013 ダンジョン&レベリング・4
腹ごしらえを終え、傷治しのポーションを大量に判別したアシェル達は、再度レベリングのために通路へ戻っていた。だがここで、アシェルは僅かな違和感に襲われる。
「ん……?」
「どうしたの~?」
「何か、足りないような……」
「2人でチェックして、必要なのは全部持ってきたと思うけど~……」
傷治しのポーションだけを詰め込んだマジックバッグと、もしものための復元ポーションは道具屋で貰ったポーチに収納してある。アシェルが言う何かが足りないとは、一体なんのことなのだろうか? アイヴィは不思議に思いながら通路の先に目をやると、ふと気がついたことを口に出す。
「あ、スライムもリザードマンも、死体がなくなってる~」
「それだわ……!! このダンジョン、死体が消えるってこと……?」
「お姉様達とダンジョンへいった時に聞いたことがあるよ! あのね、お掃除のスライムがダンジョンからハケンされるって! ハケンってなぁに?」
「派遣っていうのは、そうね……。お手伝いを頼まれて出発するってこと、かしら。でもなるほど、スライムが派遣されるのね……」
「へえ~!! そうなんだ!!」
「そうなんだは、私のセリフなんだけども……」
ダンジョンに現れるスライムは2種類居る。先程アシェル達が倒した攻撃的なスライムと、ダンジョンの死体や血痕を掃除して颯爽と逃げるスライムの2種類だ。後者はダンジョンの維持機能と考えられており、ダンジョンの挑戦者に害を及ぼす行動はしないとダンジョンの研究者達が発表している。
「レイモンさん達も、いつか溶かされてしまうのかしら……」
「でも、クロバネさんはずーっとあのままだったよね?」
「確かに、どういうことかしら……」
「ダンジョンの魔物だけが回収されて、僕達は回収されないのかも!」
「それだと辻褄は合うけど……」
現状、なぜクロバネの死体が300年間回収されていなかったのかは謎であり、どれだけ考えたとしても仮説の域を出ない。それよりも今重要なのは魔物への警戒であり、前回奇襲を受けた曲がり角などは更に警戒すべきだろう。それはアシェルもきっちりと反省しており、今度は対策のために朧鴉で闇雲を発動して姿を隠し、曲がり角の先を覗き込むという行動を徹底して行っている。
「居るわ、見たことない魔物が。私が回り込むから、合図したらファイアボール」
「うん……!」
アシェルの警戒行動は功を奏した。だが、曲がり角の先に居たのはリザードマンではなく、彼女も知らないような魔物が佇んでいた。牛の頭部に巨大な人型の体、ミノタウロスと呼ばれる魔物である。知性のある者が多いが、言葉を発したりすることはなく、牛の鳴き声に似た叫び声を上げる。この個体は特に大柄で、防具は着ていないが巨大な戦斧を両手に持っている。
『ブモ……?』
ミノタウロスはアシェルが隣を通った時に違和感を覚えたが、アシェルの姿は闇雲の効果によって見えなかった。なまじ知性が高い故に、直感や匂いよりも見えたものを信じて行動してしまう。これがスライムや、知性よりも本能を優先する凶暴な魔物であったなら、隣を通った瞬間に攻撃を受けていただろう。
やはり気のせいだったかと思い、ミノタウロスは血の匂いの正体を確かめようと奥に進もうとした時、不意に小さな金属音が背後から聞こえた。一体何が起きているのかと困惑している内に、進もうとしていた方向から突如大きな火球が迫ってきた。
『モォォオオオ!?』
ミノタウロスはこの火球程度なら斬撃で切り払える程に強力な力を持っているが、彼にとってこの通路は狭すぎた。斧を振るうにも天井の高さが足りず、完璧なパフォーマンスを発揮するには十分な環境ではなかった。慌てて逃げることを選択して振り返ったが、どういうわけか両足に力が入らずその場で転倒してしまった。
『ブ、モォオオ……!!』
「はぁああ……!!」
混乱の中、ミノタウロスは素早く2つのことを確認した。まず、自分の両足がどうなっているかということ。牛の脚のような細い両足は切断されており、とてもではないが立ち上がれるような状態ではなくなっていた。次に、先程覚えた違和感の正体がなんだったのかということ。確かに先程までは背後に誰も居なかった。それなのに、彼の逃げた先には大剣を振り下ろさんと構えている人間の女が居る。
