036 ゼックスの十戒・妹分の面倒は見なければならない
ヴァーラリリーゼが生きていたのは神話の時代。かの願いの泉がミダス達と出会うよりも遥か昔、最初の願いによって未曾有の大水害が起きたあの時代に、占い師として生きていた。
彼女はあの泉が邪悪なものであると感じ取り、村の者には近付かないようにと厳しく言いつけていた。『ヴァーラリリーゼの占いは百発百中』と村の者達は信仰していたため、誰もあの泉に近付くことはなく、かの邪泉から水を引こうなどと考えるものは誰も居なかった。しかし、泉の起こした未曾有の大水害は、無関係であったヴァーラリリーゼ達の村まで水底に沈めた。全く無関係であったのにもかかわらず、ただ他の村々の近くにあったからというそれだけで。
彼女は激怒した。かの邪悪なる泉を必ず、この世から消し去らねばならないと決意した。しかし、その決意を口に出した途端、何処からともなく声が聞こえたのだ。
『それがお前の願いだな』
彼女は必ず泉を消し去るという願いの代償に、持ちうる全てのものを奪われた。ヴァーラリリーゼという名、生きていた証、声、尊厳、そして死という概念すらも奪われた。
彼女は死ぬ度に数年から数百年の時を彷徨い、何も成し遂げられぬまま死を迎え、また次の時代で生きるだけの日々を彷徨う。誰かに何かを伝える前に次の時代へと転生し、何千年もの間生き続けてきた。
「――――それが、今日で終わり」
泉の代償として奪われていたものを取り返したということは、代償を払い終えたということに他ならない。しかし、代償を払い終えたのにヴァーラの願いは未だに達成されていない。泉を滅ぼすという願いが。
「私達も……いえ、私とアイヴィは、泉を必ずこの世から消し去ると心に誓っているの」
「絶対やっつけてやるの!!」
「あたしは泉には何もされてないけど、アシェル達とその恩人が酷い目に遭ったって聞いて、絶対に赦せないって思ってるわ!」
「ヴァーラと、目標が一緒」
「そういうことね」
アシェル達もまた、ミダスの地で何があったのか、願いの泉に何をされ、どのようなことがあって赦せないのかをヴァーラに説明した。それを聞いたヴァーラは激しい怒りの表情を浮かべた後に下唇を噛み締め、今はどうにも出来ないことを悟って表情を曇らせた。
「……泉は、今、支配者」
「ダンジョンの支配者になると、何か不都合があるの?」
「ある。ロウヒの加護を受けている」
「ロウヒ!?」
「ヴァーラちゃん、ロウヒについて知ってるの~!?」
「誰? そのロウヒって?」
「わっちも聞いたことありんせん」
これまで影も形もわからなかったロウヒについて、なんとヴァーラリリーゼが何かを知っている様子だった。少しでも情報が欲しいアシェルは、ヴァーラリリーゼの次の言葉をジッと待ち……重々しく、その口が開かれた。
「地下の女神、ロウヒ。最初にダンジョンを作り出した、地下の支配者。全てのダンジョンマスター、ロウヒの加護を受ける」
「そのロウヒの加護を受けているから、滅ぼすのは難しいってことね……?」
「そう。でも、聞く限り、ミダスの地は泉の横取り。正統後継者じゃない。なら、ロウヒに……直談判!」
「なるほど……。そっか……! あのダンジョンの支配者であるハイドラを倒したのは私達だから、本来なら泉ではなく私達が支配者であるべきなのね!」
「だから、ロウヒを探す。いくつものダンジョンを攻略すれば、いずれ会える。ロウヒは優秀な人類を探すために、ダンジョンを作った。ヴァーラが昔占った結果、そうした」
「…………えっ」
「あ、あっ!? 会ったことが、あるの~!?」
