004 ダンジョンへ・1
ダンジョンとは何か。
曰く人間界では、魔界側からの侵略通路だと考えられており、人類との戦争に向けて用意している魔物の巣窟だとされている。これは教会の一方的な発表であり、特に信憑性はない。
曰く魔界では、人間界側からの侵略通路だと考えられており、魔族との戦争に向けて用意している人類の修練場だとされている。これは魔王の一方的な発表であり、魔族はほぼ全員がこれを信じ切っている。
「――つまり、どうしてダンジョンが出来るのか、わかっていないということね」
「うんうん。どっちも相手のせいだと思ってるみたい! 僕はお姉様達からどっちのせいでもないって教えられてたよ~」
「ふ~ん。魔物って魔族が作り出してるって教会が発表してるから、そうなんだとばかり思ってたけど」
「そんなことが出来るなら、魔族が世界を簡単に支配出来ると思うけど~……」
「それもそうね。アイヴィは頭が良いわ」
「えっへへ~! 褒めて褒めて~!」
「はいはい、偉い偉い」
なので、誰もダンジョンがなぜ発生するのか、全くわかっていないのである。わかっているのは、人間にも魔族にも作り出せないような武具が手に入ることと、地上には現れない魔物が徘徊しているということ。時折罠も設置されており、命を落としてしまう冒険者も数多く居るということ……。
世界中のダンジョンについての情報を出来る限り収集していたアシェルは、ダンジョンの危険性についても十分理解しているつもりだ。なので、この日のために生活費を切り詰めて、挑戦のための費用を残しておいたというわけである。昨日壁を齧っていたのもその一環だ。
「ぬふふ~。あれ? でもアシェル、お金なかったんじゃないの?」
「食費はね。大怪我をしたり病気になった時のために、残してあるものがあるのよ」
「それを使って大怪我をしたり病気になったら、どうするの?」
「そうならないように努力するしかないかな」
「わあ~……。もしかして、ダンジョンって命がけ?」
「遊びに行くわけじゃないんだよ。勿論、命がけになる」
「僕、死にたくないなぁ~……」
「それは私も。だから慎重にいくよ」
そんなわけで、アシェルは現在ダンジョン挑戦用のアイテムの買い出し中である。再生能力が低い安めのポーションでは、一刻を争う場面だと命が尽きるほうが先になってしまう場合があるので、少し値が張っても再生能力が高いポーションが欲しい。しかし高いものばかりだとすぐに資金が尽きて多くは買えず、多少の傷なら我慢しようという出し惜しみにも繋がりかねない。
「緊急用に高いのを1本、大きい怪我用に3本、この4本にしようか」
「4本だけ~?」
「うん。そんなに多く持って歩けないし……」
「なんだアシェル、お前さんマジックバッグを持っとらんのか?」
「そんなに高価なもの持ってないよケインさん」
4本程度ならポーションホルスターに挿せば、わざわざバッグなどに入れて持ち運ぶ必要はない。そもそもアシェルは素早い動きの邪魔にならないようバッグは持っていないし、内部が拾い収納空間になっている魔法のバッグなど高価過ぎて持っているはずがない。アシェルは貧乏である。
「そっちの子、パーティだろ? 3年ソロだったお前がやっとパーティメンバーを見つけたんだ、お祝いしないとなぁ! ほれ」
「わっ! なにこれ?」
「マジックバッグ!! と、でかい声で自慢したいところだが、超粗悪品のマジックバッグと名乗れるか怪しいウエストポーチさ」
「え……。そ、そんなに高価なものは……」
「どうせ裏の倉庫で埃を被ってた不良在庫だ。記念ってことで持っていきな」
これは店主ケインの嘘である。超粗悪品のマジックバッグ未満のウエストポーチと紹介したが、これは意外にも便利な品として行商人達から人気が高い。確かに能力は他の商品より劣悪で半分以下の性能だが、それでも本来のポーチにはポーションが3本やっとのところ、10本前後は入れられるすぐれものだ。そしてなにより、マジックバッグの利点は『中に入れたものの重量を感じない』という点である。超粗悪品のこのポーチでも、その機能はしっかりと備わっている。
「わぁ~。アシェル、貰っちゃおうよ~。おじさん、ありがと~♡」
「お、お、おう……! なあアシェル、随分可愛い子ちゃんじゃねえか……!?」
