003 冒険者ギルド
冒険者ギルドに到着するや否や、アシェルは注目の的となった。これまで3年間、誰ともパーティを組まずにソロで活動し続けていた冒険者が、突然『従魔登録をお願いします』とやってきたのだから、明日は雨どころか雪だ槍だと大騒ぎである。
そんな中でも落ち着いて居たのは、やはりギルドの職員であった。慌てず騒がず落ち着いて、従魔登録に必要な書類を引っ張り出そうとして派手にぶち撒けたり、職員同士が衝突して転んだり、手に持っているメガネを探したりと非常に落ち着いていた。
「ア、アシェルさん。一応確認なのですが、魔族……? サ、サキュバス……? ですよね?」
「はい。アイヴィはサキュバスです」
「そうで~す」
「こら、許可するまで喋っちゃダメって言ったでしょ」
「はぁ~い」
「サキュバスの従魔は前例がなく、史上初のことですので、ええっと……」
「ラナ先輩! ギルドの規定にも、この国の法律にも、サキュバスを従魔にしてはならないという記載はありませんでした!」
「と、とにかく! ギルドマスターがもう暫くしたらくると思うので、待っていてください!」
ギルド職員のラナはこの仕事に就いて10年のベテランだ。これまで積み重ねてきた数多くの経験を踏まえ、自分には責任が負えない案件だと判断し、ギルドマスターを待つことにした。万が一にもアイヴィの従魔登録が後から問題になった場合、ギルドは都合が悪くなると掌を返してくる白状な連中だと言われるわけにはいかないからだ。
「とりあえず、事情聴取といいますか……! その、アイヴィさんを従魔登録したい理由や、従魔登録の状態を確認させて頂きますので、奥の部屋で……」
「アイヴィは?」
「ええ、ええっと……。こ、こちらでお待ち頂くよう、ご命令をお願いします!」
「アイヴィ、ここで待ってて。悪いことしたら解体するよ」
「しないよぉ~!! 良い子で待ってるもん!」
「良い子にしてるなら別に、何をしてても良いけど」
兎にも角にも、今回のことは青天の霹靂よりも驚きの大事件だ。事情聴取のためにアシェルは奥の部屋へ連れて行かれ、その間アイヴィはここで待機という形となった。これはアイヴィが1人で居ても問題を起こさないかどうかという確認でもあり、同時にアイヴィの調査を兼ねての分断であった。
「な、なあ、この子はここで待機ってことだが、話しかけちゃダメか?」
「ええっと、ラナ先輩に聞かないと……」
「おじさん達、僕とお喋りしたいの~?」
「お、おお~……」
「可愛い……」
「本物のサキュバスなんて、初めて見たぞ!」
早速、アイヴィに試練到来である。ここは冒険者ギルド……世界を冒険したい者達が集う場所。つまり、好奇心の塊のような連中が集まっている場所だ。そんな場所に、非常に珍しい魔族の少女、それもサキュバスが現れたとあっては興味津々になるのも無理はない。
「アシェルとはもう、寝たのか!?」
「うん! 昨日は同じ部屋の同じベッドで温めあってたよ~?」
「おお~……」
「アシェルのやつ、やるなぁ……」
男達の質問は当然男女の関係を持ったのかという意味なのだが、誠に遺憾ながら、アイヴィは一緒のベッドで寝たというだけで何も起こっていない。何一つ嘘をついていない解答なのだが、バッチリと男達は勘違いを起こした。
「は、初めてはどんな感じだったんだ!?」
「馬鹿お前、そんなこと聞くんじゃ……!!」
もちろん夜の営みの件を聞かれているのだが、アイヴィは出会いの話だと思い、少し困ったような表情で語り始めた。
「僕ね~! 死んじゃうかと思ったよ~!」
「死んじゃう!?」
「うん、すっごく激しくてね、殺されちゃうかと思った!」
「殺されちゃう!?」
「アシェル……! そんなに、激しいやつだったのか……!」
男達は良からぬ想像をしているが、もちろんアイヴィは細剣を突き立てられた時の話をしている。本当に殺されかけたというだけの話なのだが、男達の勘違いはますます加速していく。
「ながーい剣を突きつけられてね、僕は必死に死にたくないって、ごめんなさいって謝ってたよ~」
「な、長い剣……!」
「マジかよ……」
「アシェル……。意外だ……」
当然、長い剣とはアシェルの細剣の話である。だが、男達の頭の中では、アシェルのバスタードソードの話だと妄想が膨らみ続けている。
