022 そして地上へ……
地上に戻るための石板は、この滅びた黄金郷ミダスの入り口だったと思われる門の跡地に存在していた。
「今までとは、石板の色が違うね……」
「アーシェ、急いだほうがいいと思う! さっきのミダスさん達のお話だと、このダンジョンの支配者が変わったから、泉が侵食してくるかもって」
「そうね……」
アシェルは考えていた。約1年振りに戻る地上、自分達はどのような扱いを受けるのだろうか……と。これまでのような命がけの日々とは異なる、別の戦いの場が地上にあるのではないかと。これまでとは別の緊張感に襲われていたのである。
「ここでジッとしてても、答えは出ないと思うよ! なるようにしかならないと思う!」
「……そうね。よし、帰りましょう!」
「うん!!」
アイヴィの言う通り、ここに居ても何か進展があるわけでもなく、むしろ泉の侵食が始まっているだろう今、ここに留まるのは危険な選択なのだ。
迷いを振り切り、アシェル達は金の石板に右手で触れると……。
『――――逃さん…………』
どうやら泉は最下層まで侵食してきていたようだ。しかし、金の石板による地上への転移は既に開始されており、もはやアシェル達を止めることは出来ない。
「逃さん? 勘違いしないで。それは私達のセリフよ」
「次に戻ってきたら、絶対やっつけてやる!! 皆を酷い目に遭わせた代償を払って貰うんだから!!」
「私が受けた代償以外に、お前は私達を殺そうとした。代償以外のものを奪おうとした。今度私達がここへ来た時、それがお前の最後よ」
「逃げずにここで待っててよね!」
「覚悟しておくことね。それか、誰か助けてってお願いでもしてみれば?」
『おのれ…………』
願いの泉の願いは叶わず、アシェル達は金の石板の導きによって転移が完了した。地上への帰還が完了したということである。
暗い暗い迷宮の奥底、遂に泉は黄金郷を手に入れた。しかし、支配したかったはずの人間はもはや誰も残っていない。冒険者も、ミダスも、アシェル達も。全てがこのダンジョンから去った後だ。
憎たらしいが、ここは誰かを頼るべきと古き友人達に助力を求めるも、誰からも反応は返ってこない。解放されたミダス達の助力により、泉は完全にこのダンジョン内へ隔離されてしまったのだ。その代償が、先程起きていたミダス達の消滅である。
孤立無援。願いの泉は欲しがっていた黄金郷を手に入れることには成功したが、同時に全ての頼りを失ってしまった。
――――いずれ訪れる破滅のその日まで、無人の黄金郷で独り寂しく精々楽しむが良い。
◆ ◆ ◆
「お、おい。今……中で何か物音がしなかったか……?」
「馬鹿言うな! ここは白金級冒険者以上しか入場出来ない東塔のダンジョンだぞ! 今は誰も入っていないから、誰も出てくるはずが……」
「このダンジョンの名前はね、忘れられし黄金郷よ。今は破滅の泉が支配している、破滅の迷宮と言ったところかしら」
「わあ~お日様が眩しい~!! 地上だ~!!」
この日、迷宮都市ラビリスに激震が走った。
「は、え、えっ……!?」
「ダ、ダンジョンの中から、あ、ありえない!! だって、誰も入っていないのに!!」
「入ったのよ。1年以上前に」
「ただいま~! 僕達ね、1年以上このダンジョンで彷徨ってたんだよ~♡」
「おっふ…………♡」
「アイヴィ、それ以上その人に話しかけちゃ駄目。ついでに解呪してあげて」
「あ、チャームかかっちゃったんだ~。はぁ~い」
「で、伝令!! 伝令を出せ!! おい、ボーッとしてる場合じゃないぞ!!」
東塔のダンジョンで死亡したとされ、行方不明となっていた2人の冒険者が帰還した。
このビッグニュースは瞬く間に迷宮都市全体へと広がり、当然冒険者ギルドや教会の上層部にも伝わることとなった。
まず現地に飛んできたのは、冒険者ギルドのマスターであるハヅキ。続いて冒険者ギルドのギルド員達も続々と集まりだし、遅れて教会の神官、更には中央から派遣されてこの都市へとやってきた司祭や異端審問官。果てには商人ギルドにまで話が広まり、東塔のダンジョン周辺には『何か祭りでも始まるのか?』と野次馬まで集まり、あれよあれよと人集りが完成していた。
「――――間違いなく、我々が冒険者と認めて登録していたギルド員、アシェルとアイヴィだよ。冒険者証も紛れもなく本物、本人で間違いない」
