016 ダンジョン&レベリング・7
ミダスの食器の厳重保管を決めた2人は、レベリングのために再度通路へと戻っていた。今までのような暗い雰囲気とは異なり、やる気と希望に満ち溢れている様子だ。
それもそのはず。なんせ久しく食べられていなかったものを満足するまで食べられ、これから先も続くであろう肉焼き生活から完全に解放されることが確定したのだから。嬉しすぎて宴会を開きたいほどだろう。
「居る。リザードマン、直剣を持ってるやつ」
「もしかして、最初に会ったのと同じ~?」
「そうかもしれない。じゃあ、ファイアボール突撃を仕掛けてみよう」
「うん。じゃあ、いくよ?」
「ええ、合わせるわ」
しかし、その気持ちを抑えてレベリングである。食事の心配は殆どなくなったが、アシェル達はこの階層で最も弱い生命体なのには変わりがない。奇策と特攻武器で命を繋いでいるだけであり、真っ向勝負をしたら絶対に勝てないような相手がこの階層に蔓延っている。ドラゴンを倒したからといって、この階で最強の存在になったわけではないのだ。
「ファイアボール!!」
『ギャッ!?』
今回発見した敵は、右手に直剣と左手に中盾、鎧を着込んだリザードマンだった。これはアシェル達が最初に倒したリザードマンと酷似しており、もしかしたら同個体なのではないかという予想を立て、アシェル達は前回と同様の作戦で倒すことを選択した。
『ギャ、ゲゲッ!!』
「あっ……!!」
リザードマンの選択は、ファイアボールと火だるまのアシェルを同時に切断、あわよくばアイヴィも巻き込んで倒したいという斬撃を飛ばす攻撃だった。これは前回倒したリザードマンが取った行動と酷似しており、アシェルはその攻撃を前回と同様の方法で回避。アイヴィもこの攻撃を予測しており、魔法の大盾を展開してこれを防御してやり過ごすことに成功した。
『グギャアア!?』
「はあああああああああ!!」
ファイアボールを真っ二つにして回避することは成功したものの、それ以外が何ひとつ上手くいかなかったことに焦りつつ、リザードマンは再度斬撃を放とうと構えを取る。しかし、その行動は完全に悪手であった。
『ゲ――――』
「はあっ!!」
『――――…………』
アシェルの斬撃が、以前よりも鋭さを増していた。攻撃の速さに対処出来なかったリザードマンは右腕を斬り飛ばされ、なんとか盾で応戦しようとするも、既にアシェルの次の攻撃が首を落としていた。それに加え、首を落としただけでは安心出来なかったのか、蹴りを入れて胴体にもドラゴンスレイヤーを突き刺していた。アシェル達の攻撃に対処出来なかったリザードマンの完全敗北である。
「アーシェ、やったね! 魔石はどうするの?」
「破壊するわ。多分、前に倒したのと同じリザードマンだと思う……。意味がない行為かもしれないけど、そのほうが安心するから」
「そうだね。ダンジョンの復活に加えて、ゾンビになって襲ってきたら怖いもん!」
「そうね。ちなみにだけど、ハイリザードマンとドラゴンの魔石もしっかり破壊したわよ」
「絶対そのほうが良いと思う!」
念には念を入れ、リザードマンの魔石も破壊する。これでとりあえずの安心として、アシェルは更に奥の攻略を目指して歩を進める。
「……前は駄目だと思って撤退したけど、この部屋を攻略する」
「うん……! どっちからいく……?」
「内部は明るいみたいね……。私は右利き、どっちかと言えば左に振り抜くほうが力が出るわ。だから、左の部屋から攻略したい。そしたらすぐにアシェルも部屋の中に入って、入り口を全方位の盾で塞いで」
「なるほど! そうすれば、右の部屋から挟み撃ちが防げるね!」
「そういうこと。あの時は思い浮かばなかったけど、これなら1部屋ずつ制圧出来ると思う」
前回は思いつかなかった攻略も、時間が経てば新たな方法を思いつくもの。アシェルが左の部屋を制圧している間、アイヴィが全方位の盾で入り口を閉鎖する。挟み撃ちを防げば、数の暴力で圧殺される可能性が格段に減るという作戦だ。
「まずは私が朧鴉で中を覗いてみる。準備は良い?」
「うん、いつでも!」
中にどんな魔物が居るか不明なので、まずはアシェルが中の様子を見るために透明状態となり、左の部屋の中を偵察する。
「ローブに骸骨の魔物……。もしかして、不死の魔法使い……?」
「大丈夫……?」
「右の部屋は、ミノタウロスが居るわ。多分、前に通路で出会ったやつね。左から、いくわ」
「気をつけて……!!」
リッチーとは、肉体を失い魔物となった元人間の魔法使いである。骸骨の体の中に魔石が浮かんでおり、これが心臓と脳の代わりとなって体を動かしている。元となった人間の能力がそのまま反映されるので、その個体によって脅威度が変化する。銀級冒険者ソロでも倒せる場合もあれば、白金級冒険者パーティを全滅させる程の強さを誇る場合もある。
どの程度の強さかわからないのがリッチーの恐ろしさではあるが、アシェルはこの時点で勝てる可能性が高いと判断していた。
「……シルフィードッ!」
『…………?』
