野に別れを
その夜明けは、いつもより冷たかった。
王の使者が泊まる宿の前では、馬たちがすでに準備されていた。
アルヘロンの馬車が、扉を開けて待っている。
村人たちは、静かに見つめていた。
祝福もなければ、花もない。
ただ――敬意と、静かな期待だけがあった。
リアナは村の大通りを歩いていた。
一度も後ろを振り返らずに。
その一歩一歩が、何かへの別れのように感じられた。
――けれど、それが「何に」なのか、彼女自身にもまだわからなかった。
故郷に?
過去の自分に?
それとも、自分そのものに?
道の中ほどで、ミラが待っていた。
「もう決めたの?」
リアナはうなずいた。
「どこへ行くのか、正直わからない。
でも、ここに留まれば…
私はきっと、自分を失ってしまう。
みんなを、その渦に巻き込みたくないの。」
ミラは彼女を抱きしめた。
「絶対に、忘れないで。君が“誰”なのか。」
**「絶対に。」**リアナは答えた。
「だって、それを思い出させてくれるのが…君だから。」
二人は、悲しみを湛えた笑みを交わした。
少し先に、ダリエルが立っていた。
ポケットに手を突っ込み、目を伏せたまま。
リアナは彼の前で足を止めた。
「何か、言わないの?」
ダリエルは首を横に振った。
「もう言葉はいらないよ。
昨夜で、十分わかったから。
でも一つだけ――約束して。」
「何でも。」
「世界が君を“象徴”として見ても、
戦士として、あるいは神のように扱っても――
君が“泥だらけの靴で笑ってたあの女の子”だったことだけは、
絶対に忘れないで。」
リアナは彼を、強く抱きしめた。
でも「さよなら」とは言わなかった。
それは終わりではない。
ただ――新しいページの始まり。
使者は、彼女の到着に頷いた。
「準備はできたか?」
リアナは最後に一度だけ、自分の村を見渡した。
家々。
畑。
訓練していたあの丘。
「ええ。
だって、世界は私を待ってはくれない。
でも…自分の運命に立ち向かうなら――
私は、歩いて向かっていく。」
そう言って、馬車に乗り込んだ。
車輪が動き出す。
埃が舞い上がる。
そしてエルボルは、
その最も強き“娘”の旅立ちを、静かに見送った。
あなたは、
「もうここにはいられない」って分かっていて――
それでも「本当はいたかった場所」から
去ったことがありますか?
もしこの章が、
あなたの中の“なにか”を少しでも
壊したり、
揺らしたりしたなら――
どうか評価してね。
それは、あなたが「感じた」証だから。




