027 猫好きに悪い奴は居ない
『みゃ~ん♡』
「うひ~可愛いでちゅね~。お名前はなんて言うんでちゅか~??」
「おい、口を慎めよ。気持ち悪すぎるだろ」
「レイチェルよ」
「レイチェルちゃんでちゅか~! 可愛いでちゅね~」
『……!! みゃ!』
「あいっだぁああああああああ!?」
「だから、引っ掻くって言ったでしょ」
馬車の中ではレイチェルが大人気だった。おもちゃ代わりに矢の羽部分で遊んで貰ったり、護衛の冒険者達から干し肉を貰ったり、たま~に思い出したように引っ掻いたり噛みついたり……。遊び疲れてクロバネの膝の上で寝ていても視線を集めてしまうぐらいには大人気だ。ちなみに、レイチェルとはレイモンとツェルゲリオンの名前から取った偽名である。
「いってえ~……。思い出したように引っ掻くんだもんなぁ~……」
「猫と一緒に旅してるとは珍しいね。何か理由でもあるのかい?」
「…………」
「無視かよ、ちょっとぐらい」
「おい、口を慎めよ。人様に迷惑をかけるな。俺達の仕事は雑談じゃないんだぞ」
「ちぇ……。わかったよ」
アシェルとしては『あ~……クロバネさんならどういうふうに返事するのかな……』と考えていたのだが、無視されたと捉えられてしまったようだ。こうなってしまったのはアシェルとしても悲しいことだが、こうなったらもう余計なことは喋らないというキャラを突き通すしかない。若干の申し訳なさを感じつつ、黒猫姿のアイヴィを撫でて周囲の警戒をする。
「…………ねえ。その子、あたしも触りたい」
「引っ掻くから……ッ!?」
「ダメ?」
『みゃう……?』
アシェルと同様に外套で顔を隠していた同乗者から声がかかる。またか、面倒だなと思って声の主の方へと視線を向けて、アシェルはとても驚いた。
「あたしの名前はゼックスよ! よろしく」
「クロバネ。こっちはア……レイチェル」
『みゃぁ~……』
地上に帰還した日、中央教会の異端審問官としてバチアールの隣に居た女性。アイヴィを目の敵にし、魔族憎しと襲撃してきたあのゼックスだったのだ。どうしてここに居るのか、体はもう良いのか、中央教会所属の異端審問官がなんの用なのか……。聞きたいことが山程あるが、下手に話しかけると正体がバレる恐れがあるため、うまく話をすることが出来ない。
「チッチッチッチ。可愛いわね、レイチェルちゃん」
せっかく眠っていたアイヴィを撫でて起こしてしまったので、誰もが『ああ~これは噛みつくな』と思っていたが、アイヴィは噛みつかなかった。この時アイヴィは『ここで噛みついたら、また怒りそう~』と考えていたので、ここは我慢して噛みつかないという選択をしたのだ。
「わぁ~……ふわふわ……!」
「……猫、触ったことないの?」
「ないわ。ない……と、思う。よく覚えてないの」
「覚えてない? どういうこと? 意味がわからないわ」
「なんだか、記憶がすっぽり抜け落ちてるみたいに、なんにも思い出せないの。村が焼けて滅んで、教会に拾われたのは覚えてるんだけど……」
「…………」
アシェルはこの話を聞いて、ゼックスに対して興味が沸いた。なんせ今のゼックスは、あの時のゼックスとはまるで別人だからだ。これには何か秘密があるに違いないと、ミダスの最高傑作の効果を発動してゼックスへ触れることにした。
◆ ◆ ◆
【ステイタス】
Name:ゼックス
True name:ゼクシェリアス・オル・シェルナー
Lv (成長度):10
STR (筋力):16
CON (体力):13
POW (精神力):10
DEX (敏捷性):18
APP (外見):16
SIZ (体格):身長146cm,B80cm,W54cm,H90cm
INT (知性):17
MAG (魔力):18
EDU (教育):13
ギフト
・聖痕:聖なる魔法に適性を得る。聖女の資質を得る
・闘神の加護:戦闘能力が大きく上昇する
・死のアルカナ:その日に1度か2度、致命的な負傷を回避する
スキル
・スカウター2:斥候能力を発揮する
・エクセキュージョン2:相手を一撃で仕留めやすくなる
・ホーリーレイ3:聖なる浄化の光を放ち、敵を焼き焦がす
・ヒーリング3:致命的な負傷以外を治療する。病気は治せない
・プロテクション3:光の壁を作り出し、悪意から身を守る
・ソニックアサルト4:敵に向かって強襲を仕掛ける。敏捷性を大幅に上昇
・ステラインパクト2:流星の如き一撃を放つ
特殊な装備
・破損した洗脳の首輪
┣お前は異端審問官ゼックスだ……
┣お前の両親を殺したは魔族だ。村を滅ぼしたのは魔族だ。憎め、憎め……
┣魔族を皆殺しにするのだ……
┣中央教会に絶対の忠誠を誓うのだ!