ハヅキはアシェル達の帰還を心から喜び、そしてアシェルの容姿の変化に嘆き悲しみ、熱を出してぶっ倒れる一歩手前であった。それでも教会側に向かって堂々と身元を保証する発言をし、徹底的な擁護の姿勢を取っている。
「おやおやぁ? しかしですなぁ? 死亡としてから3年以上経過した冒険者に関しては、間違いでしたと訂正出来ないよう除名処理がされるはずですなぁ?」
「もう3年以上経ってんでしょ? じゃあさあ、身元不詳ってことだよねぇ!! 魔物が人間に擬態して出てきたかもしれないってことでしょ? このダンジョンって、中に入った人間が死ぬと模倣体が出来て、その動きを真似するんだったよねぇ!!」
それに対して中央教会の司祭と異端審問官の少女は、既にアシェル達が死亡したとされてから3年以上経っていると指摘し、これを魔物の模倣体だと断定して処刑するつもりであることを隠そうともしない。しかし、アシェル達がダンジョン内に入っていたのは1年強のこと。この指摘は間違っているはずである。
「待って。私達がこのダンジョンに入ってたのは1年ぐらいのはずよ」
「そうだよ~! そんなに入ってないもん!!」
「ダンジョンの中には、地上と時間の流れが異なるものもあるんだ……。極端に遅くて半分の速度だが、君達が居た階層はもしかしたら、その上をいく速度だったのかもしれないね……」
しかし、この指摘は当たっていたのだ。アシェル達が滞在していた下層の時間経過は地上の約3分の1の速度であり、下層で1年も過ごせば3年は経過していたということになる。つまり、あの場所で300年程過ごしていたクロバネ達は、地上の時間で言うと900年経過していたということである。なので、クロバネ達が生きていた時代は900年前のことだったのだ。
「ギ、ギルマス!! ギルマス、ありましたよ!!」
冒険者ギルドの主張が認められないという雰囲気になりつつあった時、この状況を打破しに駆けつけたのは、冒険者ギルドの職員シェリーであった。
「あ! 手荒れ、あれから大丈夫~? 元気~?」
「はい、アイヴィ様!! お元気そうで、本当に……!! 本当に……!! はい、これですギルマス!!」
「これは……。従魔契約の契約書か! そうか、これはギルド登録証とは別で管理しているものだったね。この契約書には期限がない。そしてこの登録者はアシェル君とアイヴィ君、両者の従魔契約について事細かに記されている。魔力証明もされている! アシェル君、この契約書に触れてみてくれ」
「ええ、これで良い?」
「光った! 光ったぞ!」
「おい、言葉を慎めよ……」
教会側から証明が出来たことに歓喜する声を上げた者が居た。教会とて一枚岩ではないらしく、アシェル達の帰還を喜ぶ神官も多く居るのだ。そう、あの時アイヴィの冒険者証を確認し、アイヴィを暫くいやらしい目で見ていた神官達である。
「教会の神官殿の中にも、今この契約書が光ったのを見てくれた者が居たようだ。ご覧の通り、従魔契約は生きており、ギルドはこれを未だに保証している。そして、本人が触れた時に魔力証明印が光ったのも、本人である何よりもの証拠だ」
この証明により冒険者ギルドの完全勝利……。もはや教会は何も言い返せないだろうと思われたその時、中央教会の司祭が悪あがきの反論をぶつけてくる。
「いいや! まだ、それだけではその者達がアシェルとアイヴィであると証明されただけ! このダンジョンで死亡した者は、姿を真似られると言うではないか。模倣体であるなら、魔力も同じ! よって、本物であるという証明にはならないではないか!!」
「もう殺しちゃおう!? 処刑しようよ、怪しい奴は処刑だよ!?」
「待て、ゼックス。確実に相手の言い分をなくすのだ……。そうでなければ、処刑はただの暴力に過ぎない……!」
「グルルルル……!! 忌々しい魔族なんて……!! 魔物なんて、皆殺しにすれば良いのに……!!」
異端審問官の少女はゼックスという名前らしい。このゼックスは、どうしてもアシェル達を殺したくて仕方ないようだ。どうやら魔族に対して強烈な憎悪を抱いているらしく、魔族のことを魔物と一括りにする発言までしている。
中央教会側の言い分は苦しいものがあるが、しかし筋は通っている。アシェル達が模倣体であるならば魔力は同じものであり、それは本人確認が出来ただけであって、模倣体ではないという証明にはならないのだ。