「本当にありがとうケインさん。この子はアイヴィっていうんだ。実はサキュバスで、私の従魔だよ」
「サキュバス!? 長いこと生きてるが、初めて見たぜ……。可愛い以外、案外人間と同じなんだな……」
「角が生えてるよ」
「生えてる~♡」
「本当だ! 本当にサキュバスなのか、はあ~えぇ~……」
なにはともあれ、気前の良い店主のおかげでアシェルはマジックバッグを手に入れた。これでポーション類の持ち運びには困らなくなった。同時に、アシェルの中で選択肢が広がることにも繋がる。
「アイヴィが着けて。動きにくくなると困るから」
「いいよ~! わぁ~い、マジックバッグだ~! 本物、初めて見た~」
「変わった子だな。マジックバッグぐらいなら、割と見かけるだろ」
「そうかなぁ~? そうかも~?」
「ケインさん、水瓶も買いたい。あと、携帯食料も」
「随分買い込むが、遠出か?」
ダンジョン内で長期間過ごす羽目になる可能性を見越して、携帯食料と水を持っていけると閃いた。どんなに強い冒険者であっても、喉の渇きと空腹は耐え難いものがある。水や食料を持っているというのは心の余裕にも繋がり、より良いパフォーマンスを発揮出来るようになる。
アシェルがこれだけの商品を買い込むのは非常に珍しいことで、道具屋の店主も気にせずにはいられなかった。新しいパートナー、いつもより多く高い商品も購入し、やる気に満ち溢れている。何かあったと思うのが当然だろう。
「うん、ちょっとね。それに初めてのことだから、しっかり準備しようと思って」
「そうかそうか。お前さんなら無茶をしなけりゃ大丈夫そうだが、油断するなよ」
「ありがとう。これ全部、お願いします」
「キッチリ金貨1枚でどうだ?」
「それじゃ安過ぎない?」
「お前さんがこの都市にきて3年、遂に何か初めてのことに挑戦しようとやる気に満ち溢れてるんだ。応援価格ってやつさ」
「……今度お金が入ったら」
「あーっと! 商人は無い金をあてにしない! これは鉄則だ、誰が相手だとしてもな。お金が入った……なら、その話を聞いてもいい」
「…………いつもありがとう。じゃあ、金貨1枚」
「毎度!! 頑張ってこいよ!!」
「ありがとうおじさ~ん♡」
「んほっ……。おっと、気持ち悪い声が出ちまった……。気をつけていってこいよ!」
アイヴィに愛嬌を振りまかれると、大抵の男達は鼻の下が伸びてしまう。アイヴィを見てもピクリとも反応しないのは、男性としての機能が終わってしまっているか、ハヅキ族の人間だけだろう。
閑話休題。
アシェルが購入したのは、ポーションの中でも再生能力が高いもの1本と、そこそこのものを3本。そして携帯食料――干し肉などの日持ちするもの――と水だ。衣類までは流石にポーチへ詰め込む余裕がなかったため、これが限界といったところだろう。
「さて、と……。ダンジョン、いってみればわかるって言ってたけど」
「どうして2人以上なんだろうね~?」
「危険度が高いなら、そもそも私達のような鉄級では入れないし、妙な話だね」
「2人じゃないと寂しくなっちゃうダンジョンなのかも!」
「1人だと心細いのは確かだけど、まさかそんな理由じゃないでしょ」
初めてのダンジョン攻略に、アシェルは様々な思いを馳せる。元々冒険者になった理由も、自身の能力を証明したいという思いからなったものだ。その証明の1つとして、ダンジョンを攻略するというものがある。まだ上層までしか許可は貰っていないが、もし強くなることが出来ればいずれ中層、更にその先もと考えている。だがまずは上層からの攻略、気合を入れなければならない。
アシェルとは正反対に、アイヴィはいつも通りふわふわとしている。実のところダンジョンに入るのはこれが初めてではなく、アイヴィの姉達と何度か入ったことがあるのだ。それ故に初めて特有の緊張感はなく、アシェルに夜襲を仕掛けた時よりも緊張していない。むしろ平常運転という様子である。
「……人間の都市は、落ち着かない?」
「え~? 僕が住んでた魔界も、そんなに変わらないよ~?」
「人間ばっかりで、嫌じゃない?」
「僕は全然気にならないけど~」
「そう……。適応力、あるね」
「むしろ本当に、外は悪い人がいっぱいいるの?」
「居る。アイヴィの想像よりもいっぱい。今日だけで衛兵と何人、いや何十人すれ違ったと思う?」
「えっとね、う~ん……。いっぱい!」