「何度も言って謝ってね、やっと赦してくれて〜。最終的に、僕達は主従の関係になったんだ〜」
「な、何度も……!?」
「す、凄いな……」
「なあアイヴィちゃん、今夜俺と一緒の宿でどうだい……?」
「知らない人のところにいくと、解体されるって、アシェルが言ってたからダメ!」
「懐胎!?」
「サキュバスも、そうやって出来るのか……」
「それに僕はアシェル専用だから、他の人とは無理だよ? そういう関係だから!」
「そ、そうか……」
「アシェル、専用……。なんだか悔しくなるな……」
男達のよからぬ妄想が海よりも大きく広がっているが、アイヴィは何一つ嘘をついていない。男達が勝手に勘違いしているだけなのである。
「アイヴィさん! その、お、お下品な話は……!!」
黙って見ていたギルド職員ラナの後輩だったが、会話の内容があまりにも下品だと感じたため、遂に我慢の限界が訪れた。だが、アイヴィはただ本当のことを話していただけであり、勘違いをしているのはラナの後輩のほうなのである。
「あ、ラナさんのお友達さん! あれあれ? 手がボロボロだね~」
「これは、その……! さ、触らないで!!」
「僕の美容術で、これぐらいなら治せるよ~? ほら、綺麗にな~れ~」
しかし、アイヴィの呑気さ具合は、彼らの勘違い妄想脳以上であった。注意された内容よりも、ラナの後輩の手荒れのほうが気になってしまった。触らないでと振りほどこうとしたが、アイヴィは既にエステティックの発動を完了させていた。
「もう、なんですかいきなり……? え、手が……」
「反対の手も、やっちゃおう~? すべすべにしてあげる~」
「あ、え、は……?」
「サキュバスはね~。お肌がピカピカなほうが魅力的だからって、必ず覚えなさいって叩き込まれたんだよ~? ほら、出来た~!」
ラナの後輩は自らの両手を見て固まった。普段から莫大な量の書類を作成してくたびれ、薬草の買取で薬草に触って手荒れを起こし、ボロボロになっていたはずのコンプレックスだった両手……。それが、貴族のお嬢様かと見間違うほどピカピカになっていたのだ。
「これ、は……? 回復の、神聖、魔法……」
「エステティックだよ~? 美容効果があるだけで、綺麗に出来る見込みがない、元からダメなものはどうにも出来ないんだ~」
「……神聖魔法では、ない?」
「違うよ~? えっと……あっ! サキュバスはシンセーマホーが使えないんだよね! うんうん!」
「そりゃそうだ。魔族が神聖魔法を使えるなんて、そんなのありえないことだぜ」
「綺麗にする暇がなかったものを、綺麗にする魔法ってところじゃねえか?」
「武器の応急修理魔法、リペアなんかと原理が一緒だろ? あれも神聖魔法じゃないが、武器が回復するだろ!」
「おお、多分それだ! それの人体版だ!」
「ちゃんと普段から手入れしないと、いつか本当に戻らなくなっちゃうよ? 大事にしてね?」
「あ、は……。は、ははっ……!! 綺麗……! 綺麗な手……!!」
幸いにも、冒険者達の意見により神聖魔法ではないという結論に至って事なきを得たが、どうにもラナの後輩の様子がおかしい。綺麗になった手を見つめて、妖しく微笑み続けている。
「綺麗、綺麗、キレイ……! キレイ……あいたっ!?」
「シェリー。まずは、ありがとう……だろう?」
「マ、マスター! すみませ……ア、アイヴィさん! あの、ありがとうございます!」
またしても幸いなことに、ラナの後輩――シェリーという名前らしい――の異常は、ギルドマスターのチョップ一撃で解決した。
「ううん、大丈夫~……」
「君が、アイヴィさんだね? 自己紹介が遅れたね。私がこの冒険者ギルドのマスターのハヅキ、ハヅキ・ダテだ」
「皆はギルマスって呼んでるぜ」
「ハヅキは呼びにくいだろうから、君もギルドマスターやギルマスなどと気安く呼んでくれ」
「は、はい、ギルマスさん……。僕は、アイヴィです……」
だが、次に様子がおかしくなったのはアイヴィのほうだった。誰とでもふわふわニコニコと話が出来る子だったが、ハヅキの前では笑顔が作れなくなり、萎縮してしまった。なぜかはわからないが、アイヴィはハヅキという存在に苦手意識を覚えたのである。
