021 最低の愚作と最高の傑作
◆ ◆ ◆
「よし、大体の物理罠は解除出来たわ。通り道以外の魔法罠は面倒だからそのままにしてあるけど」
「うん! これで安心して歩けるよ~」
アシェルの斥候としての能力は非常に高い。それもそのはずで、1年近く凶悪な罠付き宝箱とほぼ毎日格闘していたので、黄昏と黎明の細剣の秘匿破りの効果を合わせれば、初めて見る罠だとしても大体の解除方法がわかるようになっていたのだ。物理的な罠は構造を破壊し、魔法によって発動する罠は魔法殺しの短剣で魔法陣の構築破壊を起こして解除している。
ちなみに、罠解除にはたった一度だけ失敗している。魔法罠を雑に破壊した時、破壊がキッカケで罠が作動するという非常に危ない場面があったため、その日以降魔法罠は構築破壊で壊すようになったらしい。その時の罠は催淫効果のある罠で、アシェルはこの罠の効果が切れるまでドラゴンの死体を殴り続けるという暴挙によって事なきを得ていた。その時のドラゴンの肉は非常に柔らかかったそうだ。
「アーシェが罠を解除するまで本を読んでたんだけどね~」
「何か有用なことは書かれてた?」
「変容!!」
罠解除の間、アイヴィが学習していたのは『変容』という魔法だった。相手、または自分の容姿全体や体の一部を変化させるもので、どう変化させるかは発動者の選択次第だ。どうやらアイヴィのメタモルフォーゼは正常に作動し、上手くいったらしい。アシェルが体の違和感にすぐ気がつき、様子がおかしくなっている。
「どう? どう? アーシェの女の子っぽさを隠すのに、男らしく変容してってやってみたんだけど!」
「今すぐ解除して……。今すぐ、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く」
「え、えっ!? か、解除ってどうやるのメガネ先生!!」
「アイヴィ……!! 早く早く早く早く……!!」
男らしく変容させたはずが、アシェルの容姿は全く変化していない。しかし、アシェルは思いっきり前屈みになり、内股になって苦しんでいるようだ。どこがどう変化したのかは不明だが、左手に持つ盾で必死に下半身を隠して焦っているのは確かだ。
「メタモルフォーゼ、解除!!」
「はっ……!? あ、あっ……。よかった……」
アシェルは滝のような汗を流しながら、メタモルフォーゼが解除されたことを確認すると安心した表情で膝から頽れた。どうしてこんなに焦っていたのかは全くをもって不明だが、アシェルにとっては死活問題だったようだ。
「アイヴィ、今の魔法は同じ使い方を私にするの、このダンジョン内では絶対に禁止ね」
「うん、うん! ご、ごめんね!! 絶対しないから!!」
「悪いことではないけど、今は絶対に駄目。取り返しがつかないことになるから、これは地上に出るまで我慢して」
「わかった!!」
なぜここまで限定的に指示してくるのか? アイヴィにはよくわからないことだったが、とにかくダンジョン内でアシェルに対してメタモルフォーゼを使うということは二度としないと誓った。
「完璧に機能していた……と思うわ。そこは安心して」
「う、うん……!」
「メガネ先生、今私に起きたことをアイヴィに絶対伝えないように。伝えたら、割るわ」
「絶対にそうしないって言ってる!」
メガネ先生こと賢者の教えは、アイヴィが着用している時に限り外の様子を知ることが出来る、意思のあるマジックアイテムだ。アシェルに何が起きたのかは大体想像が付いたようだが、教えた途端に破壊されることが確定したため、賢者の教えを教えることが出来なくなってしまった。賢者の教えられない知識である。
「先に進む……前に。私、気になることがあるのよ」
「うん? どうしたの?」
「ステイタスは、死んだ相手に発動しても何も出てこない。ラジコングジュニアに出てきたということは、まだ生きては居る……ということよね」
「あ! そうだね! 確かに!」
閑話休題。
アシェルの持つステイタスの腕輪は、相手の強さを知ることが出来るマジックアイテムだ。だが、死んだ相手というのはアンデッドとして生き返らない限り、強さが存在しないと判定されてしまう。そのため、倒した相手の強さを知るということが今まで出来なかったのだが、ラジコングジュニアは停止しているだけでまだ生きているのだ。
