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言えないこと

部屋は静まり返っていた。

軋む木の音と、遠くで鳴くコオロギの声だけが、空気を満たしていた。


リアナの前には、一枚の紙。四つ折り。

羽ペン。インク。

そして──声に出せない想いであふれた心。


—ゼウス:「何をしている?」


—イシス:「書くことは時に危険。」


—ヴィシュヌ:「書かれた言葉は、決して“聞かなかった”ことにはできない。」


—フレイヤ:「刃になるか、赦しになるか。」


—ケツァルコアトル:「書かせてやれ。

声で言えないなら──

せめて、インクで。」


リアナは何も言わなかった。


ただ、書き始めた。


ダリエルへ、

あるいはミラへ。

あるいは──二人ともへ。


これを読む日が来るのか、わからない。

渡す勇気があるかどうかも。


でも書かなきゃダメだった。

だって、心の中が崩れそうだから。


……そう、私は変わった。

望んだわけじゃない。

選ばれたのか──呪われたのか。

それは日によって違う。


私の中には、自分のものじゃない声や力や記憶がある。

五柱の神──そう、本物の神たちが私の中にいる。

訓練されてる。導かれてる。

でも……求められすぎてる。


私は怪物と戦った。

雷を肌で感じた。

姿も、力も、魂も変わった。

そしてそのたびに……私は“私”じゃなくなっていく気がする。


そして一番つらいのは、ダリエル、ミラ……

あなたたちに会うたび、本当のことを言いたくなること。

でも言えない。

言えば、あなたたちを危険にさらしてしまうから。

言えば……私も壊れてしまうかもしれないから。


だから私は、笑って。

嘘をついて。

距離を置いて。

あなたたちを──恋しく思ってる。


そして、この運命を──

憎んでる。


だけど、同時に……

私は、これがもっと大きな“何か”の一部だと感じてる。

まだ理解できないけど。

いつか、すべてが終わったその日には──

ちゃんと話せるかもしれない。


その時が来たなら。

ただひとつだけ、覚えていてほしい。


私は、ずっとあなたたちの“友達”だった。


ただ……

私は、自分がなってしまった存在に、ふさわしいかどうか──

わからないだけ。


──リアナ


書き終えたとき、リアナの指は震えていた。


彼女は手紙を折り、机の上にそっと置く。


しばらくの間、それを見つめ──

そして鍵付きの箱にしまった。


—フレイヤ:「なぜ渡さなかったの?」


──「……渡したら、もう戻れないから。」


彼女はまだ──その準備ができていなかった。

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