038 ゼックスの十戒・うっかりボロを出してはならない
「……よく来てくれた。私はこの都市の執政官、ヴェルニフだ。ああ、名前を覚えるのが面倒ならラビリスの執政官とか、適当に呼んでくれて構わない」
元老院に到着して案内されたのは執政室ではなく、地下室であった。そこにこの都市の執政官、ヴェルニフと名乗る疲れた顔の紳士が佇んでいた。
どうしてこんな場所にとアシェル達が疑問を抱く前に、ヴェルニフの目の前に横たわっている、白い布をかけられた人の死体らしきものに目がいった。恐らく、この死体がヴェルニフの呼び出しの理由なのだろう。
「アシェルです。それで、要件は……」
「これだ。少々気分の悪いものを見せることになるが、我慢してくれたまえ」
ヴェルニフが合図をすると、衛兵が死体から白い布を外す。布の下にあったのは案の定、首を斬り落とされた死体だった。
「商人狩りの犯人、処刑されたユウキの死体だ」
「……? 何を、言って……? これは、誰です?」
「…………もう一度言おう。処刑されたユウキの死体だ」
ここ最近で処刑されたのはユウキしか居ない。しかし、アシェル達の目の前にあるのはユウキの死体ではないのだ。なのにもかかわらず、ヴェルニフはこの死体こそがユウキの死体だと言う。
「ゼックス、ヴァータにもわかるように説明して欲しい。どういうことだ?」
「商人を、襲撃して……。あたし達も命を狙われた、クソ野郎の死体が……! すり替えられてるってことよ!!」
「どういうこと? 処刑は間違いなく執行されたと、間違いなくそう聞いたわ」
つまりユウキが、何者かとすり替えられたということになる。全くの別人が処刑され、どう処理するか決まって安置所から引き出したところ、別人だったと発覚したのだ。
「アーシェ……。こ、これ……もしかして……」
この異常事態がどういうことなのか、アイヴィはその可能性に辿り着いていた。誰にもバレることなく、全くの別人が処刑されて数日気が付かれない方法……。
「まさか……」
「メタモル、フォーゼ……」
「嘘っ!? アイヴィしか使えない魔法じゃないの!? 失伝魔法って言ってたじゃない!!」
「もし、この魔法が広く使われていた時代の人物が、今も生きているとしたら……?」
「そんなわけ…………。あっ…………」
失伝魔法、メタモルフォーゼの使用。失伝しているから現代に使える魔法使いが居ないとは限らない……。この魔法が一般的だった頃から生き残っている人物が、まだ居るかも知れないのだから。そしてその例がまさにアシェル達の目の前に居るのだから、ゼックスはその可能性を否定することが出来なかった。
「その、メタモルフォーゼという魔法は、どんな魔法なのかね」
「……アイヴィ、猫になって」
「…………メタモルフォーゼ」
「何、おっ……!? おおっ……!?」
「執政官殿……! こんなことが……!!」
「まさか、そんな!!」
アシェル達が行き着いた可能性について、ヴェルニフは実際の光景を見るまで『多分彼女達の早とちりか何かだろう』と本気で構えていなかった。だが、メタモルフォーゼの発動によってアイヴィが猫に変容した光景を見て、その認識をすぐに改めることとなった。ほぼ間違いなく、これに似たような魔法を使ったのだろう……と。
「メタモルフォーゼ、高位の魔法使いであれば、確かに使える者は多かった」
「やっぱり……。ヴァーラが生きている時代には、使い手が多かったのね……」
「どういうことだ、時代とは……? どういうことなのだ」
「ヴァーラには、あ~……。前世の記憶があるのよ。もしかしたらヴァーラと同じように、メタモルフォーゼが使える転生者がこの時代に生まれ、それをユウキに使って身代わりを用意したのかも……」
「確かに、転生者や転移者の話はたまに聞く……。なるほど、しかし……。いや、なるほどと言わざるを得ない……」
『にゃ~ん……』
「もちろん、メタモルフォーゼ以外の魔法かもしれない……。アイヴィ、戻って良いわよ」
『んみゃっ!』
死刑囚ユウキに逃げられた。これは紛れもない事実であり、その逃亡を手助けした者が必ず居る。まず間違いなく中央教会の手の者であるのは確かだが、今回は一切の証拠が存在しない。
「処刑されるまで、ユウキに面会したのは?」
「記録によれば、冒険者ギルドのマスター、ハヅキ殿。こちらは単体での接触なので、連れ出すのはまず無理だろう」
「執政官殿、複数人で面会した記録はこちらです」
