031 ゼックスの十戒・常識を捨てなければならない
ゼックスは異端審問官だった頃の記憶がない。故に、アシェルに顔面を鷲掴みにされて地面に叩きつけられてから投げ捨てられた時の記憶が存在していない。そして、アシェルの実力をその目でハッキリと見たことがなかった。光の壁を出せと無茶振りをされて、気がついたら居なくなっていて、ユウキをギッタンギッタンに叩きのめしていたという情報しか持っていなかった。
更に、ゼックスはそれなりに強かった。教会に捕まって洗脳される前から、それなりに実力があったほうなのだ。並大抵の魔獣や魔物ならパンチ一発で粉砕、村一番の戦士よりも強かった。だから、いくらアシェルが強くてもそれなりに食いつけるはずだという自信があった。
『オァアアアア――』
『アアア――』
『ギェェエエエエエ――』
「なんなのよぉぉおおおお~!!」
「ハヤトさんに聞いた話より数が多いね~!!」
「そんなことじゃないわよぉおおお~!!」
「次!!」
砂漠のど真ん中、何の遮蔽物も存在しない狙われ放題の戦場で、四方八方から攻め込んでくる魔物達。それら全て、ゼックスが銃口を向ける前に首や胴体が跳ね飛ばされて絶命する。何が起きているのかなど理解する間もなく、向かってくる魔物が次々と輪切りにされて砂漠の砂に血溜まりを作り出す。
魔物の量は、ゼックスがどうこう出来るレベルの数ではなかった。10や20などという数ではなく、もはや100を超えているのではないかという数の魔物が死体となって転がっている。それら全てを倒しているのはアシェルであり、ゼックスは何をどうすれば良いのかわからず右往左往するばかりで、アイヴィはニコニコと笑いながら血が付着しないようにと魔法障壁盾を随時展開してスタスタと歩いている。
彼女達は、ゼックスが思っていた強さとは、次元が違う強さだったのだ。
「…………104体。反応無し、終わりね」
「魚みたいなのばっかりだったね~!」
「砂の海を泳ぐ水棲系の魔物が進化した魔物みたいね。ハヤトさんの話では凶暴なのが居るってことだったけど、どれのことだったのかしら」
「わっかんない!! 全部凶暴そうだったわよ!!」
「そうね。全部肉食系の魔物だったから、全部凶暴で合ってると思うわ」
ハヤトが凶暴だと称したのはサメのような魔物のことなのだが、如何せん全てが一撃で倒せてしまったアシェルにとっては大差がなく、とりあえずこちらを見つけ次第襲いかかってくるため全てが凶暴という判断になってしまった。そしてゼックスからすればどの魔物が強いのかもわからないので、とりあえず全部凶暴という同じ判断になった。同じ判断ではあるものの、認識の差がありすぎる結果である。
「それにしても、どうしてこんなに魔物が多いのかしら。ハヤトさんの話では、せいぜい10匹程度が襲いかかってくるって話じゃなかったかしら」
「そうよ!! どうしてこんなに多いのよ!!」
「どうしてだろうね~?」
「サンドピラニア、サンドシャーク、サンドオルカ、それと砂嵐とともにふわふわと漂っていたサンドゼリーフィッシュ……。どれかが物凄く強くて、それに追いかけられていたのかもしれないわね」
「全部一撃じゃないの!! どうしてあたしが弾丸を撃つより速く動けるわけ!?」
「努力の賜物ね」
「努力でって……はぁ……」
ゼックスの持つ二挺拳銃から放たれる弾丸は音速を超えている。相手からすると発射音より先に着弾するため、音が聞こえた時にはもう直撃しているというのがこの武器の特徴だ。
一方、その弾丸を通り越して攻撃しているのがアシェルだ。ゼックスが構えて撃つ、アシェルが動く、敵が輪切りになる、それから着弾する。唯一ゼックスが攻撃出来た相手ですらこの有り様である。これには流石にゼックスの心も折れてしまい、更にこの大群が相手だったため、身を守ることを優先して攻撃の手が止まってしまった。極めつけに強さの源はなんだと聞けば努力だと言う。ゼックスはこれ以上考えるのは無駄だと諦めの境地に至った。
「ゼックスの武器は、魔力を込めると弾丸が作れるのよね」
「そうだけど……。アシェルより遅い弾丸が作れるだけよ」
「丸い形状の玉を飛ばす武器なのよね。その形状だから遅いんじゃないかしら」
「え? 丸いの?」
「丸だよね~!」
「えっ」
「丸い形をしてるわね」
更にショックだったのは、自分と同じようにアシェルについていけない側だと思っていたアイヴィである。ゼックスは弾の形状まで見えていなかったのにもかかわらず、アイヴィはしっかりとどういうものを飛ばしているのかを認識していた。つまり、ゼックスの攻撃を見切っていたということである。何もしていないからついていけないものだとばかり思っていたが、実際はアイヴィが出るまでもない相手だったから何もしていなかっただけであり、いざとなればアシェルと同様の戦力を有している……それにゼックスが気付いた瞬間、戦力差を自覚して膝から頽れた。