「レベルドレイン。使えないかしら」
「やってみる価値はあるかもだけど……」
「生い立ちは可哀想なものだけど、それはそれとして、この模倣体が指示なしに暴走する可能性だってあるわ。それが他の魔物との戦闘中に起きる可能性だってある。破壊するにも時間が掛かりそうだし、それなら無力化しておくのが良いと思うの」
「……そうだね! そうしたほうが良いよね。それはそれ、これはこれだね!」
生きているということは、ラジコングジュニアからはレベルドレインが可能である。アイヴィのドレイン能力は生きている相手が対象だ。ラジコングジュニアの生い立ちを考えれば可哀想なことではあるが、今は生き残るための手段と対策は出来る限り多いほうが良いのだ。
「レベル、いただきます!!」
「……ッ! 動かない、わね。続けて」
「うん……! さっきティルトウェイトで使った分のレベルぐらいなら吸い取れそう!」
「レベル50なのに、レベル2つ分ぐらいしか吸えない……。レベル50とレベル64、数字で見ればそこまで大きくない差だけれど、内部的にはかなりの差がありそうね。ステイタス!」
「あともうちょっとで、全部吸い取れると思う!」
「残りレベル20……。これがもうちょっとってことは、レベルが上昇するのに必要な……経験って表現で良いのかしら。それは、レベルが高くなる毎に上昇すると見て間違いないわね」
「終わったよ~!!」
「レベル20があっという間に……。やっぱり、この仮説で間違いなさそうね」
レベル1から2に上がるのと、レベル50から51に上がるのとでは、何十倍何百倍もの経験を要求されるらしい。同じことの繰り返しによって得られる経験だけでは、レベルの上昇にも頭打ちがくるこということかもしれない。出来るだけ多くの魔物と戦い、多くの経験を積むことがレベルアップへの鍵となるだろう……と、アシェルは結論を出した。あのままクロバネ達が倒れた階層に残り続けていても、レベル70に到達するのは遙か先だったかもしれないということだ。
「アイヴィのレベルが67になっているわ。私も67だから、さっきの戦闘で上がった分と合わせて1ずつ伸びたと見て間違いないわね」
「減っちゃったと思ったけど、結果的に増えたね!」
「損して得取れ、ということわざがあるわ。その教えに近いわね」
「メガネ先生もそうだそうだ、その通りだって言ってる~! アーシェ、物知りだね!」
「ちょっとだけ、昔そういう勉強をしたことがあるだけよ……。元々は商人の間で使われていた言葉なんだけど、まさか冒険者にも該当する言葉とは思わなかったわ」
「へえ~!」
アイヴィの『へえ~!』は、割と何も考えていない時の返事だ。『アーシェって凄いなぁ~えへへぇ~♡』ぐらいの思考しか残っていない。
「このまま生かしておけば、スライムに回収されることもないのかも……」
「そうかも! じゃあ、ずっと弱いまま残ってるってことかな!」
「他の魔物が復活した時、このラジコングジュニアが破壊されて、それで復活してしまうかもしれないわね。とりあえずの処置と思っておきましょう」
「うん。じゃあ、先に進もう~……って、この広い部屋の何処に行けば良いの?」
「先に続く道はないわ。この大部屋自体に、あの石板があったの。もしかしたら、最悪戦闘を避けて石板にタッチすれば抜けられたのかもしれないわね」
「あ、なるほど~! 数が凄かったもんね~。普通に相手してたら、絶対に物量で負けてたよ~」
「以前の私達のままだったら、勝ち目がなかったわね……」
この階層はこの超大部屋しかないらしく、石板もこの部屋の中に存在していた。アシェル達は次の階層へ進むために石板に触れ…………る、前に。
「アイヴィ、またティルトウェイトをいつでも発動出来るように用意しておいて」
「ティルトウェイトの魔法陣には、もう魔力を充填済みだよ~!」
「いいわね、よし。じゃあ、いくわよ」
「うん!」
アイヴィがティルトウェイトの魔法陣を展開し、それに魔力をチャージした状態で次の階層へと進む。この階層に来て速攻でティルトウェイトを発動出来たのも、この事前準備があったからこそだ。今回もそれを忘れず行い、次の先制攻撃の準備をしてから石板に触れた。
「ん……!」
「うん? う~ん……?」