「ああ、ありがとう。複数人だと……ユウキの元パーティメンバーの3人、これは口論になってすぐに面会終了と記録がある。後は、複数の商人だ。これは借金の取り立て先をどうすれば良いのだと詰め寄られたようだな。そして最後に…………ああ、まず間違いなくこれだろう」
「見せて……。バチアール司祭と、カンナ大司祭、それと異端審問官3名……。この、カンナ大司祭って、誰?」
「王都の中央教会本殿より派遣された大司祭だそうだ……。確か、彼女は転生者だという話を聞いたことがある……」
「ほぼ、確定ね……」
「しかし状況証拠しか存在しない……。これだけでは、断定することが出来んな……」
誰の仕業なのかほぼ特定出来たようなものだが、重ね重ね証拠が存在しない。疑わしきは罰せよでは、司法の名が泣くというもの。残念だが、アシェル達にはこれ以上打てる手が存在しない。恐らく逃げ果せたユウキは今頃、顔を変えて別人として生活していることだろう。
「アーシェ、衛兵さんに呼び止められる前に言ってた、どうしても本気で勇者が欲しいならって話……」
「ええ……。中央教会は、なんとしてでもユウキを取り戻すはずって話をしようとしてたのよ……。まさか、本当にやるとはね……」
「勇者が本気で欲しい理由、現実味を帯びてきたじゃないの!!」
「ここは、気分が悪くなる。ヴァーラは、別の場所に移りたい」
「ヴェルニフ執政官、場所を移しましょう。話したいことがあります」
「ああ、そうしよう……。すまないが、君たちは引き続きこの男の身元を調べてくれ。私は彼女達から話を聞く必要がありそうだ」
「はっ!」
「ご協力、ありがとうございました!」
アシェル達は鳥串焼きを食べながら考えていた仮説をヴェルニフに伝えるべく、執政室へと場所を移した……。
◆ ◆ ◆
「……なるほど。魔王が生きているという仮説が正しければ、中央教会と国王が勇者を欲する理由、確かに辻褄が合う……」
アシェル達は『アイヴィが魔王の娘』という情報と、『ヴァーラが未来視で見た』という情報を上手く伏せ、ヴェルニフ執政官に魔王が生きているが捕まっていて、しかし殺す方法がない可能性という話を上手く伝えることに成功した。
「両方の勇者への執着は異常だ。なにか裏があるとは思っていたが……。それに魔王崩御の噂を聞き始めたのが3年前、魔族側からこの件について一切否定する発表は出ていない。そして、魔王が表舞台に出てきたという話も、一切ない……。勇者を強く求めるようになったのも3年前程からだ。なるほど、なるほど話が見えてきたぞ……」
どうやら、ヴェルニフの中でも勇者を求める両方の動きは異常だと感じていたらしい。その異常の原因が『魔王を捕まえたが殺せない』だとすると、全ての辻褄が合うらしい。
「しかし、仮説の域を出ないのも確かだ。だが、最も可能性が高い話として、無視するわけにもいかない内容なのは確かだ」
「ヴェルニフ執政官は、魔王についてどう思っているのですか?」
「うむ……。今代の魔王は平和主義者だと聞いている。あわよくば、人族と魔族の間にある亀裂を修復し、関係改善を望めるのではないかと思っていた。だが、これがもし魔王の討伐に成功したと人族が発表すれば、次代の魔王が生まれて全面戦争になる可能性もありえる……。さすがにこれだけは避けたい」
「ヴァーラの生き……前世の記憶では、人も魔も手を取り合って生きていた。その証拠に、ヴァーラは人と魔の間の子だ……った」
え、そうなの? と、アシェル達はヴァーラが人族と魔族のハーフであることに驚いてハッと顔を見たが、すぐにヴェルニフに視線を戻した。ヴェルニフはちょうど頭を抱えていたところだったので、アシェル達の挙動不審さは悟られなかったので、とりあえず問題なしというところだろう。
「そもそも、勇者を排出して魔王を倒すことに、シェルナー王国と中央教会に何かメリットがあるのかしら」
「ある。これだけは断言する。もしシェルナー王国から魔王を倒した勇者が生まれたとなれば、シェルナー王国の国力は間違いなく向上する。周辺の小国を我が国に続けと吸収し、残党魔族の撃滅を掲げ、宣戦布告するのは目に見えている。中央教会もそうだ。魔王を倒した勇者が現れたとなれば、この大陸全土の信仰を完全に我が物とすることが出来るだろう。あわよくばシェルナー王国を乗っ取り、なんちゃら聖王国と名を変えて世界を牛耳る巨大宗教国家を作り出す。いずれにせよ、魔王を勢力拡大の材料として使いたいのだ」
国家繁栄か、宗教国家誕生か、どちらも聞こえは良いが、行き着く先は魔族との大戦争。私腹を肥やすのは国か教会の上層部ばかりで、血を流すのはこの都市で暮らしているような一般人達だ。そうなればもう、人族と魔族の和平など夢のまた夢……。この世界は戦乱の時代へと転げ落ちていくこととなる。