「模倣体の特徴は、ダンジョンの中での行動を真似る……でしたね? それは教会と我々が調査して出した共通の情報、確かな情報です」
「そうだ。言葉すら真似る模倣体まで居たそうじゃないか? つまり彼女達は、模倣体の中でも知能が非常に高い擬態型の模倣体ということだろう!!」
「しかし、シェリーの手荒れの情報はどうです? 先程アイヴィ君は、3年前までシェリーが手荒れに苦しんでいたことを覚えていた。これは、ダンジョン内では手に入れられない情報だと思いますが?」
「おおー」
「確かにそうだ……」
「ギルマス、良いぞ!! アシェルは姿こそ変わっちまってべっぴんさんになっちまったが、間違いなくアシェルに違いねえんだ!!」
「そうよ! アーシェは間違いなくアーシェだわ! ハヤトもなんか言ってよ!!」
「…………お、おっぱ、げほっ……!?」
「馬鹿なやつだ……。よりによって胸ばかり見ているとは……。嫁に殺されておけ……」
金級冒険者パーティの黒鉄の剣もアシェル達の擁護に回っている。実はハヤト達黒鉄の剣こそが、家から逃げ出し狼の群れに襲われていたアシェルを救った冒険者達であり、その頃からの付き合いなのだ。アシェルが途轍もないナイスバディになったからと言って、偽物か本物かの区別ぐらいは付くのである……ハヤト以外は。
「そ、その程度の情報では、本人とは……ぐぬぬ……!!」
それでも認めたくないのが中央教会の司祭である。なぜここまで頑なに認めたがらないのか? それは、このダンジョンを攻略しているのが中央教会側の派遣パーティと、冒険者ギルドが招集して集まった冒険者パーティによる競争状態だったからだ。彼らはその威信にかけて、冒険者パーティに遅れを取るわけにはいかなかったのだ。
「――――よろしいですかな」
ここで手を挙げたのは、冒険者ギルドでも教会側でもない第三者だった。
その男は、アシェルを死地に旅立たせてしまった負目から心を病み、痩せ細って骨と皮だけのような肉体になってしまった道具屋の店主であった。
本物か、偽物か。それが確認出来ずに揉めているのを目撃し、急いで自分の店に戻ってあるものを探し出して持ってきたのだ。ひょっとしたらこれが、役に立つ日がきたのかもしれないと。
「部外者は引っ込んで――」
「カデスさん、ええどうぞ。この場は裁判所ではないのですから、ご自由に」
「では……。ここに、3年前の帳簿があります。私はアシェルさんに、いくつかの道具を売っています。そしてお連れのアイヴィさんにも、マジックバッグを売っております。それはダンジョンに入ってすぐ使っているはず。その中身がなんであったのか、どのマジックバッグだったか。模倣体には、答えられないはずではないでしょうか?」
道具屋が切り出したカードは、会心の一撃であった。
もしこの質問にアシェル達が答えられたのであれば、それは紛れもなく本人であるということに他ならない。なぜなら、何を買ったのかという情報はダンジョンの外で起きたものなのだから。
「どうですか、教会側も。この情報は間違いなくダンジョンの外で起きていること。模倣体は持ち得ない情報……そうですね?」
「ぐ……。わ、わかった。なら答えてみろ!! 答えられるものならな!!」
これには中央教会の司祭も観念し、これが当てられるのなら認めると遂に折れた。しかし、アシェル達は困惑していた。なぜなら……。
「え~? アーシェ、マジックバッグじゃなくてポーチだよね~?」
「そうね、ポーチよ。それに売って貰ったんじゃなくて、記念品として貰ったの。そして買ったのは高いポーションが1本に、安価なポーションを3本。水瓶と、干し肉を買ったのよ」
「おやおやおやおやぁ~?? 食い違っていますなぁ~?? これはやはり模倣体だ!! 殺せ、ゼックス!!」
道具屋の店主カデスの主張と、アシェル達の記憶が食い違っていたからである。
「神の名の下に、くたばれ魔族がぁあああああああ!!」
「いえ!! 合っております!! この帳簿の通り、マジックバッグではなくマジックポーチ!! それも贈呈というところまで合っており、買った商品も全て合っております。模倣体であればこの引掛けにかかり、マジックポーチとは思わず、今背中に背負っているバッグか、両脇に抱えているバッグを提示していたでしょう!!」
