42話──裂ける想い
「──ぇ……ねぇ」
「……え、あ、なに?」
ボーっとしていたザアファは、誠の呼びかけでハッとする。
聞き返しつつ周囲を見れば、そこは玉座の間。
本来ならただの隊員であるザアファは滅多に入ることのできない場所。だが誠に付き添った結果、こうして恐れ多くも侵入することになっていた。
「えっと、なんだっけ?」
「今変な音が聞こえたんだよ」
「え?」
ザアファの耳は誠の言う変な音が聞き取れておらず、なんのことなのかわからない。
「音って、どんな音?」
「……凄い音かな」
誠の説明は大雑把過ぎで、全然その音が想像できない。
「足音とか、金属の音とか、色々あるでしょ?」
「あー……。強いて言えば壊れる音かな」
「壊れる音?それって外から?それとも……王城内?」
「そっちから響いたような気がするね」
誠が指差したのは、二人がくぐってきた大きな扉。
それは、王城内から音が聞こえてきたことを示していた。
「じ、じゃあまさか……!」
ザアファは最悪を想像し、胸が締め付けられるような気持ちになった。
(まさかスィッタ隊長が……いや、そんなわけないよね。……危機察知はまだ疼いたままだから、危機は来てないってことだし……)
ザアファは不安から頬を噛み、無意識のうちに手に力が入る。
「……様子見に行く?」
「あ、いいの!?なら行きたい!」
その嬉しい提案を受け、ザアファは思わずそれに噛みつくように乗った。
「ほら、騎士として見に行かないとって思ってたでしょ?」
「う、うん……まぁ、そうだね」
騎士としてはあまり望まれない思考からの想いだったが、それは誠に隠す。ベルク以外には共有できないことだ。
そんな後ろめたさを感じたザアファは、下がる発言をしてしまう。
「でも、でもさ!」
そう言ってから言わなければよかったと後悔するも、口に出した言葉は撤回できない。
「マコトがやりたいって言ってたことは……いいの?暇つぶしでやりたいことがあるって……」
「あーうん。それのことなんだけど、もういいや」
「そう?マコトがそう言うなら、いいんだけど……」
とは言いつつも、喜びを隠しきれずに口角を上がっていた。
「そんなことよりも、職務が大事でしょ?」
「……!」
初めとは別の意味でハッとしたザアファ。
「うん、そうだね」
「俺も着いていくよ」
「それは……うん、ありがとう!」
隊員以外を異音が聞こえたという場所に連れていくのはどうなのだろうかと安全面について一瞬考えたものの、すぐに誠が勇者だったことを思い出して頷いた。
二人並んで大扉に走って向かう。
「具体的にどこら辺から聞こえたのかはわかる?」
「いや、そこまではわからないから手当たり次第に見に行くしかないね」
「そっか。じゃあ、できるだけ急がないと」
片側の扉が、人が一人通れる隙間だけ開いているままなので、そこから玉座の間を出て音の正体を探しに行く。
ザアファ自身が聞けていなかったのは懸念点だが、勇者を疑うわけにはいかないので信じて探すしかない。
「もし僕たちじゃどうしようもないことが起きてたら、すぐ逃げて他の…………?」
誠に続いて部屋を出たザアファは、違和感を感じた。
「……ねぇマコト」
「ん?」
ザアファは足を止めて、誠を呼び止める。
「今、なにかおかしくなかった?」
「おかしい?なにも変なことは無かったと思うけど」
「それだよ。それがおかしいんだ!」
違和感の正体は、なにも無かったこと。
「玉座の間にはスィッタ隊長の結界が張られてるはずなんだ!この国に敵対心を持つ人の侵入を防ぐ結界がさ!」
「……それがどうしたの?」
「玉座の間は国王様とスィフル姫様の私室に並んで重要視されてる場所なんだ。だから、より強く結界が張られてるの」
「まぁ当然のことだとは思うけど、それが……?」
「強く張られてるから、敵対心を持ってなくても通り抜けた時の感覚があるはずなんだ。でも今、なにもなかったよね」
「確かに来たときは変な感じしたけど、今は無かったね」
「ぁ……」
自分だけでは勘違いだったのかもしれないと言えたが、誠にも賛同されてはその事実だったと受け止めるしかない
「……」
ザアファは恐る恐る大扉の隙間に手を伸ばして、最後の希望に縋る。
しかしその手はなにも掴まず、ただ玉座の間の中に入っていった。
そのことがなにを意味するのか。
「あぁ……」
嫌な予感が、真実に近付いた。
「スィッタ隊長の結界が無い……!」