「嘘でしょ……!? そんな、お伽噺の世界の……。あ、ヴァーラはお伽噺の時代の子だったわね……」
「生きてた頃から逆算すると、1500歳ぐらい。アシェル達よりお姉さん。えっへん」
えっへんと胸を張るヴァーラリリーゼだが、どこからどう見てもまだ子供の容姿である。お姉さんと言い張るには、いささか無理があるというものだが……。
「今は、力の素質だけ取り戻した。本来の力、取り戻したい。アシェル達と一緒に、行動を共にしたい」
「えっと……。一応、ヴァーラさんは私の所有物という扱いなのだけど……」
「え、えっちなのはだめ。それだけは、1500年間守り通した。だから、皆怒ってヴァーラに暴力を振るう。痛いけど、慣れた」
「いやえっと、そういうのじゃなくて……。自由意志がないというか……」
「…………えっちなこと、す、する? ヴァーラ、そういうのは、初めてだから、優しくして欲しい」
「アシェル!! ヴァーラに何か変なことをしたら、だ、だめだからね!? あたしが許さないから!! 今日からあたしと同部屋よ!!」
アシェルとアイヴィの秘密の夜を目撃してしまったゼックスからすれば、ヴァーラにもあんなことやこんなことをするに違いないと思い、素早く2人から引き離した。さながら、妹分が出来た子犬のような威嚇っぷりである。絶対に渡さないぞという意思を感じる。
「所有物なのも、そういうのも、べ、別に良い。でも、泉は滅ぼす。絶対」
「それは必ず。私達も必ず滅ぼすって決めてることだから」
「じゃあ明日は~、ヴァーラちゃんの力を取り戻しつつ、僕達も鉄巨人を倒せるように頑張りつつ、ゼックスちゃんも頑張る日だね~!」
「え、明日またあの鉄巨人のところにいくの!?」
「いかないいかない。アンデッドのほうに行こう。勝てない相手にわざわざ喧嘩を売ることないし……」
「…………魔法、全然使えないの」
「えっ、あ……。そういえば力を取り戻してからのステイタスを見てないね」
「ステイタス?」
アシェルは今後のことを考え、まずはヴァーラリリーゼにもわかるようにステイタスのことを伝えた。願いの泉の情報をベースに、ミダス達の情報と解析を加えた最高傑作であり、泉との縁が切れて追われることがなくなった便利なものであるということも伝え、それらを理解して貰ったのでヴァーラリリーゼのステイタスを改めて見ることにした。
「じゃあ、表示するよ」
「わっちも見てええんかえ~? 見さして~?」
「見ていいって思えるものだったら見せるんで、ちょっと離れて貰って……」
「こゃ~ん……」
ヴァーラリリーゼにアシェルが触れ、改めてステイタスを表示した。
◆ ◆ ◆
【ステイタス】
Name:ヴァーラリリーゼ
True name:ヴァーラリリーゼ
Lv (成長度):1
STR (筋力):10
CON (体力):10
POW (精神力):20
DEX (敏捷性):10
APP (外見):28
SIZ (体格):身長142cm,B72cm,W49cm,H88cm
INT (知性):20
MAG (魔力):99
EDU (教育):30
ギフト
・禁忌:体外での魔力操作不可
・滅ぼす者:概念的存在をも滅ぼす
・未来視:未来を見通す力
スキル
・爆炎魔法:目の前を炎の海に変える爆炎魔法。炊き出しの火種用
・氷結魔法:目の前を氷の海に変える氷結魔法。暑い日の製氷用
・風刃魔法:目の前を暴風が切り刻む風刃魔法。草刈り用
・睡眠魔法:甘い眠りの風を起こす睡眠魔法。妹の寝かしつけ用
・祝福魔法:祝福の言葉で親しき者達が傷つくのを避ける祝福魔法。山仕事の父親用
・回復魔法:回復の言葉で親しき者達の傷を癒やす回復魔法。包丁で手を切りやすい母親用
