039 ゼックスの十戒・いきすぎた行為は咎めなければならない
「んぁ~!! だいたいなんっなの、中央教会のこのクズっぷり!! ふっざけんのもいい加減にしろって話でしょぉ!?」
「あ~ん! ゼックスちゃん助けて~♡」
「アシェル!! アイヴィの胸を揉みながら話すのやめてくれる!?」
「ヴァーラも揉みたい」
「んぁぁあああああ!! だめで~す!! これは私のおっぱいちゃんで~す!!」
「あ~ん!!」
アシェルの精神力は非常に高く、ストレスへの耐性が高いほうではあるのだが、発散が下手くそなのである。
今のところアイヴィ以外に魔の手が伸びてはいないものの、隙あらばゼックスの胸にちょっかいを出し始めているので、ターゲットが変更になるのは時間の問題というところだろう。
「3年前に!! 野盗が馬鹿みたいに蔓延ってた頃も!! 野盗怖さに外に出られなくって、毎日壁を剥がしたみたいな黒パン齧ってたのも!! 国も領主もこの地を見て見ぬふりをしてたってことでしょぉ!? ふっざけやがってぇ~!! んぐっ……っぐ……!!」
「アーシェ、飲み過ぎだよぉ~!!」
「夕方になるまでノンストップで飲んでるわよね……」
「ヴァーラも揉みたい」
「あ~もう!! ヴァーラはあたしので我慢してなさい!!」
「ん、いい具合。ちょうどいい感」
「本当に揉むんじゃないわよ!! あ~もう!!」
アシェルとヴァーラがセクハラ組で、アイヴィとゼックスが被害者組。お酒が入るとどうやらこうなってしまうらしい。アイヴィは満更でもないという様子だが、ゼックスに関しては色々と複雑な心境だ。発散不可能な欲求がたまり続けているような感覚である。
「…………ヴェルニフさん、どこまでやれるかしらねぇ!!」
「ん~……。あんまり期待出来ないと思うけど~……」
「一都市の執政官には荷が重っ……んっ……! その触り方禁止!!」
「可愛い声が出るところ、ヴァーラは覚えた」
セクハラに一生懸命な2人ではあるが、実際のところ会話をしながら気になる客の方向をジッと見ていた。その客は今にもトラブルを起こしそうな程にヒートアップしており…………。
「――――きゃぁああああ!! 離して、離してください!!」
「だから、金ならいくらでもあるって言ってんだろぉ? こいよ!!」
「お客様、そういうのは困りますので……うぐっ……!!」
「おやおや、黙っていてくれませんかね? 我々が話しているのは彼女なんでね」
「なあ良いだろ? 今夜は俺達3人と、1人につき金貨3枚もあげちゃうよぉ~?」
その客は、遂にマスターや看板娘達に対して暴力的な手段を選択した。それはつい昨日出会ったばかりの3人組、ヴァーラというサンドバッグを失い、金を持て余して遊び呆けているランドー達だった。ランドー達は今にも酒場の看板娘達を連れて無理矢理出ていこうとしており、彼らの強さに誰も抗えない様子なのは一目瞭然だった。マスターは腹部を刃物で刺されたのか、血を流して倒れている。
「……あ~あ、ここの料理凄く美味しいし? お酒も美味しい。マスターも感じが良いし、看板娘ちゃん達も明るく元気で可愛い。最高よねぇ!?」
「それはそう~!」
「まあ、あたしも同意見」
「ヴァーラは今も最高」
「いつまで揉んでんのっ!!」
「あいだっ……」
「やったれ~ゼックス~!!」
「はいはい……。あんたらはこの酒場に要らないのよ、ゲス野郎!!」
3発の発砲音と共に、看板娘達に乱暴を働こうとしていたランドー達の肩に風穴が空いた。看板娘達は驚いただろう。なんせ、自分達に乱暴を働いていた相手の肩から、向こう側の景色が見えてしまったのだから。
「あ、あ……? ああああああ、うぁあああああああああああ!!」
「うげえええええ!? ぐああああああああ!!」
「あ、がっ……!? なんなのですか、これは……!?」
「頭を狙ったつもりなのに、手元が狂ったわ!! 次は頭をふっ飛ばして良いわよねぇ!!」
「やれやれ~!! 吹っ飛ばせ~!!」
「ゼックスちゃん、頭はマズいと思うよぉ~!!」
「じゃあテキトーに両肩両足撃っちゃれ~!!」
「さっさと失せなさい、蛮族!!」
何が起きているのか理解出来ないうちに、ランドー達の四肢に風穴が空く。皮肉にも、ヴァーラにした行いと同様な怪我を負い、捨て台詞を吐く間もなく逃げ出す体勢に入っていた。
「そこまでだ!! この酒場で暴力事件が発生したという通報を受け……た……」
「ジャクセン隊長!! イモムシのように転がっているこの男達が犯人とのことです!!」
「うぅ……うっ……」
「た、助け……」
「く、かぁああ……!!」
だが、既に誰かが衛兵に通報していたらしい。複数の衛兵が四肢を撃たれてまともに動けないランドー達を縛り上げ、酒場の荷車を借りてそれに放り込んで強制連行という形となった。
今回の騒動は、衛兵に犠牲者が出るかもしれないと覚悟していたジャクセンだったが、犯人がイモムシ状態になっていて非常に助かったというのが本音だ。しかし、いったい誰が彼らをイモムシ状態にしてくれたのか……。
「マスタ~、大丈夫~? お腹痛いよね~? エステティック!」
「う、ああ……。あ……? もしや、今のは……?」