┗破損している
・破損した隷属のシンボル
┣これまで得た力を全てこのシンボルに蓄える
┣主である者達はこのシンボルから自由に力を抽出出来る
┗破損している
◆ ◆ ◆
「……ッ」
「どうしたの?」
「いえ、肩に虫が居たから……。払っただけよ」
「そう? ありがと!」
アシェルはゼックスのステイタスを見たことを後悔した。何も知らなければ、ただただ様子がおかしいだけの少女だったのに。何も知らなければ、憎たらしい相手で終わっていたはずなのに、と。
真の名を、ゼクシェリアス・オル・シェルナー。このシェルナー王国でシェルナーの家名を名乗ることが出来るのは、王族しか存在していない。そんなことは誰にでもわかる簡単なことだ。そしてこのギフト、聖女の資質に闘神の加護、死のアルカナ……。まさに、選ばれし者と言うべきギフトだ。スキルもレベルに対して非常に豊富で申し分ない。
そしてこれら全てを台無しにしているのが、装備の情報だった。洗脳の首輪に、隷属のシンボル。この2つがゼックスを、彼女の全てを捻じ曲げてしまっていたのだろうことは、想像に難くなかった……。
「(どうするべき……かしらね……)」
ゼックスは、下手に関わるべき相手ではない。王家の娘、それも聖女の資質を持ち、村を焼かれたという情報とこの首輪の情報から察するに……。彼女の力を知った誰かによって存在を秘匿されていたが、どこからか情報が漏れて彼女を隠していた村は教会によって焼かれ、それを魔族がしたことだと洗脳を施し、教会の忠実な猟犬として飼っていたのだろう。こんなトラブルの塊のような存在、絶対に関わるべきではないのは確かだ。しかし、知ってしまった以上何もしないというのは気分が悪いのである。
「(そんな彼女をどうして野放しに……? 代わりはいくらでも居るということ……?)」
『みゃ~う?』
「貴方のこと、心配してるみたい。賢い猫ちゃんなのね。貴方、凄い顔してるわよ?」
「え、ああ……。ちょっと、考えごとをしていて……」
アシェルは究極の選択を迫られていた。このまま何もしないか、それとも何かしらのフォローやアプローチをするべきなのか……。考える時間はまだあると思っていた矢先、アシェルに選択を迫るような出来事が起きてしまう。
「ゼックス? 今、ゼックスって聞こえたが?」
「おい、口を慎め……え? なんだと? あの教会の犬かよ?」
「きょうかいの、いぬ……? あたしのこと……?」
「とぼけんなよ!! てめえにどれだけこき使われてきたか!! 俺の顔に見覚えがねえとは言わせねえぞ!!」
同行して居た口を慎まないほうの冒険者が、ゼックスのことを知っていたのだ。いや、知っていたどころではない。彼は元中央教会の神官であり、アシェルが帰還したあの日、バチアールに『俺はてめえの奴隷じゃねえ』と教会から飛び出した男で、元ゼックスのおもり役だったのだ。隣に居る口を慎めのほうの冒険者もまた、その隣りに居た神官である。
「ごめんなさい、本当にわからなくって……」
「てめえ、ふざけんじゃ……うっ……!?」
「その剣、抜いたら首を刎ねるわ。座りなさい」
「お前には、関係ねえだろ……う……が……!!」
アシェルは『あ~あ、やっちゃった……』と思った時には、既に右腕が勝手に動いていた。クロバネから貰った右腕が、だ。であれば、これはもはや運命。クロバネがそうすべきだと背中を押してくれたに違いないと、諦めてゼックスに関わる決意をした。
「この首輪とシンボル、私には見覚えがあるのよ」
「それが、なんだよ。中央教会の異端審問官は、誰だって着けてるだろ!!」
「誰でも着けているの……!? そう……。なるほど……」
「おい、マジで口を慎めよ。あのクロバネってお嬢さん、俺達じゃどうやっても勝てない。力量の差ってやつを感じる。それに、殺すと決めたら絶対に殺すっていう、凄みを感じるぞ」
こうなったら徹底的に情報収集するしかない。アシェルは開き直り、口を慎まないほうの冒険者から引き出せる情報をありったけ引き出すことにした。
「この首輪とシンボルがなんなのか、知らないのね?」
「だから! 異端審問官は誰だって着けてる!! それも全員強えし、横暴でくそったればっかりだ!!」
