一瞬の平穏……そして終焉のはじまり
ことを。野原は、色とりどりのリボンや花、旗で飾られ、午後の陽光に照らされて輝いていた。
広場からは、揚げた内臓料理やスパイスの効いたリンゴ、炙った肉の香りが漂ってくる。
子どもたちは笑いながら駆け回り、音楽が響き、村全体がまるで――
悪いことなんて、何ひとつ起きないかのように祝っていた。
リアナの胸に、奇妙な温かさが灯る。
それは幸福だったのか。
それとも……まだ失っていないものへの、懐かしさだったのか。
ダリエルが隣を歩いていた。
祭りで買った小さな菓子袋を手に、控えめな笑顔を浮かべながら。
――楽しい?
彼がたずねる。
リアナはうなずいた。
――うん。こういうの……ずっと、欲しかった。
フレイヤが静かに呟く。
――たまには、呼吸させてあげないとね。
だがゼウスの声は、低く重かった。
――長くはもたない。リアナ……すまない。
リアナは眉をひそめる。
――どういうこと……?
そして、それは起こった。
かすかな震動。
気づくか気づかないかの揺れ。
そして――
バキィ。
布と花で飾られた即席の山車が、飾りの重みで崩れ落ちた。
内蔵されたかまどの扉が跳ね上がり、火花が飛び散る。
ボンッ!
瞬く間に火が立ち上る。
――火事だ!!
――水を! 水を持ってこい!
乾いた飾りに火が移り、混乱が村を覆い尽くす。
だが、リアナの目に映ったのは――
崩れた板の陰にいた、一人の少女。
閉じ込められ、煙に包まれ、泣くことすらできずに。
目が大きく見開かれる。
心臓が一瞬、止まった。
――今だ、リアナ!
ゼウスが命じる。
――冷静に。正確に。
ヴィシュヌが続ける。
リアナは走った。
崩れた屋台の間をすり抜ける。
熱が肌を刺し、煙が視界を奪う。
火に包まれた梁。
考えるより早く――
リアナは両手をその梁にかけた。
バキンッ。
濡れた枝のように、軽々と持ち上げる。
少女は泣きながら這い出て、母のもとへ走って抱きしめられた。
リアナは大きく息を吸い込む。
煙が喉を焼く。
炎が次の屋台に迫っていた。
――風を呼べ。
ケツァルコアトルが囁く。
少しだけでいい。
リアナが手を上げると、
大地の鼓動のように、風が吹き上がる。
ゴォッ――
炎が届く直前、風が火を吹き消した。
村人たちがバケツを持って駆けつけたときには、
火はほとんど鎮まっていた。
残骸はまだくすぶっていたが、
災厄は――防がれたのだった。
誰も、中で何が起きたかは見ていなかった。
ただ「火が広がらなかった」と、それだけを覚えている。
だがリアナは知っていた。
そして、神々もまた知っていた。
ダリエルが駆け寄ってくる。
――リアナ! 大丈夫か?
顔を煤で汚し、髪も乱れたまま、リアナは微笑んだ。
――ただ……ちょっと巨大なタバコ吸っただけ。
フレイヤが吹き出す。
――これで嘘は二十個目かしら。なかなか上達してるじゃない。
イシスが満足そうに頷く。
――演技、見事だったわ。
だが、ゼウスは静かに、重く語った。
――リアナ……
お前が「見つかる」日は、近づいている。
リアナは視線を落とした。
手は震えていなかった。
恐怖もなかった。
疲れさえ、感じなかった。
ただ、ひとつの不快な真実だけが残った。
この祭り。
この平和。
この「普通であろうとする努力」。
――全部……幻想だ。
リアナは小さく呟いた。
永遠に続けられるものではない。
その瞬間、胸の奥にいる六柱の神々が、沈黙した。
彼らもまた――その言葉が正しいと、わかっていたから。
リアナは、いつまで自分の本当の姿を隠し通せるのか?
この章が息を呑むほどだったなら、評価を忘れずに。
お気に入りに追加して、
人間としての日常と、神性とのはざまで揺れる彼女の物語を追い続けよう。
物語は続く──
彼女の“完全なる覚醒”は、すぐそこに…