このリッチーは、朧鴉で透明化しているアシェルを認識出来ていない。これが白金級冒険者パーティを全滅させる程のリッチーなら、透明化の看破など朝飯前のはずなのだ。それが出来ていないということはその程度のリッチーということである。
『~~ッ!!』
「もう遅い!!」
アシェルの接近にようやく気がついたリッチーだったが、もう全てが遅かった。間に合わない詠唱、展開しきらない魔法陣、目の前には魔法殺しの短剣。速攻勝負を仕掛けてきた戦士に対して、近接攻撃手段を持っていない魔法使いが抵抗する手段は存在していない。魔法殺しの短剣によって魔法陣が破壊され、心臓部の魔石も一撃で破壊された。リッチーは不死の魔物であるが、魔法生物の分類でもある。魔法殺しの短剣は、致命的な一撃であった。
『ブモォォオオオ!! モ゛ォ゛!?』
リッチーの異変に気がついたミノタウロスが隣の部屋から突撃してくるが、不可視の壁に激突して転倒してしまった。アイヴィが展開している魔法の全方位盾に阻まれたのだ。何が起きたのか理解出来ていないミノタウロスは困惑を隠せず、どうして通ることが出来ないのかと立ち往生してしまった。そしてその時、その原因を作り出している存在と、目が合った。
「ん~……ちゅっ♡」
『モ…………』
アイヴィの魔法の盾は物理的な攻撃と魔法攻撃を遮断し、ドラゴンのブレスをも遮断出来る優れた性能の盾だが、精神攻撃に関しては遮断出来ない。これはハイリザードマンに対して既に確認済みの現象で、この特性を本能的に理解していたアイヴィはミノタウロスに対してチャームを発動した。効くかどうか不明だったが、どうやらチャームの効果はしっかりと発動したらしい。
「やった! あ、頭を下げてよねっ!」
『モッ…………』
「凄いね、アイヴィ!! 後は私がやる!!」
「うん!!」
アイヴィが魔法の盾を解除し、頭を垂れているミノタウロスの首を叩き切る。そしてこれも念には念を入れ、胴体にも一撃を叩き込んで魔石を破壊した。アシェルの観察眼と、アイヴィの咄嗟の判断による完全勝利である。
「気を抜かないで、小さな魔物が居るかもしれない!」
「うん!!」
左右の部屋の両方をしっかりとチェックするが、他に魔物は居ないらしい。想定よりも少ない魔物に安堵しつつ、アシェル達は左右の部屋の制圧に成功した。そして、この部屋にはそれぞれ『全てが黄金の宝箱』と『宝石が散りばめられた白銀の宝箱』が中央に置かれていた。恐らくツェルゲリオンはこの宝箱から財宝を取り出し、レイモンの大部屋に溜め込んでいたのだろう。
「……魔物は居ないみたいね。宝箱は、恐らく左手で開ける分には罠が発動しないと思う」
「ツェルゲリオンさんの右手が無事だったから、多分そうだよね」
――――キィン……。キィン……。
「きた……!」
「ハイリザードマンだ!」
「近くで復活した……? かなり音が、近い!」
タイミングが良いのか悪いのか、通路でハイリザードマンが復活してしまったらしい。生前のツェルゲリオンの行動を模倣しているなら、宝箱を開けて部屋の中に溜め込むという習性を繰り返すだろう。間違いなくアシェル達の居る部屋に向かってくると読み、迎え撃つ準備を始める。
そしてこの緊張感の中、アシェルに突然ある閃きが降りてきた。
「アイヴィ、私に考えがあるの。聞いて――――」
「うん? うん……? うん!」
その閃きをアイヴィに伝え、ただ迎え撃つだけではなく別の方法での迎撃準備に入った。後はハイリザードマンがこの部屋に入ってくるのを待つだけだが……。
『……シャァアアアア!!』
ハイリザードマンの最初の行動は、部屋の中へ戦鎚を投げつけて強烈な衝撃波を起こすという奇襲だった。その衝撃波はアシェル達を容易く吹き飛ばす程の威力だったが、アイヴィが魔法の全方位盾を展開していたために無傷で事なきを得る。恐らく今まではこの方法でリッチーを撃退していたのだろうが、今回は既にリッチーが撃退済みである。このことに違和感を覚えたのか、ハイリザードマンは部屋の中を見回し、入り口のすぐ側に身を潜めていたアイヴィと、目が合った。
『シャアアアアア!!』
「ん~っ!! ちゅっ♡」
ハイリザードマンは戦鎚は投げつけてしまったため、盾での殴打に切り替える。しかし、魔法の全方位盾を破壊するほどの威力はなく、アイヴィのチャームの発動を防ぐことが出来なかった。
『シャ……ガアア……』
「あの宝箱、右手で開けてね!!」
「逃げるよ、アイヴィ!」
「うん!」
『シャアアア……』
このハイリザードマンもチャームが有効な相手であることは、前回の戦闘で既に判明している。今回はそれを完全に利用した方法……つまり、ハイリザードマンに右手で宝箱を開けさせ、罠の有無を判別させることにしたのだ。ツェルゲリオンが宝箱を開けられたということは、その模倣体も宝箱を開けられるはずだとアシェルは考えたのである。
――――カチャッ…………。
アシェル達が部屋から出ると同時に、宝箱が解錠した音が響いてくる。
そして、その直後……。
――――バァアアアアアアアアアンッ!!
