015 ダンジョン&レベリング・6
アイヴィが眠っている間、アシェルが特に警戒していたのはハイリザードマンの復活、そしてドラゴンの復活だった。しかし両者ともに復活する兆候は現れなかった。更に、魔物に対しての警告を込めて、ハイリザードマンの死体を出入り口付近になんとなく運んでおいたのが影響しているのかはわからないが、その他の魔物がこの大部屋内に侵入してくるということもなかった。
ここでアシェルはこのダンジョンのルールについて新たな仮説を立てる。魔物の再出現パターンについての仮説だ。
「……レイモンさんの死体も、ツェルゲリオンさんの死体も、恐らく回収役のスライムに溶かされて回収されている。そのスライムは人目を嫌い、見つかると勢いよく逃げていくらしい……。つまり、倒した魔物を見張り続けている限り、その魔物は回収されない……。2人の模倣体が出たのは回収された後だったことを考えると、もしかしたら……回収されない限り再出現しないのかしら」
「ふにゅ……?」
「まだ寝てて良いのよ」
「はみゃ……」
「(可愛い……)」
布製の防具を集めて作った簡易のベッドで眠っているアイヴィにキスしたい気持ちを抑え、アシェルはダンジョンの魔物の再出現ルールについての仮説を纏める。既にアイヴィが眠ってから6時間以上経過しており、本来ならハイリザードマンやドラゴンが再出現していてもおかしくない時間だ。なんせ、目の前の2体もそのぐらいの時間で出現したのだから。
アシェルは決まった時間に再出現するという線が非常に薄いと考え、では何を条件に再出現するかと考えた結果、スライムに回収されると再出現するという考えに至った。クロバネの日記にあった同じ動きをする個体だが、1時間後に再度同じ個体を目撃したという記述があった。恐らくスライムに回収されることが絶対条件であり、次に時間経過があるのかもしれないという仮説を立てた。
この仮説が当たっていれば、この部屋にハイリザードマンとドラゴンの死体があり、それを見張り続けている限り再出現は起きないということになる。
「…………合っていると良いのだけど。ふぅ~……」
そんなことを考えながらアシェルが行っていたのは、ドラゴンの解体作業である。レイモンの模倣体ではあるものの、これはレイモンではない。再出現したのは言葉の通じない凶暴なドラゴンだったのだから、これは食べても問題がないと思ったのだ。血が抜けて食べられそうな部位を切り出し、ブレスで焼かれず無事だったマジックバッグへそれを詰め込む作業をしていた。
「全く、ピンポイントで干し肉のバッグを焼き払うんだものね……」
「ふにゃ……」
「寝相が悪いわね……。体が冷えちゃうでしょうが……」
「んふぅ……」
「(可愛い……)」
そもそも、干し肉を保存していたマジックバッグを焼き払われてしまっていた。なので、もう『これは食べたくない』とか『あれは食べるわけにはいかない』とか、そんなことを言っている場合ではなくなってしまったのだ。覚悟を決めて解体作業をし始めたのだが、アシェルが考えていたよりも血生臭くはならず、ドラゴンを捌いても嫌な臭いが立ち込めるということがなかったのは救いだろう。ただし、大きさが大きさなのでかなりの重労働ではあったようだが。
「右腕の違和感もなくなってきた……。もう自分の腕と大差ないぐらいになってきたわね……」
「ふぇくしょいっ……」
「はぁ……。どうしてそんなに可愛いことをするのかしらね、もう……」
寝相の悪いアイヴィが即席ベッドから飛び出し、寒さを感じたのかくしゃみをし始めた。仕方のない子だと思いつつ、アシェルがアイヴィを寝床へと戻して苦笑いを浮かべる。ちなみに、この一連の流れはこれで4回目である。
作業もちょうどキリが良かったこともあり、アシェルは作業を終えて切り出した肉を金の板の上に並べる。これはドラゴンのブレスで溶かされた金塊達で、直接床に置くより良さそうだと思ってまな板代わりにしたのだ。それと、アシェルはまだ微妙に片付いていなかったエリアから、とある面白い魔導具を見つけていた。
