035 ゼックスの十戒・禁忌は破らねばならない
迷宮都市ラビリスにはトラブルが多い。それもそのはずで、都市の内部には立入禁止のダンジョンを含めて4つのダンジョンが存在し、都市周辺には自然発生型のダンジョンが6つも存在している。立入禁止の東塔のダンジョンを除けば、その全てから莫大な価値のアイテムが出土しているので、この都市で一攫千金を夢見てやってくる冒険者が山程居るからである。冒険者とは血の気の多い生き物なのだ。
冒険者以外にも沢山の人々がここには集まってくる。行商人、冒険者の家族、活気ある都市を見物したい旅行者、この地で名声を上げたい者達などなど……。人が多いというのは、それだけトラブルも起きやすいということなのだ。
「――このっ!! 役立たずが!! くそっ!! くそっ!!」
「ぁ……が……ぁ……」
だから、冒険者同士で喧嘩が起きるというのも珍しいことではない。役立たずの後衛を前衛が殴りつけた、その次の日にはパーティが解散した……。もしくはパーティメンバーを追放した……。こんなのはよくある話だ。
「魔法に適性があると診断されたはずなのに、いつになっても全く魔法が使えない。防御力ばかり高く、自己再生能力だけが取り柄! だから出来るだけ軽くして、重要な部分の防御だけに集中させた。それを盾に括り付ければ、丈夫な盾の完成ってわけだったんだが、なあ!!おい!! 今日は全然盾にならねえじゃねえかよ、役立たずが!!」
だが、ボロボロの女性を盾に縛り付けて蹴る殴るの暴行を加えているという光景は、あまりにも異常な光景だ。滅多にないトラブル、非常事態と言って過言でない。
「居た、あそこよ!! アシェル!!」
「……よく、すぐに手を出さないで我慢したね、ゼックス」
「あたしだって学習するの!! こういうトラブルはまず相談するべきって!!」
「酷い……」
「あぁ? なんだぁ、お前ら」
ゼックスがアシェル達を深夜に連れ出したのは、この光景があまりにも異常だったからだ。こんなにも異常なのに誰も止める気配がなく、拷問のような滅多打ちがずっと続いていたのだ。
「…………ここはね、迷宮都市の内部でも一番治安が良いとされている一等地なのよ。そんな場所で恐ろしいことが起きているって話を聞きつけて、黙っていられなくて出てきただけ」
「あぁ!? こいつは俺達の奴隷なんだよ。わかるかぁ? 奴隷に何をしようと、俺達の勝手だろうが!!」
「奴隷の紋章は刻まれていないようだけど」
「国王陛下から直々になぁ、こいつをどう扱おうが任せるって言われてんだよ!! わかったか、よっ!!」
「ぁ、ぐ……がぁ……」
国王陛下から直々に。この言葉がアシェルの中で引っかかった。ならば、目の前で蛮行を繰り返しているこの男達は、この国の王と面識があるということなのか、と。それならばなぜ、このような男達を野放しにしているのか……と。
「ちょっと、そのぐらいにして」
「あぁ? 離せや、クソアマ!!」
アシェルは男のことを止めるフリをして、情報を抜き出すことにした。レベルは45ほどで、アシェルからすればそこまで強いとは言えないが、ゼックスが勝負を吹っかけていたらギリギリの戦いだっただろう。恐らく後ろの2人も同じぐらいのレベルだとして、ゼックスとこの3人の戦いになっていたら負けていた可能性は高い。アシェルはすぐに手を出さなかったゼックスを心の中で褒めることにした。
「あのですねぇ、この女は国王陛下より授かった魔女でして。守りの力が非常に強いと聞いたので期待してみれば、他者のことは守れないという。だから盾として使っていたのですよ」
「それが今日は散々だ!! 矢は止められねえ、剣ははらわたが零れそうなぐらい刺さる!! せっかく手足を切り落として軽くして扱いやすくしたってのによぉ~!!」
「今まではどんな大魔法でも止められたっつうのに、最悪だぜ!」
最悪なのはこの男達の方である。国王より預かった魔女を、よもや肉盾として扱っていたのだ。だから盾に縛り付けられ、血まみれの状態でも治療されずに放置されていたのである。
「ちょっと」
「どけ!!」
「うっ……!」
「この役立たずはな、俺達の役に立てねえならこの世に居る価値がねえんだよ!!」
アシェルが男に突き飛ばされ、盾に縛られていた女性のほうに倒れる。倒れるような力で突き飛ばされたわけではなかったのだが、縛り付けられた女性に接近するためわざとである。近づいてよく見れば、ボロ布の端から覗くはずの手足が出ておらず、本当に四肢を切断されてしまっているというのが見てわかる。
「…………じゃあ、もう不用品ってことよね」
「アーシェ……?」
「大丈夫、任せて」
アシェルはこの光景を見て我慢出来なくなっていた。本来なら今すぐにでも男達の首を刎ね飛ばし、郊外の森にでも投げ捨てて魔獣の餌にでもしたほうがこの世のためだと思っているのだが、国王陛下の覚えがめでたいというのが気がかりだった。そして、彼の持っていたギフトもまた、アシェルにとって非常に引っかかるものがあった。彼はアルカナホルダーで転生者、塔のアルカナと愚者のアルカナの2つを所持している人物だったのだ。
