46話──サマーニャ・ゼウォミー3
せめて顔でも拝んでから死んでやろうと思って、激痛に堪えつつもなんとか音の方へ顔を向けて──
「ッ!……は、はは…………ははは」
最期に漏れたのは、命乞いでも激怒でもなく、乾いた笑いだった。
笑わずにはいられなかった。
だから、破滅へ導かれた憎しみや悲しみ、苦しみ。正体を知れたことの喜び。王国の未来へのワクワク、興味。してやられたと、素直な賞賛。
嫌悪感と、一種の敬愛のような感情が入り交じる、ごちゃごちゃな頭の中。
捨て台詞を吐いて遠吠えするより、潔く受け入れる道を選んだ。
「はっ……いいさ」
無意識のうちに、頬が上がってにやけた。
謎の高揚感に包まれる。
身体も冷えてきて今にも沈みそうな意識の中、それを手放さないように拳に力を込めた。
「ッ……!」
震えて力が入らなくて、もう二度と立てないと諦めたのに、今はなぜか武者震いへと変化していた。
凍えた地面に手を付いて、腕から肩から全身へと、力を入れて体を起こす。
欠けた気力が湧き上がる。
「やって、やる……!」
膝を付いて、背の壁を支えにして、体重を分散させながら立ち上がる。
ただでは終われない。
サムハの再生のような、状態を塗り替えるほどの回復能力でなければ助からない怪我。生き残れても、後遺症は避けられない。
ならば、もろとも地獄に落ちようと。
「さっきは、ただの狩りだったのに…………戦いたいから、来たんでしょ……?」
顔を見せずとも殺せたはずなのに、わざわざ月明かりの下に姿を現したのだ。
好奇心からなのか、嘲笑いに来たのか、なんにせよ、それだけナメられているということ。
一矢報いるチャンスが生まれた。
「この際、殺される理由とかはもう聞かない。話すだけ、時間の無駄ってやつだよ……」
『……』
「少なくとも、ぼくはもう……命が時間と、直結しちゃってるからさ」
喋るたびに血の味が感じられた。
「蜥蜴……、長話はできないんだよ」
一瞬視界が歪んで、吐き気がした。限界は近いようだ。
「蜂……、あの人たちの復讐なんて……そんな大義名分を、掲げるつもりは無い」
血が流れれば流れるほど、身体の震えが収まってきて、指先からどんどん冷たくなっていく。
呼吸も、ほとんど意味を成していないような気さえした。
「プライド……意地も……無いよ。面白そうだから……ぼくの限界を、試してみたい……からッ……!」
壁から手を離して、自立する。
「ッ──」
瞬間的に、目の前に鳩が出現した。
愛くるしさは一片も感じない。今や恐怖の対象となった生物。
それが、間に現れた。
どこかから飛んできたのではなく、パッと無から生み出された鳩は、翼を折り畳み、足も羽毛にしまって、胴体と首も真っ直ぐ。空気抵抗を最小限にしたようなフォルム。
くちばしの先が向けられているのは刃物を向けられているのと同義。
生物としての弱まった本能から、心臓がキュッとなり足がすくんでしまう。ただそれも、実際は一瞬の出来事。
鳩は出現した瞬間から、眼前に迫ってきていた。加速する過程はとばされ、最初から最高速。なのに、一秒……二秒……と、時間が経過していくように感じられる。
幻聴か、空気を裂く音が永遠と耳を劈く。
一枚絵のように長く引き伸ばされた光景を、脳がゆっくり処理していく。最期が刻まれていく。
走馬灯が脳裏を過る。だけど、名残惜しいものはなに一つも無かった。それが悲しくも、未練が無いからこそ恐れず身を投じれた。
サマーニャは一切の回避行動を取れずに、眉間を貫かれていた。
唖然とした顔で、身体を仰け反らせて、そのまま後ろに倒れていく。抵抗する力なんて一切残っていないような、地面に倒れたらその後はピクリとも動かずに生命活動を完全に停止させるだろうと、赤子でも先が読める状態だった。
そのまま、そのサマーニャは倒れて、役目を果たすだろう。
『……』
「ッ!」
そんな光景を視界に映し、脳裏に焼き付けながら、蜥蜴の発動によって生み出された自分の身代わりに注目しているであろう背中に殺意を向ける。
右手を変質させて命を奪うことに長けた毒針を形成。それぞれの指に形成された毒針からは、殺意が増せば増すほど毒液が溢れ出る。
(人生一回きりの蜥蜴ッ!これで一矢ッ!!)
壁や天井を走って逃げる体力は残されていない。全速力を出すこともできない。
だから攻撃を受けること前提に蜥蜴を使用し、一撃が致命傷となる蜂を武器にした。
蜂の毒針は負荷に弱い。真っ直ぐ刺すことができれば問題ないが、少しでも相手が抵抗して刺突部位に力を入れられたり体の向きを変えられると、簡単に折れてしまう。
形質変化させた部位は、元の肉体に順守する。
元から怪我をしていれば、変化後も怪我したまま。変化後に怪我をしても、元の肉体に戻ったら怪我の状態は継続される。
蜂の毒針は指の変化。毒針が折れるのは、指が折れるということ。肉や皮膚が無い分脆く、折れればそのまま取れて無くなる。指が欠損する。
左手の薬指が無いのは、まさに蜂の毒針が原因だった。昔やらかして、左手の薬指に位置する毒針を折ってしまった。
だからそうして薬指を失って以来、蜂の使用を封印していた。
それも、死の覚悟を決めた今となっては無視できる代償だ。毒さえ注入できれば、指を失うことなんてわけないこと。
振り向こうとも逃げようともしない背中めがけて、限界を超えた脚力で肉薄する。
異常な筋肉の使い方をしたせいか、これまで食らった傷の穴から、残り汁を絞り出すかのように血が飛び出た。
それでも関係無い。頭と手が使えれば十分。
(これで──ッ!)
くちばしよりも遥かに鋭利な毒針を内臓まで届かようと、右腕を限界まで伸ばして更に勢いを増す。
風を切る音が耳鳴りのように響く。
それ以外の音は一切聞こえなくて、自分の鼓動すら感じなかった。
いつの間にか痛みも感じない。寒さも……
──だけど右手はその背中に届いて、
──でもスッと抵抗なく入り込んでいき、
──なのにそれはただ望んでいた光景で、
ただの夢だった。
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