006 ダンジョンへ・3
アシェル達は暫くダンジョンを探索したが、あれ以降宝箱を発見することもなく、ミサイルラビットとドリルラビットにしか出会わず奥へ奥へと進んでいた。
このダンジョンは魔獣も魔物も時間経過で発生しないタイプらしく、攻略済みの場所から発生して背後から奇襲されるということもなく、冒険者ギルドや教会が『上層なら鉄級でも入場可能』と設定した理由がアシェル達にも理解出来た。このダンジョンは『右手』に対する恐怖が付き纏うが、初心者でも比較的挑戦しやすいダンジョンなのだ。
「随分ドリルラビットも倒したね~! アシェル、じーっと武器を見てるけどどうしたの~?」
「周囲に敵が居ない内に、点検しておかないといけないから」
「僕には全然問題ないように見えるけど~……」
「ドリルラビット達の骨に剣が当たる度に、ちょっとずつ刃が悪くなってるの。斬れ味が落ちた武器で強敵と戦うことになったら、勝てる戦いも負けることになるから」
「それで、その石みたいなのでシコシコすると、良くなっちゃうの? あいた~っ!」
「どこでそんな、げ、下品な表現を……!!」
「僕のお姉様達は、その動作のことシコシコって言うもん……」
「あ……。そうなのね……」
恐らく、いや確実にアイヴィはその動作と言葉の意味を理解していない。姉達が言っていたから伝染した言葉のようだが、普段からこんな言葉を使わせていては良くないことを引き起こす可能性があるだろう。アシェルはアイヴィから飛び出してくる言葉についても、ある程度教育しておかなければならないと決心した。
「とりあえず、し……シコ、シコなんて、そんな言葉は使っちゃダメ。解体されるよ」
「使わないようにするねっ!?」
「んんっ!! 絶対に使わないで」
「はぁい!!」
これからも度々アイヴィから偏った知識による変な言葉が飛び出してくるだろうが、頑張って直して欲しいものである。
「よし、完璧ではないけど……。とりあえず剣から血と脂は落としたし、斬れ味も戻ったと思う」
「僕がなるべく斧で倒すようにする……?」
「アイヴィは知らないかもしれないけど、魔獣や魔物を倒し続けているとね? 急に力が強くなったような感覚に襲われる時があるのよ。これは大人数のパーティだと起きにくくて、逆に少人数パーティだと起きやすい現象なの。中でも多く戦っている人は、この成長が早く訪れることが多い。私はね、成長したいの」
「へえ~!! じゃあ、僕はなるべく手を出さないほうが良いかな?」
「ドリルラビットぐらいならなんとか出来ると思うから、もっと強いのが出てきた時のために色々と温存してても良いよ」
「そうするね!」
アシェルは成長について解説したが、実は正直なところこの解説が合っているのか自分でもわかっていない。なんせアシェルはここ1年間、全く成長した感覚がないのだから。魔獣や魔物を倒していないからではなく、倒しているのにも関わらず成長している感覚がない。もしかしたら別の条件があるのかもしれないと、そんなことを心の奥底では考えていた。
「あ、また何か居るよ!」
さて、ここまで出てきた魔獣と魔物は全てラビット系だった。ミサイルラビットは鉄級どころか銅級、その下の石級でも倒せるとされているがいの少ない魔獣。ドリルラビットは急に危険性が増して鉄級以上での討伐が推奨される魔物。どちらもアシェル達には容易に対処可能な相手だったが、今回はどうだろうか?