転送された瞬間、2人はまた干渉されるかもしれないと警戒していたが、今回はなかった。あの泉が現状干渉出来る範囲は下層のみで、下層から最下層に降りる瞬間は干渉出来たが、最下層での転移には干渉することが出来ない。そんな内部事情を2人は知らないので、その警戒は空振りに終わった。
「何もない……。罠もないし、魔物も居ないわね」
「うん。あ、壁に石板があるよ!」
「…………なんて書いてあるのかしら。見たこともない字だわ」
「メガネ先生が読めるって! トルタ・スオクセヴァ、オンネッタムース、オンスィネッタトゥタハン? どういう意味なの~?」
「全然聞いたことがないんだけど。発音もそれで合ってるの……?」
「火を吐く者、厄災をここに封印する……だって!」
「ああ、もう嫌な予感しかしないわね」
その代わりに、もっと警戒しなければならないものが増えてしまった。読めてしまったが故の最悪、とでも言うべきだろうか。火を吐く者、厄災をここに封印する……。つまり、ここには火を吐く者と称された厄災が封印されているということだ。火を吐く者がその名の通り火を吐くのは予想出来るが、それ以外は全く想像が付かない。アシェル達はどう戦うべきか悩んでいた。
「やっぱり、ティルトウェイトを放ったほうが良いのかな?」
「火を吐く者に爆発が通じるかしら」
「火を吐くからって爆発が効かないってことはないと思う!」
「そうね……。ティルトウェイトは灼熱と爆発の両方の性質があるから、爆発だけでも通じればダメージにはなりそうね」
「じゃあ、最初は決まりね!」
「後は流れでって、いつもの戦法ね……」
「そうだね。そうかも!」
結局、いつもの戦法で挑むことにしたらしい。下手にあれこれと作戦を立てるより、いつも通りとしたほうが戦いやすいだろうという判断をしたようだ。
「それにしても、地上の字は読める字だったのに、ここの字は全く読めないものなんて、不思議ね」
「もしかして、ここと地上で作った人が違うのかも!」
「それか、あえてここはそのまま残すことにした……とか。ダンジョンの奥地の話は色々と聞いたことがあるけど、どれもこれも壮観な景色が広がっていたという話ばかりだったわ。ここはその逆で、あまりにも寂しい景色……。人為的に作られたものだとしたら、この場所は何かを伝えたいから残しているのかも」
「メガネ先生が凄い視点だって感動してる~。ちなみに僕も感動してる~!」
「寂しい場所、廃れてしまった場所、厄災の封印……。厄災に襲われた国を、そのまま保存しているダンジョン……とか?」
「どうだろうね……。前の階層は豪華だったのに、ここはそのまま瓦礫になっちゃったような場所だし、もしかしたら前の階層の時代の人が、この厄災を作っちゃったのかも?」
「わからないわね……。答えが出ないことについて考えていても仕方ないわ。厄災、トルタ・スオクセヴァ……戦いましょう」
「うん!」
このダンジョンから脱出するために、出ない答えを得るために。アシェル達は遂に厄災の封印される部屋への転移を決意し、石板へと右手を置く。今回も泉の干渉は当然なく、アシェル達が転移したのは……。
「…………酷い」
「都市……? 国……? みんな、燃えちゃってる……。瓦礫になって……壊れて……ぺっちゃんこ……」
最深部、失われし黄金郷。廃都市ミダス……その中央広場であった。
『残っている……』
『害をなす……』
『全ての生命に……』
『『『火の鉄槌を』』』
「アイヴィ!!」
「ティ、ティルトウェイト!!」
「シルフィード!!」
そして、瓦礫の一部と思っていた巨大な山。それこそが厄災、火を吐く者そのものだった。
1つの胴、黒き鱗に3つの首を持ち、それぞれが意思を持った巨大なドラゴン。それが、トルタ・スオクセヴァの正体。
錬金魔法生物、ハイドラである。
『『『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』』
アイヴィがすかさず放ったティルトウェイトは閃光となり、燃え残った全てのものを燃やし尽くさんと周囲へ拡散する。しかし、それを押し返さんとハイドラの炎がティルトウェイトへ衝突する。超核熱爆発と3つの地獄の炎が衝突し、地面が溶解してガラス化し始める。アシェルは既にこの危険地帯から脱出し、ハイドラの背後へと回っていた。
「ソニックブレード!!」
『カァアアアア!!』