「さて……。起きちゃうかしら……」
なんと、黄金のフライパンを見つけていたのである。しかもこのフライパン、魔力を流すと暫くの間勝手に熱を発する優れモノであり、取手の部分にある目盛りを弄ると温度調節まで出来る。肉を焼くのに丁度良い最高のフライパンなのだ。ただし材質が金なので、一般人が扱うにはあまりにも重いというデメリットがある。
あまり動いていないのだから脂肪だらけかと思っていたアシェルだったが、その予想は大きく外れた。ドラゴンの肉はかなり筋肉質で、脂肪がかなり少なかったのである。なので、普通のフライパンでは焼いている内に肉がくっついてしまい上手く焼けないのだが、このフライパンはその心配がない。食材をほんの僅かに弾く特性があるのだ。
「んう、ふぁう……?」
ドラゴンの肉が焼ける匂いに釣られて、アイヴィが鼻をぴくぴくと動かして反応し始めた。緊張状態が解かれて睡眠欲が満たされたので、次は食欲がやってきたというわけだ。
「ふわぁぁぁああああ~…………」
「おはよう、アイヴィ」
「ん……。うん……? あ! おはよう、アーシェ!!」
「よく眠れた?」
「うん! 元気いっぱ~い♡」
元気になったアイヴィを見て、アシェルも釣られて笑顔になる。先程までの解体作業で疲れていたが、もうそんなことは忘れてしまっていた。
「お肉!?」
「ドラゴンの。もうあれはレイモンさんじゃないから、食べようと思って」
「確かに! あれ、でも干し肉はどうするの~?」
「入れてたマジックバッグごと灰にされたわ」
「あ~…………」
ドラゴンの肉を食べるということに、アイヴィも抵抗はないらしい。むしろ金のフライパンで焼かれているお肉に視線が釘付けであり、アシェルが灰になったマジックバッグを指差しても全く視線が動かない。
「味付けは、出来ないんだけど……」
「美味しそうだから大丈夫だと思う!」
「そういう問題かしら……。そういう問題かも……」
「これ、アーシェが解体したの? 凄いね!!」
「そう? 筋肉の繊維に沿って切り出しただけだから、どこが美味しいとかそういうのはわからない、見様見真似の解体だけど」
「んふ~!」
アイヴィはもう食べる気満々で、ドラゴンの肉が焼き上がるのを待っている。そんなアイヴィに苦笑いしつつ、最初のドラゴンステーキが焼き上がり、金のフライパンと一緒に置かれていた金の食器の上にそれを盛り付けて差し出す。
「はい。銀の小匙で毒がないか調べたけど、変色はしなかったから大丈夫だと思うわ」
「わぁ~!! アーシェの分は!?」
「私のはこれから焼くから大丈夫よ」
「先に食べちゃっても、いいの?」
「いいわよ。焼き加減とか、感想ぐらいは聞かせてね」
「わぁあああ……!! うん! いただきま~す!!」
「あら? そういえばアイヴィもいただきます、なのね」
「え? ご飯を食べる時はいただきます、だよ?」
「人間も魔族も、信仰深い人は祈りを捧げてから食べるのだけど。いただきますは、転生者や転移者達から伝わった言葉なのよ」
「そうなんだ~? お姉様達もいただきます、だよ~?」
「冒険者の間で広く普及した言葉なの。良い言葉は、種族関係なく広まるものなのね」
いただきますという言葉は、転生者や転移者によって伝わった言葉である。それ以前は神に祈りを捧げてから食べるのが一般的だったが、そこまで信心深くない冒険者などは『いちいち祈りを捧げるのは面倒だが、何も言わずに食べるのもどうかと思う』と思う者が多く、そこに登場した『いただきます』という言葉が丁度良かったのか、これが広く普及したのである。
「んっ! ん? あーひぇ、こひぇ」
「食べながら喋らない」
「んっ……!! んっ…………!! 美味しい~!! でもアーシェ、これ味付けしてないんだよねっ!?」
