033 ゼックスの十戒・何事もすぐに諦めてはならない
砂漠の環境変化はアシェル達が想像している以上に過酷なものだった。なんせ、温度変化が通常で考えられるそれではないのだ。夜になればゆっくりと温度が下がって寒くなり、昼間になれば徐々に暑くなるなどと考えていた変化とは全く異なっていた。夜になった瞬間に汗が凍りつくほどの寒さへと急激に下落し、朝になれば即座に灼熱。想像を超えた急激過ぎる気温変化に、アシェル達は身体的疲労が隠せずに居た。
「ヤバいわ、もう死にそうなんだけど」
「アーシェ、僕もキツイ~……」
「ピラミッドまでもう少しだから……。あと2キロメートルぐらいって……」
アシェルはピラミッドまでの距離を腕輪で知ることが出来ていた。触れたものの情報がわかるということは、ダンジョンのマップも手に取るようにわかるということである。ただし、どんな情報でも引き出せるわけではないらしく、何重にも秘匿されている情報は知ることが出来なかった。このダンジョンの支配者が誰なのか、どんなモンスターが居るのか、どうやってこのダンジョンが出来たのか、そういった情報はわからなかったのである。もちろん、ロウヒについての情報も調べたが、かすりすらしなかった。
「ずーっと前から同じ大きさに見えてるのはなんでなの!? 本当に近づいてるのよね!?」
「メガネせんせ~が、しんきろ~って言ってる~……」
「蜃気楼ね……。遠くにあったり、別の場所にあるものが幻となって見える現象……? だったかしら……」
「じゃああれが偽物の可能性もあるってこと!?」
「いや、間違いなく本物よ。ちょっと前まで見えてたのが蜃気楼ってことだと思うわ」
「本当なんでしょうねぇ!? ねえ、早くいきましょうよ~!! 暑いし寒いし疲れたのよ~!!」
ゼックスは精神的にはまだ15歳の少女である。煩わしいものには煩わしいと言える、ズバッとした物言いが出来てしまう年頃の女の子だ。身体的には20歳を超えているが、心の方はまだ未熟な部分が多いのである。そんなゼックスに苦笑いを浮かべつつ、ピラミッドへ向けて着実に進行する。
本来なら、ゼックスを小脇に抱えてピラミッドへ全力で走ればすぐに到着する距離なのだ。しかしそれをしないのは、アシェルの持つミダスの最高傑作をもってしても探知不可能なトラップや魔物が居るかもしれないから。甘えや横着は身を滅ぼす。今回はピラミッドまでの安全なルートの確認と、ピラミッド内部の偵察が目的で、攻略は次回以降にしようと考えている。
「……!? 待って、止まって」
「何~? どうしたのアーシェ? 僕もう限界、暑いよ~脱ぎ脱ぎした~い」
「あたしも脱ぎたい!!」
「出来る限り頭を低くして。アイヴィ、そのマジックバッグを貸して」
アシェルが突然歩みを止めた。残り1キロ、ピラミッドの実体が完全に目視で確認出来る距離にきたというのに、アシェルはここで立ち止まれという。アイヴィから武器や防具の入ったマジックバッグを受け取り、中から一振りの短剣を取り出す。何の変哲もない、鋼鉄製の短剣だ。アイヴィ達は顔を見合わせ『何やってるんだろう?』と不思議そうに首を傾げる。
「…………いい? 見てて」
アシェルがピラミッドへ向かって短剣を投げ飛ばす。音速を超えた全力投球で、短剣が見る見るうちに遠くへと飛んでいく――――次の瞬間。
「伏せて!!」
「い゛っ!?」
「わぁあ~!?」
ピラミッドから突如、強烈な光が放たれた。一瞬にして短剣が溶解し、短剣だったはずのものが砂の上に溶けて広がる。何が起きたのかわからないアイヴィとゼックスは目を白黒させ、暑さが原因ではない別の汗が滝のように流れ落ちている。
「い、今の、何……!?」
