026 その名はクロバネ
――――アシェルは驚愕していた。
自分のしでかした行為にではなく、しでかした後の自分のステイタスに、だ。
「レベル……30……!?」
「僕のレベルが75になってる~」
アシェル、レベル30。対してアイヴィ、レベル75。
この3日間、アイヴィが無意識に発動したドレインによって、アシェルのレベルが極端に下がっていたのだ。内容を詳しく語ることは出来ないが、まあそうなるだろうなとしか言えないような状態だったので、こうなるのも当然と言えば当然だろう。
「68から30まで下がったのに、68から75にしか上がらないの……?」
「数字が大きくなると、レベルが上がるのに必要な何かが多くなるってことなのは、間違いなさそうだよね~。はい、返すね!」
「うっ……!? うわ、ああ……。元の力に戻った感覚がわかる……!!」
「アーシェ、もうしちゃダメだよ!? 今日は、ヨーコさんに呼ばれてる日なんだから!!」
「わ、わかってるわよ……」
幸いにもアイヴィのギフトによりレベルを分け与えられるので、アシェルは元のレベル68に戻ることが出来た。その瞬間にアシェルは『これでまた出来ちゃうな……』などと一瞬思ったが、アイヴィの静止によりなんとか理性を取り戻すことに成功した。メタモルフォーゼを解除されていなかったら、静止を振り切っていた可能性があったかもしれないが。
部屋の外へ出る前に、アシェルが両手で顔をピシャリと叩く。気合いが入った瞬間に雰囲気が変わり、ダンジョンに居た時と同じ、鋭いオーラがアシェルから漂い始める。この状態のアシェルは、たとえ超長距離の背後から攻撃されたとしても反応するほどに感覚が鋭くなっており、大抵の者は鋭い殺気に萎縮して行動が出来なくなる。
「あ……。ミダスの食器、ちゃんと持った?」
「持った! 一番最初に回収したよ~!」
「偉い。さすがアイヴィ」
「えっへへへ~♡」
なお、ミダスの食器以外の回収はアシェルに言われるまで忘れていた。だが、そんなことはアシェルに撫でられることより大事なことではないので、アイヴィ的には些細なことである。
「…………改めてその法衣、セクシー過ぎない?」
「アーシェって鏡を見たことある~?」
「え?」
「なさそう! アーシェも大概、僕のこと言えないよ~だ」
「そ、そうかしら……」
アシェルの泉の代償は、ミダス達によって解除されている。しかし、一度上がった魅力までは下げることが出来なかった。魅力がおよそ10を超えていれば美人だと感じ始めるであろうところを、アシェルは42、アイヴィに至っては82などという恐ろしい数値で評価されている。一般的に見てアシェル達は途方もない程の美女であり、無差別一目惚れ発生装置と化しているのだ。
「…………」
「…………? おはようございます」
「あ……! あ、あ!! 失礼致しました!! おはようございます、アシェル様! アイヴィ様!!」
「おはよ~♡」
「わ……。お、おはようございます……!」
なので、無耐性のスタッフとこうしてばったり出会ってしまうと、相手は視線が釘付けになって咄嗟に動けなくなってしまう。それでもなんとか挨拶を返すあたり、さすがのプロ根性と言ったところか。
「お食事の準備が、出来ておりますが……!!」
「あ、部屋に持ってきてくれてたのは貴方だったのね。いつもありがとう、美味しかったです」
「は、はい! えっと、こ、これは……?」
「美味しい食事とサービスに対しての、お礼?」
「あり、がとう、ございます!! 感謝致します、スタッフ一同で共有致します!!」
チップとして銀貨90枚はあまりにも渡し過ぎなのだが、アシェル的には3日間何も言わずにサービスを提供してくれたスタッフに心底感謝しており、むしろ少ないかなと思いながら渡した額がこの90枚である。受け取ったスタッフも、この多額のチップには驚きを隠せず、受け取った手がぷるぷると震えている。普通ならこの3割程の額なので、それはもう嬉しくてたまらないことだろう。
「すぐに出来立てのものをご用意致しますので、こちらは下げさせて頂きます!」
「え、それで良いのに……」
「うんうん~!」
「いえ、これが当宿の方針ですので。どうぞ、席にご案内致しますのでそちらでお召し上がり頂ければと思います」
「捨てちゃうの~?」
「いえいえ! 当宿のスタッフの誰かが、後ほど……!」
「良かった。食べ物が無駄になるのかなって、心配しちゃって」
「ダンジョンではご飯の心配で大変だったもんね~!」
「そうね……」
「それはそれは……。スタッフ全員に、そのお話を周知させて頂いてもよろしいですか? 食べ物に対する意識改革として、今のお話を広めさせて頂ければと……」