「この子はこのまま蹴り殺せばそれでおしまい。貴方達にとって、あ~あ気分が悪いって、それで終わりよね」
「んだぁ……?」
「てめえが代わりに蹴られてくれるなら話は別だけどな」
「そうですねぇ。やめろと言われて、我々の苛立ちが収まるはずがない。当たり前でしょう」
なので、アシェルは一旦感情を殺すことにした。本来なら口も利きたくないような外道だが、丸く収まる方法を取ることにしたのである。
「それだったら、私達にこの子を売って」
「売ってだぁ? 自己再生能力だって尽きかけてる、こんなやつに価値なんて」
「こういうのが趣味なの。金貨100枚で売って」
「き、金貨……!? 100……!?」
「お、おい、ランドー……」
「おやおやおやおや……」
金貨100枚。決して安い金額ではない。一般人が一生をかけて手に出来るかどうかの金額の合計、途轍もない金額だ。転生者からすれば、不要なガラクタに1億円払うと言われたようなものである。
「…………いいぜ、こんな役立たずが金になるんならなぁ!! ただし、150枚だ!!」
「…………へえ」
「それだけの価値があると判断したのでしょう? であれば、こちらが足元を見るのは当然。これが本当に欲しいのでしたら、150枚でどうでしょうお嬢さん」
「黙って聞いてりゃあんた達!!」
それなのにもかかわらず、まさかの値段の吊り上げ。ランドーと呼ばれたリーダーらしき男達の3人組は、どこまでもどこまでも外道なのであった。
「ゼックス、大丈夫だから。ええ、150枚でいいわ。ただしこれは」
「――――正式な契約書を交えてやって欲しい取引でありんすえぇ?」
アシェルが条件を提示しようとした瞬間、暗い夜道から聞き覚えのある声が響き渡る。この特徴的で独特な喋り方をするのはそう、ヨーコである。
「何やら高級歓楽街が騒がしい言うんで来てみれば、なんなんこれ? まあ詳しいことはええわ。この取引、契約書を交わしてやって欲しいんやけど?」
「なんだぁ、次から次へと……」
「わっちは商人ギルドの代表、ギルドマスターのヨーコや。この高級歓楽街の支配者でもありんすえ? こんな場所で血なまぐさい騒ぎ起こして、本来なら出入り禁止にでもしたるのが当たり前やねんけど? ほな、場所移そか? 拒否権はないで? あんさん達がいくら強い言うても、衛兵殺しとあれば即死刑や。国王陛下のお気に入りっちゅうたって、法にはかなわんで? 場所移すだけ……ええな?」
「わ……わかった……」
衛兵殺しは即死刑。この言葉に恐れおののいたのか、ランドーと呼ばれた男はヨーコの言葉に素直に応じた。かくして、高級歓楽街で起きた騒動は収束を迎え、一向はヨーコの居城である商人ギルド本部へと場所を移すこととなった……。
◆ ◆ ◆
『――――ほな、金貨150枚でこの娘をアシェルに譲る。以降、アシェルがこの娘をどう扱おうとも一切関わらない。後になって返したって~なんてナシや。他にもこの売買契約の条件は』
『ああ、わーったよ!! こんな役立たずが金貨150枚で売れるなら、後は関わらねえよ!! だからもう説明はいい!!』
『いやはや、最後の最後に役に立ちましたね。まさか金貨150枚ももらえるとは』
『この金で、パーッと飲みに行こうぜ!! あばよ、どこぞの金持ちの、猟奇趣味のご令嬢ちゃんよ!!』
ランドー達は契約の条件を最後まで聞かず、殴り書きでサインをすると金貨150枚を受け取り商人ギルドを去っていった。アシェル達が最後まで殺意を抑えられたのは、ほぼ奇跡と言って過言ではないだろう。
「……なんでこんな買い物したん?」
「生きるための選択肢が、彼女になかったから」
「…………はぁ~。それ以上は聞かんわ。で、あのランドーっちゅう男やけど」
「シェルナー王国、国王直々に派遣された何かってところまではわかったけど」
「中央教会は自分のとこから勇者を出したくて出したくてたまらない様子やろ? それは王国もでな、国王陛下は自分のところから勇者が生まれたって発表したいねん。歴代の勇者は全員がアルカナっちゅう特別なギフトを持っとって、全員が転移者や転生者なんやって。あのランドーはダブルアルカナ、ユウキ亡き今、勇者に最も近いっちゅう話やで」
「へえ…………。あんなのが」
「あんなのが、や」
ランドー達が何者なのかについて話を聞きつつ、アシェルは盾に縛り付けられた女性の縄を外す。胸部には折れた矢が刺さったままで、腹部には再生しきっていない斬撃の痕が残っている。手足はなく、切断面は火で炙られて止血されているようだ。
「酷い……。なんで、こんな……。アーシェ……」
「人間、ここまで残酷になれるものなの? どうしてこんな……」
「とても助かる傷じゃないわ……」