『プギュァアアアアアア!!』
「ブレードラビット……!?」
ブレードラビットとは、ドリルラビットの頭部の角が刃物に変わった魔物である……と、ここまでなら『なんだそれだけか』という魔物だが、この魔物の討伐推奨ランクは脅威の『金級』である。
このブレードラビットはもはや突然変異種と言って過言ではなく、まっすぐ突っ込んでくるだけの他の兎達とは異なり、空中を蹴って縦横無尽に跳ね回るという恐ろしい挙動をしてくるのだ。速度もドリルラビットよりも速く、目で追うのがやっとというレベルのスピードで突っ込んでくる。
「あっ……!!」
『プギュウウウウ!!』
アシェルは間一髪のところでブレードラビットの刃物を弾くことに成功したが、弾いたところでこいつは空中を蹴って突っ込んでくる。弾いたところで少し延命されただけで、むしろ体勢を崩してしまったという不利な状況に立たされる。素早く空中で再攻撃を仕掛けてきて、獲物をズタズタに斬り裂く。空飛ぶ切り裂き魔と呼ばれる恐ろしい魔物なのだ。
「ファイア、ボール!!」
アシェルが焦っている様子を見て、アイヴィは一か八かの賭けに出た。彼女のふわっとした脳みそでも、奴が自分達をズタズタにするのに数秒もかからないと悟ったのだ。それならばいっそ、自分達が巻き添えを食らう可能性があったとしてもファイアボールを撃ち込んで相打ちを狙うべきだと考えた。実際この考え方は合っているのだが、自分で自分を攻撃するという行為はどうしても躊躇する。だが、アイヴィは頭でそれを考えるよりも先に、口と魂が動いていた。
『ピッギュァアアアアアアアアアア!!』
「うああ、ああああああああ!!」
「アシェルーーッ!!」
案の定、アシェルが巻き添えを食らってしまった。だが、ブレードラビットも同時に炎に包まれ、1人と1匹の体が火だるまと化した。それでもアイヴィは『死にたくない、死んで欲しくない』という思いに駆られ、灼熱に身を焼かれて悶絶しているブレードラビットに斧杖を振り下ろす。だが、焦りというのは手元を狂わせるもの。動き回る小さな目標にはなかなか命中せず、何度か斧杖を振り下ろしてようやく一撃叩き込むのに成功し、ブレードラビットは動かなくなった。
同時に、アシェルも動かなくなっていた。絶望に表情を染め上げながら、アイヴィは震える手でポーチからポーションを取り出す。
「……いや、要らない」
「え、えっ!? ええ!?」
「熱く、ないみたい……」
だが、もっと驚いたのはアシェルの状態だった。黒焦げの焼死体となったブレードラビットとは正反対に、アシェルの体には何処にも焼けた痕跡がない。衣服も燃えず、全くの無傷であった。アイヴィは何が起きているのかさっぱりわからず、言葉が出ずに座り込んでしまった。
「私も、驚いてるよ……? でも、燃えたと思ったのに、全然熱くなかったの……」
「ど、どうして……?」
「アイヴィの魔法って、もしかして全部私に効かなかったりする? いや、そんなわけないよね……」
「生命力操作は効いたよ!!」
「効いたよね……。そうだよね……」
アシェルは驚きを通り越して、もはや冷静になっていた。自分の身に何が起きたのか、何故ファイアボールが効かなかったのか、そのことで頭がいっぱいなのだ。『本当は全身大火傷で、現実から目を背けて夢や希望の幻覚を見ているのかも……』とも考えたが、どうやらその線でもないらしい。彼女が感じている感覚は、恐ろしくリアルなものだった。
「考えられるとしたら……」
「僕が魔法の操作の天才!?」
「マジックウェポンの、能力かな……。アイヴィ、さっき刃に触っても手が切れなかったよね?」
「え、う……うん……!」
「その斧の刃、私の腕にも押し当ててみて」
「ええ!? だ、大丈夫かな……」
「命令。早くして」
そして、辿り着いた答えは『マジックウェポンの能力が原因ではないか』というものだった。アシェルは風の噂に聞いたことがあった……。マジックウェポンの中には、自身だけでなく仲間も傷つけない力を秘めているものが存在しているという噂を。これがそうなのだとしたら、その価値は金貨1000枚どころの話ではなく……。