アシェルが放った斬撃の波動はハイドラへと直撃したが、ドラゴンスレイヤーによる攻撃にもかかわらず大きなダメージになっていなかった。龍殺しのギフトに、真なる龍殺しの刃。それを兼ね揃えてもなお、このハイドラを殺しうる威力には足りていないのだ。先程までの階層のドラゴンとは、まるで格が違うのである。
「ドラコ――――お、がっ……!?」
ドラコストライクを放たんと接近を試みたが、シルフィードの効果時間切れも相まって、減速したところを巨大な尾で薙ぎ払われた。瓦礫の中に叩きつけられ、アシェルはピクリとも動かない。
「もう1回、ティルトウェイトを……! でも、アーシェが……!! うん、うん……。わかった、ありがとう! アーシェを信じて、僕はティルトウェイトを重ねて発動するよ!!」
アイヴィの独り言は自問自答に見えるが、実際は意思のあるマジックアイテム達と会話をしているのだ。メガネ先生こと賢者の教えをはじめ、斧杖や法衣に至るまで全員がアイヴィに戦闘のアドバイスをしているのである。アシェルが動かないのは敵の油断を誘っているものであり、これを信じてもう一度ティルトウェイトを使えと助言してくれているのだ。
『おのれ』
『我らの火の鉄槌を』
『受け入れぬと言うのか!!』
「受け入れられないね!! 僕の炎で真っ黒より真っ黒になれ!! ティルトウェイト!!」
『『『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』』
再びのティルトウェイトの発動。そしてハイドラの炎との衝突。威力は先程と同様に拮抗しており、戦いに進展はない……かと思われた。
「……ッ!!」
ハイドラの剛腕が、アイヴィを押し潰さんと迫っていたのだ。ティルトウェイトに焼かれることを覚悟で、攻勢に転じていたのである。対してアイヴィはティルトウェイトの発動を止めることは出来ない。魔法障壁は自身の攻撃魔法も通さず、これを止めて魔法障壁を出しても、炎と剛腕の両方が魔法障壁に襲いかかってくることとなる。それは明らかに防御力が足らず、そんなことをしては死を受け入れる行為と同じだ。
故に、アイヴィはアシェルを信じることにした。それが、自分に出来る最良の選択だと信じて。
「ハイネスブースト!!」
「……ッ!! だぁあああああああああああ!!」
『ッ!?』
『馬鹿な!!』
『生きてはおるまい!?』
何度でも言おう。ドラゴンとは傲慢であり、慢心せずにはいられない生き物なのだ。それがたとえ、首が3つになろうとも、その在り方は変わらない。
龍殺しの剣を持つ女は先程の一撃で殺した。後は目の前の魔法使いだけだ。少しぐらい焼かれるぐらいで倒せるなら問題ない。勝利を確信して振り下ろした剛腕、それが命取りになるとも知らずに。
日に数度、致命傷を回避出来る加護を持つマジックアイテム、黒羽の戦姫。今回もアシェルを救ったのは、クロバネの加護を秘めた戦衣であった。
『ガァアアア、アアアア!!』
『お、のれえええ!!』
『生かしておけぬ!!』
憎悪に満ちた怨嗟の叫びを放つも、そんなことをしている場合ではなかった。喋っているということは、火を吐いていないということ。ハイドラがティルトウェイトを止めるには、火を吐かなければならないのだ。
「――――ティルトウェイト」
『『『…………ッ!!』』』
3発目。あれほどの大魔法を3発立て続けに。そんなことはありえない、人間や魔族が持っている魔力には限界がある。ありえないことだと油断していた。3発目が放たれることなどないと、勝手に決めつけていたのだ。
『だが!!』
『しかし!!』
『お前も道連れだ!!』
ハイドラは最後のあがきで地面に倒れ込み、ティルトウェイトの射線上にアシェルを巻き込むようにと位置を変えた。これであの灼熱の魔法はこの龍殺しの剣を持つ女も巻き込み、あの一撃さえ耐えられれば反撃に出られる。それが自分の勝利だと確信して。
――――だが、龍殺しの剣を持つ女は、それを笑っていた。
瞬間、超核熱爆発の閃光が放たれ、ハイドラの体へと突き刺さる。3つの地獄の炎をも押し返す爆熱は、ハイドラの黒き鱗を炭化させ、黒よりも黒く染め上げ灰へと変える。鉄壁の守りを持つ防御が崩壊し、恐ろしい灼熱の爆炎がハイドラの肉を突き破り内蔵をも焼き焦がす。
『グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
『アアアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアア!!』
『だが、だがッ!!』
だが。しかし。この一撃さえ耐えられればそれで勝利なのだ。なぜならあの女は自分と同様に灰となり、骨の一欠片も残っていないはずなのだから。ハイドラはそう信じて疑わなかった。信じたかった。疑いたくなかった。
――――龍殺しの剣が閃光の中から、ぬるりと姿を見せるまでは。
「ストーム、ブリンガー!!」
『ガ、アア、アア……!!』
『なぜ、どうし』
『て――――』
刹那、ハイドラの左右の首がズルリと落ちる。斬られたことにすら気が付かず、断末魔を上げることすらなく、2つの頭部が地面へと落ちる。
だが、諦めが悪いのはどのドラゴンも同じ。上位種ともなれば、その諦めの悪さは尋常ではない。頭部だけになってもまだ動くことをやめず、完全に動けなくなる前に、せめてあの魔法使いだけでも食い殺さんと、頭部だけで地面を這いずり襲いかかろうとする。
しかして、絶望。
「ティルトウェイト」
『ガ……!』
『ア……?』
絶望の、4発目。火すらも焼き焦がす程の灼熱が、氷河をも凍てつかせる程の冷たい言葉と共に、それは既に落ちてきた頭部に狙いを定め、灰に還す準備を済ませて放たれていた。
「ドラコ……!!」
「すとらぁあああ~いく!!」
『ゴ、ガッ……――――』
残された中央の頭部の脳天に、龍殺しの大剣の一撃が叩き込まれる。鱗を突き破り、頭蓋を砕き、脳をも破壊する。ハイドラの眼球から血が吹き出し、頭部の穴という穴から破壊された脳が飛び出す。
致命的な一撃である。
「は、あ……ッ……! ゲボッ……!!」
「アーシェ!?」
「ま、だ、警戒……し、て……」
アシェルもまた、内蔵という内蔵を破壊されている状態だった。骨が臓器を突き破り、動いているのが不思議な状態で戦っていたのだ。アシェルが動けたのは、アイヴィのかけた補助魔法のハイネスブーストによる能力向上、それに伴うアドレナリンの過剰分泌。それが痛みを忘れて動くことが出来た理由だ。
その魔法の効力が失われた今、アシェルは立っていられるような状態ではない。傷直しのポーション程度では治らないような致命傷だが、幸いにも1年間以上ここで暮らしていたアシェル達は救いの手を獲得していた。
「復元のポーション、使うよ!!」
「あ、ああ……う、ぐっ……」
復元のポーションと名付けられたそれは、アシェルを死の淵から呼び戻し、致命傷だったそれを完全に治してみせた。先程までは立っていられないような状態だったのが嘘のように、ドラゴンスレイヤーを構え直してハイドラの死体へと剣を向ける。
「動かない……。死んだわね……ありがとう、アイヴィ。でも、4回も使わせてしまって……」
「生きてるなら、いつだってレベルなんて上げられるよ! アーシェが無事で、僕達が勝ったなら、何も気にしなくて良いの!!」
「本当に、優しい子ね!」
「えへへ~♡」
アイヴィの『えへへ~♡』は、割と何も考えていない時の返事だ。『アーシェに撫でて欲しいな~えへへぇ~♡』ぐらいの思考しか残っていない。今回は撫でて貰えたので大満足のようだ。
「火を吐く者がこいつだけじゃないかもしれない。引き続き、警戒を……」
「見て! 頭が3つのドラゴンの体が、崩れて砂金になってる!」
「どういうこと……。こんなこと、今までは……」
撃破したハイドラの体が崩れ、その体が砂金へと変化し始めた。これまでこのような現象は一度も起きたことがなく、魔物の死体はそのまま残り続け、スライムに回収されるまでそのままというのが、このダンジョンの特性だった。初めての現象に困惑しつつ、もしかしたら形態変化があるのかもなどと思い警戒を続ける。
『…………ありがとう』
『厄災が滅びた……』
『我らの欲望の成れの果て……』
『ミダスの失敗作……』
『終わらせてくれた……』
『だが、まだ完全には終わっていない……』
『あの泉は……』
『泉が残っている……』
『支配者が消え……』
『今度はあの泉が……』
『このダンジョンを支配するだろう……』
「な、何!? この人達!?」
「わからない……。でも、今、ミダスって……」