「そう、いっぱいね。衛兵が沢山いるから、都市の中までは入ってこられないけど……」
「外には衛兵さんが居ないから、いっぱい居るんだ!」
「そういうことね。追い出された先がこの都市で良かったね」
「うんうん! アシェルに出会えたもんね!」
「…………そういう意味じゃ、ないんだけど」
むしろ落ち着かないのはアシェルの方である。初めてのダンジョン攻略の緊張からか、普段は無口な方であるはずのアシェルが珍しく口数が多くなっている。だが、隣を歩くアイヴィのふわふわとした雰囲気のおかげで、だいぶ緊張がマシになったようだ。アイヴィと出会ってから、大体の物事が良い方向に転がっている。
「あ……。地図だと、この辺りが東塔のダンジョンらしいんだけど……」
「衛兵さんがいっぱい居るね!」
「本当だ。衛兵に、教会の神官達に、あれは……! 金級冒険者の、黒鉄の剣!」
「凄い人なの? その、くろがねのけんさんって?」
「うん。この都市でトップクラスの冒険者。他にも金級パーティは2つあるけど、このパーティが一番白金級に近いって言われてるよ」
「アシェルが鉄級だから、どのぐらい上なの?」
「2つも上だよ。鉄、銀、金、白金の順で高いの」
「へえ~! 凄いんだね~!」
実のところ、ソロで鉄級と認められているアシェルも、かなりの有名人である。他のパーティは4人前後で構成され、その全員の総合実力で鉄級とされているところ、アシェルは単独で鉄級なのだから。銀級となればアシェルクラスの冒険者の4人組というような実力で、金級だとソロで銀級になれるような冒険者の4人組と考えて良いだろう。
「おはようございます」
「ん? ああ、アシェル君か! おはよう」
「おはようアーシェ!」
「よう!」
金級冒険者パーティ【黒鉄の剣】は、3人組のパーティである。スタンダードなファイターのハヤト、探索と弓が得意なスカウトのエミ、神聖魔法が使えるモンクのゴリオの3人で構成されている。アーシェと愛称で呼んできたのがエミで、シンプルな挨拶なのがゴリオだ。
「後ろの子は、もしかして……!?」
「アーシェ、まさかパーティ組んだの!?」
「ここにきたってことは、パーティだろ。2人以上じゃなきゃ入れねえからなあ」
「この子はアイヴィ、私の従者です」
「アイヴィで~す♡」
「…………ほ、ぎぃいい!?」
「ハヤト、どこ見てんの? 殺すよ?」
「夜魔か! あっちに居る血の気の多い神官に手出しされないように、俺から言っておこう」
ゴリオは冒険者だが、教会の神官でもある。どちらにも所属している忙しい男だが、幸いにもどちらとも穏便にやっているゴリラのような見た目に反して器用な男なのだ。
「そんなつもりで挨拶したんじゃ……」
「いや、俺の目の前で後輩が酷い目に遭うのは見たくないからな。俺の都合だ、気にするな」
「ハヤトはこっちで説教。アーシェ、またね~!」
「エミ、頼む、耳を引っ張らないでくれ! いってぇえええ!?」
「……面白い人達だね!」
「う、うん。実力者は皆、癖が強い」
ゴリオがダンジョン前に居る神官達と話している間、ハヤトはアイヴィをジロジロ見過ぎ罪により有罪判決となり、エミによる刑罰が執行されることとなった。実際はハヤトとエミの夫婦漫才のようなものなのだが……。
「お~い。大丈夫だ、きてくれ~」
「あ、はい! アイヴィ、いこうっか」
「うん! ねえねえ、僕もアーシェって呼んで良い!?」
「まだ早いからダメ」
「じゃあいつかは呼んで良いってこと!? 僕も呼びたいなぁ~」
「ま、まだ、ダメだから。アシェルって呼んで」
「はぁ~い♡」
「こら、腕に抱きつくなってば」
「早くも~っと仲良しになりた~い♡」
こちらもこちらでイチャツイているが、これがハヤトには良くなかった。ついついアイヴィの可愛らしい行動を目で追いかけてしまい、有罪判決から死刑判決へとランクアップした。もしかしたらアシェル達がダンジョンから出てきた時には2人パーティになっているかもしれないが、その時はハヤトの誠心誠意の謝罪が足りなかったのだと諦めるしかないだろう。
「話は通しておいた。それじゃ、頑張れよ!」
「ゴリオさん、ありがとうございます」
「ゴリオっさん、ありがと~♡」
「ゴリ、おっさん……?」
余談にはなるが、ゴリオにはアイヴィの愛嬌があまり通用しない。彼はハヅキ族であった。




