沈黙を呼吸する湖
その痕跡は、簡単には追えなかった。
だが、確かに存在していた。
木々に残る爪痕。
引き裂かれた樹皮。
泥の中の巨大な足跡は、進むにつれて形を失っていく。
枯れた植物。
そして、あの匂い――腐った甘さの混じる匂いは、間違えようがなかった。
リアナは慎重に進んだ。
森はまるで、息を止めているかのようだった。
鳥も、虫も、いない。
そこにいたのは、彼女と――頭の中の声たちだけ。
「この存在のエネルギーは、均衡を欠いている」
ヴィシュヌが言った。
「その起源には、自然ではない何かがある」
「ただの野獣じゃないわ…」
フレイヤが続けた。
「もっと深く、何かがある」
痕跡は岩の斜面を下り、霧が地面を這うように漂う開けた場所へと続いていた。
そしてそこに――湖があった。
暗く、静かで、
あまりにも静かだった。
リアナは岸辺で足を止めた。
水面は、まるでこの森に属さぬもののようだった。
黒く、ひび割れた鏡のように鈍く反射していた。
「ここで終わった…の?」
彼女は周囲を見渡しながらつぶやいた。
「足跡はこれ以上続いていない」
ケツァルコアトルが確認した。
「すべてはここで終わる…あるいは、ここから始まる」
「どこかから来たのではなく…この水から現れたとしたら?」
イシスが、いつになく重い声で言った。
リアナはひざをつき、指先で水面に触れた。
冷たい。あまりにも冷たかった。
そしてその瞬間――感じた。
鼓動のようなもの。
水の底から響くような脈動。
それは胸の奥で、彼女に共鳴するように響いた。
「リアナ、下がれ」
ゼウスが警告した。
「まだ眠るものを刺激するな」
ヴィシュヌが付け加えた。
だがリアナは動かなかった。
揺れ始めた水面をじっと見つめていた。
そして一瞬――
水の下に、目を見た。
たくさんの、開かれたままの目。
待ち構えているように。
彼女は一歩後ずさり、息を整えた。
「ここは…普通の場所じゃない…」
「そして、二度とそうはならない」
フレイヤが言った。
「これは“門”だ」
ケツァルコアトルが結論づけた。
「この世界に属さぬ何かの…巣穴、あるいは裂け目だ」
リアナは拳を握りしめた。
彼女は、今自分が“どこにいるか”を理解していた。
だが――
“これから何が現れるか”は、まだ分からなかった。
呼吸し、見つめ返してくる湖に――あなたは近づけますか?
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続く物語をお楽しみに――水は映すだけではない。隠すのだ。