「どうなっても、知らないからね!?」
「…………ほら、切れない。痕すら付かない」
「ほえええ……!!」
「金貨、10000枚だぁ……」
その10倍の価値、金貨10000枚の価値はある武器だということになる。この武器こそがその風の噂にあった『自身も仲間も傷つけない武器』であり、アシェルを危機的状況から救ってくれた武器ということである。アシェルは今、『あの時戻っていれば』という感情と、『この武器をアイヴィが装備していて良かった』という感情でぐちゃぐちゃであり、泣いて良いのか笑って良いのかわからなくなっていた。
「とにかく……! アイヴィ、ありがとう。もしあの時ファイアボールを撃ってくれなかったら、私は死んでたと思う」
「ア、アシェルなら、きっと大丈夫だったと思うけど……」
「私だから大丈夫なんて考えは、この先捨てて。もしかしたらダメかもしれないって、そう考えて行動して」
「うん、わかった……」
「本当に、助かった……。ブレードラビットは、金級冒険者でも負ける可能性がある魔物だから……。生きてるのが奇跡よ」
落ち着きを取り戻すため、アシェルはブレードラビットを手早く解体する。他の兎よりも一回り大きい体からは、二回り以上大きい魔石が取り出された。しかしポーチの中は既にいっぱいで、何かを処分しなければこれ以上入れることは出来ない状況だ。
「そんなに強い魔物だったんだ~!!」
「まだ他にも居るかもしれない……。引き返してギルドに報告するべきなのかな……」
「でも、くろがねさん達が調査したんだよね?」
「そうね。運良く出会わなかったのか、それともこのダンジョン内では危険度が低い方だと判断したのか……。水、飲みたいな」
「水? そうだね! お水を飲んで、ちょっと落ち着こうよ~」
ポーチの中から水瓶を1つ取り出し、アシェル達は交換しながら水分を補給する。水を飲んで落ち着いてから、死にそうだった経験を思い出して身震いがやってくる。生きていることへの感謝と、アイヴィの咄嗟の判断への感謝を胸に、空となった水瓶と交換でブレードラビットの魔石をポーチに収納した。
「瓶は? 要らないの?」
「この先に大部屋が見えるの。そこに投げ込んで、何か居ないか確認する。もしも何か飛び出してくる気配があったら、ファイアボールで迎撃して」
「うん! 良い考えかも!」
この時何故か、アシェルは帰るという判断が頭の中から除外されていた。水を飲んだ時に『次は上手くやろう』と決意してしまい、帰るという選択が抜けてしまったのだ。まだ物資に余裕はあるし、対処方法も考えた。だからまだ行けるだろう……。そういう思考になった。
「いい? 投げるよ」
「うん、いつでも大丈夫……!」
闇の中に消えた水瓶は、パリンという音を立てて壊れてしまったことをアシェル達に伝え、同時に大部屋の中に居た魔物にも異常な音がしたと伝えることに成功した。
『プッギュァアアアアアアアアア!!』
「ファイアボール!!」
「はあっ!!」
そして、闇の中からその魔物は現れた。それはまたしてもブレードラビットであったが、狭い出入り口目掛けて今度は一直線に突っ込んできた。空中を突き進んでくるブレードラビットは、こう考えていた。『人間は仲間意識が強い。あの火が前の人間に当たるはずがない』と。つまり、アシェルをターゲットにしても問題ないと思っていたのだ。
「えええええええ!?」
『ぷいっ……!?』
その予想は大外れとなった。アイヴィの放ったファイアボールは、アシェルを飲み込みながら突き進んでくる。このままでは自分も飲み込まれてしまうから、早く方向を変えねばならない……と、そう思った時には口の中に細剣が深々と突き刺さり、脳天を貫いていた。ブレードラビットとて、意表を突かれては回避出来るものも出来なくなるのだ。
「そんな無茶な」
「まだ居る!!」
「あ、あ! ファイアボール!!」
『プイッギュアアアア!!』
意表を突かれたのはアイヴィもだった。これまで1匹だけしか出てこなかったから、今回も1匹しか居ないだろうと思っていたのだ。実際は暗闇の中にもう1匹隠れており、この部屋には2匹のブレードラビットが存在していた。