「あ! きましたよ、アシェルさん! ギルマス、アシェルさんの聴取が終わりましたよ!」
「ありがとうラナ、念話石で伝えた内容を片付けてくれたようだね。特に問題なし、か……。なるほど」
「あのアシェルがこんな良い子を連れてきたんだ、問題ねえだろ~」
「そうだそうだ~」
「わ、私の手も、ほら! 綺麗にしてくれたんですよ!? ギルド職員の味方、いえ宝!! 全ての女性の宝です!!」
「ええ? やだシェリーったら、手が綺麗になってる……!? アシェルさん! これがさっき言ってた、エステティックの能力ですか!!」
「え、知らない……」
従魔登録をなかなか承認しないギルドに対して、徐々に外野から声が上がるようになってきた。やれ良い子だから早く承認しろだの、手を綺麗にしてくれるから承認しろだの、外野は言いたい放題である。
「かねてより、アシェルさんはギルドに対しての貢献してくださっている冒険者。皆さんからも厚く信頼されており、そんな彼女が連れてきた従魔は絶対服従のサキュバス。問題ないから承認しろ、ですか。どう思いますか、ラナさん」
「私は、大丈夫だと思いますけど……」
「シェリーさんは?」
「私は勿論全力でイエスです!! 即刻、ギルドが後ろ盾になるべきです!! 変な貴族にちょっかいを掛けられる前に!!」
「なるほど……。チャームを使った痕跡もないですし、操られているということはなさそうですね。結構! アイヴィさんをアシェルさんの従魔と認知し、ギルドがこれを承認致しましょう。アイヴィさんの教育は、アシェルさん? 当然貴方が担当しなければなりませんよ」
「承知の上です」
外野の援護があったからかはわからないが、アイヴィは無事にアシェルの従魔として承認を受けられることとなった。これにはシェリーや冒険者仲間達も喜びの声を上げ、大いに歓迎されることとなった。
「――――それでは、これで正式に承認が完了となりました。後はよろしくお願いしますね」
「はい! このネックレスを必ず身に着け、なくさないでくださいね!」
「ありがと~。アシェル~? これってなぁに?」
「冒険者認識証。材質が何で出来ているかで、その冒険者のランクがわかる。私とアイヴィのはお揃いのマークが刻まれてるから、同じパーティか従魔ってこと」
「アシェルと仲良しだよってこと~?」
「ん~……。まあ、そういうことでいいよ」
「仲良し~!」
これで、アイヴィにちょっかいを出せるのは王族や上級貴族の一部だけとなった。これで理不尽な死を回避出来る……言ってしまえば『人権を得た』ということだ。犯罪行為をしない限り、アイヴィの人権は守られることとなる。
「さて、と。仕事を探さないと……」
「あ! そうだ、アシェルさん! アイヴィ様とパーティになったということは、東塔のダンジョンへの入場が出来ますよ!」
「さ、ま……?」
「珍しいね、シェリー。わざわざ自分の仕事を増やすような助言をするなんて」
「それはもう! だって、アイヴィ様のためですもの! こちら、ダンジョンへの入場許可証です!」
「え、ダンジョンの入場……え?」
さあ仕事を探そうと切り替えた途端、シェリーから思いもよらぬものを渡された。東塔のダンジョン……教会が秘匿しているという噂のものが、本当に実在していたのだ。しかもそれの入場許可証である。
「これまでダンジョンについては調査中だったんだがね? 鉄級冒険者は上層まで入場可能と、教会と冒険者ギルドの両方で判断したんだよ。ただし、2人以上のパーティに限るという条件はあるがね」
「中層以降に続く道は一本道で、中の安全地帯に衛兵が常駐していますから、そこから先には進めませんけど」
「アシェルさんとアイヴィ様なら、きっとここが良い稼ぎ場になると思いますよ!! うんうん!! きっとそう!!」
アシェルは人生の目標として『ダンジョンの踏破』というものがあった。これはまたとないチャンス……いつかダンジョンを踏破するために、まずはその第一歩。それが今、手渡された。
選択だ。これを機にダンジョンへ挑戦してみるか、それともこれまで通りの安全で代わり映えのしない毎日に戻って次の機会を待つか。
「……いきます、ダンジョンに」
「僕もいくいく~! アシェル、運が良ければお金持ちになれるかもしれないよ~!!」
