012 ダンジョン&レベリング・3
これまで、干し肉にポーションを使ったという冒険者は1人2人の話ではない。実はかなりの数の冒険者が干し肉にポーションを使ったことがあるのだが、その全ての試みは今のところ失敗に終わっている。
「干し肉がポーションで再生したり復活するはずがないのよ」
これが、全ての熟練した冒険者の共通認識だ。 干し肉から肉に戻ったなど、今まで誰も起きたことがない珍事件なのだ。
「でも、お肉になったよ~?」
「それがおかしいのよ。だから、この異常現象は検証してみる必要性が……待って、止まって」
「どうし…………」
すぐにでもこの珍事件の謎を解き明かしたいアシェルだったが、それを邪魔する者が現れた。先程アシェル達が通ってきたはずの道、逃げ隠れ出来るような場所など存在しない一本道にもかかわらずだ。
「通路でも、新しい魔物が出現するってことね……」
「あのネバネバは何~……?」
「スライムよ。色や形は環境によって異なるけど、強力な粘性と溶解能力はどの個体も一緒のはず」
「あれがスライムなんだ~」
出現したのは粘性のある不定形な魔物、スライムである。スライムと聞くと大したことがない魔物、簡単に倒せそうなどの印象を抱きがちだが、スライムは白金級冒険者以上でも死ぬ危険が高いと警戒する魔物だ。動き自体は遅い魔物だが、顔面に張り付かれたら魔法使いは詠唱が出来なくなり、頭部を溶解されて殺されてしまう。溶解液に触れれば装備品もただでは済まず、致命的な欠損に繋がることもある。
「非常に危険な魔物よ。遠距離から倒せるなら、それに越したことはないわ」
「随分ゆっくり動いてるけど、本当に危ないの~?」
「そう言って近づいた冒険者の9割は、跡形もなく骨まで溶かされて死んでいるわ」
「ほええ、ファイアボール!!」
アシェルもスライムの危険性は十分に理解していた。昔、スライムに左腕の皮膚を溶かされ、生命の危機を彷徨ったことがあるのだ。普段はゆっくりとしているが、捕食行動の際は目にも止まらぬ速度で突進してくる。スライムが完全に組み付いてきたら、もう逃れる方法はない。
『ピェエエエエエエエエエエ』
「スライムって悲鳴も上げるの~!?」
「溶解液を吐き出す器官から音が出ているのよ。鳴いているわけじゃないわ」
『ピィィイイイイイイ…………』
炎に包まれたスライムから、毒々しい色の液体が吹き出している。その際に発する音が悲鳴に聞こえるが、スライムには発声器官がないので鳴いているように聞こえるだけだ。炎に包まれた自分を消火しようと必死になっているだけなのだ。
『…………』
「あ、動かなくなった~!」
「駄目、近づかないで」
「どうして~? 倒したからもう大丈夫」
アイヴィが倒したスライムに近づこうとしたその時、いきなりスライムが『バァン!!』と音を立てて破裂し、四方八方に液体を撒き散らして爆散した。液体が付着した壁や床は溶け崩れ、それが強力な溶解液だったということを示している。
「これが、スライムの危険性よ。絶対に油断したら駄目なの。あれがもしも私達の体に付着したら……」
「もう絶対にスライムのこと甘く見たりしないよ!!」
もし、今の溶解液が体に付着していたら、ドロドロに溶けていたのは壁や床ではなくアシェル達の体の方だっただろう。自分の体がドロドロに溶けたらとアイヴィは身震いし、スライムの危険度ランキングを最上位に押し上げた。
「今みたいに離れて対処出来る時は良いけど、物陰に隠れていて近くで出会ってしまった時は、迷わず左手で防御して」
「と、溶かされちゃう~……!!」
「溶けるのが左手なら、まだ助かる可能性があるもの」
「体を溶かされるよりマシって、こと~……?」
「以前、私はそうしたわ」
「以前!? アシェル、スライムに左手をやられちゃったの!?」
「だいぶ前よ。もう治ったけど、肘のあたりまで骨が見えてたわ」
「わわわわわわわわ…………」
「スライムを撃退する方法は大きく分けて2つ。1つは今みたいに魔法で倒す方法、そしてもう1つは体内のコアを物理的に破壊する方法よ。魔石とは別にコアがあるの」
「絶対に触りたくない!!」
「そうも言っていられない時があるのよ……」
「やだぁ~! ふえぇ~ん!!」
ちなみに、転生者や転移者の多くがスライムによって命を落としている。前世の記憶が原因で、スライムには怖いというイメージがないらしい。怖いものを怖いと思えないということは、単純に生存力の低下に直結する。怖いものを怖いと思うことが、冒険者の命を未来へと繋ぐのだ。