・帰還魔法:拠点を決め、その場所へ瞬時に帰還する最上位転移魔法。迷子の姉の連れ戻し用
◆ ◆ ◆
アシェル達は顔を見合わせた。魔法が全然使えないという割には、ほぼ全ての必要な魔法が揃っているのである。何故使えないと言ったのか、その原因を知るためにギフトへと目をやると……そこにあった忌々しいものが原因として彼女を苦しめていた。
「禁忌……!!」
「これが原因で使えないんだ~……。僕のドレインでも、全然吸い取れる気配がないよ~」
「なんとしてもヴァーラを寄せ付けたくないって感じね!!」
「未だに、ヴァーラの体、縛られている……」
禁忌のギフトは未だに彼女の中から消えていなかった。もし完全に消し去りたいのであれば、ミダス王達のような強大な力による犠牲を伴った解放が必要になるだろう。
「ほな、体内で魔法を作ったらええんちゃうの?」
「え? あっ!!」
「あ、見てもうた! 好奇心に勝てへんかって、赦したって~!! 後生やから~!!」
ヨーコが好奇心に勝てず、ヴァーラリリーゼのステイタスを見てしまった。だが同時に、思いもよらぬ解決策を提示してくれた。
「た、体外で使えへんのやろ!? なんか飴玉みたいなんに魔法を刻んで、それに魔力詰めて使ったらええんちゃうの!?」
「…………確かに」
「出来なくはなさそうだけど~……」
「魔法に耐えうる、口に入りそうなもの。ヴァーラは知らない」
「あ!! あるじゃない!! あるわよほら、魔石!!」
ここでゼックスが閃いた。口に入りそうなもので、なおかつヴァーラリリーゼの魔力に耐えられそうなもの。それは、魔物の体内から手に入る魔石である。
「おお~! 結構貴重なものやから、使い捨てにするような方法は考えへんかったなぁ~!! 魔石なら確かに、魔法を刻んで魔力も注入出来るやろなぁ~」
「ん、乙女の秘密を見た、赦す。良い意見」
「おおきに~おおきに~!!」
「今後は赦しませんからね」
「ほ、ほんまに、気をつけるわぁ~……」
ヨーコがステイタスを勝手に見てしまったというマイナスは、ヴァーラリリーゼが魔法を使えるかも知れないという希望のプラスで打ち消し、とりあえずは不問ということに収まった。しかし、他人の個人情報を盗み見るのは些か感心しない行動であるのは確かなので、以後は注意するようにとアシェルに釘をさされることになった。
「しかし、ヴァーラさんの口は小さいし、入る魔石も限られるんじゃ……」
「そこはほら、魔石研磨工の仕事や~!! 腕の良い魔石研磨工を知っとるで! こぶし大の魔石を、飴玉ぐらいのサイズに圧縮してくれるんや~」
「え、それは凄い……」
「ええ~! 凄いね!! でもどうして小さく出来るんだろうね?」
「ん~。詳しい話はなんとも覚えてへんのやけど、魔道具を起動させるんに不要なもんを除去して削る言うてた覚えあるで~?」
罪滅ぼしがてら、ヨーコは魔石研磨工についても教えてくれた。魔石研磨とは、本来魔獣のコアとして機能していた魔石から、魔獣の生命維持に必要な諸々の雑情報を排除し、魔力貯蔵装置として必要な能力以外を削り取る作業である。削りすぎれば貯蔵能力が減ったり、性能が落ちたりしてしまうので、魔石研磨にも腕の善し悪しがあるのだ。
「僕のエンチャントを、ヴァーラちゃんに譲れないかなぁ……んっしょ……んっしょ……」
「え? 何、ヴァーラの体に、何か……頭が……うう……!!」
「ちょっとアイヴィ!!」
「大丈夫、悪い気、じゃない。理解……出来る。ヴァーラに、必要なもの」