「おい、だから……」
「貴方も、何か知らない? どんな些細なことでも良い」
「ねえ、この首輪とシンボルがなんなの? あたし、こんなの知らない……」
「こんなのだぁ!? 異端審問官の証、誇りだって散々威張ってただろうがぁ!!」
「ああ、ずーっと威張り散らしてたぞ。待て、お前まさか……記憶がぶっ飛んでるのか?」
「え? あたしのこと、何か知ってるの?」
アシェルは徐々にこの状況の全貌が掴めてきた。恐らくゼックスは、あの首輪とシンボルを与えられた日以降の記憶がほとんどないらしい。洗脳と隷属を受け続けていた間の出来事は、全く覚えていないのだ。そして同様の処理を行われている者は、どうやら他にも沢山居るらしい……。
「この首輪で洗脳して、このシンボルで隷属させる。これはそういう、禁忌のマジックアイテムよ。貴方、最近強い衝撃を受けたことは? この首輪とシンボル、破損しているわ」
「覚えてないんだってば。わかんないのよ」
「おいおいおいおい……。お前、本当に覚えてないのかよ! 全身血まみれになって、呼吸も出来ねえぐらいの大怪我をしたのによ!!」
「洗脳と隷属……!? そんな、それが本当なら、中央教会はなんということを……!!」
「お前ら、グルなんだろ!? 話を合わせて、誤魔化そうってんだろ!?」
「私だってこんな厄介者、まっぴらごめんよ。だけど、この禁忌の品を見てしまっては、見て見ぬふりが出来なくなった」
「おい、おいおいおいおい……。待てよ、待ってくれよ……。いや、商人ギルドのお墨付きなんだよな、あんたは……。中央教会が大嫌いなあのヨーコさんが、裏で手を回して……? ありえるのか? ありえねえよなぁ……」
「――――よろしいですかな?」
この事態をずっと見ていた男が突然、手を挙げて発言の許可を求めてきた。アシェルはその男のことをよく知っていたが、すぐに知らぬ存じぬの素振りを取った。
「ここは裁判の場ではないのよ、自由に発言して頂戴」
「これはこれは、どうも。わたくし、商人ギルドに所属しておりますしがない商人、名をカデスと申します」
「あんたは、アシェルさんの潔白を証明した!!」
「どうしたんです、カデスさん」
男の正体は道具屋のカデス。アシェルが模倣体ではなく本人であると証明してくれた、切り札を出してくれた男である。
「クロバネさん、ゼックスさんの肩に虫が居たと仰った時、非常にショックを受けた顔をしていらっしゃった。その首輪がなんなのか、その時に気がついたのでしょう?」
「……ええ、そうよ」
本当はそうではないのだが、アシェルにとって丁度いい助け舟となったので、話を合わせることにした。
「そしてゼックスさん。貴方に記憶がないという話、これは本当であると私が保証しましょう」
「おいおい、何勝手に話を……」
「彼女はね、私の道具屋に訪れた時、猫を忌み嫌って殺そうとまでしたんですよ。魔の使いだと言ってね」
「…………おいおい、そういやそれ、見覚えがあるぜ」
「ああ、確かにこの女、大の猫嫌いだったはずだ。さっき感じた違和感はそれか」
ゼックスの記憶喪失の話が徐々に信憑性を持ち始めてきた。そもそも普段のゼックスであれば、黒猫のアイヴィを見た瞬間に追い払うほど嫌っているはずなのだ。彼女の『魔の者は皆殺し』という思想は凄まじいもので、その徹底っぷりは残酷そのものだったらしい。
「そんな彼女が、可愛い猫ちゃんなどと。ありえない……そうは思いませんか?」
「確かに、言われてみれば違和感しかねえぜ……」
「あの性格上、演技出来るような人ではありませんし……」
「この首輪とシンボル、外しても良いわね? 私に預からせて」
「ええ、別に良いけど。あたしのじゃないし」
「ますますありえねえ……。命よりも大事なもんだって、あんだけ騒いでたくせに……」
「本当に記憶がないようですね……」
洗脳と隷属から解放された今、ゼックスは村を焼かれて一人ぼっちになり、知らない都市を彷徨っていただけの哀れな少女に過ぎない。そんな彼女をこれ以上問い詰める気がなくなったのか、2人の冒険者は複雑な表情で席に戻った。
「だとしたら、異端審問官ってのは、みーんな操られてんのか」
――――バァン!!