「どれだけ手を尽くしても、今夜中やろなぁ……」
とてもではないが、助かるような傷ではなかった。しかし、アシェルはまだ諦めていなかった。
「……デミエリクシールを使うわ」
「復元ポーション、だよね……? 手足、治るかな……」
「肉体からその部位の情報が消えてしまえば戻らない。切り落とされているだけで、手足がまだどこかで無事なら……!!」
「治るの……!? この状態で!?」
「わからない。やってみないことには」
デミエリクシール。ドラゴンに食われて焼失してしまったり、スライムに消化されて奪われたりしていない限り、どのような傷でも復元してしまう奇跡のポーション。アシェル達が、復元ポーションと呼んでいたあのポーションの正体は、神薬と呼ばれるエリクシールまでは届かないものの、その名を冠することを半分だけ許された半神薬。それが、デミエリクシールである。
「ぁが、ぁあああああ……!!」
「う、そ……。腕が……」
「間に合ったみたい!! アーシェ!!」
「…………これ、神薬やろ。わっちにはわかるで、こんな奇跡、ありえへん」
「ええ、神薬よ。半分だけどね」
今回はどうやら、切断されたばかりで手足が未だどこかで無事だったらしく、デミエリクシールによって四肢のどこも欠けることなく復元された。体中の傷も回復し、刺さっていた矢も自然と抜け落ち傷が消えた。失明していたらしい目も復元され、落ちこぼれ、役立たずと呼ばれていた黒髪の女性がゆっくりと目を開いた。
「ぁ……あ…………」
「大丈夫、大丈夫よ。もうあいつらは居ないから」
「ああ、ぁああああ…………」
「あんた、良かったわね。アシェルが治してくれたのよ!」
「良かった~っ!! 良かったねぇ~!!」
「う、ぁ……。あ……」
だが、様子がおかしい。傷は完全に回復しているはずなのに、黒髪の女性は呻くばかりで、全く喋ることが出来ないのだ。恐怖に怯えているわけでもなく、ただただ喋ることが出来ない……。そういう様子だった。
「もしかして、あんた喋れないの……?」
「ランドー達が名前も知らんっちゅうし、もしかしたら思っとったけど……ほんまに喋れへんの?」
「う……ぁ……あ……」
「ええ~!? お喋り出来ないの~!? 僕、分け――――」
「アイヴィ、大丈夫よ。それと、しー……。ね?」
「あっ、うん! えっと……大きい声出したら、びっくりしちゃうよね……」
黒髪の女性は喋ることが出来なかった。言葉がわからないという様子ではないのだが、なんらかが原因で言葉になる声を発することが出来ないようだ。
「アーシェ、もしかして喋れない原因、何か知ってるの?」
「ええ、ランドーに突き飛ばされた時、この子の情報を手に入れたわ。あ、ヨーコさんは私の力を知らなかったっけ……」
「なんの話や?」
「私は相手の情報を引き出す特殊能力を持っています」
「…………うわ、聞かへんかったことにしよ!! 大丈夫やって、言わんって!! わっちだって言えへんこと山程あるの黙ってもろとるし!!」
「そうしてくれると嬉しいかな」
だが、アシェルは既に黒髪の女性の情報を引き出していた。この女性がどこの誰なのか、どういった能力を持っているのか……。だが、引き出した情報は……。
「それで、引き出した情報がこれよ」
「うわうわ、見たくないんやけど見ないと! 好奇心が抑えきれへん~!!」
「…………なに、これ?」
「アーシェ、僕……こんなの初めて見るよ……?」
「私もよ……」
アシェルが引き出した情報は、見たこともない情報だったのだ。
◆ ◆ ◆
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!その名を呼んではならない!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
【ステイタス】
Name:――
True name:【禁忌】
Lv (成長度):1
STR (筋力):5
CON (体力):5
POW (精神力):20
DEX (敏捷性):5
APP (外見):18
SIZ (体格):身長142cm,B72cm,W49cm,H88cm
INT (知性):10
MAG (魔力):99
EDU (教育):10
ギフト
・禁忌:秘匿――――ミダスの力により解析完了……その名は、ヴァーラリリーゼ
◆ ◆ ◆
「その名を……」
「呼んでは……」
「ならへんって……」
その名を呼んではならない。いったい誰がそう判断してこの情報を表示しているのか。アシェルはこの腕輪の元がなんなのかを考え、誰にとって都合が悪い人物なのか、結論に行き着いていた。
だから、アシェルが取る行動は1つである。
「そう、呼んではならないそうよ。どうしてなのか、教えて頂戴。ヴァーラリリーゼ」
願いの泉にとって、非常に都合の悪い人物。アシェルは、そう判断を下したのであった。
「…………どうして。ヴァーラの、奪われた、名前を?」