「しかし、我々だけではとてもとても……。どうにか出来るような話ではない……。それに重ねて言うが、限りなくその可能性が高い仮の話なのだ……」
「じゃあ、黙って指を咥えて見てるだけ? 私は、真実を確かめるために1人でも教会に乗り込むわ」
「いや、待ってくれ。どうかそれだけは待って欲しい。私の方で教会と王国に探りを入れる。この都市を訪れる者達や手駒を使い、あらゆる情報を掻き集めてみよう。だからどうか……とは言え、すり替えられたことにすら気が付かない間抜けな執政官の話だが……。どうか、信じて待って欲しい。この通りだ」
ここでアシェルが暴れて真相を暴くのは簡単なことだ。しかし、それは大きな傷跡を残す方法となる。それにアシェルの今の発言も本気で言ったわけではない。なんせつい昨日、上には上が居るということを思い知ったばかりなのだから。教会や王国側に、アシェルを遥かに凌ぐ強さの猛者が居てもおかしくはないのだ。
「……調査結果を期待します。アイヴィとゼックスも、それで良いわね?」
「うん…………」
「悔しいけど、アシェルの判断が正しいって理解出来るわ! 今すぐ暴れてやりたいのは、山々だけど!!」
「ヴァーラには聞かないのか?」
「ヴァーラには、宿敵に集中して欲しいかなって……」
「そんな冷たいこと、言わないで。ヴァーラも仲間。アシェル達の敵は、ヴァーラの敵だ」
「ありがとう……。そして、ごめんなさい」
「いい、気にしない。逆の立場なら、同じ事を言う」
「君達の理解に感謝する。私はね、この混沌とした都市が好きなんだ。混沌としていて、不思議な温もりと魅力があるこの都市が。戦乱の世なんて、まっぴらごめんだ! 私は、たとえ領主ヴィンセント伯爵が戦争の用意をしろと言ってきても、かならず突っぱねてやる!! これまで散々放置し続け、何の支援も寄越さなかったくせに何様なんだ、貴族様だからって何でも許されるのか……!!」
ヴェルニフはどうやら、領主であるヴィンセント伯爵に強い憎悪を抱いているらしい。これにはアシェルもどう反応して良いかわからず、父親の悪行を間接的に知って怒りを覚え、しかしそれを飲み込むことしか出来なかった。アシェルにそれを吐き出す資格はないのだ。
「ああ、すまない。取り乱したね……。今日は大変有意義な話を、どうもありがとう。君達の今後の活躍を期待しているよ……」
「……失礼します、ヴェルニフ執政官。本日はありがとうございました」
「またね、おじさま!」
「お、おじ……。はぁ……まあ、そういう歳か……」
「十分イケてるおじさまよ、ヴェルニフさん。じゃ、またね」
「さよなら、執政官殿。ヴァーラも、執政官殿は整った顔だと思う」
「はは……。どうもありがとう。お世辞と受け取っておくよ……」
アシェル達はヴェルニフに別れを告げ、元老院を去ることにした。時刻はまだ昼前だというのに、アシェル達はもはや一日の行事を全て終えたかのような精神的疲労に襲われていた。
「…………ねえ、お酒って飲める?」
「アイヴィ、飲めるよ~? 成人? してるもん!」
「あ! あたしだって20を超えてるから飲めるわよ!!」
「ヴァーラは1500を」
「そう、そうね。ヴァーラ大先輩は当然飲めちゃうわよね。じゃあ、気晴らしに飲みにでも行きましょう! 確か宿の近くに、凄く綺麗で雰囲気が良い酒場があるって話なのよ」
「いくいく~♡」
「あ、アイヴィ……!! あたし、そういう言葉を大きい声で言っちゃダメだと思うの……!!」
「そう、ヴァーラもそれはちょっと、はしたないと、お……思う……」
「ほえ?」
今回の件の気晴らしにお酒を飲みに行くことにしたアシェル達だったが、飲む前から早くも顔を赤くしているのが2人も居た。問題発言をした当の本人は何が問題だったのかもわからず不思議そうな顔をしているので、指摘した2人がムッツリだっただけだとバレて、更に顔を赤くしたのは言うまでもないだろう。
「あ、ああ、あたし!! 果物系のお酒が良いなぁ~なぁんて!!」
「え、ヴァーラは、色々と飲んで、み、みたーい……」
「…………飲んだ後は? 同じ部屋に泊まる?」
「いいいいいいっ!? いや結構、別々の部屋にして頂戴!! ね、ヴァーラ!? ね!!」
「う、うん……。今日も、とりあえず別々が、良い……」
この誘いのせいでますます顔を赤くしたのも、言うまでもないだろう……。