だが、魔石に魔法を刻むということは、エンチャント技術がなければならない。ヴァーラリリーゼはこれを持っていないので、アイヴィは自分が使えなくなっても良いという覚悟でエンチャントの魔法をヴァーラリリーゼに分け与えることにした。一瞬苦しむ様子を見せたが、すぐに順応して使い方を理解したようだ……。
「あはは、僕は使えなくなっちゃったけど、全然使ってなかったし……」
「ヴァーラさんにもしものことがあったらどうするの!!」
「怒らないで。善意、伝わった。問題ないから」
「ごめんなさい……」
「はぁ……。ううん、今回は何もなかったから……。アイヴィ、良かれと思っても悪い結果になるかもしれないから、今後は……」
「ついでに体質も変えちゃって……」
「アイヴィィイィイイイイ……!! お仕置き!! とりあえず、今日は宿に戻る!! ヨーコさんこれ、迷惑料。受け取って!!」
「え? は? いやわっちは別にトラブルを解決してもろたし、なんも~……あ~ミダス金貨ぁ~~♡ ううぅんうぅん、もううちの子や~♡ どこにも行かへんで~♡」
どうやら分け与えたのはエンチャントの魔法だけでなく、例の体質も分けてしまったようだ。これにはさすがのアシェルも普段のクールさを崩し、お仕置きを決行するために宿へとアイヴィを引っ張って戻った。というのも、アイヴィとの夜が中途半端だったこともあり、口実が欲しかっただけとも言うが……。
「…………置いていかれた。ヴァーラ、アシェルの所有物、では?」
「ん~……。ま、良いんじゃない? じゃ、そういうことだからヨーコさん。あたし達、宿に戻るわね」
「ほなおおきに~♡ まいど~♡」
ヨーコはミダス金貨のコレクションが増えてメロメロになっており、もはやそれどころではない。元はと言えばゼックスが持ち込んだ話だったし、その責任もあるので……ヴァーラリリーゼは、とりあえずゼックスが預かることにしたようだ。
「とりあえず、服よね……。アシェル、こういうところは抜けてるのよね……」
「服……? あ、ボロボロ……」
「ちょっとぐらいならお金を預かってるから、カデスさんのところにでも行ってテキトーな服を買いましょ。この時間なら目立たない……あ~、そもそもやってるかしら。そこよね……」
「すまない、迷惑をかける」
「いいのよ! そっちのほうが年上かもしれないけど、今はあたしが姉貴分なんだから! お姉ちゃんって頼ってくれてもいいのよ!!」
「…………それはちょっと」
「なによ~!! も~~!!」
この後2人は夜の街をコソコソと歩きながらカデスの店を目指し、眠い目をこすりながら店を開けてくれたカデスから、『この前命を救われたお礼に』と秘蔵の装備を受け取ったゼックス達はお礼を伝えて店をあとにし、満足した様子でアシェル達の泊まっている宿へと帰るのであった……。
次の日、ヴァーラリリーゼの装備の件でアシェルがカデスの元へと土下座で謝罪に向かったのは言うまでもないだろう……。
【ヴァーラリリーゼ】
願いの泉の近くにあった村に住んでいた少女。近くにあったというだけで大水害に巻き込まれ、村人達を助けに向かうも誰一人助けられなかった。故郷を失い、家族を失い、全てを失ってもなお『泉を滅ぼさん』と立ち上がるも、その願いと己の全てを泉に奪われて数千年の死をも赦されない悪夢に囚われていた。
アシェルによって禁より解き放たれ、再び泉を滅ぼさんと立ち上がった。えっちなことは苦手と口では言っているが、アシェルとアイヴィの間柄を未来視で見てしまい、興味津々なむっつり占い魔女である。ゼックスのことは世話好きの可愛い妹と認識している。得意な武器は槍。未来視で猪などを狩るのに使っていたため。
魔法のルビは覚えなくても、その話の初出であれば必ずルビを振りますので、覚えなくても大丈夫です。