『オオオオオオオオオオオオオオオ!!』
大剣を持つ女を斧で横薙ぎに斬り裂こうとしたが、もはや間に合わない。ミノタウロスが斧を振るより先に、大剣が背中へと深々と突き刺さる。そしてその瞬間、背後から迫っていた火球が着弾。 炎に包まれ、何も出来ないままミノタウロスは力尽き、全身を焼き焦がされて息絶えた。
『オ……オ…………』
「……何かさせていたら、力押しされて負けていたわね」
「倒した~!? もう大丈夫~!?」
「こいつは倒した。この先にも魔物が居ないか、調べてくるわ」
アシェルはブレードラビットの教訓を忘れていない。1匹倒したからといって終わりではないということを、彼らからしっかりと学んだつもりだ。まだ他にも魔物が居ないか通路の先の曲がり角を調べると、闇雲を解除して慌てて戻ってくる。
「通路の両側に部屋があるみたい。更に奥へ続く道もあって、危険な雰囲気が漂ってるわ」
「部屋があると、危ないの?」
「2つの部屋が向かい合っているってところが、凄く危ないわね……。両方の部屋に魔物が居たら、簡単に挟み撃ちの形になってしまう」
「おびき出したら良いんじゃないの~?」
「両方の部屋に対処しきれない数の魔物がいたら、物量で潰されて終わりよ」
「確かに~……!」
この先の通路には、現状の彼女達では対処出来なさそうな部屋が向かい合って並んでいた。アシェルは姿を隠す闇雲状態を見破られる可能性も考えて行動しているので、部屋の中までは確認せずに帰ってきた。最悪、何も出来ず一撃死の可能性がある場面なので、この判断は何も間違っていないだろう。
「正直、まだこのドラゴンスレイヤーの扱いに慣れてない。もっと熟練してからこの部屋に挑んだほうが良いと思うの」
「通路に出てきた相手を倒すってこと?」
「そう。そのほうが私達に有利な場面が多いし、無理に突っ込む必要はないはず」
「じゃあ、戻る?」
「戻ったほうが良いと思うわ」
これらを踏まえて下したアシェル達の判断は、後退であった。現状ここで前進しなければいけない理由もないので、後退の判断は非常に賢明だろう。
後退と決めたアシェル達は、リザードマンやスライムが居た通路を通り、大部屋へと続く手前の道へと差し掛かった。闇雲で曲がり角の先を警戒するのも怠らず、着々と仮拠点の大部屋へと近づいていく。
――――キィン…………。キィン…………。
「…………!?」
「え…………!!」
もう少しで大部屋という時、信じ難い金属音がアシェル達の耳に飛び込んでくる。
本来ならあってはならない音。もう聞くはずがないと思っていた、最悪の音。
『シャアアアア……。ガァアアアア……』
「ツェル……ゲリオン……さん……」
「そんな、どうし」
アシェルの本能が、回避せよと警鐘を鳴らした。その本能に従い、アシェルはアイヴィに体当たりをする形で曲がり角へ姿を隠す。その瞬間、先程までアシェル達が立っていた場所に巨大な衝撃が走り、周囲に瓦礫が散乱する。この衝撃の正体は、投擲されたツェルゲリオンが使っていた戦鎚によるものだった。
「アイヴィ、とにかくファイアボールを乱射して! 出来る限り多く、早く!!」
「あ、あ……!! ファイア、ボール!! ファイアボール!!」
アシェルの指示により、砂煙の中に向かってアイヴィがファイアボールを乱射する。ツェルゲリオンらしき相手が何処に居るのかはわからないが、接近されたらその時が最期だろう。今の一撃を見て、アシェル達はそう判断した。
『シャアアアアア!!』
「うわあああああああああああ!!」
アイヴィが放ったファイアボールが全く効いていなかったのか、土煙の中から相手が姿を現した。アシェルは闇雲で土煙の中に潜伏したままであり、ここでまさかのすれ違いが発生してしまったのだ。土煙の中から現れた相手は、漆黒の肌を持つハイリザードマン……。戦鎚を地面に突いて歩く癖まで全く一緒の、ツェルゲリオンを再現したハイリザードマンだった。
