の水を残しておけば良かったのに、と。
その時、どこからか悲しげな声が聞こえてきて、その声はこう語りました…………。
「――――お前達の大切なものと、望むものを交換してあげよう」
村の人々は口々にこう言いました。
金をやる。剣をやる。盾をやる。斧をやる。妻をやる。夫をやる。子供をやる。家畜をやる……と。
そして全員が求めていたもの、それは水でした。
「もし、かして……」
「泉の女神は全員が差し出したものを受け取り、望みのものを与えました……。こうして村は水の中へと沈み、泉の底には欲深き愚か者達が、永遠に水の中で苦しみ続けているのでした……」
「この泉が、その……」
「恐らく……。願いの泉」
懐かしい話だ。あの時の連中の絶望した表情は忘れられないものだった。
アシェル達はこの泉が願いの泉であるということに気が付き、自分達が恐ろしいものの前に立っているということに恐怖…………していなかった。
「願いの泉は、分をわきまえた願いであれば、それ相応の代償を払えば叶えてくれるって話よ」
「つまり、何かを差し出せば……」
この泉は、何かを代償にすれば願いを叶えてくれる願いの泉。無理難題な願いや、身の程知らずな願いでなければ、なんでも叶えられるのだ。
「ただし、それは人生で一度限り」
「僕達に差し出せる、大事なものって……」
「それは泉が決めることだって、私は聞いたことがあるわ」
「泉が、決める……」
そうだ。願いの代償は泉が決めること。さあアシェル、アルシエル・ヴィンセント。君の願いを言い給え。君は常日頃から強さを求めていた……。強くなりたい、そう口にするだけでそれは叶うのだ。
「…………泉よ、我は願う!」
「アーシェ!? 泉に大事なものを取られちゃうんだよ!?」
さあ、言え。願いを! 強くなりたいと、口に出すが良い!! アルシエル・ヴィンセント!!
「強さを可視化するものを、我は願う!!」
おおっと。
おおっと……。
これはこれは……。
「…………? 何も、起きないね……?」
なるほど、面白い願いである。アシェルの考えていることはわかっているつもりだったが、深いところまではわかっていなかった。そうか、なるほど面白い。そしてその願いなら全くをもって無理難題ではないし、本当に欲しいものを与えるわけではないから代償も僅かなものとしよう。
さて、古き友人に知恵を借りるとしようか。このような場合、どのようなものを授けるべきだろうか? 彼らはきっと、私の悩みにすぐ答えを返してくれるだろう。
「願いの泉じゃ、なかったのかも……」
「そうだよ! それって、お伽噺なんでしょ? えっと、キョークンっていうんだよね?」
まあそう焦るな、これが願いの泉で間違いないのだ。おおっと、早速答えが返ってきたぞ。古き友人の世界では【ステイタス】なるもので能力を可視化することが出来るらしい。せっかくだ、完璧に同じではつまらないから、それに倣って私流のものを与えるとしよう。
「やっぱり違う……!? あっ!?」
「腕輪!? 腕輪が現れたよ!?」
さあ、アシェル。ステイタスと心の中で唱えるがよい。
『ステイタスと、心の中で唱えなさい……』
「今の声は、何~!?」
「(ステイタス)」
ふっふっふ……。さあ、驚くが良い。
……………。
アシェルは驚きと惑いながらも、願いの泉の声に従い『ステイタス』と唱えた。アシェルの半信半疑だった表情が徐々に崩れ、その評定は満足そうな笑みに変わっていた……。さて、上手くいっているか覗かせて貰おう。
「これが、ステイタスよ……!!」
◆ ◆ ◆
【ステイタス】
Name:アシェル
True name:アルシエル・ヴィンセント
Lv (成長度):15/15
STR (筋力):6
CON (体力):6
POW (精神力):11
DEX (敏捷性):16
APP (外見):8+15
SIZ (体格):身長165cm,B88cm,W59cm,H89cm
INT (知性):14
MAG (魔力):7
EDU (教育):18
ギフト
・泉の代償:APP+15、その魅惑的な体型を隠すことは出来ない。
スキル
・シルフィード:一時的なDEXの向上 (+15)
・ピアシング:正確な刺突攻撃
・リッパー:ズタズタに引き裂く斬撃
特殊な装備
・ステイタスの腕輪:ステイタスを表示可能になる
◆ ◆ ◆
どうやら問題なく使えるようだ。なかなかに完璧な仕事っぷりである。
「成長度が、15で限界に達してる……」
「ね、ねえ! アーシェ、僕のも見られるの?」
「…………やってみるわ」
しかし、アシェルにはどうやら意味がない……。むしろ絶望を与えるものとなってしまったようだ。これで成長の限界という現実を突きつけられ、完璧に心が折れている。
さあ、次はアイヴィのステータスを覗くらしい。格の違いに、心が壊れてしまわなければ良いのだが。
◆ ◆ ◆
【ステイタス】
Name:アイヴィ
True name:アイヴィ
Lv (成長度):4
STR (筋力):5
CON (体力):11
POW (精神力):6
DEX (敏捷性):6
APP (外見):9+18
SIZ (体格):身長150cm,B94cm,W55cm,H100cm
INT (知性):5
MAG (魔力):15
EDU (教育):4
ギフト
・壁を破壊する者:不明
