45話──サマーニャ・ゼウォミー2
しかし鳩たちは、そんなサマーニャを見て……見ているだけだった。
鳥には表情筋が無く、言葉も通じないのだから行動や仕草でのみでしか理解できない。
無表情。首を傾げたりもせず、ただただサマーニャを真っ直ぐ見ているだけ。サマーニャの姿が消えたから、消えた場所を見続けているのとはわけが違う。
気のせいなのかもしれないが、サマーニャには全ての鳩と目が合っているように感じられていた。
「ッ……」
狂気を憶えた。
そのせいで喉が震えて、呼吸音を出してしまった。
その瞬間、空を支配していた鳩たちが急降下。直前に聞こえた羽ばたき音が、今や死の宣告だった。
バレている。このまま留まることは、命を差し出すことと同義だ。
サマーニャは無意味な避役を解除し、正面からやり合う覚悟を決めた。
「猫!」
手足は人間のまま、夜目を効かせ、更に頭からモフモフの耳を生やす。夜の索敵には最適で、この状況では必要不可欠。
包囲網の薄い方へ飛び退き、弾幕から逃れる。足元の瓦を掴み剥がして投擲武器にし、真正面から飛んできている鳩にぶつけて接近を防いだ。
(猫で、視覚と聴覚は補える……。亀の装甲は貫かれたら変更、軽減できるなら続行……大猩猩は……無くても握り潰せたから、別のに変えるべき……か──)
「──ッ、くッ!!」
思考する間も無く、頬を掠めたのは翼。もう少しズレていれば、くちばしが顔に刺さっていた。
しかし、翼が掠めただけにも関わらず、打撃を受けたと感じるほどの衝撃、威力だった。
(なんだこれ……!)
鳩に見合わない飛行速度、急降下、滑空。統率された動き、握り潰した時の感触、更にそれは血肉にならず消滅していた。
自然生物とは到底考えられない。
(やっぱり操られてるんじゃなくて、能力によって生み出された存在だ!)
それがわかったところで、なにかが変わるわけではない。状況は未だ窮地に置かれたままだ。
周囲の屋根上で人形のように停止していた鳩たちも飛び立ち、逃げるサマーニャを追い始めた。
獲物を追い詰め、じわじわと削り、確実にその命を奪う。
既にサマーニャは出血している。様子見をしている暇は無かった。
しかしこの包囲網を抜け出せる算段はない。となれば、やることはひとつだ。
(大猩猩は捨てる……!)
「象ッ!!」
足を巨大に変質させ、足元の屋根を全力で踏み付けて破壊。
それは下への逃げ道を確保しつつ、派手な音を鳴らして街を起こすための行動。
王国民に身代わりになってもらう。それがサマーニャの選択だった。
しかし……
「なん、で……」
派手な音を鳴らした。明らかに危機を感じるほどの衝撃だったはずだ。どれほど熟睡していても、目を覚ますはずだった。
なのに、街に灯りが宿ることはない。サマーニャが破壊した建物からも、誰も反応を示さない。
「誰かああッ!!!」
しかし、反応は無い。
町は眠ったままだった。
「なんでッ!なんでなんだよ!」
異常な光景に、おぞましいほどの恐怖を感じた。
鳩から逃れるために、破壊した建物の中に飛び降りる。
「誰か!おい!!」
人が鳩にされている。だから誰も反応しなくて、これほど大量にいるのではないかと考えた。
だからサマーニャは、建物の中に人がいないかどうか、想像を裏付ける決定的な証拠がないか、必死に探した。
扉を蹴破り、廊下を走り、人を探し────人を見つけた。
「ッ……!」
サマーニャが破壊した真下の部屋の、その真隣の部屋が寝室で、そこに穏やかに眠っている男性と女性と少女が居た。
潰さなかったのは幸いだが、これほどサマーニャが暴れたにも関わらずなぜかまだ穏やかに眠っている。
「起きてよ!」
サマーニャが彼らの体を揺らしても、顔を叩いても、なんの反応も示さず、眠ったまま。
「なん……で……ッ袋鼠!」
空気を裂く音が聞こえ、象を捨てて咄嗟にジャンプすると、弾丸のような速度で鳩が窓ガラスを破壊して部屋に侵入し、サマーニャの真下を通り過ぎていった。
「もうなんで!!犀!」
急いで部屋を出たサマーニャは、袋鼠を捨てると左の壁にタックルし、閉所から脱出する。
特定の場所に留まり隠れるのは時間稼ぎにしかならない。鳩の主に観測されていなくても、いずれは直撃を免れることなく倒れてしまう。だから壁を壊して屋外に脱出した。
また、この方法を取ったのは扉や窓などの分かりやすい場所から出てしまえば狙い撃ちにされるかもしれないと考えたからだ。
そのおかげか、幸いにも鳩は待ち構えていなかった。
地面に着地してすぐ、再び能力を発動させる。
「蠑螈ッ、猟豹ッ……!」
硬質化していた肌と、隆々になった上半身を元に戻す。
そしてサマーニャは、月明かりの下、必死の逃亡劇を始めた。
手のひらに突き刺さっても、背中から肩を刺されても、歯を食いしばって痛みに耐え、ひたすらに逃げ続けた。
サマーニャの最高速を発揮しても、鳩からは逃れられない。
手のひらと足裏に生やした、視認できないほどの超微細な毛で壁にくっつく。地面だけでなく、壁を走って跳んで、縦横無尽に逃げることでやっと避けれていた。
敵は加減を知らないのか、サマーニャの背後からはひっきりなしに砕けたりへし折られたりする音が聞こえていた。
「ッ!」
月明かりに照らされているサマーニャの姿は天から簡単に発見、追跡できるというのに、サマーニャは無駄に足掻き続けた。
だが、いずれ限界は来る。
どこかに身を隠したり、王都から脱出することも叶わず、サマーニャの足は感覚を失い始め、平衡感覚が損なわれ……
「うッ……ッぁあ!」
転んで、勢いのまま転がって、建物の外壁に体を打ち付けて停止。
「……ぁ」
横になった視界に映るのは、底知れぬ鳩の数々。
「…………」
形質変化が元に戻る。
挫けてしまった。敵わないと悟り、己の命を諦めた。
「はぁ…………こんな、人生……か~」
ザッ──と、砂粒と地面が擦れる音が聞こえた。
ザッ──と、それは一定間隔で、段々と近付いてくる。
「…………そっか……ぼくの負け、だよ」
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