『シャアアア!! グァアアアアアアアア!!』
「ひっ……! ひっ……! ひっ……!! ひっ……!!」
間一髪のところで、アイヴィは魔法障壁盾の大盾を出すことに成功した。しかしその魔法の大盾には、ハイリザードマンの戦鎚を何度も受け止める内にヒビが入り、限界が近いということを示していた。アイヴィはパニックから過呼吸を起こしてしまい、ファイアボールの詠唱がとても出来る状態ではない。
「だぁあああああああああ!!」
『シャアアアアアアアアアアア!!』
ここでようやくアシェルが駆けつけ、背後からの奇襲に成功した。しかし当たりどころが悪く、心臓を狙ったはずの突きは外れてしまい、ハイリザードマンの左腕を飛ばしただけだった。それでもハイリザードマンの大盾を封じることには成功した。
「アイヴィ、立って!! 逃げ」
『シャアアアアッ!!』
「あ、がっ……!?」
しかし、アシェルはハイリザードマンから強烈な反撃を受ける。腹部に戦鎚がめり込み、大きく吹き飛ばされて壁に激突する。まるで玩具のボールを全力で壁に叩きつけた時のように、アシェルの体が何度も壁に当たっては跳ね返り、地面に倒れてピクリとも動かなくなった。
『シャアア……!!』
次はお前だと言わんばかりに、ハイリザードマンはアイヴィを睨みつける。ヒビの入った魔法の大盾は、残り数回叩くだけで壊れてしまうだろう。
アシェルは致命傷、魔法の大盾も破壊寸前、過呼吸で詠唱の出来ないアイヴィ。もはや、絶体絶命の状況……。この土壇場でアイヴィが取った行動は……。
「……ひゅっ……!! ん~っ……!! ちゅっ……!!」
なんと、投げキッスであった。死にそうな表情で、足腰に力が入らず情けなく地べたに這いつくばりながら、最後の最後で投げキッスが出てきたのだ。これは、アシェルに『色気がない』と指摘された時教わった、アシェルにギリギリ出すことが出来た『色気の例』である。この土壇場で、それが出てきたのだ。
『…………』
本来、リザードマンなどの魔物にはこうしたチャームなどは効かない。しかしこれは、ツェルゲリオンを模倣したハイリザードマンだ。ツェルゲリオンに効いたということは、このハイリザードマンにも効果があるということ。アイヴィはそこまで考えての行動ではなかったが、これが奇跡的に効果を発揮したのである。
「アーシェ、アーシェ……? アーシェ、アーシェ……!!」
「…………か…………。に、げ…………」
「治って、飲んで、飲んで……!!」
更に奇跡は続く。致命傷と思われたアシェルだったが、ギリギリ生きていたのだ。これは言うまでもなく黒羽の戦姫の効果であり、ギリギリのところで致命傷を避けてくれたのだ。
アイヴィは急いで傷治しのポーションを数本取り出し、アシェルの全身へとこれをかける。飲んでくれることを祈って、口の中にも無理矢理捻り込んだ。
『シャ……。ガァアア……?』
このハイリザードマンは、間違いなくツェルゲリオンの模倣体である。本物のツェルゲリオンも、自然治癒でチャームから立ち直った。つまりこのハイリザードマンもまた、自力でチャームから立ち直ることが出来る。
アシェルはまだ戦えない。今戦えるのはアイヴィだけ。目の前にはチャームが解除されかけているハイリザードマン……今こそ、勇気を振り絞る時だろう。
「生きるため……!! 生きたい、死にたくない!! やあああああああああああああ!!」
『シャ!? ギャアアアアア!!』
アイヴィが斧杖をツェルゲリオンの脳天目掛けて勢い良く振り下ろす。対して、ハイリザードマンが取った行動は、大盾での防御だった。
『ガギャ……。ギャ…………』
「あ、あ、ああああああああ!! 倒れろ!! 倒れろ!! 倒れてよ!! やあああああああああああああああ!!」
『ギャ……。ガ……。ア……………………』
本物のツェルゲリオンなら、こんな行動をすることはなかっただろう。しかしこれは模倣体に過ぎず、この状況ならどう行動するかという思考は模倣元の行動を真似ているだけだ。攻撃を受け止める時は大盾で防御……しかし本物のツェルゲリオンは左腕を失ったことがないので、武器で防御するという選択が出てこなかったのだ。