「調査済みとは言え気をつけて。ダンジョンはまだ、我々のわからないことだらけ……。絶対という言葉が存在しない場所です」
「忠告ありがとうございます、マスター」
「とはいえ、アシェルさんならきっと大丈夫でしょう。こちらが、東塔のダンジョンの場所を記したこの都市の地図です」
「アシェル達もダンジョンか!」
「昨日俺達もいったが、あれはまあ~……」
「何?」
「まあ、いってみりゃわかるさ! はっはっは!!」
「アシェルの泊まってる宿の連中も今日向かったところだぜ!」
アシェルはダンジョンに向かうことを決意した。それにどうやら、今朝シチューを奢ってくれた3人組もこのダンジョンへ向かったらしい。自分だけ遅れてはいられないと、急いで準備を進めて地図の場所へと向かうことにした。
「アイヴィ、買い物にいくよ。そのローブも、もう脱いで良い」
「本当~? 僕ね、これすっごく暑かったんだぁ~。外だとちょうどいいんだけど、ここだとね~……よい、しょっと!」
「うお」
「でっ……」
「アイヴィちゃん、おじさんと一緒にダンジョンへ」
「いかないよ~? 僕はね、アシェルと一緒なの~」
従魔契約の承認を得たからには、アイヴィに窮屈な思いをさせる必要もない。アシェルはもうローブは不要だと脱がせることにしたが、脱がせた途端に『そういえば、魅力的な体をしてたんだったな~……』と思い知ることとなった。サキュバスは侮れない存在なのである。
「……やっぱり、外では着てなさい」
「え~? でも、う~ん……。寒いだろうから、着てたほうが良いかな~!」
「いや、脱がせたほうが」
「黙ってスケベオヤジ!! アイヴィ様をスケベな目で見ないで!!」
「サキュバスをそういう目で見なきゃどうしろっていうんだよ……」
「崇拝して! 崇拝!!」
「そんな――――」
どうでもいい会話を聞き流しつつ、アシェルは冒険者ギルドをあとにする。まずはダンジョンの中で怪我をした時のために、安物のポーションでも良いから調達しようという考えである。こういった万が一の出費のために、アシェルは昨夜、壁に齧り付いていたのだ。それが功を奏したという形になる。
「はぁ~……」
「え? アイヴィも溜息とかつくんだ」
「だって、あのギルマスさん、凄く嫌な感じがして~……。僕、すっごく苦手」
「ふ~ん……。アイヴィって誰とでも仲良くなれそうなのに、意外ね」
「嫌いなんじゃなくて、苦手なんだぁ~」
ギルドを出るや否や、アイヴィがギルドマスターのハヅキに苦手意識があったことを告白する。どうして苦手なのかは自身でもわかっていないようだが、いうなれば『生理的に無理』という感じの苦手さなようだ。アシェルはこれについて何故なのかと考えたが、一瞬である考えが脳裏をよぎった。
「……ギルマスのハヅキさんが、男色だからじゃない?」
「ダンショク? ダンショクってなぁに?」
「男の人だけど、男の人が好きってことよ」
「ええええ……あ、大きい声はダメだったよね。ええ~……!? 男の人なのに、男の人が……!?」
ギルドマスターのハヅキは男色である。中でも線が細く中性的で、小柄で靭やかな肉体を持つ男性を好む変態であった。
なぜアシェルがこのことを知っているのかというと、アシェルの容姿が……。
「ど、どうしてそんなこと知ってるのさ~……!?」
「昔、言い寄られたことがあるから。好みなんだ~って」
「えっ」
「女だってバレて、心底残念そうにしてたわ。私みたいな細い子が好みなんだって」
「えええええええええええええええええええええ、あだっ!!」
「うるさい」
アシェルの容姿が、ハヅキの好みのドストライクだったのである。アシェルはハヅキに言い寄られた事件について『あの日ほど、女で良かったと思ったことはなかった』と語っている……。
【ハヅキ】
アシェルが住む都市の冒険者ギルドのギルドマスター。
戦闘能力が恐ろしく高く、全盛期では『右に並ぶものなし』と評される程の拳闘士だった。
女性よりも男性を好み、線が細く小柄で靭やかな男性が好み。アシェルが女性と知った日は、絶望のあまり40℃近くの高熱を出した。
サキュバスの天敵のような存在なので、アイヴィは本能的に拒絶している。