逸る気持ちのままに、ザアファは駆け出した。
その後ろには遅れて走り出した誠も続くが、ザアファは一切の気を回すことなくひた走る。
「スィッタ隊長!!」
壊れた音が聞こえたということは、部屋の中の些細なことではない。
だから一つ一つの部屋を丁寧に探索するようなことはせずに王城内を走った。
上から下へ、異変を見つけることができないまま階段を降りる。また廊下を走って、異変を探す。
「ッ、ぁッ!?ッ……!!」
そして、見つけた。
空きっぱなしの扉を。
「あの部屋って確か……!」
訪れたことはないものの、王城内の情報はある程度共有されている。だから記憶を探れば見つかる。
「サムハさんの書斎だっけ?」
「う、うん。そのはず!」
「そう。なら気を付けなね」
「どういうこと!?」
「見ればわかるし……もう感じられるんじゃない?」
「感じられるって!?」
「少し冷静になればすぐわかるよ」
そんな誠との会話の末、部屋の前に辿り着いた。
「うッ……」
まず感じられたのは酷い臭いだった。
誠が言っていたのはこのことかと、ザアファの中で合点がいく。
書斎のはずの部屋の中は悲惨な状態。
「マコト、これは……?」
「サムハの死体が散らばった結果だよ。……それと、ね」
「え……?」
誠の人差し指の直線上を目で追えば、その先にあったのは見覚えのあるピンクの髪。
ザアファの嫌な予感の中にいた中心人物だった。
「スィッタ……たい、ちょう……」
ザアファの想い人は、血肉の中で倒れていた。
ザアファは躊躇うことなく部屋の中へ足を踏み入れ、
「……ぅあ──!」
スィッタしか目に映らず足元を見ていなかったせいで、そこにあった穴に気付いていなかった。
足を踏み外したザアファ。穴のサイズがもう一回り大きいか、小さければよかったものの、真っ直ぐ落ちるのに丁度いい大きさのそれにバランスを崩して落ちたザアファの体は、顔から頭を床に直撃し、胴体がそのまま落ちていくという状態だった。
咄嗟に伸ばした腕は中途半端で突っ張りになることもできず、体重に負けて首と共に折れる運命にあった。
「……ぁ、え?」
「気を付けなよ」
「あり、がとう」
ザアファを救ったのは、ギリギリのところでその服を掴んだ誠だった。
ザアファの視界には下の階の部屋が見えるが、壊れた床の素材とかが散らばっているだけで変なところは無い。
「引っ張るよ?いい?」
「あ、うん」
急に引っ張られたことでザアファが転倒するのを案じたのか、誠は事前に教えてくれた。
「ッ……ありがとう……!」
破裂しそうなほどにバクバクと動く心臓を服の上から抑える。
「気を付けてって言ってたのはこれのことだったの?」
「いや、サムハの死体があるから、見た目とか臭いで失神したり吐かないようにって意味で言った」
「そ、そう……」
「入ってもいいけど、気を付けてね」
「そうだ!!」
死にかけるような経験のせいでどかされていたスィッタの姿を思い出し、ザアファは慎重に部屋の中に入っていった。
穴に気を付けながら迂回して、口呼吸で悪臭に耐えながら進む。
倒れるスィッタのところに辿り着き、隣にしゃがんで腕を取る。
「ッ……!」
スィッタの腕はまだ温かい。少し希望を感じたザアファは、今度は脈を探した。
しかし、見つからない。
肩を持って、うつ伏せの体をどうにか仰向けにした。
脱力した体の向きを変えるのは大変だったが、なんとか仰向けにしたザアファはその体に呼吸を見ようとした。
口元に手を伸ばして、息の流れを感じようとした。
「……ない」
呼吸をしていなかった。
そして瞼は半開き。眼球の動きは無い。
なによりも、死という現実を突きつけているのは、喉の穴だった。
「ぅ……く……ッ!」
溢れそうになる涙を堪えて、その喉に触れる。
その穴からは血が流れ出ていた。
見下ろせば、床にも多量の血があった。それは、誠の言うサムハの死体から出た血も混じっているのかもしれないが、他の場所と比べると乾きが無い。
明らかに直近の血液だ。
「……」
ザアファはスィッタから手を離し、無言で立ち上がった。
俯いたまま、床の穴を避けて、誠の横を通り過ぎる。
「ザアファ?」
「……ごめん。ちょっと一人にさせて」
「わかった」
追及してこないのは誠の優しさだろう。
ザアファはその優しさを噛み締めて、トボトボと歩いていった。
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