44話──サマーニャ・ゼウォミー
既に、王城内に残っているのは誠とサマーニャとスィフル姫だけ。
だから誠だと思った。……思っただけ。
誠の行動を監視、観察していたサマーニャに、状況証拠を誠へ押し付けることはできなかった。誠がベットで寝ている時間帯に、ワヒュード国王が死んでいた。だから、疑わしくも、サマーニャは疑えない。
勇者が来てから、ワヒュード国王が死に、団長も、隊長たちも、隊員も死んだ。
「もう、もう……」
己すらも信じられなかった。
二重人格という、複数の人格を併せ持つ人間がいることを知っていた。
だから、知らない犯人がいるかもしれない。本人すら知らない犯人が。
「もうなにもかもわからないよ……」
サマーニャは、いつも行き詰まった時は王城のてっぺんで星を見ながら考えていたが、今日はそんな気になれない。それどころか、こんな状態になった王城で過ごしていく気すら消え失せていた。
スィフル姫が使い物にならない。ワヒュード国王は死んだ。サムハも死んだ。
王国騎士団として、責任を求められるのは副団長であるサマーニャだ。
そんなサマーニャにどんな未来が待っているのか。良くて国外追放。最悪拷問、晒し上げられて処刑。
サマーニャは自分に期待を乗せてくる可能性なんて一切考えていなかった。
孤児の頃の経験が、いつまでも心臓を縛り付けて支配していた。
「……」
窓越しに見える星空。
自然だけが美しく、澄んでいた。
「……逃げよ」
今日、スィッタを殺すつもりではいた。だが、サマーニャではない誰かよって殺されて、その殺し方が一切わからない、サマーニャの理解が及ばないほど未知の能力を持っているとわかれば、そのスィッタの死はサマーニャにとって決断の死となった。
王城内で怯えて隠れて生きていくなんてまっぴらごめんだ。
そうと決まれば、行動に移るのに躊躇は無かった。王国にも王国騎士団にも、副団長の地位にも心残りは無い。
上着を脱いで、インナーも脱いで、腰に巻き付ける。
上半身裸になったサマーニャは窓を開けて、頭から体を外気に晒した。
やはり空気は澄んでいた。とてもサマーニャにとって心地よい風が吹いていた。
「ふっ」
だからサマーニャは身を乗り出してすぐに窓枠を蹴って飛び出した。
飛び出した先に待つのは重力。そして無機質な地面だ。
だがサマーニャは、決してナースィンの後追いをするつもりではない。生きるための行動なのだから。
視界の中、迫り来る地面を無視して、サマーニャは空を見た。
「……烏」
そして────飛んだ。
背中に生やした翼を羽ばたかせ、急降下していた勢いを殺して水平飛行。それから一気に上昇し、王城のてっぺんよりも高く飛んだ。
漆黒の翼は月明かりと相まって幻想的に映る。
このまま飛んで逃げることもできるが、それでは目立ってしまう。夜といえど、国民の全員が寝ている訳では無いのだ。
曇っていればよかったものの、生憎空では星々が光る。
だからサマーニャは、王城の正面入口とは反対側へと飛び、一つの民家の上に静かに降り立った。
そしてサマーニャは翼を引っ込め、腰に巻いていた服を着直した。すると今度は靴を脱いだ。
靴下も脱いで裸足になると、二つとも紐で括ってお腹に忍ばせる。
「……猫」
サマーニャの身体が変質。次は両手両足に毛が生え、肉球まで生み出される。人の手足とは違う、物を掴むことが不自由な生物へと作り変わった。
その状態でサマーニャは疾走した。ほとんど音を立てることなく、屋根を伝って、飛んで、王城からグングンと距離を離していく。
「……」
王城を抜け出し、静まり返った夜の王国を疾走。まさかこんな人生を歩むことになるとは、考えもしなかった。だが、もう勇者も、スィフル姫も、この国も、全てどうでもよい。
次殺されるのは自分かもしれないという恐怖が、サマーニャの胸の内を占めていた。
「…………ん?」
小さいが、なにかが聞こえた。
サマーニャは念の為足を止めて、耳を変化させる。
「……蝙蝠」
目を瞑って集中し、音源を探る。
「…………鳥かな?」
それは羽ばたく音だった。バサバサと、軽めの音。そこまで大きくない鳥のようだ。
「ヒュィ──。…………鳥で間違いない。警戒し過ぎかな……」
そうしている間にも、羽ばたく音は聞こえやすくなっていく。
「……猫」
夜目を利かせ、視認しようと目を動かし……
「あれは……鳩かな?」
見えたそれは、鳩と呼ばれる平凡な鳥。
色は見覚えの無い。遠くから飛んできた渡り鳥なのかもしれない。
「…………ッ──ぁあ!!」
突然叫んだのは、サマーニャだった。
叫びたくて叫んだのではない。衝撃と痛みとで、困惑と恐怖が入り混じって襲い掛かった結果だった。
「うぐ……ッ」
(足が……足に、鳩ッ……!!)
注意が分散されて、背後から無音で足に迫る鳩に気付けていなかった。
ふくらはぎに突き刺さった鳩のくちばし。
こんな簡単に刺さるほど鋭利なわけない。一体どれほどの速度で飛んできたのか。
視線を、痛みと衝撃を食らった箇所に向けた瞬間、今度は脇腹に激痛が走る。
「なッ、あ……!!」
鳩だ。
休憩する間も無く、再び鳩が攻撃してきたのだ。
そして……鳩、鳩、鳩。
見れば、己の索敵能力を疑いたくなるほどに、見渡す限り屋根の上に鳩が並んでいた。空にも、己が支配者だと言わんばかりに飛び交っている。
「いつのッ、まにッ!」
ふくらはぎと脇腹に突き刺さった鳩を抜いて握り潰した。しかし、潰した手応えはなく、鳩は肉片を飛び散らせることなく霞となって消えた。
サマーニャは痛みで顔を歪めつつ叫ぶ。
「大猩猩ッ!」
猫から変化。身体を肥大化させ、無理矢理傷口を塞ぐと同時に戦闘態勢に移った。
「亀!」
表皮の硬質化。
それは、反応できないほどの速度で奇襲されては、逃げに徹するのは厳しいと判断したからだった。
「……避役」
そして、世界へ溶け込んだ。
大猩猩で強くなり、亀で硬くなり、避役で周囲の景色と同化する。その三つの形質変化に押し出され、猫と蝙蝠が消える。
「……」
サマーニャは、その場から一切の身動ぎをせず、呼吸すらも止めて同化し続けた。
これでどこかに逃げたと見失ってくれればいいと、希望や期待の元に、足と脇腹の痛みを飲み込んだ。
「……」
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