「矢の先端って尖った形状をしていたり、獣狩用のだと尖った渦巻きのような形をしてるわよね。ただの丸い形だと、空気の抵抗を受けるんじゃないかしら」
「空気の、抵抗? 空気に引っかかるってこと? 空気なんて何もないんだから引っかからないわよ!」
「え~? 引っかかるよ~? 高いところから落ちて体を広げると、落ちるのが遅くなるも~ん!」
「そうね。アイヴィの言う通り、空気は引っかかるものなのよ。空気に当たる面が多ければ多いほど、それは進むのがどんどん遅くなる。ゼックスの弾丸は丸いから、遅くなるのが早いってことね」
「ちょ、ちょっと待って。一般的に空気は無に等しいって、それが常識じゃない! でも、えっと……?」
「それを大昔に提唱したのは中央教会よ。教えが間違えているということね」
「知識はあっぷでぇと? しないと~って、メガネ先生が言ってるよ~!」
終いには一般常識まで遅れを取っていた。空気に重さや形は存在せず、無に等しい存在だというのは中央教会が昔に提唱した考えであり、それは古い考え方だとアシェル達に一蹴されてしまった。そもそも空気抵抗というものが存在しないとするならば、アシェルやアイヴィが高速で移動した際に感じるこの抵抗感はなんなのかが説明出来ない。よって、空気抵抗というものは存在するという考え方が正しいと、知識をアップデートしたのである。
「もっと尖った形状に出来ないの?」
「楕円形にしても良いかもって、メガネ先生が言ってるよ~」
「メガネ先生って……ああ、そのマジックアイテムが喋るのね……」
「あ!! メガネ先生って呼ばないと怒るから、ちゃんと呼んでね~?」
「わ、わかったわよメガネ先生……。尖った形か、楕円形ね……?」
長年常識だと思っていたものが崩れたとしても、人間はやはり心のどこかで『そんなことはない、間違えてないはず』と思ってしまうものである。空気の引っかかりや重さというのは魔力的な要素だと考えられており、それを常識と思っていたゼックスは未だに半信半疑で、とりあえず言われた通りに弾の形状を変えようとするのだが……。
「うっ……!? た、弾の形状を変えようとしたら、魔力を思いっきり持っていかれるわ!!」
「え~? じゃあ、ゼックスちゃんも僕と同じ体質になったほうが良いよ~。魔力切れが遠くなるから~」
「え? どういう…………え? 何をしたの!?」
「あっ……。アイヴィはそういうのを断りもなく……。悪い子ね……」
「そんなことないも~ん! 良いことだよ~?」
「今度……お仕置きしちゃおうかしら……」
「あっ……♡ そ、そんな、僕、期待しちゃう……♡」
「ちょっと!! コソコソ話してないで、何をしたのって聞いてるんだけど!!」
「ええ、じゃあとりあえず、私に起きた変化の話をしようかしらね……」
どうやら銃の弾の形状を変更するには莫大な魔力を消耗してしまうらしい。そして、ゼックスの魔力の枯渇が深刻だったため、アイヴィがサキュバス特有の体質をゼックスに押し付けた。既にアシェルという成功例が存在しているので、ゼックスに押し付けた今回の施術も上手くいってしまうだろう。聖女の資質がある者がサキュバス体質でいいのかという疑問が存在するが、特に誰かが困るわけでもないので問題ないだろう。
「――――というわけで、食べたものが全て魔力に返還されるわ。排泄という行為が、単純に多すぎる水分や強烈な毒素の排除程度になってしまうわね。病気にもなりにくいみたいよ」
「病気の元も生き物だから、サキュバスパワーで吸い取ってやっつけちゃうんだって!」
「これが、アシェル達が人間を超越してる原因なのかしら……」
これも原因の1つではあるが、アシェル達が人外的な動きをするのは、1年間以上にわたるダンジョン生活が原因である。ただ、それほどの生活をゼックスに強いるのは酷だとアシェルは考えているので、この砂漠で基本を整えて経験を積ませようとしている。
「特に何かが変わったっていう実感はないんだけど……」
「そのうち異常にお腹が減るようになるわ……」
「あ! それって僕のせいだったんだ~!」
「そうよ……。魔力の消耗量に応じて食事量が増えるのよ」
「へえ~!!」
などとアシェルは言ってるが、実は食事量が増えているのは単純にアシェルの食欲が原因である。アイヴィに比べて凄まじい運動量であるため、アシェルに必要な食事量は常人の5倍以上、酷い時は10倍以上食べてもまだ空腹感を感じるほどである。ちなみに食事光景をずーっと見ているアイヴィは『アーシェ、そのうちドラゴンを丸々1匹食べちゃうかも!』と思っている。
「はぁ……。全然形状が変わる気配がないわ……」
「ゼックス、マジックアイテムっていうのは人間と同じよ」