「さて、と……。大丈夫そうね」
「大部屋には、レイモンさん達の遺体しかないから大丈夫じゃないの~?」
「この部屋の近くにスライムが居たのよ? こっちの部屋に移動している可能性も視野に入れたほうが良いわ」
「確かに! 移動してるのは僕達だけじゃないもんね」
移動しているのはアシェル達だけではない。この考えは非常に重要で、移動して隠れるというのはアシェル達にしか出来ない行為というわけではない。実際、先程リザードマンから奇襲を受けたばかりだ。この大部屋に何者かが侵入し、物陰に潜んでいるという可能性も考えておくべきだろう。
「じゃあ、空いてるマジックバッグに金塊とか金貨を詰めて、もっと見通しをよくしようよ~」
「……ここを拠点代わりに使っているし、確かにそうすべきね。干し肉とポーション、大きすぎる武具以外は雑に収納しちゃいましょう」
「わかった~!」
隠れ場所を減らすのも良い判断だ。拠点代わりに使っている場所で奇襲を受けるなど、あってはならない最悪のイベントだ。出来る限り安全性を高めるために、アシェル達はせっせと大部屋の片付けを行う。
余談だが、性能の良いマジックバッグは、収納したいものを直接触らずとも収納可能である。目の前にあるものを収納したいな~と思いながらバッグの口を開くことで、対象が勝手に吸い込まれるのだ。ただし、取り出す時はバッグに手を入れる必要があるし、中に入っているものがなんなのかわからなくなり、魔法の空間から取り出せなくなるという事故も多発する。こういった中身のわからないマジックバッグを鑑定する専門職の商人も居るぐらいなので、中身がわからなくなるという現象は割と起きがちなのだ。
「ツェルゲリオンさん、本当によくこれだけ集めたわね……。300年間事故もなく……」
「ずーっと左手で開けてたのかな~?」
「左手なら罠が作動しないという可能性があるわね。ただし、中身は程々のものになってしまう……とかかしら」
「どうだろ~? そもそもこの階層で、レイモンさんの宝箱以外に宝箱を見てないもんね~。う~ん、ここだけ凄く金貨が多いなぁ~……」
「私も手伝うわ」
ツェルゲリオンが集めた莫大な財宝を、2人だけで整理するのは大変なことだ。300年分の金貨と金塊の山、特に部屋の一角だけ異常なほどに積み上げられており、まずはこれを協力して片付けることにしたのだが……。
「これでもう3個目のバッグよ? いくらなんでも多すぎ……ッ!?」
「ひぃいいいい!?」
やっと金貨と金塊の山に終わりが見えてきた頃、その山の向こう側にある空間を見てアシェル達は驚愕した。アイヴィに至っては腰を抜かしてしまった。
「これは……。いえ、これなんて失礼ね……。この人は恐らく……」
「ほ、骨~!! 骨だよ、人の骨!?」
「見て、アイヴィ。かなり古い骨だけど、肋骨と胸骨が裂けてる。恐らくこの人が、レイモンさんから致命傷を受けたクロバネさんよ」
「クロバネさんの、ご遺体ってこと……!?」
「ツェルゲリオンさんは、クロバネさんの遺体を見たくなくて、無意識にここへ金の山……いえ、金の壁を作っていたのね」
肋骨と胸骨が裂けた白骨死体、恐らく冒険者クロバネのものと思われる死体がそこにあったのだ。ツェルゲリオンの無意識により隠され、300年程ここで眠っていたのだろう。
「2人のところに連れて行ってあげたいけど、これだけ古いと触るだけで壊れそうね……。そっとしておきましょう」
「うん、わかった~……」
アシェル達はクロバネの死体を2人のところへ運びたかったようだが、この風化具合では触るだけで崩れてしまうだろう。そっとしておくのが最良の行動だ。
「とりあえずここの片付けはこれぐらいで……。他の場所も片付けましょう」
「そうだね! 物陰からスライムが出てくるかもしれないし、僕怖いから、アーシェと一緒にやる~!」
「それが良いかもしれないわね。じゃあ、残っているマジックバッグに出来る限り金を詰め込みましょう」
「うん!!」
クロバネの白骨死体を見てすっかり弱気になったアイヴィは、アシェルにべったりとくっついて片付けをすることにした。
結局この後、1時間程の整理をし続け、ようやくこの大部屋から死角というものがほとんど消滅した。唯一残っている死角は、レイモンの巨大な死体の後ろ側なのだが、レイモンには着手せずに寝かせておくということで手を付けなかった。
「…………そういえば、お肉が食べたいって思っていたんだったわ」
「そうだよ~! さっきまでお腹が減ってたのに~!!」
「思えば、あのお肉を見てからだったわね」