砂金の中から、次々と霊魂が現れては消えていく。それぞれが一言放つ度に霧散し、何かを伝えようと必死で言葉を繋げている。
『あの泉を滅ぼしてくれ……』
『我らミダスを侮辱した、願いを捻じ曲げる忌々しい代償の泉……』
『ロウヒを尋ねるが良い……』
『最後に、ミダス王が君達の願いを、何としても叶えたいそうだ……』
「願いを……」
「アーシェ、また罠かも!! 僕、怖いよ!!」
『代償は選べる……。約束しよう……。錬金術師は嘘が下手だ……』
『王ともなればそれは格別だ……』
『錬金術とは願いに似ている……』
『だが、1つ大きく異なるのは……』
『代償を選べるということだ……』
願いの泉とは異なり、代償を選んでそれを叶えてやると彼らは言う。アシェル達はこれを信じて願いを口にしてもいいし、何も願わずに彼らを見送ってもいい。
「……じゃあ、ギフトを代償にしたい」
『おお……。それは、可能だろう……』
『そなたのギフトは複数ある……。何を代償にするのか……』
「泉の呪いを代償に、ミダスの最高傑作と思うものを1つちょうだい」
アシェルが選択したのは、代償を先に選ぶという選択だった。泉の代償、あの忌々しい代償を消せば、今後泉に追い回される心配もなくなるだろう。
『…………そなたは素晴らしい』
『良き願いだ…………』
『我々では泉の呪いは完全には消せない……』
『しかし、これで泉に追い回されることはなくなる……』
『泉はそなた達を探知出来ない……。そして、我らが最高傑作をミダス王より贈呈しよう……』
アシェルは1つの願いで2つの結果を得るという、非常に賢い選択をしたのだ。泉の代償が消え、ミダスの最高傑作まで手に入る……。これは、本当に素晴らしい選択だ。
『すまない……。どうか赦して欲しい……』
『その腕輪も代償にして欲しい……』
「え……。いや、でも、これも泉のものだから、確かに……」
『必ずや満足させると約束しよう……』
だが、代償が足りなかったようだ。今度は代償として腕輪も差し出せと要求してくる……。アシェルは一瞬迷ったが、これも泉で得たものだと思い出し、もしかしたら付け狙われる要因になるかもしれないと差し出すことにした。
「わかったわ。貴方達、ミダスを信じるわ」
『君達の行く末に幸あれ……』
『さらばだ……』
『ありがとう……。厄災を終わらせてくれた者よ……』
『――――我がミダス王の名の下に、これを最高傑作として最後の作とする!! さらばだ、アシェルよ!! そしてその愛妻、アイヴィよ!! 諸君らの道が、黄金の輝きを放たんことを!!』
ミダス王が最後に残した作品は、金の腕輪だった。泉の代償によって手に入れたそれよりも豪華で、しかしいやらしさを感じさせない黄金の腕輪。
アシェルはそれを手に取り、ステイタスの腕輪があった場所へと装備し直す。そして、それが最高傑作であるということを、瞬時に理解することが出来た。
「………凄い。本当に……!!」
「えっ!?」
「今まで通りステイタスも確認出来る。床の材質がどうだとか、書いてある文字がなんだとか、そういうのまでわかる!!」
最初のミダスは『触れたものを黄金に変える能力』を持っていたという。歴々のミダス達はそれにちなんで『何かを何かにする能力』を全員が有していた。ミダス王は初代の力へのリスペクトと、アシェル達への敬意を込めて『触れたものの情報を知ることが出来る能力』をこの腕輪に与えたのだ。
「情報とは時に、黄金よりも価値があるもの……。触れたものを黄金よりも凄いものにするなら、情報だと考えたみたいね」
「すごぉい!! 本当に、最高傑作を貰ったんだね~!!」
「本当に、素晴らしい最高傑作だわ……。ありがとう、ミダス王……。そして歴々のミダス達に、最大の感謝を」
遠くで聞こえてきた泉の声が、この場所まで届かない。
何処へ行った、何処へ行ったと言う声が、迷宮の中を彷徨っている。
もはや、泉がアシェル達を追いかけることは出来ない……。
「……ところで、どうやって帰れば良いのかしら」
「ダンジョンに触れて、帰り道の情報を得たら!?」
「凄いアイヴィ。最高。それ、即採用よ」
アシェルがダンジョンの床に触れると、脳内に帰り道の石板の位置の情報が入り込んでくる。その導きに従い、アシェル達は遂に……。ダンジョンを脱出する時が来たのだ……!!




