20 黄金の栄光の成れの果て
1年振りに揃った2人の右手が切り開いたその先の道は、地獄であった。
ふわりとした転移の感覚から急に、グラリと視界が揺らぐような強制的な転移に変わるのを2人は感じた。
『――――このままでは帰さん……』
転送時に聞いた謎の男の声……この転移が何者かによる干渉であることは明白だった。
彼女達は何者かによって意図的に、この地獄のフロアへと強制的に転移させられたのだ。
『ゲギャアアアアアアアア!!』
『ゴァアアアアアアアアアア!!』
『ブモォオオオオオオオオ!!』
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛…………』
『イケ! イケ! エモノダ! コロセ!!』
――――魔物の巣窟だ!!
「ティルトウェイトよ!!」
「ティルト、ウェイト!!」
アシェル達が出現したのは、ただただ空間が広がっている殺風景な岩壁の超大部屋。ドラゴンが5体は自由に闊歩出来るほどに広い特大の部屋だった。そこには魔物が跳梁跋扈しており、アシェル達を見つけるなり一斉に襲いかかってきた。言葉を発しているらしき魔物、または魔族まで存在しているようだ。しかし、周囲にどんな魔物が居るかなどいちいち確認していられない。個別に対処出来るような状況ではなかった。
こんな事態があるかもしれないと、万が一に備えて予測していたアシェル達に隙はなかった。せっかくこれまで努力して上昇させたレベルを躊躇うことなく消費し、超核熱爆発を発動した。アイヴィの斧杖の先から一瞬にして閃光が迸り、灼熱の熱波と圧倒的な膨張圧力の解放による破壊の衝撃が広がる。
『ギャ――――』
『ゴァ――――』
『ブモッ――――』
多くの魔物はこの一撃で体が弾け、バラバラになった死体が炭に、灰にと変わっていく。しかし、この爆発に耐えられる魔物が存在していたのだ。
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛…………!!』
ティルトウェイトに耐えた魔物、リッチーがその1体である。どうやらこのリッチーは前階層に居たリッチーとは格が違うようで、魔法に対する完全耐性を有しているらしい。更には爆発に乗じて姿を隠す魔法も使用したらしく、完全に透明な状態へと変わってしまった。
「逃さない!! はぁあああああ!! ソニックブレード!!」
『オ゛オ゛オ゛オ゛……!?』
転移し、アイヴィが初手でティルトウェイトを放つまでに3秒。この3秒以内に、アシェルは魔物の対処の優先順位を決定していた。
まず絶対に放置できないと判断したのがリッチーで、姿を消されても発見出来るように黄昏と黎明の細剣を装備していた。この細剣は秘匿された存在を知ることが出来る武器で、このリッチーが発動したステルスの魔法は看破が可能なレベルだった。本来ならリッチーが有利な場面になるはずだったが、真っ先に狙われたことに加え、透明化の魔法を発動したばかりで油断していたのもあってアシェルの接近に対策を立てていなかった。
『オ゛ッ……!!』
だが、そこは上位のリッチー。アシェルの斬撃を飛ばす剣技ソニックブレードを、間一髪のところで魔法障壁を発動して防御することに成功した。これでリッチーとしては防御面にも余裕が出来たので、次は反撃に出る番である……が。
「バリアブレイク!!」
『オ゛ッ!?』
すかさずアイヴィの援護が飛んできてしまった。遠距離からでもバリアを破壊出来る魔法、バリアブレイク。これは発動者以外の魔法障壁であったとしても破壊出来てしまう。魔法障壁が絶対的な防御力として信用出来ないのはこれなのだ。
「ストームブリンガー!!」
『――――』
『ウホホホホホ……。ピピピ……』
『ギャアア!? ナンダ、ナンダ、イマノハ!!』
反撃に出るにも防御手段がない。防御をするにもすぐ破壊される。逃げようにもアシェルが速すぎる。アシェルが速すぎるため、簡単な魔法ではまず当たらない。リッチーの詰みである。