しかし、これはカデスの策略だった。完全には本物だと信じていないスタンスを取りつつ、本物であれば答えられる質問として内容を少し変えていたのだ。カデスの狙い通りにアシェル達は1年前の記憶の通りにこれを答え、そしてその答えはカデスの持っている帳簿とピッタリ一致していた。
「これは商人ギルドが問題なしと証明してくださった帳簿、なんの間違いも存在しておりません。そして、模倣体であれば答えられないところを彼女達は答えた! これは本物である何よりもの証拠!!」
「商人ギルドのギルドマスター、ヨーコどす。うちの商人の主張は何も間違っておらへん。これにケチを付けるんなら、教会は商人ギルドを敵に回したと見てもよろおすな? 教会は、答えたら本物と認めはるとおっしゃっとりましたが? 教会には舌が2枚もありんすか?」
この発言をもねじ伏せようものなら、教会は商人ギルドまで敵に回すこととなる。それは即ち、今後この街で物資を調達出来なくなるというのと同義だ。物資補充を絶たれる、それはつまりほぼ死を意味するということだ。
「如何です、司祭殿。中央教会より遥々辺境の迷宮都市ラビリスまでお越しくださった、バチアール司祭殿?」
「まだ何か、言い分がありんすえ?」
冒険者ギルドと商人ギルドという巨大組織から同時に敵対されては、この都市で生きていられる保証は何処にもない。バチアールと呼ばれた司祭の後ろに控えていたはずの神官達は既に『自分達はこいつとは関係ないんで……』と言わんばかりに離れており、異端審問官の少女のゼックスだけが彼の側に残っていた。
「ぐ、がが……!! し、仕方な――――」
「――――うるさい!! お前らが納得してもあたしは納得しない!! 魔物は死ね!! ホーリーレイ!!」
ゼックスが取った行動は、暴挙であった。全ての意見を無視し、魔族であるアイヴィを魔物と呼んで攻撃を仕掛けてきた。
魔獣や魔物に対して特効効果のある聖なる光の攻撃魔法、ホーリーレイ。これを受けて無事で済む魔物はほとんど存在しない。それを問答無用でアイヴィに向かって放ったのだ。
「わ~眩しい! 眩しかったね~アーシェ!」
ただ、その聖なる光の攻撃魔法も、アイヴィにとっては『わ~眩しい』止まりであった。なぜならアイヴィは魔獣でも魔物でもなく魔族。名前こそ似ているが、似て非なる存在なのだ。それでも普通はダメージを受けるもの、肌が焼け焦げるぐらいの威力はある攻撃魔法なのだが、ゼックスとアイヴィの魔力には、悲しいほどの大きな差があったのだ。魔力差の大き過ぎる相手に対しては、程度の低い魔法は通用しないのである。
「死ねぇえええええええええ!!」
ホーリーレイが通用しないと見るや否や、ゼックスはこれを断罪せんと殴りかかってきた。どうやらゼックスは異端審問官の中でも武闘僧で、拳で戦うスタイルの戦士だったようだ。
この攻撃に対して反応出来たのは5人。冒険者ギルドのギルドマスターのハヅキ、黒鉄の剣のリーダーのハヤト、その妻の魔法弓手のエミ。この3人は反応こそ出来たものの、アイヴィを庇うという行動までには至れなかった。ゼックスの攻撃があまりにも速すぎたため、咄嗟に身動きが取れなかったのである。
「え、ガ、ぎぉ……!? ゴァ――――ッ!?」
そして、反応したのはもう2人……そう、アシェルとアイヴィであった。
アイヴィに拳が届くという時、アシェルがゼックスの顔面を鷲掴みにし、中央教会のバチアール司祭の足元へと投げて返品していたのである。もちろん、アイヴィはアシェルが守ってくれると確信していたので、ゼックスの攻撃など笑顔で受け流して無関心であった。
「アーシェ、今の半分ぐらいじゃないとマズいかも?」
「可能な限り手加減したのだけど」
「なに、が……。起きたんだ……」
「エミ、何が起きた!? 見えなかった!!」
「私に聞く!? ハヤトが見えないならわかんないわよ!!」
暴挙に出た異端審問官が、いつの間にか飛び出した場所に戻っていた。
「か、こ……っ……ひゅ……っ……」
「ゼックス!! ゼックスを早く治療しろ!!」
「だ、ダメです! 状態がかなり深刻で……!!」
アシェルとしてはかなり手加減して返品したつもりだったのだが、ゼックスは全身の骨が砕けて呼吸すら出来ない状態になっていた。そのダメージは深刻で、神官達の治癒魔法では一向に治る気配がない。
