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隠された聖域

輝いているよう森は、いつもよりも静かだった。


 


リアナが羊を腕に抱えながら歩くと、

風さえも息をひそめたように枝の間をすり抜けることをやめ、

鳥たちのさえずりも止まっていた。


すべてが――遠ざかっていくような音のない世界。


 


けれど、胸の奥で“何か”が揺れていた。


それは恐怖でも、不安でもない。


空気そのものが、

彼女に「もう一歩進め」と待っているような――そんな感覚だった。


 


そして、それは現れた。


 


茂みの奥、

太い根と重なった葉の下――

この森には属さない、明らかに異質なものがあった。


苔に覆われた古い石。


不規則な角度で刻まれた奇妙な装飾。


村では一度も語られたことのない、名もなき構造物の残骸。


倒れた柱。

記号のような模様が刻まれたブロック。


そして中央には、

洞窟のようで、どこか大聖堂のようでもある開口部があった。


まるで、何かが何世紀にもわたってそこに眠っていたかのように。


 


リアナは羊をそっと下ろし、

気づけば吸い寄せられるように足を踏み出していた。


石のアーチをくぐった瞬間、

背筋を凍らせるような震えが走る。


空気が変わる。


白く淡い光が、壁の中から呼吸するように明滅していた。


 


彼女は、滑るように湿った通路を進み――


そして、たどり着いた。


 


広大な空間。


その中央には、五体の石像が半円を描くように並んでいた。


それぞれが一枚岩から削り出された造形は、

時を止めるほどの圧倒的な存在感を放っていた。


 


第一の像:

穏やかな顔つきの髭の男。

知識を象徴する杖を掲げている。

永遠の静穏。すべてを見つめる叡智。


 


第二の像:

軽装の鎧をまとった女性。

頭には炎と花が絡み合った冠。

戦と美、愛と栄光を併せ持つ者。


 


第三の像:

性別を感じさせない翼ある者。

胸に閉じられた本を抱き、頭上に月の冠。

秘密、再生、そして“覆われたもの”。


 


第四の像:

螺旋を描きながら天へ昇る羽を持つ龍。

石の瞳が、まるでこちらを追うかのように輝く。

風、自由、そして崇高さ。


 


第五の像:

最も不気味な存在。

顔の輪郭すら曖昧な影のような人物。

風化した外套に包まれ、その姿は――“名を呼ばれぬもの”。


 


リアナは、息を呑んだ。


その美しさに。


その畏怖に。


 


名前も、奉納も、説明もない。

ただ、そこに“ある”。


まるで――世界が始まる前から、そこにいたかのように。


 


—「……ここは……何……?」


 


その瞬間。


 


地から湧き上がるような衝撃が走った。


圧倒的な力が下から突き抜け、

リアナの身体を貫く。

膝をつき、叫び、倒れ込む。


空気は重く、振動し、脈動する。


 


言葉は聞こえなかった。


代わりに――感情が届いた。


 


力。

悲しみ。

誇り。

叡智。

怒り。


石像それぞれが、その“本質”で叫んでいた。


 


—「な…なに……これ……?」


視界が霞み、

すべてが白く染まり、

足元の感覚が消え、

彼女は――落ちていく。


底のない暗闇へ。


 


……


 


目を覚ましたとき、

彼女は木の下に横たわっていた。


夕暮れの橙色の光が葉の間から差し込む。


その隣では、羊が穏やかに眠っていた。

まるで、何もなかったかのように。


 


—「リアナ!」

父ヴェランの声が森を切り裂く。

息を切らせながら駆け寄ってくる。


彼は彼女を強く抱きしめた。


—「ずっと探してたんだ! 何かあったのかと思って…!」


 


リアナは、ぼんやりとしながら身を起こした。


—「…パパ、私…遺跡を見つけたの。

中に石像があって…とても奇妙で……変なことが起きたの」


—「場所を教えてくれ。行こう」

ヴェランは真剣に言った。


 


リアナは、記憶通りに道を示し、

森の中を進み――


 


たどり着いた先にあったのは――


ただの空き地。


木々。

影。

乾いた落ち葉。


聖域も、石像も、光さえも――何もなかった。


 


ヴェランは優しく笑った。


—「疲れてたのかもな。

暑さのせいで、幻を見たのかもしれない」


 


リアナは何かを言おうとした。

「違う」と、言いたかった。


でも――口から言葉は出なかった。


なぜなら、そこに“証拠”は何ひとつ残っていなかったから。


 


—「……そうかもね」

彼女は小さくつぶやいた。


 


けれど、心の奥ではわかっていた。


あれは夢ではなかった。


何かが目覚めた。

何かが彼女を見た。

何かが――彼女を“選んだ”。


 


そして今も、

あの五体の石像は、

リアナの胸の奥から静かに彼女を見つめている。


 


決して、忘れられることのない視線で。な気がした。

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