037 ゼックスの十戒・住んでいる場所の地図ぐらいは覚えなければならない
翌日、諸々の事情を聞いたアシェルはヴァーラに衣服を置いていかなかった件を謝罪し、カデスの店にも訪れて誠心誠意謝罪をするというところからスタートした。その際、お詫びがてらにカデスの店にあった不良在庫を数点引き取り、『昨日起きた甲斐があった』と言われて苦笑いを浮かべるしかなかった。
その後は4人揃ってラビリスの観光だ。ここ数日落ち着いて行動出来ていなかったアシェル達も、ヴァーラが現代の都市を散策するいい機会ということで付き合うことにした。何度も転生を繰り返したヴァーラは、これまで己の呪縛をどうにかすることに精一杯で、世捨て人のような生活を送っていることが多かった。故に、都市の内部を自由に歩き回るなど数千年振りの出来事なのである。
「凄い。どうやって火を起こさず肉を焼く? それに、良い匂いがする」
「魔導具よ。魔石で術式を起動して、魔石の魔力が尽きたら魔力を充填してまた使えるようにする。便利よね」
「……アシェル、ヴァーラは魔導具の説明より、鳥串焼きのほうに興味津々みたいだけど」
「何本か買おうよ~♡ 店主~♡ 僕達4人分、2本ずつで~……8本!!」
「へっ、へ、ほっ、はっ!? ひゃ、100本!?」
「8本よ! そんなに食べ切れるわけないでしょ、8本!!」
「良いのか? ヴァーラは、何かお返しをすることが出来ない」
「良いのよ。このぐらいで見返りなんて求めたりしないわ」
ヴァーラの生きていた時代には魔導具が存在しなかった。夜を明るく照らす魔導具も、火を起こさずに熱を発して調理が出来る魔導具も、何もかもが新しいものばかりだ。もちろん、こんなに手軽に鳥の串焼きが手に入るなんてこともありえないことだった。自給自足が当たり前の生活だったからだ。
「んっ……! 美味しい、美味しい!!」
「ヴァーラってば、こういうの食べたことないの?」
「ない……。人に捕まれば、喋れないことを良いことに即奴隷が当たり前だった……。ヴァーラの居場所は、森の中か牢屋の中だけだ……」
「本当、酷い……。あたしのも食べる!?」
「それはゼックスの分で、はぐっ、んぐっ……!?」
「はい、もう口に突っ込んだから、これはヴァーラのね!!」
ヴァーラは不思議と人を惹きつけるオーラを発している子だった。人気者のオーラというわけではなく、やや邪な感情を引き出してしまうオーラだ。そして何よりも、何もかもを見通しているかのような彼女の目は、心の弱い者には恐怖心を呼び起こしてしまう。だから、彼女は誰かに捕まればほぼ確実に目を潰されるということが多かった。
それでも、ヴァーラの心が折れなかったのは未来視のおかげだ。泉にすべてを奪われる直前、彼女は誰かに救われる未来を見た。それが何百年後、はたまた何千年後の出来事なのかはわからなかったが、彼女には確かな希望があったのだ。自身の能力を信じ、この日が来るのをずっと待ち続けていた。
「……こうしていると、泉のことも、魔王のことも嘘のように思える」
「魔王……」
「魔王……!?」
「あたしにはどっちも関わりがないんだけど、泉は大体わかったけど、魔王って?」
「道行く人々の声を聞いた。魔王が近々復活するとか、勇者が現れるとか。元々居た魔王はどうなったのだ、という声もあったが……」
ここで、ヴァーラが思いもよらぬ言葉を発した。神話の時代から魔王が居たと言うのだ。そして魔王は近々復活するという話まで……。しかし、この話にはアイヴィの表情が曇る。アイヴィは3人の姉と魔王によって逃されたサキュバス姉妹の末娘で、アイヴィの知る魔王はとても優しく、世界平和を願っている賢王だったのだから。
「恐らく、今代の魔王はまだ生きている。なんせ今代の魔王についての未来を見ようとしたら、微かにではあるが見える気配があった。ヴァーラの目は、この世に居ない者の未来は見えない。見える気配があるということは、まだ存命であるということ……と、おもっ……!? ふぎゅ、んぎゅっ……!?」
「ヴァーラちゃん、だぁいすきっ!! 僕のお父様は生きてるんだぁ!! やったぁ、やったぁ~……!! うわぁああああん!! 僕の串焼きもあげる~!!」
「アイヴィ!! アイヴィの胸でヴァーラが窒息するわ!!」
「あ、ごめんね~!! ごめんねぇ、ごめんね~!!」
