影の部屋に響く噂
風がささやきを運んできた。
森からではない。
村からでもない。
それはリアナの内なる声たち──
いつもよりもずっと小さな声で語りかけていた。
それは、兆しだった。
何かが──近づいている。
嵐ではない。
戦ではない。
獣でもない。
それは「存在」だった。
どこにも属さぬ存在。
──昨日から感じてるの……──と、リアナは野原を歩きながらつぶやいた。
──何か……変な振動みたいなもの。まるで誰か、あるいは何かが遠くから私を見ているような……
──感じているのはお前だけではない──と、フレイヤがここ数日で初めて真剣な声で言った。
──大地そのものが、その足音に震えている。
──自然のものではない──とヴィシュヌが付け加えた。
──森の生き物ではない。
精霊でも、普通の獣でもない。
何かが目覚めた……この世界に存在してはならぬものが。
リアナは唾をのみ込んだ。
──でも……それって何?
──まだ分からない──とイシスが答えた。
──だからこそ、お前がここにいるのだ。見つけ出すために。
イシスの声が、初めて……不安げに聞こえた。
リアナは眉をひそめてため息をついた。
──りんごを取りに行こうとしてただけなのに……
──それはお前の「かつて」の日常だ──とゼウスが重々しく言った。
──これが「今」の現実だ。
家に戻ると、両親が静かに彼女を見つめていた。
パンをこねていたエイラが、最初に口を開いた。
──リアナ……大丈夫?今日はなんだか……様子が違うわ。
──ああ──と、羊の世話をしていたヴェランも作業を止めて言った。
──立ち方も、目つきも、歩き方までも……
ひと月前のあの娘とは思えん。
リアナは微笑んだ。
その笑みに、世界の重みを隠しながら。
──パパとの訓練をちょっと増やしただけだよ。羊追うには素早く動かないとね。
両親は視線を交わした。
リアナはそれに気づかぬふりをした。
二人とも、何かが変わり始めていることに気づいていた。
けれど──それが「何」なのかまでは知らなかった。
その日の夕方、リアナは森の奥へと足を踏み入れた。
訓練のためではない。
調査のためだった。
その森の木々は──
高く、古く、そして──
静かすぎた。
折れた枝。
未知の巨大な足跡。
湿った、甘くて腐ったような匂い……沼に沈んだ肉のような。
ケツァルコアトルが重い声で告げた。
──この存在は、この世界の均衡には属さぬ。
根を張る前に、動かねばならぬ。
リアナはひざをつき、両手を地に当てた。
目を閉じる。
すると──見えた。
巨大な影。
歪んだ形。
目が──多すぎる。
まぶたのない、虚ろな眼。
その吐息一つで、周囲の植物がしおれていく。
まるで命を──喰らっているかのようだった。
リアナは一歩後ずさった。震えながら。
──……本物の怪物──と彼女はささやいた。
──最初の試練が来た──と、イシスが厳かに言った。
──そして今回は──と、ゼウスが続けた──逃げることはできぬぞ。
リアナは拳を握りしめた。
風がその身のまわりで渦を巻き始めた。
まるで、彼女の決意を認めたかのように。
影は近くにいた。
あまりにも近くに。
彼女にとっての初めての「本当の敵」──
すでに目覚めており、
リアナを待ち構えていた。
もし自分の故郷に怪物が迫っていて、止められるのが自分だけだったら…あなたならどうする?
この章に緊張を感じたなら、評価を。
お気に入りに追加して、リアナの最初の大きな試練を見逃さないで。