「よ、ぉ……!? な、なにすんだよぉおおおお!!」
「黙って。どうやら、姿を現したようね」
席に戻った瞬間、アシェルが口を慎まないほうの頭を地面に叩きつける勢いで伏せさせた。彼が元いた場所を見てみると、頭部があったであろう場所には丸形の穴が空いていた。
「音がした時には既に攻撃されている。厄介ね……!」
『みゃ~う!!』
「レイチェル、見えた?」
『んなぁ~!!』
「な、なんですかな、今の音は!!」
「全員伏せて!! 御者さん! 出来る限り飛ばして!!」
「は、はいぃ……!!」
どうやら今回の襲撃は、相手に自信がついてしまったらしい。今までは手足や胴体、致命傷に繋がらないような場所への攻撃報告が多かった。それが致命的な場所へ徐々に近付き、ついに頭部を狙って攻撃してきたというわけだ。もはやただの出来心ではない……明確な、悪意ある殺意による攻撃だ。
「ゼックス、皆を守りたいって必死に願って。貴方なら守れるわ、必ず」
「え!? そ、そんなこと言われても……!! 何がなんだかわかんな――」
――――バァン!!
『んみゃぁああう!!』
「なんだ!? 猫が、魔法を使ったのか!? 壁!?」
「レイチェルが守れるのはこれっきりよ! 私は敵本体を探す。ゼックス!! しっかりして、皆を守りなさい!!」
レイチェルが守れるのはこれっきりというのは完全な嘘だが、攻撃してきた相手を探すにはアイヴィの目と『先生の見解』が必要なのだ。よって、アイヴィがこの場に残って全員を守るという選択肢は存在しない。相手は確実にアシェル達を殺すつもりで攻撃してきており、逃がすつもりは全く感じられないからだ。
「そんなこと言われたって!! ああもう!! さっきの光の壁みたいなの、出せば良いんでしょ!! 出せばぁあああ!!」
「ひ、光の……!」
「壁!! やるじゃねえか、記憶喪失でも!!」
「知らないわよ!! 後何回出せるかもわかんない!! ねえ、敵を見つけられるんでしょ!? なんとかしてよ!!」
「やっぱり、あの横暴な性格は元からなんじゃ……」
「おい!! 口を慎め!! 頭を下げてろ!! 俺達じゃどうにもならんぞ、こんな攻撃!!」
「ひぃいい!!」
「御者のこともしっかり守るのよ!! レイチェル、飛ぶよ!!」
『んみゃぁう!!』
冒険者2人とカデス、そして御者の4名に防御能力はない。運良く盾に当たったとしても、冒険者2人が持っている木製の盾では容易く攻撃が貫通してしまうだろう。この場は完全にゼックスのプロテクション頼り、残り何回防げるかもわからない聖なる盾が彼らの生命線だ。
「消えた!?」
「凄え、全然見え」
「頭を下げなさい、このスカタン!!」
――――キィン!! バァン!!
着弾、それから破裂音。音が聞こえてから防御していては絶対に間に合わない距離からの攻撃である。この音の発生源を見つけるのが先か、それともプロテクションを割られて攻撃が通るのが先か……。命懸けのデスレースの幕開けである……。