「うわあああ……ッ!!」
「わああああっ!?」
リッチーの居た部屋にあった宝石が散りばめられた宝箱が、部屋全体を覆い尽くす大爆発を引き起こした。ハイリザードマンは木っ端微塵となり、その肉片の一部が部屋の中から吹き飛んで散らばる。あまりの威力に腰を抜かしたアイヴィにアシェルが手を貸して立たせつつ、爆発が起きた部屋の中をチラリと覗き見る。
「ありがと……。ど、どう? アーシェ……?」
「ん……。宝箱が、開いてる。中身は無事……かも?」
「ええええええ……!! あんな爆発があったのに?」
「私がシルフィードを発動して、中に手を突っ込んでくる。待ってて」
「気をつけてね! 左手でね!!」
「ええ、勿論」
アシェルが軽量盾を置き、出来る限り身軽になった状態でシルフィードを発動して宝箱へ接近する。魔法の空間に左手を突っ込み、中に何があるのかを確認すると……。
「本……? 本があるわ。罠は、ないみたい」
「早く戻ってよ~! 怖いよ~!!」
「今戻るわ」
宝箱の中身は、どうやら本が入っていたようだ。アシェルがそれを持ち帰ると、アイヴィがその本に興味を示して興奮している。
「アーシェ! 多分この本ね、魔法書だよ!」
「魔法書? わかるの?」
「うん! 昔ね、お姉様達にお勉強を教えて貰った時の本と一緒! こういう本でファイアボールを覚えたんだよ~」
「そうなのね。うーん……読めない字がいっぱいだわ。アイヴィ、読んでみる?」
「うんうん! あ、でも、ハイリザードマンが復活したってことは……」
「そうね。居る、わね……」
アイヴィはこの本を魔法書だと思ったらしい。すぐにでも本の中身を確認したいところだが、ハイリザードマンが復活したということは、同じ部屋に居たもう片方も復活したということ。
『――――グガァアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「派手な起床の挨拶ね……」
「おやすみなさいを言いにいかないと」
「あら、今度は強気ね?」
「なんだかね、自信が付いたから! アーシェと一緒なら、勝てるって!」
「嬉しいわね。じゃあ、ブレスが通路にくるかもしれないから、それを警戒しつついつでも盾を出せるようにしておいて」
「うん! ブレスがきたら、全方位盾!」
ドラゴン、再びの復活である。しかし、今度は前回と異なり自信に満ち溢れている。一度勝てた相手なので、絶望感が薄れたのだ。前回は『絶体絶命で最悪の相手』という認識だったが、今は『本を読むのに邪魔なお肉』ぐらいの認識である。
「アーシェ、今度は気をつけてね……!」
「ええ、勿論よ。次は脳を叩き壊して魔石もすぐに破壊する。徹底的に殺してやるわ」
「じゃあ、また頑張って倒そうね!」
「頑張りましょう。作戦は、前と一緒よ」
「うん、わかった!」
アシェル達は次こそ油断しないと堅く誓い、ブレスに警戒しつつドラゴンの大部屋へと戻る。今度は生き残るためではなく、アイヴィの読書時間の確保のために。
「あ、そうだわ……」
「うん?」
『――――グォオオオオオオオオオオオオ!!』
その前に、またもやアシェルに閃きが降りてきてしまったらしい。今度はどのような作戦を閃いたのか、何も知らないドラゴンは迫りつつある脅威に何ら警戒することもなく、大声で起床の挨拶を繰り返すのであった……。