・分け与える者:獲得したものを親しい者達へ分け与えることが出来る
スキル
・エナジードレイン
・爆炎球体:セリエから教わった中級爆炎魔法。ファイアボールと勘違いして覚えている。
・美容術:テオから教わった美容魔法。実際は割となんでも治る。
・魅了:レオネから教わった精神操作魔法。同性にも効く。
・フライ:サキュバス固有のスキル。常時魔力消費なしで飛び回れる。
特殊な装備
・性十字軍の斧杖
┣自らを愛せよ。
┣親しき隣人を愛せよ。
┗てヵ、ァィヴィメッチャ尊ぃ。テンァゲっしょ。
◆ ◆ ◆
エナジーコントロールがない。
「エナジーコントロールが、ない……」
「え? どういうこと? 僕、エナジコントロールがないの?」
どういうことだ、このギフトはなんだ。壁を破壊する者……? 聞いたことがないし、見たこともない。能力すら不明というのは、どういうことなのだろうか。
「自分が得たものを、親しい人に分け与えられる能力。それがエナジーコントロールの正体みたいね」
「そうなんだ! じゃあ、アーシェと出会った夜、僕はもうアーシェと仲良しだったってことかなぁ? うん、きっとそう!!」
「もしかしたら、その制約の壁を破壊したのかも……」
「壁を? どういうこと~?」
「アイヴィには限界がないかもしれないってことよ」
「ええ~!? それって、凄いよね? 凄いね~!!」
「私は、限界に到達してるわ……」
古き友人達に訪ねても、誰も知らないと答える。それに自分達は忙しいから応答しにくくなるとも……。なんということだろうか? わからない祝福が、目の前に転がっている……。知りたい、彼女を。彼女を知らなければならない。
………………。
それはアシェルも同様のようで、アイヴィに秘められた力に興味津々という様子だ。
「どれがアーシェの限界なの~?」
「これよ。この、成長度と書かれている数字が、成長の限界を示す数字なの」
「アイヴィの持ってるものって、アーシェにプレゼント出来るんだよね?」
「そう、みたいだけど……」
アイヴィが何かを閃いたらしい。何を閃いたのか、アシェルの考えならある程度は読めるが、アイヴィの考えは全く読み取ることが出来ない。どうやら、アイヴィはアシェルの答えを聞く前に何かを実行するらしい。
「じゃあ、アイヴィの限界がないのを、アーシェにあげるね!!」
「ちょっと、待ちなさ……!?」
なんと、アイヴィはアシェルにレベルの上限がないという部分をプレゼントすることに決めたらしい。これは一体どうなったのか、アシェルには早くステイタスを開いて欲しいものである。
『(――――)』
今、なんと? アシェルは今何かを考えたようだが、何を考えたのか読み取れなかった。これはアイヴィの思考を読もうとした時と同じ……まさか!! まさか、まさかまさかだ。アシェルが限界を突破してしまった影響により、思考を読み取れなくなってしまったのだろうか。幸いにも、どうやらステイタスと唱えたようだ。何を考えているかわからなくなったが、口数が多くなった分だけ彼女達のことを読み取るのは難しくなくなった。さあ、まずはステータスを見せて……。
◆ ◆ ◆
【ステイタス】
Name:アシェル
True name:アルシエル・ヴィンセント
Lv (成長度):15
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
【ステイタス】
Name:アイヴィ
True name:アイヴィ
Lv (成長度):4
◆ ◆ ◆
「あ……。あは……っ! え、は……? はっ……!!」
「アイヴィの限界、出来ちゃったかなぁ?」
「ない!! アイヴィの限界も、私の限界も、ない!! ない、ない……!! なくなってる!!」
これは、思ったよりも恐ろしい物を与えてしまったかもしれない。
今、この世界の歯車が、ぎっしりと噛み合って動かなくなっていた歯車が、ガタリと音を立てて動き出したような……。何か、恐ろしいことが始まったような、そんな気配を感じてしまった。
恐ろしいことになる。これは……何かわからないが、恐ろしいことが、始まろうとしている。
「やったぁ! じゃあじゃあ、ここを出られたら、アーシェがもっともっと強くなれるってことだよね!」
「…………そうだった。ここがどこなのか、さっぱりわからないんだったわ」
だが、ここは東塔のダンジョンの下層、その隠しエリアである。この泉を出れば、外の階層は恐ろしい魔物達が犇めき、アシェル達はひとたまりもなくやられてしまうだろう。
この恐ろしいアイテムが、この恐ろしい事態は、このダンジョンの中で全て終わるはず……。そうなるはずなのだ。
彼女達がここを離れたら、これ以上私情を挟むことは出来ない。この泉が最も私に近い場所……。この失敗は、このダンジョンの中で終わらなければならないのだ。誰かに見つかってしまえば、私が与えたものだとすぐにバレてしまうだろう……。
大丈夫だ、問題ない……。彼女達はこのダンジョンから出ていけるはずがない……。何も、問題はないのだ。
――――そう、彼は願っていた。
歯車はもう、動き始めている――――。
ここまで謎の第三者の視点でお送りしました。
次回以降、彼の自我は届かなくなることでしょう。
ここまで読んで、『こいつ……この野郎……』と思って頂けたら幸いで御座います。