コアである魔石を破壊され、骨が崩れ落ちて灰へと変わる。アシェルが素早く周囲に残っている敵を確認するが、魔法によって隠れている者はもうおらず、他のリッチーも存在していない。残すは4体、巨大な岩石の肉体を持つ人型の魔物と、言葉を発している魔物。そして……。
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
『グルルルルル……ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
赤いドラゴンと、青いドラゴンが深手を負っている状態で生き残っていた。ティルトウェイトだけでは仕留めきれず、生き残ったらしい。
「ブレス!! シルフィード!!」
「魔法障壁盾!! 僕を守って!!」
アシェル達の判断は早かった。2体のドラゴンがブレスを吐く前兆を見せた瞬間、既に回避と防御の準備が終わっていた。これまで散々ドラゴンと戦ってきたため、この超特大の生命体をどう攻略すれば良いのかというのは体が覚えているのだ。アシェルは敏捷性を格段に向上させてドラゴンへ向かって突撃し、アイヴィは全方位の魔法障壁を四重に展開して防御を固める。
「ん~……ちゅっ♡」
『ハァッ……!?』
そして、アイヴィには余裕があった。先程から言葉を発している小柄な人型の魔物……ゴブリンにも似た奇妙な魔物に対してチャームを試みた。そしてそれはどうやら効果がなかったらしく、失敗に終わってしまった。残念ながら魅了に対して耐性を有しているらしい。
『『グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』
双方のドラゴンから同時にブレスが放たれる。赤いドラゴンからはマグマのような灼熱のブレスが、青いドラゴンからは厳冬も凍てつく程の極寒のブレスが放たれ、双方が衝突して大部屋いっぱいに水蒸気が発生する。極端に視界が悪くなり、ここに居る全員が何も情報を得られない……そう思っていた。
「――――ドラコストライク』
『ガァ…………ッ!?』
「デッド、エンド!!」
『――――…………』
「ストーム、ブリンガーーッ!!」
『ギャアアア!? ナンダ、ナンダ!! ドラゴンノ、アタマ!? ジュニア、ナントカシロォ!!』
『ウホホホホホホ……ピーピーピー……』
『エラージャナイ!! ウゴケ、ポンコツ!!』
突如、青いドラゴンの頭部が切断され、言葉を発する魔物の前へと転がり落ちた。この蒸気の中でなぜ正確にドラゴンの脳を破壊し、更には頭部を斬り落とせるのか。大混乱の中、赤いドラゴンが状況を掴めずにパニックを起こし始める。
『ガアアアア!! ガアアアアアアアアア!!』
『ウゴケジュニア!! ウゴクンダ!!』
『ウホホホホホホ……ピーピーピーガガガガガ……』
もはやまともに動ける魔物が存在していない。どうすれば良いのかわからず剛腕を振り回すドラゴンと、一向に動く気配がない岩石の魔物、怒鳴ってばかりいる人型の魔物……。そして無情にも、彼らが最も恐れていた言葉が立ち込める蒸気の中からポツリと聞こえる。
「――――ティルトウェイト」
『バカナ!? オマエノナカマ、ドコニイルカモ、ワカラナイノニ!!』
蒸気で乱反射された閃光が拡散し、視界を奪っていた蒸気を引き裂きながら、圧倒的質量の爆発が再び襲いかかる。深手を負っていたドラゴンはこれが致命傷となり、体の全面が溶け落ちて内蔵を焼き切られた。岩石の魔物は依然として動かず終いだが、遂に声すらも発しなくなってしまった。そして何故か生き残っていた岩石の魔物頼りだった人型の魔物は、塵も残さず消えてしまった。
「やったやったぁ~!! 全部倒したかなぁ!?」
「待って、動かないで!! 部屋中に罠が仕掛けられてる!!」
「ええっ!?」
「それに、岩石のがまだ残ってる!!」