「ピラミッドの防衛隊……かしらね。王家の墓を守る何者かの攻撃と見るのが正しいかしら」
「あたしが使えるホーリーレイより、ずーーっと強力なやつよね!?」
「比べ物にならないかも……」
「僕の魔法より強烈じゃなかったかなぁ~!?」
「アイヴィの魔法を一点に圧縮したような攻撃だったわね……」
明らかに異常な威力の攻撃。アシェル以外には何が起きたのか理解出来ない程に高速、かつ強力無比な光線が短剣を溶かしたのだ。音速を超える短剣を正確に攻撃してくるということは、アシェルが全力で接近しようとしたところで同じように攻撃されるのはわかりきっていることだ。
「ど、どうするの、アーシェ……?」
「あんなの避けられっこないわよ!?」
「とりあえず、この攻撃について色々と知りたいわね。触れないから情報が引き出せないなんてことはない。腕輪がダメなら、頭を使うのよ」
だが、アシェルは諦めない。絶体絶命のピンチを何度も乗り越えてきた彼女にとって、この程度の危険は引き返す理由にならないのだ。
「今度はこれを使うわ」
「その長剣、どうするの?」
「引きちぎる」
「え? ごめん、良く聞こえな……か、かっ……かっ……!?」
「アーシェは鋼鉄製の装備ぐらいなら素手でちぎるよ~」
「こおっ……こっ……!?」
アシェルが鋼鉄製の長剣を数本取り出し、手頃なサイズにブチブチと引きちぎる。数十個の破片を作り出し、それを両手で掴んで両方の親指で弾き飛ばし始めた。
「いっ……!? また攻撃!!」
「ひゃ~っ!!」
「なるほど、同時には攻撃出来ないのね」
「同時に攻撃してきたようにしか見えないんだけど!!」
「僅かにズレてる。迎撃は1発ずつみたいね」
弾き飛ばした破片が次々と溶解して地面に落ちる。しかし、それぞれが攻撃されるには僅かなズレがあった。ほんの一瞬だけではあるが、この光線は一発ずつ発射されているようだ。
「ちょっとぉぉおおお!! こっちに飛んでくるわよぉおおお!!」
「魔法障壁が一瞬で壊れるよぉ~!!」
「プロテクション!! プロテクショーン!!」
「へえ、へえ……。面白い……。そういう条件で……。なるほど……」
アシェルは次々と飛んでくる光線の観察を続ける。右手で弾き出した破片は速く、左手で弾き出した破片は遅く。速い破片が攻撃された後、遅い破片がまだ残っているのにもかかわらず速い破片が更に追加されると、それが先に攻撃された。それから後に遅い破片を攻撃。何度も条件を変えて攻撃し、迎撃の光線がどういった条件で攻撃してくるのかを調査している。
「なるほど、理解出来た。アイヴィとゼックスはここで待ってて。ちょっと試してくる」
「えっ!? 嘘、まさか!?」
「ええええ~!? 行くの~!? 攻撃されちゃうよぉ~!!」
そして遂に、アシェルは光線の迎撃範囲内に侵入した。アイヴィ達は『攻撃される!!』と思ったが、光線は空中に弾き飛ばされた破片を狙うばかりで、アシェルに対して全く光線が飛んでこない。そんな中をアシェルはすたすたと歩き続け、ピラミッドへの距離を確実に縮めていく。
「やっぱりね。ついてきて!」
「え、ええ~……!?」
「ああもう、行くわよぉ!! アイヴィも盾を出すのを怠っちゃだめよ!?」
「ええええ~!?」
アシェルが先頭を進み続け、その後ろをアイヴィとゼックスが魔法の盾を出しながら続く。両手に持った鋼鉄の長剣を少しずつ引きちぎっては弾き飛ばし、それが迎撃されてはまた弾き飛ばし、これを繰り返しながらピラミッドへと一直線に進み続ける。
「なんで攻撃が飛んでこないのよ~!!」
「ピラミッドに一番近い害あるものを攻撃してる。私に攻撃されてると思ってるから、剣の破片を優先的に狙ってる。近かったとしても、遅い害は後回し。速いのを先に狙う習性があるのよ」