「してないわ。だって調味料なんてないし……」
「見て! 塩と胡椒だよ、これ!」
「…………え?」
いただきますの普及に感心しているのも束の間、アイヴィの食べていたステーキに異常が発生する。金のフライパンと共に置かれていたお皿に盛り付けたステーキに、なぜか塩と胡椒がかかっていたのである。
あまりの出来事に、アシェルは数秒思考が停止した。ジッと金の皿の上のステーキを見つめるが、間違いなく塩と胡椒がかかっている。そこでようやく、この皿もまた魔導具なのだということにようやく気がついた。
「このお皿も、魔導具だわ……!!」
「お皿の魔導具なんて初めて見た~」
「私も、こんなの王族でも使ってないんじゃ……」
「勝手に味付けされるお皿なのかな~? 僕、チーズソースで食べるのが好きなんだ~」
「ア、アイヴィ……。お、お皿……。ステーキ……!!」
「え? どうしたの…………。うわあ~!!」
「あ、あれ……。でも……」
先程まで塩と胡椒がかかっていたステーキが、今度はチーズソースのかかってステーキに変わっていた。ただし、アシェルの錯覚でなければ、ステーキが一回り小さくなっているように見える。
「あれ! ちょっと小さくなってる!」
「やっぱり、小さくなってるわよね……」
「味付けの妖精さんが、ちょっと持っていっちゃったのかな~?」
「ふっ……! ふふっ……!! そう、そうね。きっと味付けの妖精さんが持っていっちゃったのね」
どうやらこのお皿には味付けの妖精さんが居るらしく、味付けに希望を出すと妖精さんが代償として少しだけ料理を持っていってしまうようだ。アイヴィの可愛らしい発想に、アシェルは笑いが堪えきれなかった。
「アーシェのお肉、もう焼けてない~?」
「あ、ひっくり返すのも忘れ…………えっ」
「あれ? ひっくり返してないの~?」
「ひっくり返してないのに、両面……焼けてる……!?」
「調理の妖精さんも居るんだね~」
「そう、そうね。妖精さん、ありがとう……」
金のフライパンも、ただ温度調節が出来るだけのフライパンではなかった。希望の温度で焼けば、その温度で焼ける丁度良い焼き加減のものを提供してくれる魔法のフライパンだったようだ。ひっくり返してもいないのに両面が綺麗に焼けており、焼き加減も絶妙なミディアムレアである。
「凄いね~これ!」
「私、ショウユポンズっていうソースが好きなのだけど、出来るのかしら……。何度か食べたことがあるのだけど、どういうソースなのかまでは知らなくて……」
「ショウユポンズ~? 僕もそれ食べたいな~…………。あれ? 変わらないね~?」
「私が試してみるわ。ショウユポンズのソースで、食べたいわ……。あっ! 変わったわ!!」
「え~? どうして僕は駄目だったんだろう~?」
「もしかしたら、一度食べた味付けしか再現して貰えないのかもしれないわね。あ、やっぱり少し小さくなっているわね」
「味付けの妖精さん、凄いね~!」
「凄いわね……。このフライパンと食器、絶対に破壊されないよう注意しないと」
「これは、絶対守らないとねっ!」
「それにしても……」
ここで、アシェルはふと考える。果たしてこのお皿は、どこまでを味付けと判断してくれるのだろうか……と。
「白パンに挟んで食べるステーキ、あれも美味しかったのよね……。あっ!?」
「あっ!! え~っ!!」
白パンに挟んで食べるステーキ。それを口に出した瞬間、お皿の上にあったステーキはステーキサンドに変わっていた。しかし、ステーキのサイズが驚くほど小さくなっており、元のサイズの半分以下になってしまっている。
「味付けの妖精さんだけじゃなくて、盛り付けの妖精さんも居るみたい!」
「そう、そうね……! 盛り付けの妖精さんは、盛り付けたものの量で料理を持っていっちゃうのかしらね」
「あ!! 僕、お姉様から似たような話を聞いたことがあるよ! トーカコーカン、っていうんだよ~!」