「でも、それ動かないよ~?」
残ったのは岩石の魔物だけ。終始動かず終いだったが、一体この魔物はなんだったのか? もう死んでいるのか、それとも死んでいるフリをしているのか、嫌な緊張がアシェル達を疑心暗鬼へと誘っている。
「ステイタス、してみたら~!?」
「そうだわ! ステイタス!! こいつの強さを教えなさい!!」
ここでも閃いたのがアイヴィである。どういう魔物なのかわからないのであれば、ステイタスを見てみれば良い。アシェルが岩石の魔物に対してステイタスを発動すると、そこには……。
◆ ◆ ◆
【ステイタス】
Name:ラジコングジュニア
True name:ドレイイチゴウ
Lv (成長度):50
STR (筋力):90
CON (体力):90
POW (精神力):0
DEX (敏捷性):15
APP (外見):0
SIZ (体格):身長455cm
INT (知性):0
MAG (魔力):0
EDU (教育):0
ギフト
・模倣体:欲望の成れの果てで魔物化し、死亡した冒険者の模倣体
・操られし者:ドクターラジコングに操られている
スキル
・完全爆発耐性
・完全熱炎耐性
・完全雷撃耐性
・ラジコン操作:ドクターラジコングによって遠隔操作可能。電波障害に弱い
・グランドドラミング:地を割る程の極大打撃攻撃
・メガトンパンチ:怒りの拳が宙を飛ぶ
・インフラレッドスキャン:周囲を赤外線スキャンして生命体を探知する
特殊な装備
・傀儡の受信針
◆ ◆ ◆
「ドレイ・イチゴウって……」
「ドレイって、悪いことをして働かされてる人、だよね……?」
「酷い……。名前すらないなんて……!!」
名前すらない、元奴隷の冒険者の成れの果てであることを示す情報が表示されていた。
このラジコングジュニアという魔物は、どうやら先程アイヴィが消し飛ばしたドクターラジコングによって操られていた魔物だったらしい。そしてティルトウェイトが原因だったのか、電波障害によって全く動かなくなってしまったようだ。
「ラジコン操作というのが、どういうものなのかわからないけれど、操られているって書いてあるから多分……なんらかの原因があって、操れなくなったのね」
「デンパ障害ってなぁに? メガネ先生教えて~? うん。うんうん……う~ん? つまり、変な道具を使った精神操作ってこと~? ティルトウェイトが、デンパを妨害したから動かなかったの~? そもそも岩石じゃなくて、キカイ? う~ん、メガネ先生のお話が難しくてわかんないよう~……」
「キカイという魔物が居るの?」
「うん、うんうん……。正確には、サイボーグ? なんだって。人間を素材にして、鉄とかそういうので作って動かしてるんだって……」
「酷い……。なんて、酷いことを……」
「さっきのドクターラジコングは、元々凄い技術者だったんだろうけど、道を踏み外したな……って、メガネ先生が悲しんでるよ。僕も、なんだか悲しいなぁ……」
先程のドクターラジコングは、確かに驚異的な技術の持ち主だったのだろう。しかし、ある時道を踏み外し、人間を機械化して兵器に変えるという外道の道へと堕ちてしまったのだろう。そして何があったのか、彼らはこのダンジョンへと足を運び、ここで命を落とした。ラジコングジュニアが模倣体だったことから、ドクターラジコングもまた模倣体だったのだろう。
「それとこのダンジョン、欲望の成れの果てって言うのね……」
「願いの泉があるのも、納得の名前かも……」
「酷い名前だわ。何もかも、吐き気がする……!」
…………。
本当は、このダンジョンの名前は違う名前なのだ。
欲望の成れの果てとは、アシェル達が先程まで居た神殿の内部のような場所……。かつて、この世全ての欲望が集いし場所と呼ばれた欲望の都市、『黄金郷ミダス』の神殿が取り込まれた場所のことを言うのだ。