前衛であるアシェルが離れているなら、アイヴィの方を殺すのは簡単なことだと判断したのか、ブレードラビットはアイヴィ目掛けて突進を開始した。ファイアボールの発動が先か、ブレードラビットの到達が先か、生死を分ける瞬間である。
「シルフィード!!」
運命のダイスが投げられる前に、アシェルは確実な手段を取ることにしたらしい。シルフィードとは、アシェルが細剣使いとなって10年目にしてやっと獲得した【技能】だ。瞬間的に素早く動くことが出来るスキルで、その速さは一時的にブレードラビットのスピードにも匹敵する。
『ピギャッ!』
空中を突き進むブレードラビットは、間一髪のところで体を捻って致命傷を避けた。しかしその減速は命取りとなり、アイヴィのファイアボールは詠唱が完了して発射されてしまったのだ。
『プギェエエエアアアアアアアアアアアアア!! アアアアアアアアアアアアアア……!!』
ブレードラビットはアシェルの細剣に刺されたまま黒焦げになり、完全に息の根が止まった。金級冒険者がやっと勝てるような魔物を相手に、アシェル達は2度も勝利することに成功したのだ。
「他に敵は!? 見える!?」
「い、居ない!!」
火だるまになったアシェルを光源に、大部屋の中を隅々まで見渡す。これ以上この部屋の中に魔物の姿は確認出来ず、どうやらこれで殲滅が完了したらしい。
「アシェル~……!! 僕、死んじゃうかと思った~……!!」
「大丈夫? 漏らしてない?」
「漏らしてないよう!! 弱音は漏れたけど……」
「アイヴィにしては上手いこと言うね。倒せたね……これで、3体目」
アシェルがここまで無理をしたのは、成長を期待してのことだった。金級冒険者が倒すような魔物を3体も倒したのだから、これで少しは成長出来るはずだ、強くなれるはずだと期待したのだ。だが、その期待は裏切られることとなる。
「…………成長を、感じない」
「ええっ! 僕はなんだか、ちょっと強くなったような、そんな感じがするよ!」
「やっぱり、これが私の限界なんだ……」
アシェルの前に立ちはだかる壁は、絶望という名の牢獄に変わった。ここまでして成長しないということは、アシェルはこれ以上成長出来ないということを意味している……。能力の限界であり、これ以上強くなれないという意味だ。
「そんな、でも、えっと……。あ!! 宝箱、あるよ!!」
「…………うん。うん? うん!?」
これ以上自分が強くなれないなら、いよいよもって頼るしかないのはマジックウェポンのような武具だけだ。アシェルの手持ちでは当然そんなものは買うことが出来ず、唯一希望として残っているのは、先程のように凄まじい幸運でマジックウェポンを宝箱から引き当てるしかない。ちょうど目の前にある、アシェル達の奮闘を称えるかのように鎮座している金細工に木製の宝箱のようなものから。
「金の宝箱って、凄いアイテムが出るって言ってたよね~!?」
「そう、だよ……。初めて、見た……。宝箱自体さっき初めて見たんだけど、金の宝箱の話なんて聞いたことすら……」
全てが黄金で出来ている宝箱ではなかったが、それでも途轍もないレアリティの宝箱であることには間違いない。恐る恐る近づくと、やはり宝箱にはあの石板が取り付けられていた。
「勇気ある者は、右手……」
「勇気を出して戦ったよ!? 僕達、勇気ある者だよね!?」
「そう、勇気を出して戦ったから、私は右手で挑む」
アシェルに迷いはなかった。だが今回は勇気というよりも、捨て鉢になっていたと言うべきだろうか。成長限界、高額な武具、これ以上自分は強くなれないという絶望から、アシェルは右手をかざしたのではなく差し出していた。ガチャリという音がして宝箱の錠が外れた音がし…………。
――――カチッ…………。
「うっ……!?」
「わっ……。あ、大丈夫……? みた、い……?」
――――暗闇の中に一瞬の静寂が訪れ、宝箱の中身は……。
「あ――――」
「アシェ――――」
――――彼女達を闇の底へと誘う、帰り道のない旅行券であった。言うなれば、そう……。
『おおっと! テレポーター』だろうか。