「だから歩いて近づいてるんだ~!!」
「じゃああたし達、走っちゃダメってことぉ!? さっき走ってたらどうするつもりだったのよ~!!」
「走った程度じゃ攻撃されないと思うけど、私はこれ以上のスピードで近づくと破片の補充が間に合わないから歩いてる。くれぐれも、私の前は歩かないようにね」
「頼まれても歩いたりしないわよ……って、あたしの銃で攻撃すればいいだけじゃ」
「あと1000発ぐらい撃ち続けられるなら任せたいけど」
「あ、無理。ごめんなんでもないわ」
この光線はピラミッドに近づく害を狙って攻撃してくる。そして次に、速いものを優先的に狙う。なので、アシェルが狙われるのは後回しになっているわけだ。アシェルよりも優先して狙わなければならないものが多すぎるため、処理が追いついていないことを利用して近づいているのである。
「見えた。あれが光線を撃ってきてるやつね……ええっ……!?」
「なによあれ! 石像じゃない!!」
「石の魔物~?」
「アイヴィ!!」
「あ!! やるんだね、やっちゃうね!!」
さて、この攻撃をしてきていた相手の姿が遂に目視で確認出来る距離までやってきた。相手の正体は額に宝石が埋め込まれた鳥の石像、石の魔物と思われる存在が、額の宝石からこの光線を撃ち続けていたのだ。相手の正体がわかったのであれば、後は射程距離内に近づくだけ。アシェルが破片を飛ばす量を増やし、剣が遂に飛ばす部位がなくなるかというタイミングで、アイヴィが勝負を仕掛けた。
ゼックスはアイヴィの実力を知らない。アシェル側の存在であることはなんとなく理解していたが、実際にどんな魔法を使うのかは見たことがなかった。とは言え、精々炎の嵐などの上級魔法が使える程度なのではないかとたかをくくっていた。
「ティルトウェイト!!」
「え、なにそ――」
だが、実際に放たれた魔法はゼックスの想像の遥か上であった。世界から色が失われ、白と黒の極光が放たれたかと思った瞬間、目の前の景色に穴が空いた。石像から飛んできた光線と同等かそれ以上の威力の、超広範囲版。全てを消し飛ばす勢いの光が、石の魔物もろともピラミッドの一部を飲み込んで消滅させてしまったのだ。
「れ…………。れ…………」
「ラジコングみたいに耐えたらどうしようと思っていたけど、綺麗に消し飛んだわね」
「攻撃力は高いけど、防御力はないのかな~?」
ゼックスはいつもの調子で『ねえねえ今の何!?』と聞けなかった。開いた口が塞がらないとは、まさにこのことである。
「さて、と……到着したわね。中が涼しいと良いのだけど」
「こんなに攻撃が激しいってことは、よっぽど近づいて欲しくないところなのかな~?」
「恐らくそうね。つまり、都市のほうの王宮が当たりなんじゃなくて、こっちが当たりの可能性が高いってことだと思うわ」
「今回は~? とりあえず調査だけ~?」
「ええ、今調べたけど、引き返すための石板が中にあるみたい。とりあえず、この石板に右手を翳せば中に入れるんでしょうね」
「ミダスさん達のダンジョンの時と一緒だよね~。石板で転移って珍しいって聞いてたのに、いっぱいあるね?」
「確かに……。やっぱり、人為的に作られたダンジョンなのかしら。とにかく、進みましょう……って、ゼックス? 大丈夫?」
「ダイジョウブ、ダイジョウブヨ」
「そう? じゃあ、進むわよ」
ゼックスは思った。あの時『どんなことでもする覚悟がある』と言ったのは、早まった発言だったのではないか、と。今のゼックスには、この2人のどちらにも追いつけるイメージが湧かない……。目指す先は、あまりにも険しい道程であるということを改めて実感するのであった。