「どういうこと?」
「いきなり変われって言われても、長年続けてきたものは急に変えられない。ゼックスが空気抵抗を信じていないから乗り気じゃないように、その武器だって長年続けてきたものを変えるのは嫌なのよ」
「えっ……。あ、あたしは空気抵抗、信じてるわよ?」
「ゼックスちゃん、嘘をつくと顔に出るからわかりやすいね~!」
「全然信じてませんって顔してるわよ」
「い、いや、信じてるわよ!!」
人間と同じように、意思のあるマジックアイテムは自身の考え方というものがある。今まで続けてきたものを急に変えるというのは難しく、使っている本人が納得出来ないものを押し付けようとしても、マジックアイテム側も納得出来ないので拒絶されるのだ。今のゼックスがまさにこれである。
「じゃあ、空気抵抗をその身で味わうべきね」
「え――――」
納得出来ないのであれば、納得させれば良い。ゼックスにどれだけ説明しても納得して貰えないのであればと、アシェルはゼックスを持ち上げて天高く放り投げてしまった。
「――――きゃぁあああああああああああああああああああああ!!」
「両手を広げたら落ちる速度が落ちるよ」
「わ~わ~。落ちてきたね~!」
「全然両手を広げてない。あれだと体感出来ないわね……もう1回投げよう」
「あああああ! アシェル、なんで空中に」
「今度は両手両足を広げて落ちてきてね」
「ひ――――ッ!?」
わたわたとしながら落ちてくるゼックスを空中でキャッチし、今度は両手両足を広げて落ちてこいともう一度放り投げる。ゼックスもここでようやく何をされているのか理解が追いつき、頑張って両手両足を広げて落ちてくるが……。
「ひぎゃぁあああああああああ!! 落ちる落ちる落ちる落ちる落ちるってばぁああああああああああああああ!!」
「うん、空気抵抗を感じてるわね」
「それより恐怖を感じてるほうが上かも!!」
「落ちるのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「私、助けるつもりないけどー!」
「ええええええええええええ!? えええええええええええええええええええええええええええええ!?」
ここでまさかのアシェルが助けない宣言である。もちろん本当に助けないつもりではないが、この絶体絶命の危機的状況でゼックスがどういう行動をするのか、アシェルはそれが見たかった故の行動である。
ゼックスも『まさか、本当に助けてくれないわけじゃないわよねぇ!?』などと思っているが、万が一にも助けてくれない可能性というものを考え、自身が使えるスキルを頭の中に並べて、どうにか助かるすべはないかと脳みそをフルスロットルで回転させる。そして、ゼックスは一か八かの賭けに出ることにした。
「プロテクショォオオオオオオオオオオオオン!!」
下方に光の壁を作り出したところで衝突する地面が近くなるだけなので、ゼックスはあえてプロテクションを自分の頭上へと展開することにした。アイヴィの魔法障壁盾とは異なり、ゼックスのプロテクションは変幻自在だ。ピンポイントで板状に出すことも出来るし、ドーム状にして全方位を守ることも出来るし、これを掴んで動かすことだって出来る。つまり、ゼックスが何をしたいかというと……。
「ひっ……っ……!! あっ……!!」
光の壁を広く大きく展開し、これを掴んで一緒に落下し、この壁でより多くの空気を面で受けられるようにしたのだ。つまるところ、魔法で作り出したパラシュートである。
「ほ、本当に……っ!!」
そしてこの時、ゼックスの中で半信半疑だったものが確信へと変わった。今、ゼックスがゆっくりと落下してきているのはまさに空気抵抗のおかげであり、光の壁で作ったパラシュートが空気に引っかかっている何よりもの証拠である。
「プロテクションを掴んでゆっくり降りる……。なるほど、そういう使い方もあるのね……」
「アシェエエエエエエエエエエーール!! あとで覚えておきなさいよぉおおおおおおーー!!」
「元気そうね」
「まさか本当に助けるつもりがなかったんじゃないよね……?」
「いや、落ちる寸前にキャッチしようとは思ってたけど」
「そうだよね! まさかね~!!」
ゼックスは思った。いや、思い知った。
この2人は、特にアシェルは、常識というものが通用しない相手であると。
そしてゼックスは固く心に誓った。今後一切、アシェルに甘えるような行動はしないようにしよう、と。
肝心な時に頼れるのは自分の力のみ。これを絶対に忘れないよう、心に刻み込んだのであった……。
それはそうと、この後ゼックスは金色の皿で出されたいちごのアイスクリームで懐柔された。女の子は甘い物に弱いのである。特にこの強烈に暑い砂漠で冷たいアイスクリームは格別なのだ……。