「等価交換……? 黄金の……食器……。等価交換といえば、錬金術…………。ミダスの…………ミダスの、食器…………」
「みだすのしょっき?」
ここで、アシェルはようやくこの食器がなんなのかに気がついた。アシェルは元々貴族の娘であり、それなりに学があるほうの人間だ。錬金術についてもある程度学んでおり、触れるものを全て黄金に変える能力を持つ錬金術の原点と言われていた、ミダスという伝説上の人物の名前を思い出したのだ。
「触れたものを黄金に変える自身の力を研究し、触れたものを変換するという力を様々なものに与えたとされる錬金術師、ミダス……。その力を与えられたとされる魔導具の1つが、ミダスの食器よ……!! お皿の上に乗せた食べ物を、等価値の食べ物に変えてくれる魔法の食器!!」
「わあ~。まさにこの食器だね~?」
「で、伝説級の、魔導具の元祖よ、これ……!!」
「凄い食器なんだ~!」
「す、すご、お、オッ……ヒュッ……!!」
「アーシェ、ちゃんと呼吸しようよ~」
ここにあるのは、まさにそのミダスが作り出した黄金の食器。通称、ミダスの食器である。このような魔導具の元となった伝説的魔導具のことを、魔導具の元祖と呼んでいる。アーティファクトはその能力にもよるが、ほぼ全てが国宝とされて厳重に保管されている。
「それが、ふ、ふた、つ……!?」
「うんうん、お皿は2枚あるね~」
「ミダスの食器が!? 2枚も!?」
「そんなに凄いんだ~?」
「国の領土と交換するような代物よ……!?」
「…………わあ。それは、かなり凄いかも」
アイヴィはイマイチわかっていないようだが、これは国を震撼させる程の代物である。この食器は『食べたことがあるものならなんでも変換出来る』というアーティファクトであり、既にこの世に存在しない食べ物であったとしても、その食べ物を食べたことがあり、その価値に釣り合う食べ物を用意出来れば変換出来てしまう凄まじい食器なのだ。
「食べたことがあるものを、同価値のものと交換することが出来る食器……。じゃ、じゃあ、もしかして、焼かなくても……」
「どうだろうね~?」
「さ、先にステーキサンドを食べちゃうわ……!」
アシェルは急いでステーキサンドを頬張り、恐る恐るドラゴンステーキ用のお肉を生で皿の上に乗せる。もし、彼女の考えが合っているとすると……。
「これを、ステーキサンドと交換して頂戴!」
「…………あれ~?」
「小さい!? さっきよりもずっと小さいわ!? どうして!?」
「焼いてないお肉だから、価値が下がったのかも~?」
だが、アシェルの考えは外れてしまった。現実は甘くなかったのだ。焼いていない肉とステーキサンドの交換は、先程の手順で変換したものよりも半分以上小さくなっていた。生の肉は価値が低いと判断されてしまったようだ。
「つまり、調理済みのお肉をお皿に乗せると、それは価値が高いものだと判断される……ということね!?」
「金のフライパンで焼いてから、お皿に乗せたほうが良いんだね~」
「凄いわ……。このフライパンとミダスの食器、相性が良すぎるわ!!」
「凄いね~! ねえねえ、僕もドラゴンステーキサンド、食べたいなぁ~」
「今、焼くわ。バンバン焼くわ!!」
これまでの人生で、これほどまで楽しい瞬間があっただろうか。気付けばアシェルは満面の笑みでステーキ肉を焼いており、最高の食事手段が手に入ったことに狂喜乱舞していた。
ドラゴンの大部屋に、豪華な食事がズラリと並んで少女達が喜びの舞を踊っている。右腕を奪って勝ち誇ったような顔をしていたドラゴンは、さぞ悔しい思いをしているであろう……。その光景を恨めしそうに見つめているが、その恨みが晴らされることは永久に訪れないのであった……。
「ドーナッツ!! いちごのクレープも食べたいわ!!」
「わあ~凄い凄~い!! なんでも出てくるよぉ~!! 妖精さんありがと~!!」
「妖精さん、ありがとう……!! ありがとう……!!」