「うっ、ぷはっ……!? はぁ……はぁ……。なんと、アイヴィの父上は……。そうか、そうだったか……」
「…………!?」
「あ、ゼックス。叫ぶなら私の胸の中で叫んで」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッッッッッッッ!?!?!?!?!?」
衝撃の事実にゼックスが――アシェルの胸の中で――絶叫し、ヴァーラが目を丸くして驚いた。この情報で驚かないほうが無理もないので、当然の反応といえば当然ではあるが。なお、ゼックスは呼吸が出来なくてアシェルの腕をバンバンと叩いているが、それが窒息寸前の合図であることに気がついたのは気絶する寸前のことだった。
「じぬ……じぬがど、おぼっだ……」
「しかし、なるほど……。であれば魔王は今、何処かに捕まっている可能性が高いと……。ではなぜ、勇者が必要なのだ? 理解に苦しむ」
「お父様は、勇者と会ってくるって言ってて、それが最後で……」
「その勇者を排出しているのが中央教会やらシェルナー王国、なんだかおかしな話じゃない?」
「おかしいわ!! 勇者と会ってくるって言ったのに魔王は戻らず、でもまた新しく勇者を排出しようとしてる!! 変よ!!」
「変だね……。僕もそう思う……」
「ヴァーラも、これはおかしなことだと思う。勇者は魔王をおびき出すための嘘。魔王は捕まって、アイヴィ達にまで手が伸びた。しかし魔王は未だに存命で、教会と王国は新たな勇者を求めている……。考えられるとすれば……」
「魔王は教会か王国が捕らえた。しかし、魔王を殺せるのは勇者だけで、そのために勇者を欲している……?」
アシェル達が現状で手にした情報から考え、導き出した答えはこうだった。魔王は生きているが、殺す方法がない。殺す方法は勇者しか持っておらず、それを中央教会と王国が必死に求めている。
「魔王殺しはこの上ない誉れ。名誉。その名誉を教会が手にするか、それとも王国が手にするか……」
「酷い……! お父様は、世界平和のためにって……」
「中央教会と王国は、魔王が死ぬことこそ世界平和って思ってんでしょ! 最低、下衆!! 反吐が出るわ!!」
「今のところ憶測に過ぎないわ。それに、どうしても本気で勇者が欲しいなら」
「あ!! 居た、居ました!! アシェル様、それにお連れの皆様も!!」
アシェル達の会話を遮り、衛兵が慌ただしく駆けつけてくる。どうやらまた何か緊急事態らしい。アシェルは次から次へと舞い込んでくるトラブルに溜息をつきたくなる気持ちを抑え、衛兵の息が整うのを待ってから次の言葉を待つ。
「はぁ……はぁ……。ふぅ~……!! お寛ぎのところ、誠に申し訳ございません!! 大至急、元老院へ来て欲しいとの、執政官殿より伝言があり……!!」
「執政官……?」
「アーシェ、何か悪いことした?」
「昨日の取引は問題なかったはず。何も悪いことはしてないけど」
「へ? いえ、その件ではないようです! とにかく大至急とのことでした!! 以上、確かにお伝え致しました!! では!! ふぅ~やっと自由時間だ~……」
元老院への出頭命令。それも執政官より直々のである。アシェルは思い当たる件が何もなかったが、執政官から直々の呼び出しとあっては流石に無視も出来ないだろう。
「全く、今日は忙しい日ね……」
「アーシェ、僕も行く!!」
「あたしも! なんか気になるし、ヴァーラも行くわよ!!」
「まだ観光したいところ、沢山……。でも、仕方ない。長の呼び出しは無視できない」
「お、長……。そ、そうね。間違ってはいないわね……」
兎にも角にも、元老院へ向かわないことにはなんの用事なのかもわからない。とりあえず向かってみようとアシェル達は元老院へと歩き出したのだが…………。
「…………ねえ」
「うん、僕も言おうと思った」
「え? 何よ~?」
「どうした? ヴァーラは、やっぱり観光で良い?」
「元老院の場所、誰か知ってる……?」
「僕知らない! さっきの衛兵さん捕まえよう!!」
「…………あたしも知らない」
「なんと……。大抵そういうものは、中央にあるのではないか?」
「わっかんない。わっかんないなぁ……!!」
この前出向いた裁判所の場所は知っているものの、元老院の場所は誰も知らなかったため、先程走ってきた衛兵を捕獲し、自由時間が~という悲鳴を無視して元老院へと向かうのであった……。