「良かった~。だいぶ楽になったみた~い!」
「女の子達の手を治してあげてぇ~!! イモムシの蛮族に腕を掴まれて、綺麗な肌が赤くなってるだろうからぁ~!!」
「大丈夫~? み~せて?」
「あ、は、はい……! あの、ありがとうございます!!」
「ぷはぁ~!! 人助け最高~!!」
「あたしが全部やったんでしょうが!」
「い~のい~のっ!! あ、揉ませて」
「ダメ! あんたの触り方はなんかこう、えっちだから!!」
「え~~~~~~~~!! いいじゃないのぉ~~!!」
「ヴァーラの触り方が、えっちじゃないみたいな言い方」
「あんたもちょっとえっちだからダメ!! 禁止!!」
ジャクセンは頭を抱えた。まず間違いなく奥の席に座っている3人組と、マスターと看板娘の治療を行っている1人を足した4人組によるものだと瞬時に理解したからだ。なんせ、彼女達は目立つのだ。酒場の雰囲気は葬式の最中のような最悪なものであるにもかかわらず、お構い無しに飲み食いを続けてイチャイチャし続けているのだから。
「みんな、あんなクソッタレのイモムシ蛮族のせいで飲み食いを止める必要はないよぉ~!! マスター!! これ、私からの奢り!! ここにいる人達の酒代、私が払うわ~!!」
「た、助けて頂いてこのような……!!」
「女の子達の心のケア代込み!! みんな飲もうよぉ~!! かんぱぁ~い!!」
「だ、誰だか知らないが、乾杯!!」
「ありがとう嬢ちゃん!! か、乾杯!!」
「本当に良いの!? あなた、飲み直しましょうよっ!!」
「ああ。無もなき正義に、乾杯!」
とてもではないが、ジャクセンは彼女達を連行出来るような状況ではないと悟った。これで彼女達を衛兵の詰め所まで連行したら、この酒場に居る全員から恨まれることは目に見えている。だが、衛兵としてはどうしても事情を聞く必要があり…………。
「衛兵さんも飲もうよぉ~!! マスター、奥の席って空いてるんでしょ~?」
「え、ええ。しかし最近人手が足りなくて、そちらは……」
「良いじゃない、衛兵さん達は自分でお酒持ってこさせれば~!! ね、良いでしょ~? 私の、奢り~!! 全員奢っちゃ~う!! あっははははは~!!」
「…………先に戻ったやつらに連絡。少し早いが、本日の任務はこの時刻をもって終了。全員この酒場に集合だ」
「え、え?」
「拘束した犯人は別班に譲れ。婦女暴行、強盗傷害で逮捕したと伝えておけ……」
「は、はっ!! 直ちに!!」
ジャクセンは全てが丸く収まる方法を選択した。犯人は拘束完了、もうすぐ交代時間、逮捕の実績と取り調べの権利は別班に譲り、自分達は彼女達のお目付け役としてタダ酒が飲める。これが最も賢い選択だと理解し、それを実行に移したのだ。
「さて、と……。マスター、すまない。見てくれの悪いのが店に並ぶことになるが、どうか許して欲しい」
「いえいえ、とんでもない!! 衛兵の皆様が酒場に居てくれるのでしたら、先程のようなトラブルも起きますまい! さ、どうぞ奥の席へ」
「ありがとう。お前達は一旦詰め所に戻って鎧を脱いでこい! 俺はマジックバッグがあるから問題ない! お嬢さんの気が変わらない内に戻ってこいよ!!」
「はっ!! 人生で最も急いで戻らせて頂きま~す!!」
「ありがとうお嬢さ~ん!!」
「詰め所に戻るまでは任務の最中だと忘れるな!!」
「あっはははは!! もしかして衛兵の隊長さん? 格好良いなぁ~!! ね、アイヴィ」
「アイヴィ……?」
その時、ジャクセンの昔の記憶が蘇る。それはあの日、3年前のとある出会いの記憶。
『――――おはようジャクセンさん。この子は私の連れで、アイヴィって子』
ジャクセンはまさかと思い、先程から大笑いしている美女の顔をジッと見つめる。それは紛れもなく、3年振りにダンジョンから生還したという、ずっと気にかけていた冒険者の顔と…………全く同じだった。
「そうか……。そうか……! アシェルか、アシェルだったのか……!! 姿は変わっても、昔と何ひとつ変わらず、困っている人は見捨てられないあの子のままか……!!」
「はぁ……! はぁ……! 隊長ー!! 自分が一番乗りでありま、いでぇ!?」
「他の客の迷惑になるだろうが!! 静かに入店しないか!! あと、酒は自分で取りに行け、人手が足りんそうだ!!」
「タダ酒なら、喜んで取りに行きますよぉ~だ!! 頂きま~す、お嬢さ~ん!!」
「んっ!!」
アシェルが生還したという噂が流れて以降、彼女の話が全く流れてこないので、本当はただの噂話に過ぎないのではないかと心配していたジャクセンだったが、今回の件でその心配は全て消え去った。
「冒険者アシェルの本質は変わらない、か……。本当に、良かった……」
きっと彼女は帰還してからこれまで、陰から人助けをしてこの都市を支えてくれているのだろうと安心したジャクセンは、アシェルが生きていて今も人助けをしていると話を広めて回ることになる。なお、どこで出会ったのかという話になるとタダ酒の話がセットになるので、この飲み会に参加出来なかった衛兵達からは恐ろしいほどに恨まれたのは、また別の話である……。