チップに浮かれ過ぎず、アシェル達の魅了も振り切り、プロとしての根性だけでこの場を乗り切っている。ここに居る誰も気がついていない、むしろ気がつくわけがないことだが、このスタッフの精神力は今、メキメキと上昇し続けている。これが、レベルアップを伴わない能力成長の瞬間である。
「ええ、大丈夫ですよ。きっと、どの冒険者も同じ問題を抱えていると思います」
「お外でご飯の心配となると、心細くなっちゃうよね」
「そうね……。食べられるのが当たり前、それこそ壁パンを齧ることが出来るだけでも幸せな方だったと、食糧問題に直面した時に痛感したわ」
「なるほど……。食べ物がないという恐怖……恐ろしいですね……」
ちなみにこの会話がきっかけとなり、この宿で『好きなものを好きなだけ』というビュッフェスタイルの食事提供が考案されることとなるのだが、それはまだ先の話。アシェル達はスタッフに案内されて席に座り、キツネのおあげ亭の食事を満喫してからヨーコの待つ商人ギルドへと向かうことにした……。
◆ ◆ ◆
「――――うちのスタッフが、何者かに狙われとるねん」
商人ギルドの到着すると、ヨーコが珍しく渋い顔をして待っていた。どうやら深刻な状況らしく、アシェル達に事件の経緯を順番に話し始めた。
「破裂音がすると、誰かが負傷している……ですか」
「魔法かなぁ~?」
「魔力反応がないんやと。優秀な斥候、ほれあの、エンドっちゅう冒険者のとこのユナっちゅう斥候がおったやろ? あの子が護衛しとったんやけど、反応しきれんかった言うてんねん」
破裂音がすると誰かが負傷している。魔法による攻撃ではなく、どうやら物理的なものによる攻撃らしい。襲撃した側の痕跡は全く残っておらず、死者こそ出ていないが、負傷者の中には臓器を負傷して重傷の者も居るらしい。報告件数が徐々に増加しており、事態は深刻さを増しているようだ。
「エンドさん達とは、訓練場で手合わせをしました。ユナさんは私の攻撃を目で追ってきた程に感性が鋭い方でしたから、それで反応しきれないとなると……」
「ハヤトっちゅう冒険者が言うにはな? ジュウゲキって言うとんねん。傷口は全員丸型、穴がポコっと空いたみたいに怪我しとんねん」
「ジュウゲキ、ですか……」
「聞いたことないね~?」
「飛び道具のようなもの、でしょうか」
ハヤトはこの攻撃に思い当たる節があったようだが、確信までは得られていない状態らしい。決まって傷は丸形、威力は非常に高く、防具を貫通するほど。
ヨーコがこれをアシェル達に相談してきたということは、つまりは『どうにかならへん?』ということに他ならない。
「わかりました。襲撃が予想される馬車に、私を同行させてください」
「相手がアシェルはんを知らんとは思えへん。なんせ、強い冒険者はなるべく狙わんようにしとるんよ。相手を選んどるっちゅう感じやなぁ」
「……仮説ですが」
「あ! アーシェの仮説はね、よく当たるんだよ~♡」
「うんうん、せやったら聞かして~♡」
アイヴィの柔らかい声を聞いて、ヨーコの硬い表情がようやく崩れた。それでも目の奥には『犯人を絶対に赦さない』という確固たる意思が宿っており、奥底までは笑っていない。今回の件、どうやらヨーコは本気で犯人を始末するつもりらしい。
「徐々に犯行が増えていて、相手も徐々に強い相手を選び始めている。仮称ジュウゲキによる攻撃能力を、確かめているのではないでしょうか」
「……新しいオモチャを手に入れて、それを試してるっちゅう話?」
「そういうこと……だと思います」
「せやったら、一番臭う奴がおるで」
「臭いの~?」
「うんうん、臭いんやで~♡」
アシェルの仮説を聞き、ヨーコの中にピンとくる人物がヒットした。その人物とは、先日突然姿を消し、保管されていたマジックウェポンを持ち出したとされている……。
「ユウキかゼックス、そのどっちかや」
「よりによって、恨まれていそうな相手2人ですね」
「恨まれていそう? ガッツリ恨まれとるで!! でも、この2人のどっちかやったら、アシェルはんを目標に攻撃性能を確かめちょるっちゅう話も理解出来るで」
「私が居ても、すぐには襲いかかってこなさそう……ですね」
ユウキかゼックスのどちらかによる犯行……ヨーコはそう結論を出した。この場合、最終目標がアシェルである可能性が非常に高く、アシェルが護衛についても襲撃してこないという可能性が出てきてしまった。討伐しようにも、相手が姿を現さなくてはやりようがない。
「アーシェの顔、僕が一時的に変えれば良いんじゃないの~?」
「え?」
「何言うてん?」
「メタモルフォーゼを使うの~!」
「アイヴィ、そういうのは……!」
「あ、アーシェ、メタモルフォーゼはね? あの、そういうこと、するだけの魔法じゃなくって……」
「え? あ、そ、そうなの? ごめんね……?」
ここでアイヴィの提案である。アシェルの容姿をメタモルフォーゼで変えれば、ユウキがアシェル不在と誤認して襲撃してくる可能性が出てくる。メタモルフォーゼは体の一部を変化させる魔法で、何も夜を楽しむため専用の魔法というわけではないのだ。むしろ、変装するほうの用途で使われるほうが多いはずの魔法である。