「確かに! もしかしたら、あのお肉が食べたくなるお肉だったりして!」
「途中でスライムを見たから、食欲がなくなったんだと思うけど」
「あ……!」
ところで、あれだけお腹が空いていたアシェル達だが、スライムを見てから食欲を失っていた。自分の体がドロドロに溶かされる想像をしてしまったのだから、食欲もなくなるというものだ。
しかし、今はそこそこの重労働を終えてちょうど落ち着いたところ。鳴りを潜めていた食欲が、再び息を吹き返して2人のお腹がゴロゴロと鳴り始める。
「食べられそうなお肉を探そう。まず、この元に戻った干し肉。そもそもこのお肉が異常なのか、それとも液体のほうが異常なのか。小さく切り分けて、ここにある液体をかけて試してみましょう」
「うん! じゃあ、僕はそこら中にあるポーションをここに持ってくるね!」
「割らないようにね」
「う、うん~……。気をつける~……」
空腹が限界に近いが、干し肉がお肉に戻るような異常性のあるものを食べるわけにはいかない。ポーションを買った店で同じく購入した食料、これに手を出すのは最後の選択だ。まずはここにあるものから食べ、安全が確保されている食料は最後まで残したいのだ。
「なるほど、液体の色で分類したのね」
「え? 駄目だった?」
「同じ液体に見えても別のものかもしれないから、個別にそれぞれ使ってみましょう。さて、さっき銀の小匙を何本か見つけたのよ。これで中の液体をちょっとだけ取り出して使うわ」
「うん! どうなるかな~」
「傷を治す高品質なポーションを干し肉にかけると、本来なら鮮度が良くなるだけなのよ。カピカピになった干し肉が、ほんの少し作ったばっかりの干し肉に近くなるだけ。お肉にまで戻るなんて、ありえないこと」
ここにあるポーションは200本以上。その全てを試すというのは大変な作業だが、干し肉に垂らして中身を確認する鑑定が上手くいけば、干し肉の安全性のみならず、傷を治すポーションも見つけ出すことが出来る。さあ、運命の初干し肉鑑定の結果は……。
「うわ」
「わわわ……!! お肉に戻って、ピチピチって動いてる!!」
「気持ち悪い……」
1回目は、干し肉が肉に戻った上、ピチピチとハネて動き出すという恐怖の結果になった。これは食べられない、危険な反応だったとグループ分けをし、跳ね回る肉はアシェルが細剣で刺して黙らせた。
そして気になる2回目は……。
「……動かない。戻らないわね」
「同じ干し肉だったんだよね~?」
「用意したのは全部同じものよ。あの一番大きい干し肉」
「あ~! 僕ぐらい大きいやつ~!」
「そう。あれが全部大丈夫なら、暫く食い繋げるでしょ?」
「あ、ちょっと色が綺麗になってる気がする!」
「これは……。干し肉に傷を治すポーションをかけた時の反応ね。ということは、この液体はポーションである可能性が高いということよ」
「やった~! じゃあ、お肉がおかしいんじゃなくって、液体のほうがおかしいんだ~!」
「そういうことになるわね。でも、偶然かもしれないから、他のも試しましょう」
通常、干し肉に傷を治すポーションをかけた時と同じ反応が示された。しかしこの結果に安心せず、アシェルは3回目、4回目と実験を繰り返し、ポーションの中身がなんなのかを鑑定し続ける。
「これも傷治し、これも傷治し、これも傷治し……。うわっ!?」
「どうしたの!? えええええええええ!!」
「銀の小匙が、液体に触れた瞬間溶けたわ……」
そして11回目、このポーションは銀を溶かしてしまう液体だったらしく、銀の小匙が溶けてしまった。アシェルは床に『とける』と刻み、そのポーション瓶が不慮の事故で割れたりしないように隔離用のマジックバッグへと収納した。
「怖いわね……。じゃあ、他のも……」
「アーシェ! ここまで試して大丈夫なんだから、食べようよ~! 僕お腹減った~!!」
「あの元気に跳ね回るお肉から、生命力を奪って凌いだら……? 私はまだ安心しきれないんだけど……」
「あ!! それは良い考えかも~……!!」
「え、本当にやるの……。え、えっ……」
アシェルはまだ空腹を我慢出来たが、アイヴィは遂に限界を迎えた。元気に跳ね回っていたお肉に人差し指を近付け、一瞬真剣な表情をしたかと思うと、元気だったお肉がボロボロと崩れ落ちて塵になってしまった。
「今のが、エナジードレイン……」
「ご飯はね、もぐもぐしたほうが美味しいけど、床に落ちちゃったのは今みたいに吸い尽くして塵にしちゃうんだ~」
「それでお腹って膨れるの?」
「う~ん、全然! でも、お腹減った~って気分は落ち着くよ~?」
