032 ゼックスの十戒・アイスクリームと接する時は幸福でなければならない
アイスクリームで機嫌を直したゼックスは、ふと冷静になって周囲を見渡した。そしてその瞬間、途轍もない違和感に襲われることとなった。
「……ねえ、向こうに見えるちっちゃいのがこの砂漠のダンジョンの都市、よね?」
「そうね」
「そうだよ~?」
ゼックスが指差す方角には、間違いなくこの砂漠のダンジョンに取り込まれている都市が存在している。本当に小さく、ぼんやりとではあるが。
小さく見えるということはつまり、遠近法というものがこのダンジョンでも正しく機能しているとすれば、そこまでの距離が非常に遠いということである。つまり、そう……遠いのだ。目的地であろう場所まで。
「遠いわよね? 昼と夜の移り変わりが激しいのよね?」
「そうね」
「そうだよ~?」
更にこのダンジョン、昼と夜の移り変わりが非常に激しい。出来れば寒暖差の影響を受けにくい拠点のような場所に、出来る限り早く到着したい……。そう思うのが当然のはずなのだが、アシェル達は全く急ぐような気配がない。むしろ魔物を探してうろうろとしているような、探索メインの動きをしているようにゼックスは感じたのだ。
「なのにどうして反対方向に進んでいるのよ!?」
「そうねぇ……」
「そうだねぇ~……。え? アーシェ、こっちって反対なの?」
「そうだけど」
「そうだけどじゃないわよ!! 日が暮れちゃうじゃないの!!」
「そうね」
そして、アシェルはゼックスが考えているよりも意味不明な行動をしていた。なんと、意図的に都市とは真逆の方向に進んでいたのである。日が暮れることもお構いなしで、黙々と反対方向に……。アシェルは常日頃から何を考えているか読み取り辛いポーカーフェイス具合であるが、今日はそれに拍車がかかっていた。
「まあ落ち着いて」
「落ち着いてって、この状況では落ち着いて居られないでしょうが!!」
「アーシェ、僕も流石に不安かもー!!」
「ハヤトさん達の話から、思い至ったことがあるのよ」
では、アシェルがいったい何を考えているのか? それが本人の口から語られようとしているので、2人は話の続きをジッと待つことにした。
「都市の中にはアンデッドがいっぱい。中央の王宮には入り込めそうにないほどアンデッドがうじゃうじゃって話でしょ?」
「そうね!」
「そうだね~」
「じゃあ、逆よ。あの三角形の建造物……ハヤトさん達はピラミッドって言ってたわ。あれって王族の大きなお墓なんですって。人が住むほうに死者が居るなら、死者が住むほうには何が居るのかしらって」
「死者が住むほうにも死者が居るんじゃないかなぁ~!!」
「あたしもそう思うんだけどぉ!! あんなところに人が住んでるわけないでしょぉ!?」
なんと、ただ単にアシェルの好奇心による行動だったのである。今のところ脅威と感じる魔物もおらず、いざとなったら寒暖差をどうにか出来るマジックアイテムも持っているせいで、アシェルはこの砂漠というエリアに全く脅威を感じていなかったのだ!!