「…………メタモルフォーゼ!? あの、お伽噺に出てくる、あの!?」
「うん? うん! 魔法書もまだ持ってるよ~? ほら~!」
「み、見して……!? あ、あ? 白紙やん!!」
「あれ~?」
メタモルフォーゼの魔法書は、誰かにこの魔法を伝えた時点で白紙と化してしまうエンチャントが施されたものだった。ヨーコがいくらページをめくっても、あるのは空白のページだけであった。
「なんや、継承者を見つけたらサヨナラするタイプの本やな……」
「そういうの、わかるんですか?」
「わっちの鑑定スキルはかなりの精度でありんす。アイヴィはんがメタモルフォーゼを使えるか否か、それに絞って知ろうとすれば…………わからへんな。おかしいな?」
「能力差で、そのスキルを弾いているのかもしれませんね」
「使えるところ見せてあげるね! メタモルフォーゼ!!」
口でどうのこうのと語るよりも、まずは見せたほうが早いだろうということで、アイヴィが早速メタモルフォーゼを発動する。すると、本来アイヴィにあるはずのサキュバスの角がなくなっており、その代わりに可愛らしい桃色の猫耳がピコピコと揺れていた。
「可愛い。え、可愛い」
「かわええなぁ!?」
「えっへへ~♡ その気になれば、全身変えられるよ~」
「なるほどね……。これなら、相手を騙せるかも」
「顔とかもしっかり変わるんかえ?」
「変えられると思うけど、どうしよう~……?」
本物の獣人と全く見分けがつかないほどに精巧な猫耳、この変容の魔法を上手く使えば、推定犯人であるユウキかゼックスのことも騙せるだろうという話までは膨らんだのだが……。肝心の変化させる顔というものが、アイヴィにはパッと出てこないのだ。
「アイヴィ、クロバネさんの顔を覚えてる?」
「うん! しっかり覚えてる~!」
「クロバネ? 誰や?」
「私達を導いてくださった冒険者さんの1人です。大恩人です」
「クロバネさん達が居なかったら、僕達は帰ってこられなかったんだよ~……」
「他にも生存者がおったんか!?」
「いえ、その……。900年前の、冒険者さんです」
「あっ……。残しとってくれたんか、教訓……」
「はい」
ヨーコの頭の中では『恐らくそのクロバネっちゅう冒険者の手記かなんか、それと似顔絵かなんかが残っとったんやな』と勝手に結論が出たが、アシェル達は詳しくこの内容を説明するつもりはない。説明する必要性がないからだ。
「じゃあ、クロバネさんのお顔にするね。メタモルフォーゼ!!」
「おお……。おお、おお!! 凄いで、ほんまにほんま!? 別人やんけ!!」
「違和感はないですね。本当に見た目が変わっているだけ……ですが、今はこれが重要ですね」
「服も変えないと~! いつもと違う外套とか、違う武器を持っておけばわからないんじゃない~?」
犯人を騙すための作戦は着々と進む。この作戦会議中にもまた負傷者が現れるかもしれない……。アシェルはこの依頼に対しての報酬の話をする間もなく、アイヴィとヨーコによって選ばれた服で変装を終え、次に襲撃される可能性がある馬車の護衛として同行することとなった。もちろん、アイヴィも一緒に変装することとなったのだが……。
『みゃ~ん♡』
「あら可愛い」
「かわええなぁ~~♡ ん~よちよちよちよち♡」
アイヴィはどんな姿に変装しても魅力が問題でどうにもならなかったので、思い切って黒猫の姿に化けることとなった。メタモルフォーゼは別人になれるどころか、別の生き物であっても変容出来てしまうらしい。なお、黒猫の姿になっても魅力問題はどうにもならないので、ヨーコがすっかり魅了されてなでなでが止まらなくなっている。
「ヨーコさん」
「なんにゃ~♡」
「ヨーコさん!」
「…………はっ!? あかんあかん、これは外套の中に隠さんとあかんで!!」
『みゃ~♡』
「あらかわええネコチャン~♡」
「ヨーコさん!!」
「ほんまにあかんわ……」
不安要素は残るが、これで一応『冒険者クロバネと黒猫』という別人になれたので、犯人を誘い出す作戦を開始することとなった。
同行することとなった商人や冒険者達から『見ない顔だけど、誰……?』という疑問が多く出たが、商人ギルドからのお墨付きということもあり、それ以外は特に問題もなく護衛任務が開始された。
「一応だけど……。常に私の体にブーストは使っておいて」
『みゃ~♡』
「猫……?」
「か、可愛い……」
「触らないでね。私以外は引っ掻くし噛むから」
『みゃ~う♡』
とても引っ掻いたり噛んだりはしなさそうな黒猫だが、クロバネと名乗る冒険者の雰囲気は冷たく恐ろしいものがあるので、それ以上の会話が発生することはなく馬車は王都へ向けて出発するのであった……。