「サキュバスって、不思議な体のつくりをしてるのね……」
「アーシェも食べちゃおうよ~」
「もうちょっとだけ鑑定するから……」
「んも~う……」
アシェルはサキュバスの食事法に驚きつつ、更に実験を続ける。どうやら彼女が思ったよりも傷を治すポーションが多いらしく、品質が良いものと悪いものという分類はあるものの、傷を治すポーションと鑑定された瓶が増え続けていく。
「じゃあ、このピチピチ跳ね回るようになったポーションって、なんなんだろうね?」
「…………確かに。まさか、死者を蘇らせるポーション?」
「え~! そんなのあるわけないよ~」
「あはは、そうよね。まさかそんなものがあるはずないわ」
実験を繰り返している、疑問は一番最初に試したポーションへと向く。では、干し肉が肉に戻って跳ね回るようになったポーションはなんだったのか? 死者を蘇らせるポーションなどと冗談を交わしながら、アシェルは『本当にあれはなんだったんだろう』と考える。だが、実験するにもリスクが大きすぎるし、正確になんなのかわからないので、すぐに考えるのをやめた。
「これも傷治し……。これも? これもだわ……。あ、これは性能が良いわね……」
「あ、ああああ、アーシェ!! アーシェーー!!」
「何? どうしたのそんなに慌てて……」
「し、死者を、蘇らせるポーションで合ってたかもぉおおおおおお~!!」
「…………え、どういう」
だが、事件が起きる。アシェルが目を離した隙に、アイヴィが例のポーションを持ち出していたのだ。そして、そのポーションを使った相手は……。
「ど、どうしよう……!!」
「これ、は……。クロバネさんの、遺体が……!!」
クロバネの白骨死体に、例のポーションを使ってしまったのだ。結果は、骨だけになっていたはずのクロバネが肉体を取り戻し、顔や髪の毛すらも元通りになってしまうという、とんでもないことになっていた。
今にも起き出しそうなクロバネだったが、アシェルが注意深くその体をよく確認してみると、胸部から腹部にかけて裂けている傷だけが元に戻らない。
「…………死んでいるわ。白骨死体から、やられた直後の死体に戻っただけね」
「生き返るポーションじゃ、ないの……?」
「肉体を復元するポーション、かもしれないわ。ただし、奪われて失ってしまったものは元に戻らないようね」
「それは、どういうこと?」
「これはレイモンさんの牙の痕だと思う。レイモンさんに食べられてしまった部分って、言えば良いのかしら……。目測だから、牙じゃないかもしれないけど……」
「近くに運べるよ!」
「あ、そうね。この状態なら運べるわ」
恐らく、レイモンから受けた一撃というのは噛みつき攻撃だったのだろう。アシェルはこの傷が牙による攻撃で出来た傷だと予測し、抱きかかえてレイモンの頭部の近くへと運ぶ。そして、その傷痕はレイモンの牙の痕とほぼ一致した。アシェルの仮説が当たったようだ。
「やっぱり、食べられた部分が回復していない。肉体を復元するけど、奪われたものは取り返せないというポーションみたいね。全部使っちゃった?」
「まだ、半分残ってる~……。ごめんなさい、アーシェ。勝手に使っちゃって……」
「良いのよ。でも、危ないことをする前に、私に相談してね?」
「うん! これからは、絶対にそうする!」
「良い子ね」
「えへへ……」
白骨状態からでも肉体を復元出来るが、食べられてしまった、奪われてしまった部分は復元出来ないポーション。不思議な制約があるポーションだが、300年前の白骨状態からでも復元出来るというのは、非常に強力なポーションだ。アシェルはこの瓶に『最重要・復元』とレイモンの血で書き記し、アイヴィの持っているマジックバッグへと収納させる。
「これと同じポーションが、さっき割ってしまったポーションだったってことね」
「あっ!! ご、ごめんなさい……!!」
「大丈夫、まだ同じものがあるかもしれない。さて、探す~……前に、私も食べちゃおうかしら」
「そうしたほうが良いよ~! アーシェ、クロバネさんを運ぶ時にフラフラだったよ?」
「そうね……。いい加減食べないと……」
その後、アシェルは遂に干し肉を食べる決意をし、ある程度の空腹を満たしてから実験を再開した。時折、銀の小匙を飲み込む危険なポーションに何度か遭遇しつつ、傷治しのポーションをせっせと積み上げていく。そして遂に全てのポーションを鑑定し終えてたが、残念ながら復元のポーションはあれから一度も現れず、アイヴィが非常に落ち込んでしまう結果となった。