「あ、僕が治そうか~? そのほうが早いもんね~?」
「ええ? 駄目よ、サキュバスが神聖魔法が使えるなんて知られたら……。あ、やっぱり良いわ。使っても良い」
「わぁ~い! ほら、どいてどいて~?」
こんな状況だというのに、アイヴィは未だにニコニコと笑顔を崩さない。全身を強打して骨がメチャクチャに折れ、呼吸すらままならない状況……。本来なら一刻を争うような状況だが、アイヴィはこの光景を見過ぎたのだ。
「アーシェっていつもこんな感じだったんだよ~?」
「ええ……。怖……」
「エステティック!! あれ、かなり簡単に治るかも! アーシェの体はすっごく頑固なのになぁ~」
「そんな、私の体が悪いわけじゃ……」
「魔族が、神聖魔法を……? ば、馬鹿な、ありえない!! これをやったのは誰だ!? 後ろで誰か、誰かがやっているのだろう!?」
「さすがアイヴィちゃん……。ハァハァ……。魔族として生まれ変わった女神だ……」
「お、おい、口を慎めって……」
「でも、魔族が神聖魔法を使えるってことは、やっぱり女神なんじゃないか!?」
この状況に混乱を隠せないのは全員同じだが、特に混乱していたのは教会側である。魔族が神聖魔法を使えないというのは一般常識として教えられていたため、それが目の前で崩壊してしまった今、信仰心すらも崩壊しかけてしまっているのだ。
「バチアール司祭、この件は中央冒険者ギルドに報告させて頂きますよ。勿論、中央教会の耳にも入るでしょう」
「うちからも報告させて貰いますえ? 教会は約束をすぐに破って、不利益な相手を暴力で殺そうとした。間違いなく伝えさせて貰いますわ。それとカデスはん! 後でうちから報酬を出します。ギルドまでお越しやす」
「は、はいっ!?」
「では、アシェル君達はギルドで登録……。おおっと! ギルドで冒険者証の再発行!! 再発行ですね、シェリー君?」
「はい! 再発行で合ってます!!」
「再発行がありますので。御機嫌よう……では、冒険者ギルドにきて貰えないだろうか? 再発行があるのでね」
「あ、はい。アイヴィ、それで良い?」
「うん? 僕はなんでもイイよぉ~♡」
今回の件で中央教会にはいいところがなく、冒険者ギルドはアシェル達の復帰を盛大に喜び、商人ギルドとしては冒険者ギルドに大きな恩を売ることが出来た。中央教会の一人負けという構図になってしまったのである。
「くそがぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
「か……ひゅ……」
そしてゼックスだが、アイヴィが治療したのは致命的な部分のみで、手足の骨や肋骨に関してはほとんど治していない。治した途端に暴れ出すのは目に見えていたからだ。
今回、彼女は襲撃した瞬間の記憶まではしっかりとあったようだが、何が起こったのかは全く理解出来ていなかった。襲いかかった瞬間には元の場所に戻っていて、全身の骨が砕けて臓器がメチャクチャになっていた。そして何よりも屈辱だったのが、憎くて仕方ない魔族に命を救われたことだ……。それも、教会の神官達が使えないような上位の神聖魔法を使って。それが何よりも屈辱的だった。
「何をボサッとしている!! ゼックスを、治癒室に運べ!!」
「…………私達は神に仕えている。あんたに仕えているんじゃない」
「あんた達が招いたことだ。あんたが、その女を運べば良いじゃないか」
「私達はあんたの奴隷じゃない。運びたきゃ、自分でどうぞ」
「な、なっ……!!」
バチアールは神官達の信心を失い、命令を完全に無視されてしまった。中には首から下げていた光の女神のシンボルを置いていく者まで居た。
「俺、闇の女神様を信仰すっから!! じゃ!!」
「お、お前……口を……。慎まなくて良いか、こんな奴と同じ神を崇めたくないわ。じゃあ、俺も」
「て、天罰が……!! 天罰が下るぞ!!」
「お前になー!!」
「お前なぁ……」
この日、迷宮都市ラビリスに走った激震は、瞬く間に人々を動かした。
ある者は帰還した冒険者達を盛大に祝い、ある者は心の病から立ち直って店の経営も息を吹き返し、ある者は信仰を捨て、ある者は新たな信仰に目覚め、ある者は信頼が地の底に堕ちた。
アシェル達が起こした激震は、まだ余震に過ぎない。これから先に訪れる本震は、いずれ世界をも揺るがすような衝撃となるだろう……。