このダンジョンは上層のミダスの水晶洞窟が取り込まれた『欲望の水晶洞窟』、中層がミダスの城下町が取り込まれた『欲望の都市』、下層がミダスの神殿が取り込まれた『欲望の成れの果て』。このダンジョン自体は『忘れられし黄金郷』という名のダンジョンなのだ。
誰かに思い出して欲しくて。忘れられたくなくて。戒めのために。我々の失敗を繰り返さないように。我々がそう名付け、我々が作り出した。美しくも儚く、寂しくも険しい……。そんなダンジョンを作りたかった。
あの泉が。
あの泉が全てを台無しにした。
我々のミダスを。我々、歴々のミダスを侮辱した。あの泉には代償を払って貰うぞ…………。必ず。必ず…………。
「今、そっちに行くわ……。ねえ、転移の時……何か強制的な力が働いたのを覚えてる?」
「うん。多分、あれは泉の仕業だと思う!!」
「邪魔するなら、もっと早くから邪魔してきてたはずよね。それこそ、私達が有利になるようなものは出現させないし、魔物だって何度も出現させたりしないはず」
「確かに~……。どうして転移の時だけだったんだろう?」
「私の勘だけど、あの泉が干渉出来る限界が、あの転移の瞬間だけだったんじゃないかしら。アイヴィ、気を付けて。目の前に爆発の罠があるわ」
「わっ!!」
アシェルの仮説は良く当たる。僅かな経験やちょっとした出来事から、何がどう関与して、どう作用するのかということを考えるのが得意なのだ。リッチーを最初に倒せばアイヴィに干渉出来る相手が居なくなるだろうから最初に倒すべき……など、そういったことを素早く思いつく。
「恐らく、泉が干渉出来るのは転移の瞬間だけ。この場所に転移させて私達をダンジョンから帰さないようにするという、それぐらいしか出来ないんだと思うわ」
「だから宝箱の中身とか、そういうのまではどうにも出来ないんだ!」
この仮説は完全に当たっている。そして付け加えると、あの泉がある場所から遠い場所へなるにつれて、泉は干渉出来る力が弱くなる。上層にあった宝箱は元々、泉が協力的だと信じて我々が設置した直通テレポーターだ。そこから先は泉の力が及ばない場所で、下層での転移の隙を突く程度しか干渉が出来ない。
アシェル達が現在居るのは最下層。ここは、欲望の終焉。何もない岩の壁などではない。ここは…………ミダスの残骸なのだ。
「アーシェ、なんだかここの壁、床も! 何か模様があるよ……?」
「…………これ、さっきの神殿の壁面や床と、同じ……?」
「あ、そうかも! 似てるよね!!」
錬金術とは、何かを生み出し何かを代償にするものだ。我々は理解していたはずだった。しかし、我々は欲望に溺れた。
我々ミダスの欲望によって何かを生み出す行為は、我々自身が代償になるまで続いた。永遠に満たされない欲求を満たすため、全ての栄光を終わらせてしまったのだ。
ここはかつて黄金郷ミダスが存在していた成れの果て。失われた栄光を刻んだ欲望の迷宮。我々の失敗を後世に伝えるための、黄金郷ミダスの墓標。
「何か、メッセージのようなものを感じるけど、わからないわね……」
「メガネ先生も、情報が少なすぎるって言ってる。最初からちゃんと辿ってくれば、何かわかるかもって」
「それをするには、あの泉の対策をしないと……。転移干渉の対策がなければ、このダンジョンを正常に探索することは出来ないと思うわ」
「僕もそう思う。メガネ先生が言うには、他のダンジョンのマスターとか、同様の存在の加護を受ければどうにか出来るかもしれないって」
「なるほど……。他のダンジョンね……。まずは、このダンジョンをどうにかしなければいけないわ」
進んでくれ、冒険者よ。我々のミダスを解明し、我々の失敗を後世に伝えて欲しい。
どうか君達の行く末に、幸多からんことを。祈るだけなら、代償は必要ないはずだ。
この先に進めば、もう終点は近い。君達なら必ずやり遂げてくれるだろう。我々は……君達を信じている。そして、願わくば…………。
――――どうかあの忌々しい泉を、この世から完全に消し去ってくれ。