「ア、イ……ヴィ……」
「倒れろ、倒れろ!! アーシェを、よくも!!」
『…………』
「アイ、ヴィ……!!」
「はぁ……はぁ……! あ……」
「もう、死んでいるよ……」
アシェルに指摘され、ようやくハイリザードマンが死んでいることにアイヴィが気がつく。新人冒険者が初めて魔獣や魔物を倒した時に、よく恐慌状態に陥ることがある。息絶えた相手を何度も斬りつけたり、状況を顧みず叫びだしたり……。アシェルのおかげでどうにか落ち着きを取り戻せたが、それでも興奮状態は収まらない。
「1本、ポーションを取り出し、て……」
「う、うん……。うん」
「割らないように、ね……」
「わ、かった……」
アイヴィが震える手で傷治しのポーションを取り出し、アシェルに手渡そうとする。だが、アシェルはそれを受け取らずにアイヴィが飲むようにと勧める。
「飲めば落ち着く、はずよ。ファイアボールでは、殺した感触が手に伝わらないものね。直接武器で相手を殺すっていうのは、誰でも最初はそうなるものよ」
「うっ……! うっぷ…………。僕、アーシェが、してることだから、大丈夫だって。僕も出来るって、思ったんだけど……」
「大丈夫、それが正常な反応なのよ……。それと、あれはツェルゲリオンさんにそっくりなハイリザードマンってだけで、ツェルゲリオンさんではないわ。言葉を喋らない、魔物よ」
「うん……。うん…………」
傷治しのポーションには、鎮痛作用が含まれているものもある。これは精神的ショックによる死亡を回避するために配合されているもので、恐慌状態や錯乱状態に陥っている相手に使っても効果を発揮する。どうやらこのポーションのおかげで、アイヴィは落ち着きを取り戻したようだ。
「アーシェ、体は……?」
「もう、大丈夫。クロバネさんが、守ってくれたわ……。でも、今日はこれが限界だって、なんとなくわかる」
アシェルの黒羽の戦姫が致命傷を避けられる回数は、どうやら今ので限界を迎えたようだ。加護を復活させるには、明日まで待たなければならない。
「どうしてクロバネさんは模倣体が居ないのに、ツェルゲリオンさんは模倣体が居るのか……」
「まだ、出会ってないだけかも……?」
「ううん、居ないはずよ。居たら、本物のツェルゲリオンさんが僅かでも正気を保てているとは思えない」
それよりも、今出会った模倣体の件だ。ツェルゲリオンが死亡してから、まだ1日も経過していない。経過していても6時間かそこらだ。それなのに、300年以上クロバネは模倣体が出現していなかった。この現象について、アシェルは苦虫を噛み潰したかのような顔で話を続ける。
「クロバネさんとツェルゲリオンさんには、決定的な違いがあるのよ……。性別の違いで模倣体が現れるとは思えないから、それ以外の決定的な違い……」
「クロバネさんと、ツェルゲリオンさんは…………あっ!」
「泉で願いを叶えたことがないか、叶えたことがあるか……。ツェルゲリオンさんは、叶えて貰ったほうの人間よね」
「じゃ、じゃあ……!!」
アシェルは、このダンジョンに出現する模倣体は『願いの泉に願いを叶えて貰った者』だと仮説を立てた。つまりそれは……。
「私も、その対象に含まれている可能性があるわ……。それに……」
「それが、当たってたら……。もしかして…………!!」
『――――グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
アシェル自身と、そして……レイモンも対象に含まれているということだ。
アシェル達にとって外れていて欲しかった仮説は、どうやら当たってしまったようだ。
「……レイモンさんの模倣体が、現れたようね」
「そん……な……」
「ここは危険よ。でも、奥にいける程の実力を、私達は持っていない。それにツェルゲリオンさんの模倣体がどこで出現するかわからない。この階層に安全地帯が、なくなってしまったわ」
アシェル達は、この通路上で絶体絶命のピンチに陥ってしまったということになる。