「ねえちょっと!! さすがにヤバいわよ!?」
「アイス食べる?」
「あたしがアイスクリームを出されたら食べて赦すような軽い女に見える!?」
「はい、ゼックスちゃん! オレンジ味のアイスクリームだよ~♡」
「食べる~!!」
なお、アシェルが脅威を感じていないので、アイヴィは自動的に警戒解除モードへと移行している。なんせアイヴィがどれだけ注意していたとしても、アシェルの無意識的な警戒能力に微塵も勝てないのだ。なら、常日頃からリラックスして万全の状態で居るほうが得策なのである。そしてゼックスはアイスクリームが大好物になってしまった。目の前にアイスクリームを出されたら無条件で幸福に降伏してしまう可能性がある女の子になってしまったのだ……。
「ダンジョンには、今のところ2種類あると考えられているらしいのよ」
「ふんひゅえ? ふへほほひ?」
「自然発生型のダンジョンと、人為的に創造されたダンジョンの2種類ね。前者は人が立ち入らなくなったような場所、廃墟となってしまったような場所がダンジョン化してしまうと考えられていて、後者は様々な要素があるけれど、どれもこれも歴史から消えてしまったような場所がダンジョンになっている……と、考えられいるそうよ」
「ほえ~」
「ほへ~」
「私の勘だけど……。ここは、後者だと思う。砂漠や都市を丸ごと取り込んでいるけれど、人為的なものを感じる。ミダス達が教訓として残したあのダンジョンとはまた違う、何か……」
「ゼックスちゃん、ほっぺについてるよ~」
「んぅ!」
「聞いてない……」
アシェルの仮説はアイスクリームの美味しさに劣る。砂漠で食べるアイスクリームという背徳感には、なにものも勝ることが出来ないのだ……。
「いいんだいいんだ……。どうせ私の話なんてつまらないんだ……。アイスクリームに乗っかってるミントの葉っぱぐらいどうでもいいんだ……」
「ミントって美味しいわよ?」
「えっ」
「えっ!? ゼックスちゃん、あれ食べるの!?」
「食べるけど。ミント、美味しいのよ?」
「…………アイヴィ、前に食べたチョコミントアイス、出してあげて」
「あれを!? 絶対に食べられないよ~!! 僕、あれ苦手だも~ん!!」
「なにそれ、食べたい!! 食べる~!!」
アイスクリーム好きのゼックスだが、まさかのミントが好物であった。そこで、アシェルとアイヴィが興味本位で食べて挫折したアイス、チョコミントアイスをドラゴン肉とミダスの食器で交換して出したのだが……。
「わ~……。綺麗!! いい匂い!! 絶対美味しいわ、絶対!!」
「…………」
「ど、どう……?」
「んっ!! ん~~っ!! 美味し~~い!! あたし、これ一番好き!! いちごチョコミントにしたら絶対最高だわ!!」
ゼックスはチョコミン党であった。しかもいちごとチョコレート、それにミントが入っていてもオーケーという驚異的味覚の持ち主なのであった。これにはアシェルとアイヴィも顔を見合わせ、世の中どの分野にも上には上が居るものだということを改めて実感した。なお、2人が以前に興味本位で手を出したチョコミントアイスは、目にも止まらぬ速さでミダスの食器に移し替えていちごアイスクリームに交換して事なきを得ている。
「早くぴらみっど? ってところ、行きましょ! 涼しい日陰で食べたいわ!!」
「お墓を、日陰扱い……」
「でも僕も早く涼しいところいきた~い!! 胸の間が汗でぐちょ~ってなってて気持ち悪い~!!」
「魔法でなんとかなればいいのにね……」
「あ! 生活魔法の衣服の乾燥を応用すれば、こんな環境でも快適に過ごせそうね! ミントアイスみたいに、体のほうもスースーさせるのよ!!」
アイスクリームが絡めばゼックスは絶好調である。生活魔法とは、スキルと言えるか言えないか絶妙なラインの魔法で、飲水を作り出すとか、衣服を乾かすとか、部屋のちょっとした掃除であったりとか、そういったものをササッと実行できる便利魔法である。その技術を応用すれば、汗だくの衣服を乾かしつつ、汗のベタつきなども取り払ってさっぱり出来るのではないかと考えついたのだ。ゼックスはそれを早速実行に移すのだが……。
「ミントアイス!!」
「わっ!! わ~? あ、さっぱりしてる~!! スースーするよ~!?」
「ゼックス、それ私にもやって」
「あ、上手くいった? ミントアイス!!」
「…………凄い。これは、神業よ。スキル……魔法を超越した、神の御業……」
「そう? こんなことであればいくらでも出来るわよ! ふふ~ん」
命名、ミントアイス。衣服も体も綺麗さっぱり快適な状態にする生活魔法の応用魔法。これはもはや、れっきとしたスキルと言って過言ではないだろう! 今日ここに、新たなる魔法が誕生した。名称こそなんとも言えないものではあるが、その効果は長期間お風呂に入れない冒険者にとって神の御業と言って差し支えないほどの魔法だ。
後に、この応用生活魔法『ミントアイス』は冒険者界隈のみならず商人界隈、更には貴族達の間でも欠かすことの出来ない究極の魔法として崇められることとなるのだが、それはまた別の話である……。




